[連載]高橋敦のオーディオ絶対領域
【第93回】いつかは買いたい? “10万円イヤホン” 4モデル一気聴き!
■ドライバー構成(ドライバー配分)
●IE 800|ダイナミック型フルレンジ1基
●SE846|BA型:低域2基・中域1基・高域1基
●W60|BA型:低域2基・中域2基・高域2基
●Roxanne|BA型:低域4基・中域4基・高域4基
○K3003|ハイブリッド型:低域BA1基・中域D1基・高域D1基
まずBAマルチ組を見ると、W60の各帯域×2基で合計6基というのも十分に規格外なのだが、Roxanneの各帯域×4基で合計12基という化け物っぷりが突出している。
ドライバーの数はとにかくひたすら多ければ多いほどよいというわけではない。数が増えれば増えるほど、個々のドライバーにかかる負担は小さくなり、そこで生まれる余裕はより正確な駆動につながる。また特に低域側では単に、振動板の合計面積が増えることでの再現性も向上も見込める。
一方、数が増えればそれらを揃えてきれいに鳴らすことは難しくなる。音声信号を帯域を分割するネットワークにせよ、その後のアコースティックな音声経路にせよ、極めて綿密な設計が必要だ。それなくしてドライバーの数だけを増やしても、それはこけおどしにしかならない。
しかしもちろん、RoxanneやW60のマルチドライバーはこけおどしなどではない。W60はその点についてはさらりと「それぞれのドライバに最適化された3ウェイパッシブクロスオーバーネットワーク」と表現。しかしWestoneはBAマルチの設計において最も長い歴史を持つブランドのひとつであり、彼らが「最適化」というならばそれは本当に最適なはずだ。
Roxanneは各周波数帯域の位相を極限まで正確に制御するという独自技術「FreqPhase」を採用。技術内容の詳細は特に記されていないが、帯域バランスだけではなく位相までしっかりと揃えていることがわかる。
SE846は、エレクトリックなネットワーク回路の部分も入念に設計されていることはもちろんだが、最大の特徴はアコースティクな処理だ。マルチ構成において低域用ドライバーからは低域の他の音は出したくない。中高域の音が混じっていたりすれば、それが中高域のドライバーから放出される音に混じってそれを濁らせたりしてしまうからだ。そうならないように電気信号の時点で帯域を分割して、低域用ドライバーには低域の信号しか送り込まない。それがネットワーク回路の役割だ。
しかしShureはそれでは万全ではないと考えた。イヤホンの筐体に収められる小ささの電子パーツでは、彼らが求めるクオリティのネットワーク回路を実現することは難しいと。そこで彼らが挑戦したのが、アコースティックな処理で低域用ドライバーから低域のみを抽出するという手法だ。彼らは単に「ローパスフィルター」と呼んでいるが、「アコースティックな処理で」というのがポイント。
極小サイズのステンレス板をレーザーカッティングしたものを積層させることで、内部に音が通る適当な長さの経路を持つステンレス製のトンネルボックスを作成。低域用ドライバーから放出された音は、それを通ることで高域が減衰して低域が抽出されるという仕組みだ。
低域の音が通る経路が長くなるわけだから、それに合わせて他の帯域の経路の長さも調整するなど、全体的な調整も必要だろう。それも含めての技術と言える。
さてしかし、BAマルチ組のそんな苦労を尻目に、異彩を放つのがIE 800。こちらはダイナミック型ドライバー1基で全体域を再生するフルレンジ構成なのだ。なのでネットワークとかローパスとかそういうものは不要なので実際にも搭載していない。
ダイナミック型フルレンジでいい音がするなら苦労はねーよ!という気がするかもしれないが、このモデルの場合は実際にいい音がしちゃってるので、何の文句も言えないというのが恐ろしいところだ。
そのドライバーは7mm径で、同社は「XWBトランスデューサー」と呼称している。低域の厚み等を得るための安易な大口径化はしていない。では低域はどのようにしてその再現性を確保しているのかというと例えば、上の写真でIE 800のお尻の部分を見てほしい。2個のポートがある。ステンレス製のこれは筐体内からの空気の流れを制御するもので、低域の強化や全体の解像感の向上のために採用されているものだ。その他にも様々な技術によってIE 800は、ダイナミック型フルレンジというシンプルで古典的な構成から、現代ハイエンドの性能を引き出している。