公開日 2011/09/27 16:22
クラシックギター奏者・福田進一さん特別インタビュー − 楽器とホールが響き合う「空気感」を聴いてほしい
パリ・デビュー30周年記念アルバム配信スタート
国内外の第一線で幅広い活躍を続けるクラシックギタリスト・福田進一さん。権威あるパリ国際ギターコンクールで優勝を果たしてから今年で30年目を迎え、節目の年を記念したアルバムが、この9月からマイスター・ミュージックから発売されている。今回ははじめてハイレゾ(96kHz/24bit)での配信版も用意。真空管マイクでのワンポイント録音にこだわるマイスター・ミュージック自慢のサウンドで、福田さんが生み出す音楽を存分に味わうことができるタイトルだ。
【福田進一 パリ・デビュー30周年記念アルバム】
・シャコンヌ 〜J.S.バッハ作品集 I
・セビーリャ 〜スペイン名曲集〜
・エストレリータ 〜ラテン・アメリカ名曲集〜
パリ国際ギターコンクールのファイナルで弾いた「バッハ:チェロ組曲第6番」を含む「シャコンヌ 〜J.S.バッハ作品集 I」は今年2月の新録。スペイン/南米の曲を集めた2タイトルは、既に発売中の人気CDにリマスタリングを施した新バージョンとなる。
今回は福田さんに、このたび発売される新タイトルへの思いや、ハイレゾ音源について感じていることをインタビュー。録音を担当したマイスター・ミュージックの平井義也氏にもお話をうかがった。
■ ■ ■
−− 福田さんはこれまで国内の様々なレーベルから60タイトル以上ものCDをリリースされています。マイスター・ミュージックとの出会いはどんなものだったのでしょうか?
福田氏:パリ国際ギターコンクールで優勝して以来さまざまなレーベルさんからCDを出させていただきました。僕のなかにはもともと、ガット弦を張った19世紀ギター(ロマンティックギター)で、その時期に活躍していた作曲家の作品を中心に紹介していきたいという思いがあったのです。その思いと、マイスター・ミュージックさんの方向性が一緒だったということで、お付き合いがはじまりました。
もちろんマイスター・ミュージックさんの録音技術も理由のひとつです。クラシックギターは、ギターから出ている音だけでは成立しない。ギターと触れているところから体に入ってくる音とか、楽器の近くで聞こえる音を「ギターの音」だと思っている人は多いのですが、僕は楽器とホールの響き合い − 空間全体を録れる録音でないと意味がないと考えています。
−− 今回新録した「バッハ作品集」はどのように録音されたのですか?
平井氏:福田さんのギターから7〜8mほど離れた場所にマイクを置いています。通常はもっと近く、2〜3mくらいのところに置くので、これは結構異例のことなんです。このくらい離れると、楽器の直接音もホールの間接音もほどよく混ざり合うので、ホールの一番いい場所で聴いているような音が録れるのです。
福田氏:みなとみらいで録音するのも今回が6回目で、だんだんと掴んできた感じがしますよね。初めて録音した頃なんかは、響きが足りなくて僕の後ろについたてを置いてみたりと、録ったものを確認しながら試行錯誤を重ねましたもんね。
−− 今回、バッハのアルバムは「ギターならではの柔軟さや音色の変化など楽器の特性をより生かした演奏にしたい」という福田さんの狙いがあったそうですが、録音の際はどういったことに気を配ったのでしょうか?
平井氏:いちばんは「楽器以外の振動をなくす」ということですね。マイクを支えているマイクバーは「M2052制振合金」で造られており、マイクスタンドには共振止めをしております。マイクとマイクアンプ間のケーブルは6Nのケーブルを使用し高密度な伝送が出来ます。マイクやマイクアンプは真空管製を使用していますので柔らかな音色が録れます。デジタル化した信号はSSDに保存されます。
福田氏:今回配信される音源を聴きましたが「ここまで来たか」と思いました。僕はこれから先の音源というのは「空気」が重要になると思うんです。演奏が始まったとたん、その空間に引きずり込まれるような感覚が呼び起こされるもの、血の通った音がするものですね。ハードが進化していって、限りなく空気感を伝えられるものになるのは嬉しいですね。
平井氏:バッハのシャコンヌの冒頭で、福田さんが弾き始める前に「スウッ」と息を吸っているのが聞こえるんですよ。そこに人がいて演奏しているんだ、ということがすごく伝わってくるんじゃないかと思います。
−− 確かに、息づかいはもちろん、弦を弾く指の感触まで伝わってくるように思いました。
福田氏:ギターという楽器自体が微妙なノイズのかたまりなので、そういうものまで全て録れる録音でないとダメだと思いますね。
配信ですごいなと思うのが、回転しているものがないということ。LPもカセットもぐるぐる回っていたわけじゃないですか。そして、ノイズの向こう側の音楽を、頭のなかで排除して聴いていた。技術が進歩してそういう障害がなくなった時、聴き手はもっと人間的なものとか、音楽そのものに意識を向けられるようになるんじゃないかと思うんです。そうなると今度は、音楽そのものが魅力的でないと、釣り合いが取れなくなりますね。
−− デジタル技術の進歩により、空気感といったアナログライクな感覚まで録りこめるようになったという点も、データ配信の面白いところと言えるかも知れませんね。
福田氏:たとえばギターの弦がナイロンかガットかで出てくる音が変わりますが、そういう音の違いまで楽しめるようになると面白いですよね。
音楽配信はこれからもっと日常のなかに溶け込んでくると思いますが、そうなったときに音楽のかたちがどう変わるか楽しみです。
■ ■ ■
−− シャコンヌについては11年前に「シャコンヌ〜福田進一プレイズ・バッハ」というタイトルでCDを出されています。今回の新録と何か変わったところはありますか?
福田氏:使っている楽器が変わったし、編曲も変えました。録音したホールも違いますしね。
11年前の録音では、ロベール・ブーシェという巨匠が作った楽器を使っていました。今回はそういうものに頼らず、自分の腕だけでやろう、人間味ある音を出そう、という風に意識が変わりましたね。昔はもっとマエストロっぽく弾いてやろうと思っていたのですが、今はもう少し等身大でやろう、と思っています。自然に任せて弾いている感じです。
−− 新しい編曲にしたのは、どういった理由があるのでしょうか。
福田氏:「こうでなければいけない」というのを無くしたいな、と思ったんです。
−− 編曲作業をするうえで大変だったところはありましたか?
福田氏:ギターは柔軟性のある楽器で、1本で多声的な音楽ができるので、困ったことはまだ無いですね。技術上どうしても弾けないというところも、これから先もあまりないと思います。
編曲をする上で一番気に留めていたのは、一般的なクラシックファンが聴いて「何か変だな、違和感があるな」と思われないものにしようということでした。
今僕らが弾いているギターは150年くらいの歴史しかない、すごく最近の楽器なんです。当然バッハの時代には今のギターはない。一見似た楽器でリュートがありますが、源は全く違うし調弦システムも異なる別の楽器です。言ってしまえば、バッハをギターで弾くのはインチキなんですよ。バッハが知らない楽器でバッハの音楽をやるのですから、「もしバッハが、ロマン派の産物である現代ギターを使ったらどう弾いただろうか?」を考えて、バッハの曲のメッセージをギターを通じて表現できるようにしたいと思いました。
僕は「いい語り手になりたい」といつも思っています。楽器や媒体は、ひとつの作品を語るための衣装や舞台装置みたいなものだと思うんですね。スタンダードでない衣装や舞台装置を使うときは、作品の持つ精神的な部分を考えないといけない。
音楽は演技でしかないと思うんです。聴き手の期待を裏切ってはいけないけど、上手に裏切ると相手は喜ぶ。そういうのを上手くできるといいなと思っています。
−− バッハの音楽は非常に奥深く、解釈が難しいイメージがあるのですが、曲の精神性を損なわず編曲するのはとても大変だったのではないでしょうか。どういったステップを踏んで編曲を行っていったのですか?
福田氏:一番大事なのは「直感」ですね。最初に何を思ったかを一番大事にしています。こねくり回すとだいたい変な方向に行ってしまうので…。一旦手をつけて、しばらく寝かせて、関連する本や音源を聴いたりして、また手をつけて…というような反復作業を繰り返して、少しずつ近づいていくしかないのではないでしょうか。でも最終的には一番最初の直感に戻ってしまうことが多いですね。
今回のバッハのトラック順も、そういう直感で決めました。ランダムでやるっていうのをしてみたいなと思っているんです。
来年以降もコンスタントにバッハ作品を録音していきたいと思っていて、2015年には、ギターで演奏可能なリュート/ヴァイオリン/チェロのための全ての無伴奏作品を録音し終わる予定です。
−− とても楽しみです。有り難うございました。
【福田進一 パリ・デビュー30周年記念アルバム】
・シャコンヌ 〜J.S.バッハ作品集 I
・セビーリャ 〜スペイン名曲集〜
・エストレリータ 〜ラテン・アメリカ名曲集〜
パリ国際ギターコンクールのファイナルで弾いた「バッハ:チェロ組曲第6番」を含む「シャコンヌ 〜J.S.バッハ作品集 I」は今年2月の新録。スペイン/南米の曲を集めた2タイトルは、既に発売中の人気CDにリマスタリングを施した新バージョンとなる。
今回は福田さんに、このたび発売される新タイトルへの思いや、ハイレゾ音源について感じていることをインタビュー。録音を担当したマイスター・ミュージックの平井義也氏にもお話をうかがった。
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−− 福田さんはこれまで国内の様々なレーベルから60タイトル以上ものCDをリリースされています。マイスター・ミュージックとの出会いはどんなものだったのでしょうか?
福田氏:パリ国際ギターコンクールで優勝して以来さまざまなレーベルさんからCDを出させていただきました。僕のなかにはもともと、ガット弦を張った19世紀ギター(ロマンティックギター)で、その時期に活躍していた作曲家の作品を中心に紹介していきたいという思いがあったのです。その思いと、マイスター・ミュージックさんの方向性が一緒だったということで、お付き合いがはじまりました。
もちろんマイスター・ミュージックさんの録音技術も理由のひとつです。クラシックギターは、ギターから出ている音だけでは成立しない。ギターと触れているところから体に入ってくる音とか、楽器の近くで聞こえる音を「ギターの音」だと思っている人は多いのですが、僕は楽器とホールの響き合い − 空間全体を録れる録音でないと意味がないと考えています。
−− 今回新録した「バッハ作品集」はどのように録音されたのですか?
平井氏:福田さんのギターから7〜8mほど離れた場所にマイクを置いています。通常はもっと近く、2〜3mくらいのところに置くので、これは結構異例のことなんです。このくらい離れると、楽器の直接音もホールの間接音もほどよく混ざり合うので、ホールの一番いい場所で聴いているような音が録れるのです。
福田氏:みなとみらいで録音するのも今回が6回目で、だんだんと掴んできた感じがしますよね。初めて録音した頃なんかは、響きが足りなくて僕の後ろについたてを置いてみたりと、録ったものを確認しながら試行錯誤を重ねましたもんね。
−− 今回、バッハのアルバムは「ギターならではの柔軟さや音色の変化など楽器の特性をより生かした演奏にしたい」という福田さんの狙いがあったそうですが、録音の際はどういったことに気を配ったのでしょうか?
平井氏:いちばんは「楽器以外の振動をなくす」ということですね。マイクを支えているマイクバーは「M2052制振合金」で造られており、マイクスタンドには共振止めをしております。マイクとマイクアンプ間のケーブルは6Nのケーブルを使用し高密度な伝送が出来ます。マイクやマイクアンプは真空管製を使用していますので柔らかな音色が録れます。デジタル化した信号はSSDに保存されます。
福田氏:今回配信される音源を聴きましたが「ここまで来たか」と思いました。僕はこれから先の音源というのは「空気」が重要になると思うんです。演奏が始まったとたん、その空間に引きずり込まれるような感覚が呼び起こされるもの、血の通った音がするものですね。ハードが進化していって、限りなく空気感を伝えられるものになるのは嬉しいですね。
平井氏:バッハのシャコンヌの冒頭で、福田さんが弾き始める前に「スウッ」と息を吸っているのが聞こえるんですよ。そこに人がいて演奏しているんだ、ということがすごく伝わってくるんじゃないかと思います。
−− 確かに、息づかいはもちろん、弦を弾く指の感触まで伝わってくるように思いました。
福田氏:ギターという楽器自体が微妙なノイズのかたまりなので、そういうものまで全て録れる録音でないとダメだと思いますね。
配信ですごいなと思うのが、回転しているものがないということ。LPもカセットもぐるぐる回っていたわけじゃないですか。そして、ノイズの向こう側の音楽を、頭のなかで排除して聴いていた。技術が進歩してそういう障害がなくなった時、聴き手はもっと人間的なものとか、音楽そのものに意識を向けられるようになるんじゃないかと思うんです。そうなると今度は、音楽そのものが魅力的でないと、釣り合いが取れなくなりますね。
−− デジタル技術の進歩により、空気感といったアナログライクな感覚まで録りこめるようになったという点も、データ配信の面白いところと言えるかも知れませんね。
福田氏:たとえばギターの弦がナイロンかガットかで出てくる音が変わりますが、そういう音の違いまで楽しめるようになると面白いですよね。
音楽配信はこれからもっと日常のなかに溶け込んでくると思いますが、そうなったときに音楽のかたちがどう変わるか楽しみです。
■ ■ ■
−− シャコンヌについては11年前に「シャコンヌ〜福田進一プレイズ・バッハ」というタイトルでCDを出されています。今回の新録と何か変わったところはありますか?
福田氏:使っている楽器が変わったし、編曲も変えました。録音したホールも違いますしね。
11年前の録音では、ロベール・ブーシェという巨匠が作った楽器を使っていました。今回はそういうものに頼らず、自分の腕だけでやろう、人間味ある音を出そう、という風に意識が変わりましたね。昔はもっとマエストロっぽく弾いてやろうと思っていたのですが、今はもう少し等身大でやろう、と思っています。自然に任せて弾いている感じです。
−− 新しい編曲にしたのは、どういった理由があるのでしょうか。
福田氏:「こうでなければいけない」というのを無くしたいな、と思ったんです。
−− 編曲作業をするうえで大変だったところはありましたか?
福田氏:ギターは柔軟性のある楽器で、1本で多声的な音楽ができるので、困ったことはまだ無いですね。技術上どうしても弾けないというところも、これから先もあまりないと思います。
編曲をする上で一番気に留めていたのは、一般的なクラシックファンが聴いて「何か変だな、違和感があるな」と思われないものにしようということでした。
今僕らが弾いているギターは150年くらいの歴史しかない、すごく最近の楽器なんです。当然バッハの時代には今のギターはない。一見似た楽器でリュートがありますが、源は全く違うし調弦システムも異なる別の楽器です。言ってしまえば、バッハをギターで弾くのはインチキなんですよ。バッハが知らない楽器でバッハの音楽をやるのですから、「もしバッハが、ロマン派の産物である現代ギターを使ったらどう弾いただろうか?」を考えて、バッハの曲のメッセージをギターを通じて表現できるようにしたいと思いました。
僕は「いい語り手になりたい」といつも思っています。楽器や媒体は、ひとつの作品を語るための衣装や舞台装置みたいなものだと思うんですね。スタンダードでない衣装や舞台装置を使うときは、作品の持つ精神的な部分を考えないといけない。
音楽は演技でしかないと思うんです。聴き手の期待を裏切ってはいけないけど、上手に裏切ると相手は喜ぶ。そういうのを上手くできるといいなと思っています。
−− バッハの音楽は非常に奥深く、解釈が難しいイメージがあるのですが、曲の精神性を損なわず編曲するのはとても大変だったのではないでしょうか。どういったステップを踏んで編曲を行っていったのですか?
福田氏:一番大事なのは「直感」ですね。最初に何を思ったかを一番大事にしています。こねくり回すとだいたい変な方向に行ってしまうので…。一旦手をつけて、しばらく寝かせて、関連する本や音源を聴いたりして、また手をつけて…というような反復作業を繰り返して、少しずつ近づいていくしかないのではないでしょうか。でも最終的には一番最初の直感に戻ってしまうことが多いですね。
今回のバッハのトラック順も、そういう直感で決めました。ランダムでやるっていうのをしてみたいなと思っているんです。
来年以降もコンスタントにバッハ作品を録音していきたいと思っていて、2015年には、ギターで演奏可能なリュート/ヴァイオリン/チェロのための全ての無伴奏作品を録音し終わる予定です。
−− とても楽しみです。有り難うございました。
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