公開日 2009/11/17 14:31
驚くべき完成度 − radius proから登場した新発想カナル型イヤホン“W(ドブルベ)”を聴く
斬新なドライバーはギミックではない
イヤホンのユニットの形式は、まず大きくダイナミック型かバランスド・アーマチュア型かに分類され、それぞれ音質を高めるために前者では振動版の素材や口径、後者では搭載ユニット数などで差別化が図られてきた。
ところが今回、それらとは異なる斬新な発想で高音質化を実現したイヤホンが登場した。ラディウスの新製品、“W(ドブルベ)”「HP-TWF11R」(関連ニュース)である。
■iPodアクセから光ディスク、ピュアオーディオ機器まで幅広い事業を展開
ラディウスの名はMacユーザーには特になじみ深い。1986年にアップルの幹部経験者数人によって設立された同社は、Mac周辺機器、特にグラフィック系ハードウェアで大きな成功を収めた(縦横回転式のディスプレーが印象的だ)。
現在においては、かつての日本法人がブランドと文化を受け継ぎ、様々な分野で存在感を発揮している。iPodアクセサリーが特に目を引くが、他にDVD-Rなど光ディスクメディアも得意分野だ。ピュアオーディオにも進出しており、オーディオの中でも特にアナログな分野である真空管アンプを発売していることからも、同社の技術の幅広さが確認できよう。
■“W”「HP-TWF11R」のプロフィール
そのラディウスが新たに高音質イヤホンに参入する。そのデビューモデルがHP-TWF11Rだ。最大の特長は前述のように、斬新なドライバーユニットを搭載している点である。
DDM(Dual Diaphgram Matrix)方式と命名されたダイナミック型ドライバーユニットは、ひとつのユニットの同軸上に、低域再生用のボイスコイルと振動版、高域再生用のボイスコイルと振動版を別々に用意。そして駆動用マグネットなどを共有し、ユニットとして一体化されている。
ドライバーを複数基搭載して帯域ごとに駆動、再生帯域を拡大し音の厚みを増す。その発想はバランスド・アーマチュア搭載機では以前から実現されているものだ。しかし、それはバランスド・アーマチュア型ユニットが超小型であるから実現可能だった手法。通常のダイナミック型ユニットではサイズの問題があり、同じ手法は不可能である。ラディウスはそれを、アレンジを加えた形で実現してしまった。ふたつのダイナミック型ユニットを搭載するのではなく、1つのダイナミック型ユニットに2つの振動版を搭載するという、逆転の発想だ。
というわけで、まずは音が気になる製品だ。早速チェックしていこう。
■低音の太さは特筆もの − こもらず音抜けは確保している
ピアノ・トリオ(Helge Lien Trio「Spiral Circle」)の冒頭、ドラムスのソロを数秒聴いただけで、強力な効果をはっきりと確認することができた。タムやバスドラムの太さが、どのような形式・構成のイヤホンでも「ここまではなかなか…」というレベルに、軽く達していたのである。
しかも、その太さがこもった感触を伴わない。抜けが際立つタイプではないが、十分以上の音抜けは確保し、アタック感も良い。例えばバスドラムが連続して踏み鳴らされても、その一発一発がしっかり分離している。
そしてウッドベースは最上級と言ってよい。大きな胴が含む空気の容積が、ボディ全体が響いてその場の人間の内蔵を揺らす様が、ありありと想像できる。ピッキングのニュアンス、弦が指板を叩くノイズも生々しい。重く速く技巧的な、最高のボディブローのようなベースだ。
■上質な中高域を含め不思議なほどに整った全体のバランス
シンバルは悪い意味での金属的な響きを出さず、やや落ち着いた音色にまとめてある。やろうと思えばもっと尖った音調にもできただろうが、そこを抑えたということだろう。結果、普段は実に自然な響き、そして耳を傾ければ余韻の成分など情報量の豊富さも確認できる、上質な高域となっている。
主役のピアノの厚みと艶やかさも、見事としか言いようがないものだ。個人的にはこの演奏にはもう少し硬質な感触が似合う気はするが、このしなやかな音色も魅力的だ。また全体のバランスだが、不思議なほどに整っている。中低域の厚みが強烈なので、そちらに傾きそうなものだが、そうは感じない。
続いて、矢野顕子のベスト盤「ひとつだけ / the very best of 矢野顕子」収録の「すばらしい日々」を聴く。冒頭など各所で印象的なベル系の高音が、尖りすぎない輝きを放つ。前述のように高域の上質さは特筆できる。
■ディテールやダイナミクスの描写の優秀さを実感させられる
歌声の厚みもやはり素晴らしい。それでいて音像は膨らまず、綺麗にフォーカスしたままで厚みを得ている。このあたりが前述した全体のバランスの良さにつながっているのかもしれない。独特のふにゃっと抜けるような歌い回し、その感触を残したままのシャウトの切なさなど、歌の情感も存分に伝わってきて、ディテールやダイナミクスの描写の優秀さを感じさせる。また弾ける感触のアコギ、繊細なタッチで音色を打ち分けるシンバルなど、どの楽器に耳を傾けてもハイレベルかつ好ましい描写だ。
他に宇多田ヒカル、鬼束ちひろ、中谷美紀など様々なタイプの声、アレンジを聴いてみたが、どの歌声やアレンジからも、それぞれの魅力を引き出してくれた。中谷美紀の「ちいさい秋みつけた」では、エレクトロでエフェクティブな音を散りばめた音場の広がり感にも感心させられた。
■装着感やデザインも良好 − 驚きの完成度を持つ
さて、音質に大満足したところで、他のポイントもチェックしておこう。
装着感も悪くない。筐体の形状と耳に入れるノズルの角度が少し特殊だが、おかげで少し深めに耳に入って良くフィットし、遮音性も確保される。
ケーブルはナイロン皮膜(いわゆる布皮膜)なので絡みにくく、扱いやすい。また分岐部分やプラグまで手抜かりなく、質感の高い仕上がりになっている。
全体のデザインからは、ウッドかと思わせるような深みのあるブラウンとゴールドの組み合わせという色合いもあり、アクセサリーとしての洗練さを感じさせられる。もちろん見た目に関しては好みの問題になるが、音に見合うだけの上質な仕上げであることは間違いない。
それにしても、実験的とも言えるような斬新な発想を、いきなりこれだけストレートな高音質にまとめあげてきたことには、正直驚かされた。この製品はもちろん、これに続くラインナップにも大きな期待を抱かされる、そんなファースト・インパクトだ。
(高橋敦)
執筆者プロフィール
埼玉県浦和市(現さいたま市)出身。東洋大学哲学科中退後、パーソナルコンピュータ系の記事を中心にライターとしての活動を開始。現在はデジタルオーディオ及びビジュアル機器、Apple Macintosh、それらの周辺状況などに関する記事執筆を中心に活動する。また、ロック・ポップスを中心に、年代や国境を問わず様々な音楽を愛聴。 その興味は演奏や録音の技術などにまで及び、オーディオ評に独自の視点を与えている。