[連載]高橋敦のオーディオ絶対領域
【第156回】出たか?歴代最強シングルBA! Campfire Audioのイヤホン「Orion」を聴く
■いよいよ試聴レビュー!高橋敦が「最強のシングルBA基」と断言する音質
さて、何はともあれこのモデルのイチオシポイントはもちろん音! ここからは音質レビューだ。まずは概論的に。
中高域の透明感は群を抜く。女性ボーカル、アコースティックギター、軽く歪む程度までのエレクトリックギター、シンバル、空間の見晴らし。そういった要素はシングルBAの得意とするところだが、このモデルのそれらは数あるシングルBAの中でも抜きん出たトップクラスだ。そしてそれらの要素についてはおおよそ「シングルBAでトップクラス=無差別級でもトップクラス」と言えるので、このモデルは「透明感無差別級トップクラス」と言える。
その「透明感」には加えての大きな意味もある。このモデルの高域にはもうひとつ、シュッとした「薄刃の鋭さ」という特徴もあるのだが、それは透明感があってこそ特長になるのだ。濁りや歪みを伴う鋭さだったらそれは好ましくない特徴であって、特長とは言い難い。
ここまでは「シングルBAの長所を最大限に引き出している」というだけと言えばだけの話だが、しかしその引き出しっぷりが「シングルBA、まだこれほどの力を秘めていたのか!?」というレベル。そしてそこに「シングルBAの短所を最小限に抑え込んでいる」というところが上乗せされてくる。本記事序盤で「シングルBA離れした必要十分以上のワイドレンジさ」と述べた部分だ。
高域側の良好さについてはもう紹介しているので、ここでは低域側について述べていこう。まず簡潔に言うと、あくまでも「必要十分以上」という表現に止まるレベルではある。「充実の」といった表現にはならない。それはやはり「量感」といったところではマルチBAやダイナミック型には及ばないからだ。
例えばベースは実にクリアで明瞭に聴き取れるが、肉感や空気感に優れるということはない。「シングルBAにしては見事」なレベルではあるが「シングルBAにしては」のレベルに止まる。しかしそこにシングルBAならではの要素、中低域まで含めて全帯域での「速さ」が加わると話は別だ。このモデルは透明感とも併せて音の立ち上がりの速さやキレも、シングルBAの中でもさらにトップクラス。「量感×速さ」の総合力となればこのモデルのベースやドラムスなど低音楽器の再生能力は、「シングルBAにしては見事」のレベルを超え、「ハイエンドイヤホンとして評価に値する」レベルに達する。
なお試聴は試聴機に付属の「Tinsel Earphone Cable」にて行ったが、参考にお借りした別モデルには「Litz Wire Earphone Cable」が付属していたので、そちらでも軽く試聴。激変はしないがやはり違いはあると感じた。印象としては、透明感や輝きを際立たせる「Tinsel」、もう少しほぐして柔軟性や厚みも感じさせる「Litz Wire」といったところだろうか。Orionの強みをさらに引き出すのは前者、少し弱いところを補助してくれるのは後者か。当然だがどちらもそれぞれ本機との相性はよい。
概論はそんな感じで、続いては具体的に、相対性理論「夏至」(アルバム「天声ジングル」収録)を聴き込んでの印象。
■やくしまるえつこのボーカルを聴くと最高
イントロで早速、このモデルの空間表現の見事さを感じられる。すっと広がる背景。コーラスとディレイという空間系エフェクトによるエレクトリックギターらしい浮遊感。
この浮遊感は実音とエフェクト音が揺らぎ重なり時には滲むことで生まれるものだがそれは演奏時の話であって、再生機器の側は揺らがせることなく重ならせることなく滲ませることなく、揺らぎも重なりも滲みも「忠実にクリアに再現」してこそ、本来のそれを再生できる。このイヤホンはそこが文句なしだ。定位や位相、タイミングといったところが違和感皆無なので、揺らぎや重なりといった要素の再現能力が実に高い。
演奏とエフェクトの核になっている、素の音色の透明感も特筆できる。ほぼクリーンだがナチュラルドライブの歪みも微か含む、これもエレクトリックギターならではの艶やかさの音色。その魅力もイヤホン側で損ねることなく、歪み成分まで含めて透明に再現してくれる。イヤホン側での歪みや濁りが皆無であってこそ音色に含まれる僅かな歪みまでも繊細に生かされる。そんな印象だ。
ベースはプレジションベースらしい心地よいブーミィさを感じさせはするが、しかしその全てを引き出すには低域の量感の再現性が足りていない。そこは否めない。ドラムスもバスドラムやタムの太さはやはり不足する。しかし、どうしたって低音楽器の太さや厚みは足りていないはずなのに、存在感というか説得力というか、そういう感覚としては絶対的な不足を感じさせない。これはここで先ほど述べた「量感×速さの総合力」のおかげだ。
音の速さといっても強烈にアタックが強かったりするということではない。ベースやドラムスの音の立ち上がりや抜けは、さらりと素直に速く、スパンとしたキレを備える。「素直に」というのがポイントで、不自然ではなく「これが本来なのだろうな」と感じられる速さだ。
またこの曲はベースとドラムス、ギター、そしてボーカルがそれぞれ豊かなリズム表現をしていてその絡みがまた面白かったりするのだが、このイヤホンの音の速さ、立ち上がりと収まりの素直な正確さという要素は、そういったリズムの妙もしっかり届けてくれる。何しろリズムの話なので、アタックやディケイの再現性、その正確さに優れるイヤホンで聴いてこそさらに楽しめる。
さて、そしてやくしまるえつこさんのボーカルだが…
…見事!ひたすらに見事!
やくしまるさんは普通に歌ってもささやくような息遣いの成分が含まれているかのような特異な声質であり、そしてそれを生かした歌い方だ。この曲はそこを強く押し出してはいないが、それでもやはりそこが難しい。その息の成分の再現の仕方をしくじれば耳に刺さり、あるいは逆方向にしくじればやくしまる感の薄いぼやけた表現になってしまう。
そこでこのモデルだが、その息の成分は豊かに出されている。しかし出されたところからすっと自然にフェードアウトさせてくれるような感覚で、耳への嫌の刺さり方や残り方をしない。なので心地よく、それでいて物足りなくはないのだ。
言葉の微妙なニュアンスになってしまうが、「高域から超高域までもが綺麗に伸びている」というよりは、「高域から超高域に向けて綺麗に落ちている」というイメージが浮かぶ。いわゆる再生周波数帯域のグラフの右端、高域側が凸凹せずにすっと緩やかに、これまた素直に自然に落ちていそうな感じだ。といっても高域側が弱いというわけではない。聴いていてそう感じることはないし、カタログスペック的にも28kHzまで伸びていたりする。
というわけで僕としては、この曲については大満足だ。もちろん低域の深みなどはもっとあればなお嬉しいのだが、プラスマイナスで考えるとプラスの方が遥かに多く、大きい。
曲によってはやはり、例えばRobert Glasper Experiment「I Stand Alone」のようなヒップホップ、The Winery Dogs「Oblivion」のようなハードロックのサウンドだと、やはり根本的なパワー不足、場を揺らす低い響き、その空気感の不足などは感じる。そしてその部分は、プレイヤーやアンプでどうにかできる問題ではない。アンプからパワーをぶち込まれてもそれに応えられるタイプのイヤホンではないからだ。だがそこはそれ。万能型でもパワー型でもなくスピード型、リュウでも本田でもなくキャミィ(CV: 沢城みゆきさん)のようなタイプのイヤホンとして使いこなせばよいのだ。
このモデルはCampfire Audioの「Less is more」の思想、最小限だからこその豊かさや美しさを、これ以上はない形で具現化したモデルと言える。そう考えると、
「特別なことは何もしていない」
「設計してテスト製造したらいきなり期待通りかそれ以上の音が出たのでほとんどそのままでOK!だった」
というのも、それもまた自然なことだったのかもしれない。そして、特徴的な新素材もコロンブスの卵的な新発想も、何のブレイクスルーもなくごく普通に、シングルBAイヤホンがこのレベルに達してしまったという事実にも、大きな意義やこれからの可能性を感じさせられたりもするのだ。
高橋敦 TAKAHASHI,Atsushi 趣味も仕事も文章作成。仕事としての文章作成はオーディオ関連が主。他の趣味は読書、音楽鑑賞、アニメ鑑賞、映画鑑賞、エレクトリック・ギターの演奏と整備、猫の溺愛など。趣味を仕事に生かし仕事を趣味に生かして日々活動中。 |
[連載]高橋敦のオーディオ絶対領域 バックナンバーはこちら