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PR開発者であるコルグスタッフによる技術解説も

Live Extremeは「ライブ配信の限界を打ち破るかもしれない」。音楽評論家・小野島大が大友良英×小山田圭吾の貴重ライブに感じた“可能性”

公開日 2023/04/20 12:00 小野島大(音楽評論家)/大石耕史(コルグ)
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今回の配信は44.1kHz/16bitのCD音質、96/24のハイレゾ、そして2.8MHz/1bitのDSDの3種類で行われ、リスナーはそれを自由に選べる。DSDをネイティブで再生するにはDSD対応のDACが必要で、DSD未対応の古いDACしか持ってない私は、KORGのスタッフにお願いしてKORG製のNu 1というDACをお借りして視聴した。

コルグ「Nu 1」

両者の共演のきっかけを作った故・坂本龍一から提供された音源を流しながら、エレキギターを抱えた両者がさまざまな音を重ねていく。ターンテーブル、CDJ、DJミキサー、サンプラー、カオスパッドなどを駆使していろいろな音を文字通り即興的に繰り出す。

ギター以外にも、非楽器を含む様々な「音の出る小道具=音具」が使用された

会場の最後列で見ていた私は、座って演奏していたふたりが何をやっていたかよくわからなかったが、実際の配信画面では、ふたりが非楽器を含む種々の「音の出る小道具=音具」を駆使して、さまざまなノイズを出しているのが一目瞭然。なるほど、会場で聴いた悲鳴のような音は、大友がプラスティックのカードのようなものをアナログターンテーブルにこすりつけた音なのか、水が流れるような音は木の筒のようなものを傾けて出しているのか、とか全部わかる。

だがそれだけなら通常の配信ライブと変わらない。肝心なのはその音が恐ろしく生々しく、実在感があって、それでいてしなやかで強靱なふくよかさや柔らかさを兼ね備えた素晴らしい音質で鳴っていたこと。会場音響も最高だったが、再生機器のクオリオティも含めよく整えられたリスニング環境なら、配信で聴いていたほうがいいかも、とまで思わせる。

もちろん、すぐそこで演奏するアーティストの静かな熱気や息を呑んで見つめる観客の緊張感が、楽器演奏と共に空気振動となって伝わってくるかのようなリアリティは、実際のライブには到底及ばない。また、実際のライブはアーティストのやっていることが全て見えるわけではないからこそイマジネーションを広げる余地がある。

だがDSD配信で見る/聴くライブは、それを補うような音のクリアさと実在感がある。繊細でミニマムな音をしっかり聴かせ、耳をつんざくノイズとのダイナミック・レンジの広さを実感できる。広い会場で音が拡散せず、家庭のオーディオシステムの適度に小さな音像だからこそ、その手応えがしっかり感じ取れる。現場の音響も細かい音をしっかり拾っていたが、やはりディテールの部分のデリケートな鳴りはDSDならではと思わせた。

会場の様子。観客席は30席が用意された

「これまでの配信の常識を塗り替えるような可能性があることは間違いない」



ちなみにCD音質、ハイレゾでも聴いたところ、元の音とミックスがいいのでどれも十分に鑑賞に耐えうると感じたが、ハイレゾではよりクリアで鮮明度が高くノイズフロアが低く、DSDではそれにしなやかさとレンジの広さと音の芯が感じ取れ、よりナマの音に近いと感じた。

もちろん、ここまで述べたような音質の素晴らしさはそれなりの再生環境を整えないと味わうことができない。スマホやパソコンのスピーカーから雑に聴いているのでは、ふたりの演奏の良さの100分の1、いや1000分の1も享受することができないだろう。

この配信中継のための機材の量や準備の大変さを見れば、こうしたDSD配信が全ての配信ライブで使われるようになるのは当分先の話だろうし、また全てのライブがこんな研ぎ澄まされた音質である必要もない。素朴な生ギター弾き語りでシンプルに歌われる歌や、ガレージバンドのラウドで荒々しい演奏をラジカセ一個で雑に録ったようなラフな音源が、時に精緻に計算されたマルチ録音よりも生々しく聴こえることを、我々は知っている。だが少なくともこの日聴いたDSD配信は、これまでの配信の常識を塗り替えるような可能性があることは間違いない。

DSDインターネット配信の歴史 〜DSDダウンロード配信の普及〜 by 大石耕史(コルグ)



DSDをインターネット配信する試みは、2010年8月12日にOTOTOYが清水靖晃 + 渋谷慶一郎のコンサート作品「FELT」をダウンロード販売したことから活性化した。それまでも、2Lのような海外高音質レーベルが実験的にDSDファイルを配信したり、インディーズ・アーティストが自身のサイトからDSDダウンロード提供していた例はあったが、ユニバーサルなダウンロード配信サービスでDSDを商用配信したのは、これが世界初であった。

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