サウンドクリエイトでのイベント模様をレポート
ミュンシュ、カラヤン、ロト。録音で味わうベルリオーズ「幻想交響曲」の革新性
「いびつな音」がする楽器をあえて使う「サバトの宴」
♪♪「幻想交響曲」第5楽章(グザヴィエ・ロト指揮、レ・シエクル、2019年、TIDAL)♪♪
黒崎 ロト版、結構テンポが速いですね。作曲者自身の説明によると、「彼はサバト(魔女の饗宴)に自分を見出す。彼の周りには、亡霊、魔法使い、あらゆる種類の化け物からなるぞっとするような一団が彼の葬儀のために集まっている。奇怪な音、うめき声、けたけた笑う声。遠くの叫び声他の叫び声が応えるようだ。愛する旋律が再び現れる。しかしそれはかつての気品と慎みを失っている。もはや醜悪で野卑でグロテスクな舞踏の旋律に過ぎない。彼女がサバトにやってきたのだ。と、彼女の到着に湧き上がる歓喜の喚き声。彼女が悪魔の大饗宴に加わる。弔いの鐘、滑稽な怒りの日のパロディ。最後にサバトのロンドと怒りの日が一緒になって音楽が大団円を迎える」。冒頭、恐ろしい化け物たちが寄ってきているところです。
ピューっという音(30秒/7小節)は、鳥を表しているんですが、笛のグリッサンドなんですね。弦では可能ですが、笛の場合はどうするんですか?
山之内 実際は無理なんですけど、グリッサンドに聴こえるように吹いてますよね。この後出てきたホルンですが、ベルリオーズはピアニッシッシッシモ(ピアノ4つの弱音表記)と書いています。
黒崎 ひどい作曲家だ…ヴァイオリンもピアノ3つ(15秒/4小節)、ホルンもピアノ4つ(1分16秒/19小節)。そして鐘が来ます(2分52秒/102小節)。結構正確な音程の鐘じゃないですか。
山之内 この鐘は、この曲のために作られた鐘なんですよ。2013年に開催された「ベルリオーズ・フェスティバル」のときにこの鐘を鋳造したんです。それをこの録音で使っています。
黒崎 ジャケットの裏面に写真がありますね。そこまでこだわるかという。
山之内 でもこだわる意味はあると思うんですよね。昔はカラヤンが相当こだわっていて、実際の教会の鐘を別録りして、ミキシングしてかぶせるということをやっています。実際は、再生速度を変えて調整したわけです。そういうこともやっていたカラヤンの盤、鐘が出てくるところを聴いてみましょう。
♪♪「幻想交響曲」第5楽章(ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、1974/75年、TIDAL)♪♪
黒崎 随分雰囲気違いますね。教会の鐘が出てきました(3分11秒/102小節)
キリスト教の伝統として歌われてきた「怒りの日」のモチーフ
黒崎 このままカラヤンで最後まで聴きましょう。そして「怒りの日」が始まります(3分42秒/127小節)。これ、ベルリオーズにかかると、おちょくっているのかと思うほど衝撃的な使い方です。
まず「怒りの日」が何かというと、グレゴリア聖歌には、キリスト教でいうところの「最後の審判」が歌われています。キリストが復活して、死んだ人たちみんな出てきなさいと言われて、天国と地獄に振り分けられるという部分です。
ラテン語で"Dies Irae,dies illa, solvet saeclum in favilla. solvet saeclum in favilla, teste David cum sibylla"。怒りの日は、世界を灰に帰すべし。ダビデとシビラの予言通りに。それが「怒りの日」。これはずっとキリスト教の伝統で歌われてきて、レクイエムの中には大体この「Dies irae(怒りの日)」が入ってます。
ここで、グレゴリオ聖歌の「Dies Irae」を聴いてみたいと思います。
♪♪グレゴリオ聖歌「怒りの日」(コンラート・ルーラント指揮、ミュンヘン・カペラ・アンティクァ合唱団、2015年、TIDAL)♪♪
黒崎 Dies Irae Dies illaって単なる音符の動きなのに、こんなに悲劇を表現できている。すごい音符だと思うんですが、グレゴリオ聖歌は12-3世紀からずっと教会では歌われてきて、おそらくヨーロッパ人の、特にカトリックの人々の信仰の深いところの対象なわけですよね。
ちなみに、「Dies Irae」は他でも使われていて、一番有名なのはモーツァルトのレクイエムですね。それを聴いてみます。
♪♪モーツァルト「Requiem」(テオドール・クルレンツィス指揮、ムジカ・エテルナ、2020年、TIDAL)♪♪
山之内 劇的な高まりはもう言うことなしですけど、すごいですよね。だいぶ違うものになりますが、ブリテンの戦争レクイエムも聴いてみますか。ブリテンの自作自演で、1963年の日本の第一回レコード・アカデミー大賞を取ったもので大変な優秀録音です。
♪♪ブリテン「War Requiem(戦争レクイエム)」(ベンジャミン・ブリテン指揮、ロンドン交響楽団、1963年、TIDAL♪♪
黒崎 Dies iraeっていうおそらくヨーロッパキリスト教伝統の一番根底にあるような旋律。それが、魔女の夜会に出てくるっていうのが皮肉ですよね。
「いびつな音」がする楽器をあえて使う
♪♪「幻想交響曲」(グザヴィエ・ロト指揮、レ・シエクル、2019年、TIDAL)♪♪
黒崎 ベルリオーズの5楽章の続きをもう少し聴いてみます。鐘が鳴ります(2分53秒/102小節)。ここでファゴットが使われています。
山之内 フランスの「バソン」というファゴット族ですけど、ドイツのファゴットと少し構造が違います。ベルリオーズの指定は4本ですね。ここは単旋律、それを4人で吹かせています。実はこの旋律は、「オフィクレード」という、低音パート専用の楽器もファゴットに重ねて演奏します。19世紀初頭に発明された、金管楽器と木管楽器の間ぐらいの楽器です。
いまではテューバで演奏することが多いです。カラヤン盤も多分そうだと思いますけど、テューバで聴き慣れている耳でこのロト盤を聴くとなんか変だな、こんな音だっけなって思うかもしれないですけど、おそらくベルリオルーズが意図したのはこちらですね。
黒崎 ファゴット(バソン)4本がユニゾンで吹いているのと同時に、オフィクレードとセルパンというもの。セルパンはヘビみたいな形の楽器で、そのセルパンとオフィクレードで弾けと。
山之内 このセルパンもそうですけど、とにかく変な音がするんですよ。変わった音色なので、聴き手としては鳴った瞬間びっくりするんですよね。それが狙いだと思いますけど。
黒崎 高貴な「怒りの日」を、そんなヘンテコな楽器でわざと鳴らしているというところが「やってるな〜」という感じ。
山之内 現代の洗練された音色の楽器でやるよりは、ぎこちなかったり、ちょっといびつだったり、そういう音のほうを狙っているんですよね。セルパンはよく楽器博物館に置いてあるんですけど、滅多に実演では使わない。難しいし、変な音とか言っちゃ失礼なんだけど、変な音なんですよ。でもこのLINNのシステムだったら聴き分けられます。
黒崎 怪獣映画に出てくるみたいな音だな(4分28秒)。一拍遅れて弾きずる音がチェロとコントラバス(4:33/404小節)、続いてロンドの出だしみたいな(5:10/414小節)。ここから魔女のサバトの雰囲気で、鐘が鳴って、怒りの日が鳴って、魔女のロンド、カエルの輪唱みたいなフーガが鳴り始めた。狂乱になっていく中に怒りの日が混ざって、最後にロンドと合体して大団円を迎えて終わるという…そういう構成ですね。
9分あたり、弦楽器で普通は弓で弾くんですけど、ひっくり返して木の部分で叩くコル・レーニョですが、ものすごく上手く使われています(9:06/444小節)。
山之内 骸骨の踊りですよね。イメージとしてはね。実は5楽章があんまり好きじゃなかったですよ。なんで最後、こうなっちゃうのかと。それで最後までこの曲でイベントするのを抵抗したんです(笑)。
ただこの曲は、音響的な聴きどころが多いのは間違いありません。さっきのコル・レーニョもそうですし、テーマそのものがクラリネットの一番短いもので吹くんですけど、この当時ものすごく画期的で、他に使っている人がいないんです。とにかく奇妙で、ちょっと下品で嫌な音ですよね。嫌な音をわざと出すような楽器の使い方が多いんですけど、それを総動員していますよね。まぁ、ロト盤はコル・レーニョが上手すぎて…。
黒崎 上手すぎますよね。あんなに見事なコル・レーニョ聴いたことない。
山之内 普通は泡立つような嫌な感じになるだけなんですけど、正確にやっていてびっくりしました。ベルリオーズのアイデアってどこから湧いてきたのかなと思わせるぐらいに、彼の生きた時代の最新の楽器の知識もあり、それから演奏方法の知識もあり、あるものを自分で編み出している。