TRANSROTORのの新たなアプローチを満載
アナログプレーヤー「DARK STAR」を山之内正が解説 − 技術的アプローチとこだわりを同時に実現
■素材の重要性を熟知しているからこその設計
最初にラトル指揮ベルリンフィルによるベートーヴェンの『交響曲第1番』を聴き、ターンテーブルシステムとしての基本性能を検証する。フィルハーモニーの空気感を忠実に再現するワンポイントステレオ録音の特徴を素直に聴き取れるのは、微妙な空間情報がノイズに埋もれないS/Nの良さと密接な関係がある。
さらに、マルチマイクで収録されたCDとの最大の違いは直接音と残響の一体感が感じられることで、特にオーボエやクラリネットなど木管楽器の柔らかい音色にそのメリットが強く現れているのだが、DARK STARはその特徴をとても繊細に描き出していると感じた。S/Nが優秀で微妙な音色の変化を忠実に引き出すことはターンテーブルの重要な資質であり、これなら解像度の高いカートリッジの性能を存分に発揮することがで期待できる。
ケンペ指揮シュターツカペレ・ドレスデンが演奏した『ストラヴィンスキー《火の鳥》』のレコードからは、その期待を裏切らぬディテール再現力の余裕を実感することができた。特にトゥッティのなかで打楽器パートが混濁せず、各楽器のアタックや音色の違いを精密に描き分けることや、複数の金管楽器の間のバランスとハーモニーがフォルテシモでも破綻しない点に感心させられるが、これはいずれも固有音を持たないPOM材の強みが発揮された例と考えて良さそうだ。一音一音にスピードが乗って演奏の推進力を高めていることも、アタックのエネルギーを余さず再現するなど、重要な情報をノイズや共振に埋もれさせていないことを意味する。
■ミュージシャン同士の相互作用までリアルに聴き取ることができる
ノイズや不要振動の影響を効果的に抑える一方で、ライヴ録音ならではの臨場感など、演奏上の重要な情報は漏らさず再現している点を見逃してはならない。『アルネ・ドムネラス/JAZZ AT THE PAWNSHOP』から「Take Five」を聴くと、サックスの実在感やベースの弾力豊かなビートに加え、聴衆の反応などライヴ会場の臨場感がとても生々しい。そうした反応に応えて演奏の高揚感が高まる様子やミュージシャン同士の相互作用までリアルに聴き取ることができるのも、余分な介在物が少ないレコード再生ならではのアドバンテージと言って良さそうだ。
色々なジャンルの音源を聴いたなかでも鮮度の高さが際立っていたアルバムが『ジェニファー・ウォーンズ/The Well』である。アコースティックギターの弦とボディの響きを色付けなく再現することに加え、ヴォーカルには期待通りの柔らかさと潤いが乗っている。それが過剰になるとアルバム全体に共通するサウンドの清涼感が損なわれてしまう心配が募るが、DARK STAR M2とSignature Goldの組み合わせはそうした鈍重な傾向とは縁がなく、澄んだ感触を狙い通りに引き出すことができた。
TRANSROTORの存在は知っていても、これまでは憧れの対象でしかなかったというレコードファンは少なくないと思う。DARK STARは素材を大胆に変更することで同社の製品を一気に身近な存在に変える重要な役割を担っている。しかし、新しい素材を採用するとはいっても、その背景となる基本コンセプトと技術的なこだわりは従来となんら変わることがなく、基本的な構造も従来製品を忠実に受け継いでいる。斬新なアプローチと技術的こだわりを同時に達成したことを歓迎するレコード愛好家は少なくないはずだ。
(山之内 正)