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公開日 2004/01/01 01:06
東京フィルメックスディレクター 林 加奈子氏 インタビュー その3
第4回東京フィルメックスコンペティションで最優秀作品賞コダックVISIONアワードを受賞した中国のニン・ハオ氏 |
目次
第一部
<12月29日掲載>
1 東京フィルメックスとは?
2 東京フィルメックス開催までの経緯
3 映画祭ディレクターになるまで
4 勝手に開催することはできない国際映画祭
5 国際映画祭のプログラム選定とは?
6 作品選考の基準
<12月30日掲載>
7 映画のことはみんなわかっていると思うのは大間違い
8 アジアから発信する映画祭
9 観客との信頼関係ができるということ
10 期間限定の映画祭だからこそできること
11 監督を刺激した日本の観客の反応
12 コンペティションは自分にとっても切実な場
第二部 目次
<12月31日掲載>
13 日本映画に英語字幕を入れた清水宏監督特集
14 映画がつながってみえてくる
15 映画祭ミラクルが起こる時
16 ミラクルの起きた「港の日本娘」の上映
17 今観るみる映画のすべてが今の新しい映画だ
<1月1日掲載>
18 世界の映画祭・・・世界のヌーベルヴァーグを特集するトリノ映画祭
19 先進的な発信型映画祭、ベルリン映画祭フォーラム部門
20 映画の未来を作っていく映画祭
21 映画祭は交流の場
22 ホームシアターで映画祭をすること
23 映画の楽しみ方ははかりしれない。
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インタビューの後半は、映画史的な映画を上映する意義や、外国の国際映画祭についての興味深いお話、そして、ホームシアターで映画を見ることについてのご意見を伺った。
○ 13 日本映画に英語字幕を入れた清水宏監督特集
− 今回、東京フィルメックスでは、東京国立近代美術館フィルムセンターと共催で、清水宏特集をされています。このような映画史的な映画の上映も特に目ざされていることのひとつですね。
林: 映画祭が一番大事なことは、映画を通した受発信ができることだと思うんですね。東京フィルメックスでは、受信側としては、特別招待作品で、現在の世界の巨匠たちの作品を紹介していますが、これは、今年の世界の映画界でこんなすごい作品があったということをお知らせする意図です。コンペはアジアの若手の作品を紹介します。
そのほかに、発信という意味から、例えば清水宏特集では、意識的に日本映画に英語字幕をつけたプリントを上映しています。日本人以外の観客を意識しているわけです。清水宏は小津安二郎と同年生まれの監督で、今回、フィルムセンターでは、両監督の特集が同時に開催されることになりましたね。
これを見て、小津さん以外にも、清水宏という日本の監督がいるということを再評価していただきたい。もちろん日本人の方にも見ていただきたい。今回、これをきっかけにして、他の映画祭からも、すでに清水監督作品の上映リクエストがきました。
− 清水作品の英語字幕は、新たに東京フィルメックスが入れたのですか?
林: 上映作品のセレクションは、こちらでしましたが、字幕制作の予算はないので、フィルムセンターと国際交流基金と川喜多映画財団が所蔵しているプリントをお借りしました。そのうちの「簪」(1941年松竹大船・田中絹代主演)と「歌女おぼえ書」(1941年松竹大船・水谷八重子主演)は、フィルムセンターが今回新たにニュー・プリントを焼いてくれました。「恋も忘れて」(1937年松竹大船・桑野通子主演)は国際交流基金がニュープリントを焼いてくれました。あとは、あるプリントで状態の良いものをお借りして全部で10本を選び
ました。
− フィルムセンターでの清水宏特集には、コンペティション審査員長のエイゼンシッツさんもいらしていましたが、エイゼンシッツさんは、閉会式で、東京フィルメックスの観客の集中度を賞賛されておられましたね。
林: いろいろな方と一緒に映画を見るということで、若い人たちが映画に対して大事な気持ちをもってくださったり、レンタルビデオで借りるときでも、ただ、今流行っているから選ぶということだけでじゃなくて、これ、東京フィルメックスで上映していたけど、どんな映画だろうか、ということで、見るきっかけにしていただければ、映画って人生を変えるぐらいすごいものもあるわけですから、うれしいですね。
− 一緒に見ている人の反応っていうのに、言葉に出さなくてもいろいろ感じたりということもありますね。
林: それも大事ですね。まさに、今回の監督たちは、そういう観客の反応を目の当たりにして、みんな喜んで帰ってくださったなあと思います。
○14 映画がつながってみえてくる
− 林さんは、映画祭ミラクルということをお書きになっておられますが、それについて、うかがえますか?
林: 例えば、上映作品のリサーチは前回の映画祭が終わったときからすでに始まっていますから、すでに1,2月から、情報として、今年はイラン映画は収穫の年だなあということは、わかっていました。それじゃあ、イラン映画の特集をやってみようかな、ということはあったんですが、やっぱり実際に映画を見るまではわからないわけです。上映映画を集めだしてみたら、やっぱり今年のイラン作品にはすごい作品が集まってきて、結局今年の上映作品36本のうち、11本がイラン映画になりました。
監督は映画1本1本で世界をきちっと描いていらっしゃるわけなんですけれど、私達映画祭を運営する側というのは、全体のプログラムで一つの主張というか、私達が演出したものをお見せしていくわけで、そうしたときに、今年のイランの強さとか、そういうのが、自然につながってくるんですね。
− いくつかの映画を見ることで、見えてくるものがあるわけですね。
林: 清水宏特集を組むために、作品を見ていたんですが、清水監督の「しいのみ学園」(1955年新東宝・宇野重吉主演)の主役の子は、河原崎健三なんです。それが、今年審査員をお願いした森崎東監督のデビュー作「喜劇・女は度胸」(1969年松竹・渥美清・沖山秀子等)に、ほとんど主役で出ていたんですよ。そういうのが、つながってくるんですよね。「女は度胸」には、清水宏作品の「母情」(1950年新東宝)で主演された清川虹子さんも、大いに存在感を発揮していらっしゃるんです。
− それは、まったく偶然発見されたわけですか?
林: もちろんです。そうしたときに、あっ、これで形が整うな、今度の映画祭はこれでいけるな、というのが見える瞬間があるんですよ。それが私達のなんとも知れないカタルシスなんです。
○15 映画祭ミラクルが起こるとき
林: 今年は、クロージングで森崎東監督の新作「ニワトリはハダシだ。」(2003年)をプレミア上映しました。そのときに、この新作を皆さんに、より深く、もっと楽しんでいただくために、「喜劇・女は度胸」を含む3本で、、森崎東オールナイトという特別上映も組みました。その1本、「黒木太郎の愛と冒険」(1977年ATG・田中邦衛、倍賞美津子等)に、まさに財津一郎さんが「ニワトリはハダシだ」というセリフを呟く場面が出てくるんです。そして、東京フィルメックス実行委員会の理事長になっていただいている岡本喜八監督が、ご出演までしていらっしゃる。こういう映画祭ミラクルというようなことが起こ
ってくるんです。
東京フィルメックスのメールニュースでも書いたことですが、映画祭というのは、映画をどうプログラムして、どう見せる事がそれぞれの作品を一番輝かせる事が出来るのかを考える作業になります。今回、これを上映しなくてどうして今年の第4回東京フィルメックスの成功があるでしょうかという、そういう気持ちで、森崎ナイトのプログラムが決まりました。この企画は監督自身にも大変喜んでいただきました。
○16 ミラクルの起きた「港の日本娘」の上映
− 今回の映画祭では、生伴奏つきの上映もありましたね。
林: 清水宏監督の「港の日本娘」(1933年松竹蒲田)は、今回、生伴奏をつけて上映しました。素晴らしいことに、これにご出演されている井上雪子さまという女優が、会場に自ら自発的にいらしてくださったんです。現在88歳の方なんですが、ご出演されたときは18歳で、70年ぶりにご自分の出演された映画を観客と一緒にご覧になったわけなんです。井上さんのことは、事前にお調べして、会場におよびしようかどうか迷っていたんですが、ご高齢でご体調のこともありましたので、あきらめていました。そしたら、ご本人からお電話をいただいて、事務局がわーっともりあがっちゃったんですよ。それで、井上さんがその雰囲気を喜んでくださって、行ってもいい感じよ、ということで、妹さんと来てくださいました。
− ご高齢をおしてご姉妹で会場までこられたのですね。
林: 来ていただいた時に、舞台の袖にひかえていただいて、上映後に舞台でご紹介するというやりかたをすれば、ショーアップとしてはいいかもしれないんですが、観客のお一人として皆さんと一緒に見ていただいて、お客様と一緒にいる井上さんを座席でご紹介させていただきました。それが東京フィルメックスらしいやりかただと思いました。そうして、一言お話をいただきました。
いらしていただけるかどうか、メッセージまでお願いできるか、直前まで、わかりませんでした。本当に、これぞミラクルですよ。ギャラをお支払いさせていただいてお願いしたりとか、そういうことでは全然ないんですよね。
ご本人が、もうこの映画をやってもらう機会はないだろうから、見ることのできる機会がないだろうから行きたいとおっしゃってくださって、妹さんが、姉が行きたいというので連れてきちゃったんですって、おっしゃっられて。
私たちも本当に感激いたしました。
− ずいぶん昔の映画でも、そうやって上映して、感激をもって見ることで、その映画がまた活き活きと生きかえるんですね。
林: この上映は、チャンチキトルネエドというグループで生演奏付きだったのですが、井上さんが非常に喜んでくださったのは、若い人がこんなに来てくださっていて、うれしいわねえっとおっしゃられて。清水宏さんに見せたかったわね、という感じで帰ってくださいましたね。私達にとっては、生伴奏付き上映というのは、非常にチャレンジだったんですけれど、本当にやってよかったという達成感がありましたね。
○17 今観る映画のすべてが今新しい映画だ
− お話をうかがっていると、映画祭というのは、映画をライヴとして生かす場ですね。
林: ええ、そうですね。観客が印象に残った映画を選ぶという観客賞の対象として、東京フィルメックスでは、旧作でも新作でも、上映される映画を全部対象にしているのですが、今年は、結局、清水宏の「簪」(1941年)が観客賞を受賞しました。
それについて、審査委員長のエイゼンシッツさんが最後の受賞式の時に触れられて、映画には、たとえ昔につくられたものであっても、昔のものとか新しいものとかはない、今観る映画のすべてが、今の新しい映画なんだという素晴らしいコメントをいただいたんです。
それを聞いて、あらためて、ああ、そうなのか、と思いましたね。自分達で映画祭をやっていながら、他の映画祭では、そういえば、クラッシックの映画作品が観客賞の対象になっているのは、ないかなあと改めて気がついたというか。私たち達にとっては、自然なことなんですよ。二年前に岡本喜八さんの特集をやったときも、岡本さんの「血と砂」(1965年・東宝=三船プロ)が、観客賞に選ばれたんですけれど、そういうのもおもしろいじゃないですか。
− エイゼンシッツさんのご指摘で、そういうことは他の映画祭では珍しいということに気がつかれたという。
林 私達は、普通のことを普通にやっているつもりだったので、あ、そうか、と思ったんですね。ああいう世界的な映画史の専門家の方が、私達のやっていることを前向きに評価してくださるということが、私達にとって、どんなに励みになることかということでしたね。この路線でいいんだなあということでしたね。
− そして、映画祭では、観客を大事にすると同時に、作家たちを大事に。
林 それは、もう一番大事ですね。
− それで本当に、観客と映画をつなぐという。
林 それですよね、映画祭の仕事って。まさに、お見合いで人を紹介するように(笑)。(つづく)
(2003年12月3日 取材・構成 山之内優子)