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公開日 2014/04/21 12:38

【インタビュー】フィリップスのデジタル絵本『おとはこびと』 − “正しい音とは何か”を伝えたい

プロデューサーの神林氏にインタビュー
ファイル・ウェブ編集部
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■フィリップスが手がける「正しい音を伝える」ことがテーマのデジタル絵本

「おとはこびと」というデジタル絵本がアップル社のiBooksで無料配信されているのをご存じだろうか。

『おとはこびと シッピルと本当の音』

何よりもまず、実際にこのデジタル絵本を読んでいただきたいのだが、記事にあたって簡単に物語を紹介したい。主人公は音を運ぶ「音運人(おとはこびと)」のシッピル。彼女は正しい音を伝えるという使命を持っている。正しい音を伝えようとするシッピルの前には、それを邪魔するものが現れるが、それでも冒険は続いていく・・・。物語の冒頭ではこんな言葉が語られる。

「生きている音たちは、少しも大人しくはこばれてくれません。
 おちつきがなく、キズつきやすい音たちを
 ひとつもなくさず、こわさず、ぐちゃぐちゃにせず、
 生まれたまんまの姿で届けるのは大しごと!」

主人公のシッピルは、本当の音を正しく伝えることを使命としている

この「おとはこびと」は最新の電子書籍フォーマットで作られており、ページをめくると画がアニメーションとして動き出す。そして、音楽が流れる。ただ読むだけではなく、物語を体感できる絵本となっている。

実はこの作品、Fidelioシリーズのヘッドホンでもお馴染みのフィリップスが、同社の製品づくりの根幹にある「正しい音」の本質をより多くの人に知ってもらいたいと世に送り出したものだ。

今回、「おとはこびと」を担当した(株)フィリップスエレクトロニクスジャパンの國村太亮氏、そして制作を手がけたプロデューサーの神林カズヒロ氏に、この絵本に込められたコンセプトと想い、そして制作秘話を伺う機会を得た。

■本当の音を探すためのプロセスが「絵本」に結実

Fidelioシリーズのプロモーションを手がける國村氏は、同社のオーディオ製品のコンセプトである「原音忠実」、音を正しく伝えるという思想を、もっと広く伝えたいと考えていた。そこで、何かできないかと神林氏に声をかけたのだという。あくまでもスタートラインは「いい音ってどんな音だったのだろう」と改めて考えることであり、最初の段階で「デジタル絵本」という構想はまだなかったという。

Philips“Fidelio”「X1」

神林カズヒロ氏は、Webコンテンツや映像を手がけるプロデューサーだ。CM制作プロダクションに在籍した後にインターネットコンテンツ企画制作へシフトし、1999年からは今回の「おとはこびと」を手がけたクリエイティブチーム「ガストノッチ」における活動開始した。神林氏はこれまでも著名なWebサイトの作成を手がけており、現在公開されているNew YorkerのキャンペーンWebサイトなども、彼のチームの仕事である。

プロジェクトが始まった当時について、神林氏は以下のように回想する。「國村さんからは、『正確な音を伝える』というテーマを何かに具現化したい、というお話をいただきました。私はコマーシャル畑の出身で、主にウェブ広告を多く手がけてきましたので、それなら自分のフィールドで『音』をテーマに何か面白いことをやろうと思ったのです」。

しかし、その最初の段階で神林氏はある考えに至った。「このプロジェクトを始動してはたと気づいたのは、私自身が『音』というものを本当に理解できているのか、ということでした。私がまず、音を理解する必要があったのです。そして、サウンドに関係した様々な専門家にお話を伺いに行きました。まさに音探しの旅ですね」。様々な音響関係者やミュージシャンに話を聞いていくなかで、神林氏はひとつの「音の聴き方」を理解したのだという。これを何に落とし込むかと考えたとき、初めて絵本という発想が生まれた。

音を正しく伝えようとするシッピルの前には、様々なジャマ者が現れる

「私は『良い音』という日本語を誤って理解していたと思います。良い音イコール自分の好きな音、ではないのです。それをいかに表現して伝えていこうかと考えました」と神林氏は語る。「『良い音』という言葉の定義は民俗学的にも様々です。ヨーロッパと日本の違いも大きいはずでしょう。原音忠実といいますが、教会音楽やストリートミュージシャンが身近にいるヨーロッパと、日本では果たして同じ意味なのか。ちゃんと伝わっているのだろうかと。この絵本を作るにあたり、こういうレベルから考えました」。

神林氏は良い音を知るために、秋葉原のオーディオショップにも足を運んだ。「『音のことを知りたいので、教えてください』と正直に頼みました(笑)。そこでも様々な話を聞くことができましたが、ミュージシャンにその話をしたら、当たり前じゃあないですかと。このようなことを繰り返して学んだことを一言では言えないし、CMにもできない。その内容はたしかに方法として面白いけれど、なんだか説教臭くなってしまう。そこでたどり着いた結論が絵本だったのです」。

■デジタルで日本画を描く「ファインアートと漫画の中間」

『おとはこびと』はePub3という最新の電子書籍フォーマットで作られている。世界的な汎用フォーマットであるePub3に日本語が対応したのを機に、デジタル絵本を作るなら多彩な表現ができる最新技術で、という考えから採用したのだという。ePub3ならばアニメを加えることも、サウンドを入れることもできる。神林氏自身がePub3を手がけるのは初だったが、これまでのノウハウを用いれば問題ないという自信はあった。

作品を読んで非常に印象に残るのは、暖かみのある独特のタッチで描かれた「絵」だ。『おとはこびと』の作画は、現在24歳の、日本画をベースとする女性絵師が手がけたというから驚きだ。しかも、メインの画はすべてデジタルで描かれている。神林氏によれば、『おとはこびと』は、日本語では書かれてはいるが、グローバルスタンダードを狙ったのだという。よって作画担当も、日本的であることを意識してのキャスティングになった。結果、基本的なスタッフは神林氏のCM作成メンバーで行われたが、作画担当のみ、初めてコラボレートする彼女を起用することになった。

最新のデジタル書籍のフォーマットをフルに活かし、アニメーションやサウンドがふんだんに盛り込まれている

神林氏は「サブカルチャーを理解した上でファインアートが描ける人材を探しました。今24歳の彼女は、アニメも漫画もデジタルにもネイティブで、感覚的に理解しているのですね」と語る。「浮世絵に代表される日本人にしかできない構図があります。海外では日本の漫画が人気です。日本人の感覚に遠近法を壊すというのがありますが、海外の人が『おとはこびと』を見たら、すぐに日本の絵だと分かるでしょう。音を伝えるというテーマと共に、対世界ということも意識しました」。

なお、メインの作画は全てデジタルだが、背景は他のスタッフがオール手書きで描いたものだという。デジタルとアナログが混在しているのである。國村氏は『おとはこびと』の絵について「タッチについては議論しました。日本のアニメに寄りすぎると、普遍性から離れてオタクっぽくなってしまう。神林さんは日本らしさを狙いながら、漫画とファインアートの中間を狙ってくれたのです」とコメントしてくれた。

絵本にはサウンドも収録されている。アップル社に作品を送る直前に最終チェックはFidelio「M1」で行った。すると、一部でわずかに音が割れていることがわかったのだという。圧縮時の音量に問題があったことで至急差しかえが行われたが、このエピソードは『おとはこびと』の音作りでFidelioが実際に活用された一例だ。ちなみに、音楽も全てオリジナルで、新規に録音された。打ち合わせは日本で行われたが、収録が行われたのは、なんとタイ。西と東の中間点であるタイには、興味深いミュージシャンが集まってくることもあって、神林氏の音楽制作チームはタイに拠点を置いているのだ。

■最新の電子書籍フォーマットによりサウンドやアニメも盛り込まれた

電子書籍である『おとはこびと』はアップルのiBooksで配信される。よって視聴可能な端末は、iPadやiPad mini、iPhoneなどということになる。現時点では、ePub3の仕様に完全対応した電子書籍プラットフォームはまだ少ないのだという。しかし、神林氏は普遍性が高いものを選ぶよりは、自信の構想を最大限に具現化できるフォーマットを選んだ。もちろん、ePub3の将来性も見越してのことである。

このデジタル絵本はiBooks Storeから無料ダウンロードでき、iPhoneやiPadで楽しむことができる

iBooksで配信を行うにあたり、アップル社とのやりとりは困難なものだったという。日本の企業が手がけるコンテンツで、音楽やアニメーションが盛り込まれた絵本いう前例はなかったに等しいこともその背景にあったようだ。「フィリップスというブランドのPRというよりは、むしろ良い音があるということを知って欲しい、興味を持って欲しいというシンプルな想いがありました」とは國村氏の言葉だ。こうした想いが通じ、今回の配信が実現できたのである。

神林氏はFidelioシリーズのオーディオ製品についてはどのような印象を持っているのだろうか。「國村さんからお話をいただいたとき、Fidelioからバウハウスを連想しました。芸術に携わるプロダクツとして、その再現性を左右するオーディオは興味深いポジションにありますよね。Fidelioには<生活の芸術化>という点で初期バウハウスと共通だなというイメージを抱きました」。

Philips“Fidelio”「S2」。神林氏はフィリップスのイヤホンに初期バウハウスと共通の「生活の芸術化」を感じるという

國村氏の発案で動き出したプロジェクトが「デジタル絵本」という形に結実したことについては、どう感じているのだろうか。神林氏は「教育の専門家にも絵本としての感想を伺いました。すると、物語は上質だけれども児童が読むにはちょっと難しいのではという意見も出ました。しかし、すぐにその本質を理解できなくても良いと思うのです。『良い音』というイメージが心のどこかに残って、そして成長してからヘッドホンを買うというようなときになって、「音と言えば」と、この物語を思い出してくれればいいですよね。もちろん、大人のかたにも読んでいただきたいです」とコメント。このインタビューを結んでくれた。

「正しい音」とはどんなものなのか、この『おとはこびと』に描かれた本当の音を巡るシッピルの冒険を読みながら、もう一度考えてみてはいかがだろうか。

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