「Sonic Referece」を追求して45年

究極の「スタジオモニター」はHiFiオーディオたり得るか?ジェネレックのアクティブスピーカー「8381A」を聴く

公開日 2025/02/12 12:47 筑井真奈
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■ベストなスタジオ環境でフラグシップモデルの音を聴く



フィンランドのスピーカーブランド、GENELEC(ジェネレック)のフラグシップ・アクティブスピーカー「8381A」が、都内のエイベックスのスタジオ、prime sound studio formに設置されているというので、改めて試聴する機会を得た。

エイベックスのスタジオ、prime sound studio formに設置された「8381A」

8381Aはすでに何度か試聴しており、2023年10月に開催された製品発表会のほか、日本オーディオ協会が主催する「音の日」において、日本プロ音楽録音賞やReC♪ST(学生の制作する音楽録音作品コンテスト)受賞曲の試聴においても活用されていた。だが、あくまで「スタジオモニター」という本義を考えれば、今回のようなスタジオに設置して、ベストな環境で試聴できるというのがその実力を測る最高の環境であるだろう。

2023年10月、キング関口台スタジオで開催された「8381A」製品発表会

2023年12月6日に開催された「音の日」でも8381Aスピーカーを活用

ジェネレックのアクティブスピーカーは、世界中のレコーディング・スタジオのデファクト・スタンダードのスピーカーとして活用されている。国内では、キング関口台スタジオで活用されているほか、東京音楽大学の中目黒・代官山キャンパスに新たに設けられたイマーシブ・オーディオの録音スタジオにおいてもジェネレックが使われている。

キング関口台スタジオ「STUDIO 2」のコントロールルーム。壁に埋め込まれているのがジェネレックのスピーカー

東京音楽大学の中目黒・代官山キャンパス内にもジェネレックのスピーカーを活用した録音スタジオがある

スタジオのメインスピーカーは壁に埋め込み式のモニターであることが多いが、今回の8381Aは「フリースタンディング型」、つまりコンシューマー向けのスピーカーと同様、任意の位置に設置できるものとなる。壁への埋め込み式の場合、スタジオ設計の段階で綿密に仕様を追い込まなければならないが、フリースタンディング型の場合はあとから自由な調整も可能。さらに、音質面でも上下方向の定位感をより追い込むことができるメリットがあるという。

■「Sonic Reference」、音の基準を徹底追求



ジェネレックのスピーカー思想、それは「Sonic Reference」であることだ、とジェネレック・ジャパンでマーケティングを担当する浅田氏は熱弁する。音の「基準」であることを徹底追求しており、そのために必要なことはあらゆる手段を講じるが、それ以外のことはすべて不要なものとして検討から除外する。創業45年を超えてなお、スピーカー1本で事業を展開していることにもそれは表れており(昨年のInterBEEでは初のヘッドホンを発表して話題となっていたが)、基本的には音のリファレンスであること、という理念はぶれない。

昨年のInterBEEで発表されたジェネレック初のヘッドホン。スタジオでのスピーカーに準じるSonic Referenceを提供する、という思想で開発されている

その「ぶれなさ」が、この日本市場において、Hi-Fiオーディオファンにも新鮮なオーディオ体験として受け入れられている、という側面もあるようだ。

Hi-Fiオーディオファンの楽しみとして、どのスピーカーとどのアンプを使って、あるいはケーブルやアクセサリーを活用して、自分好みの音を追求するという“組み合わせの楽しみ”がある。アンプを内蔵するアクティブスピーカーにはその組み合わせの妙を探る楽しみはなくなるが、かわりに高度なソフトウェアを活用して「音のリファレンス」を追求するという別の悦楽が生まれる。

ジェネレックのアクティブスピーカーは非常に幅広いラインナップを持つが、近年注目が高いのがSAM=Smart Active Monitorと呼ばれるもので、その名の通り“スマート”に、部屋の環境から受ける影響を減らし、理想的な音楽再生環境を実現する。8381AもSAMのひとつであり、そのためのソリューションのひとつが「GLM 5」といわれるルームコレクション(音響補正)ソフトウェアである。

「GLM5」の設定画面。ステレオ/マルチチャンネルを問わず、部屋の環境を測定し“sonic reference”を実現できるよう補正をかけてくれる

GLM 5の基本的な使用方法は、試聴位置にマイクを設置し、スピーカーからスイープ音を数十秒再生。直接音と部屋の壁や天井からの反射を含む音をクラウド・コンピューティングで瞬時に解析し、理想的な音響特性を実現するというものだ。

先ほどソニック・リファレンスという言葉を使ったが、「どのような部屋の環境であっても、音のリファレンスたるべきサウンドを再現する」。そのためにはハードウェア(スピーカー本体)の精緻な設計に加えて、ソフトウェアの演算能力を最大限活用することが有効である、というのがジェネレックの考え方ということだ。

■楽器の定位感や無駄のない低域制動力は格別



prime sound studio formに設置された8381Aを改めて聴かせてもらう。もちろんGLM 5を活用した音響補正はかけられた上で、曲はMacのTIDAL アプリからGrace DesignのDAC/プリに入ったあと8381Aにそのまま入力される。

ジェネレックの「8381A」スピーカー本体。上部はトゥイーター&ミッドレンジの同軸、下部がウーファーの2筐体式となっている

ビリー・アイリッシュの「What I was made for?」の定位感は素晴らしく、文字通りスピーカーが消えて彼女が目の前で歌っているかのようなリアリティ。ジョン・ウィリアムズ&サイトウ・キネン・オーケストラによる「インペリアル・マーチ」では、楽器それぞれの位置関係があからさまに提示されて、ジョン・ウィリアムスがいかにオーケストラを歌わせているかが浮かび上がる。この音源は名手深田晃による録音、「指揮者の位置での音を再現する」という狙いもよく見えてくる。

パワーアンプも、ウーファー向け、トゥイーター&ミッドレンジ向けと2筐体式。シリアルで管理されてスピーカーとセットで販売される

よく見える反面、分析的にすぎて多少つまらないかも…と思いかけていた私に、次なる衝撃を与えたのは米津玄師の「KICK BACK」。低域の無駄のない制動感や安定感に感嘆しながらも、気づけば米津玄師の“闇”に飲み込まれそうになる。米津は闇である(異論は認める)。己の中にある闇を抉り出し、その醜さを否応なく突きつけられることにこそ米津の魅力はあり、私が音楽を人生において必要とする理由があるかもしれない。冷静沈着に引き出される狂気。ソニック・リファレンスはそんな引き出しも持っていたのかと感嘆する。

続けてApple Musicを活用してドルビーアトモス音源を体験。フロント2chは8381Aを使用、サラウンドには同じくジェネレックの8351Bで7.2.4chで構成される。BTSの「Butter」では、英語のアクセントがもっともよく聴き取れて歌詞のニュアンスがしっかりつかめたこと、またサラウンドの構築力、前後左右に飛び回る音の粒子が明晰に掴み取れる。K-popの音作りの現在形、その攻めの手法がスピーカーだからこそよく見えてくる。

天井に取り付けられた「8351B」を活用したドルビーアトモス音源も再生

先ほどの「インペリアル・マーチ」もドルビーアトモスで試聴したが、自然にリア側へと音を広げてステージを見通すリアリティの再現は大変に興味深い。空間オーディオのクリエイティビティとしての可能性を大いに期待する上で、ステレオ再生のちから、イリュージョンとしてのステージを時空を超えて「眼前に再現する」エンジニアと、2本のスピーカー(を含む種々のオーディオ装置)の練度の高さには改めて恐れ入る。

8381Aは、底知れぬ奥行きを持ったスピーカーである。イギリスの名門ブランドにも、米国の強靭なるスピーカーにも、イタリアの至宝にもない音がする。冷静の隣に狂気の居場所があるならば、それは8381Aの音かもしれないと思った。

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