歴史に名を刻む銘機が登場
AKGのDSP内蔵ヘッドホン「N90Q」レビュー。NC/音場補正/USB接続の実力をチェック!
NC機能は極めて自然。ユーザー好みに調整できる懐の深さを持つ
本体の電源を入れるとアクティブ・ノイズキャンセリング機能も有効になる。その効果はN60NCと同様、とても自然で各帯域に分布するノイズをバランス良く消してくれる。
ダンスミュージックへのフィットは、ダフト・パンクの「Random Access Memories」から『Lose Yourself To Dance』を聴いて確かめた。ベースラインはインパクトが強く、稜線もしなやかで筋肉質な印象だ。強弱の描き分けも鮮明に表れる。ボーカルはハイトーンの切れ味がいい。低いリズム音は深く、速く沈み込む。AKGから同時期に発売される密閉型のフラグシップ「K872」と比べてみたところ、N90Qの方がやや肉付きに厚みがあるものの、ボールドなのに軽やかで彫りが深い低音は共通の魅力に感じる。
N90Qの低音調整機能により強弱を変えてみたが、低音を強める方向にダイアルを回してみてもブーミーにならず、例えば今回の楽曲では低音の輪郭が鮮やかさを増して、立体感が一段と強調された。持ち味であるクリアな中高域とのバランスが崩れることもなく、分離感や音像定位の明瞭度も損なわれなかった。
ボーカルはノラ・ジョーンズの「Come Away With Me」から『The Nearness of You』を聴いた。静寂のさらに奥深くまで滑り込めるほどにS/Nがよく、声に歪みがない。空間描写はK872よりも若干タイトにきこえるが、反対にN90Qは前へ音を押し出してくるエネルギー感が強く、パンチ力がある。この熱っぽさが本機の持ち味だと思う。ボーカルはディティールの情報量も豊富で、細かなニュアンスも雄弁に語る。
上原ひろみの「SPARK」から『Wonderland』では、ピアノとベース、ドラムスのトリオによる緊張感あふれる駆け引きを楽しんだ。ピアノの音色は透明感が高く、女性的な柔らさと艶っぽさがあふれ出てくるようだ。流麗なメロディラインが身体の奥底まで染み込んでくる。瞬発力の高いベースの音は塊でぶつかってくるような迫力だ。ベースもキックの低音はグンと勢いよく沈む。シンバルやハイハットの高音は抜けが良く、余韻の細かな粒子が爽やかに無音の闇へと溶け込んでいく。
ミロシュ・カルダグリッチのアランフェス協奏曲では、ギターとオーケストラの立体的な距離感が鮮明に浮かび上がる。ギターのメロディは音色が明瞭でフレッシュだ。ノイズキャンセリング機能の消音効果がとても高いので、オーケストラの楽器は弱音の一粒ずつにまでフォーカスがピタリと定まり、広々と立体的に展開する。コンサートホールの情景がリアルに蘇ってきた。
TOTOのライブ・アルバム『35周年アニヴァーサリー・ツアー 〜ライブ・イン・ポーランド2013〜』から「ストップ・ラヴィング・ユー」を聴きながらサウンドステージ補正機能の効果も試した。ボタンを短くクリックすると「サササッ」と音が鳴ってモードが切り替わる。とくに音声等によるガイドはないが、スタンダードとスタジオ、サラウンドでは音場感の違いが鮮明にあるので、どのモードを選択しているかはわかると思う。ライブ収録のタイトルなどを聴く際には「サラウンド」を選ぶと没入感が高まるのでおすすめだ。
MacBook ProにつないでUSBオーディオ再生も試してみた。USB経由でヘッドホンを充電しながらでも音楽が聴けるのが便利だ。ノイズキャンセリング機能の効果が高いので、自宅でのリスニングは言うまでもなく、賑やかなカフェの店内など外出先でも活用したくなる。
通常のヘッドホンケーブルによるサウンドと比べて聴くと、USBオーディオ再生の方は解像感や音の分離がよく、ディティールのフォーカス感が高まるようだ。オーケストラでは一段と奥行きが深まり、ワイドな空間の広がりを感じさせる。ミロシュのギターはニュアンスの表情が豊かさを増し、オーケストラは緻密な音の粒が引き立ってくる。弦楽器の和音は余韻が肉厚に膨らみ、低音の透明度も上がった。ヘッドホンケーブルによる一体感のある引き締まったサウンドとはまたひと味違う、N90Qのもう一つのキャラクターを見つけることができて、とても得した気分になった。もちろんUSBオーディオ再生の場合も、自動音場補正や低音調整、3種類のサウンドモードを切り替えて好みの音にカスタマイズができる。
N90Qは、AKGのリファレンスサウンドをベースに、ユーザーの好みに合わせてカスタマイズができる新感覚のハイエンドヘッドホンだ。AKGらしく、どこまでも澄み切った中高域の再生に重点を置きながら、現代的なビートの効いた密度の濃いロック・ポップスのチューニングにも柔軟に対応できる。その懐の深さ、洗練されたパフォーマンスはまさに“キング・オブ・ヘッドホン”と呼ぶにふさわしい。AKGのヘッドホン史に名を刻む銘機が誕生した。