公開日 2014/08/18 11:11
山之内正のオーディオ・アナリシス【第2回】「頂上」の存在意義とは? ESOTERICとSONUS FABERの超ハイエンド機を聴く
4名の評論家が週替わりでオーディオを語る
山之内正氏が最先端のピュアオーディオを分析していく「山之内正のオーディオ・アナリシス」の第2回は、8月上旬に発表された2つの超ハイエンドオーディオ、ESOTERICの「Grandioso C1」とSONUS FABER「Extrema Super Limited Edition」をレビューする。
秋のイベントシーズンを控え、注目すべき新製品の発表が相次いでいる。とはいっても今回紹介するのは「超」が付くほどのハイエンド機器で、その昔「夢の高級オーディオ」と呼ばれていた高級機のさらに上を行くような特別な存在だ。ただし、一部の幸福な愛好家だけが入手できる希少なコンポーネントとはいえ、他では置き換えられない価値を持っていることは紛れもない事実。オーディオという趣味の奥の深さと、ハイエンドオーディオの存在価値の大きさを思い知らされる。
■ESOTERICが超弩級プリアンプ「Grandioso C1」を発表
Grandioso(グランディオーソ)はエソテリックが新たなフラグシップとして昨年秋に導入したシリーズだ。先週発表されたプリアンプ「Grandioso C1」をそこに加えると、トランスポートからパワーアンプまで一貫したシステムが完結し、同社の狙いが鮮明になる。
モノラル構成をベースにした独立コンストラクションの徹底は、このGrandiosoで頂点に達した感があり、電源部を別筐体としたC1もその例外ではない。たとえば、完全に左右が独立した本体の入出力端子だけでなく、電源部のACインレットまで左右2系統用意するほどの徹底ぶり。ボリュームの使い勝手さえ解決すれば、左右別筐体にすることさえ厭わなかったのではないか。
技術的な先進性はたくさんあるが、一つだけ挙げるとすればスルーレートの高さと電流伝送能力を高めた出力バッファー回路だろう。これは確実に音に効いてくる。同回路は100,000μF相当のEDLC(スーパーキャパシタ)アレイを導入した電源部で駆動するため、瞬発力の向上も期待できる。
デザインはシリーズ共通の大胆な曲面構成を踏襲し、SACDトランスポート「Grandioso P1」と同様、別筐体の電源部まで同じ造形を採り入れていることが目を引く。電源部はもっと単純な作りにしても機能と性能に変わりはないと思うが、あえてそこまでこだわるのがエソテリック流だ。これならラックの奥に隠さず、見えるところに置きたくなる。
Grandiosoはどの機種も実際のサイズより一回り小さく感じるのだが、それも曲面構成の巧みさに理由がありそうだ。電源部に加えてD/Aコンバーターやパワーアンプがモノラル構成なので全体のシステムは大規模になるが、それぞれのコンポーネントは凝縮感があり、密度の高さが際立つ。圧倒的な物量を投じながらそれで威張らないところが新しく、大いに共感できる。
C1を加えたGrandiosoのフルシステムで「Kingdom Royal」を鳴らす。このスピーカーをここまで壮大かつ自由自在に鳴らし切るシステムがあっただろうか。全奏のオケが繰り出す重量感など物理的な余裕に加え、聴き手の気分を一気に解放するようなストレスのなさ、そいて力強い躍動感がひしひしと伝わってきた。鮮烈なアタックとなめらかな音色が両立し、楽器と声の実在感が際立つことにも注目したい。システムで揃えるとスピーカーを除いても1000万円を超えるので簡単にお薦めはできないものの、頂点を極めた音を体験したい人にはぜひ一度聴いてもらいたい。
■ソナス・ファベールの創立30周年記念モデル「Extrema Super Limited Edition」
エソテリックとは別の視点で技術の粋を集めた製品がイタリアのソナス・ファベールから登場した。同ブランド創立30周年記念モデルとして開発された「Extrema Super Limited Edition」である。その名の通り限定モデルで、なんと世界で30セットしか生産されないという。日本にも数セット割り当てられるようだが、入手は容易ではないだろう。ブックシェルフスピーカーとしては価格(ペア税抜き800万円)も横綱級なので、その点でも買い手が限られるのはいうまでもない。
「Extrema(エクストリーマ)」の初代機は1991年に登場した。その3年前に発売された「ELECTA AMATOR(エレクタ・アマトール)」はソナス・ファベールの評価を決定付けた名機で、エクストリーマはそのエレクタ・アマトールのコンセプトをベースに量感やダイナミックレンジの拡大を図った意欲作という位置付けだった。
背面にパッシブラジエーターを配して低域を強化し、サンドイッチ構造の筐体で剛性を高めるアプローチは、23年後に登場した記念モデルにも受け継がれている。ただし、その徹底ぶりと技術的な進化は目を見張るものがある。たとえば、カーボンファイバーをベースにしたモノコック構造のキャビネットコア材もその一つで、本機が少量しか生産されないのはこのシャーシの量産が難しいことが理由だという。
ドライバーユニットも最先端を行く。なかでも振動板のこだわりは驚異的で、贅沢きわまりない。スピーカーの振動板として理想に近い特性を持つベリリウムをベースに、DLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)を表面にコーティングして固有音を徹底的に排除しているのだ。この製法をドームトゥイーターの振動板だけでなくミッドウーファーのセンターキャップ部分にも導入し、相互の音色のつながりを改善している点にも注目したい。
大胆かつ洗練されたデザインは他のどのスピーカーとも異なる個性を放っている。今年5月にミュンヘンで開催されたHighEnd2014の会場では、同時に発表されたLiliumの優美なフォルムとExtremaの力強い存在感が大きな話題になっていたことを思い出した。
先端技術と新素材を武器に剛性を飛躍的に高めているにも関わらず、Extremaの再生音は意外なほど伸びやかで開放感にあふれている。たんに物量で不要振動を封じるのではなく、キャビネットの響き自体を高度に制御し、声や楽器の本来の響きはむしろ積極的に引き出すという志向だ。本体と専用スタンドの組み合わせは十分に堅固だが、アコースティックな響きまで抑えこんでしまうような心配はない。制動の大きさを調整できるパッシブラジエーターのブレーキ機構も含め、コントロールのうまさは見事というしかない。声や弦楽器の音色には潤いと表情の豊かさがあり、ソナス・ファベールの良き伝統をしっかり受け継いでいることも付け加えておこう。
新生ソナス・ファベールの設計陣がExtremaの構造と素材にここまでこだわったのは理由がある。最先端のテクノロジーを結集することにより、まずは同ブランドの原点というべき小型ブックシェルフスピーカーのポテンシャルを極限まで高める。そして、そこで得たノウハウを大型モデルを含む次世代製品の開発に活かし、ブランド基盤の再創造を狙うのだ。
実際にユーザーの手元に届くのは僅か30セットだが、今後発売するスピーカーに多くの技術を盛り込むことで、今回の成果を広く浸透させることができる。Liliumはその第一弾として重要な位置を占める製品だが、その詳細については機会をあらためて紹介することにしよう。
ハイエンドオーディオのフラグシップモデルは、個々の製品自体に孤高の価値があるのはもちろんだが、それに加えてブランドの方向性を定めるという重要な役割も担っている。さらにもう一つ重要なテーマとして、性能に見合う完成度の高いデザインを目指していることも見逃せない。今回紹介した2モデルはその代表的な成功例といえるだろう。
【筆者プロフィール】
山之内 正
神奈川県横浜市出身。東京都立大学理学部卒。在学時は原子物理学を専攻する。出版社勤務を経て、音楽の勉強のためドイツで1年間過ごす。帰国後より、デジタルAVやホームシアター分野の専門誌を中心に執筆。近著に『ネットオーディオ入門』(講談社ブルーバックス/2013年)がある。大学在学中よりコントラバス演奏を始め、現在もアマチュアオーケストラに所属し、定期演奏会も開催する。また年に数回、オペラ鑑賞のためドイツ、オーストリアへ渡航。趣味の枠を越えてクラシック音楽の知識も深く、その視点はオーディオ機器の評論にも反映されている。
秋のイベントシーズンを控え、注目すべき新製品の発表が相次いでいる。とはいっても今回紹介するのは「超」が付くほどのハイエンド機器で、その昔「夢の高級オーディオ」と呼ばれていた高級機のさらに上を行くような特別な存在だ。ただし、一部の幸福な愛好家だけが入手できる希少なコンポーネントとはいえ、他では置き換えられない価値を持っていることは紛れもない事実。オーディオという趣味の奥の深さと、ハイエンドオーディオの存在価値の大きさを思い知らされる。
■ESOTERICが超弩級プリアンプ「Grandioso C1」を発表
Grandioso(グランディオーソ)はエソテリックが新たなフラグシップとして昨年秋に導入したシリーズだ。先週発表されたプリアンプ「Grandioso C1」をそこに加えると、トランスポートからパワーアンプまで一貫したシステムが完結し、同社の狙いが鮮明になる。
モノラル構成をベースにした独立コンストラクションの徹底は、このGrandiosoで頂点に達した感があり、電源部を別筐体としたC1もその例外ではない。たとえば、完全に左右が独立した本体の入出力端子だけでなく、電源部のACインレットまで左右2系統用意するほどの徹底ぶり。ボリュームの使い勝手さえ解決すれば、左右別筐体にすることさえ厭わなかったのではないか。
技術的な先進性はたくさんあるが、一つだけ挙げるとすればスルーレートの高さと電流伝送能力を高めた出力バッファー回路だろう。これは確実に音に効いてくる。同回路は100,000μF相当のEDLC(スーパーキャパシタ)アレイを導入した電源部で駆動するため、瞬発力の向上も期待できる。
デザインはシリーズ共通の大胆な曲面構成を踏襲し、SACDトランスポート「Grandioso P1」と同様、別筐体の電源部まで同じ造形を採り入れていることが目を引く。電源部はもっと単純な作りにしても機能と性能に変わりはないと思うが、あえてそこまでこだわるのがエソテリック流だ。これならラックの奥に隠さず、見えるところに置きたくなる。
Grandiosoはどの機種も実際のサイズより一回り小さく感じるのだが、それも曲面構成の巧みさに理由がありそうだ。電源部に加えてD/Aコンバーターやパワーアンプがモノラル構成なので全体のシステムは大規模になるが、それぞれのコンポーネントは凝縮感があり、密度の高さが際立つ。圧倒的な物量を投じながらそれで威張らないところが新しく、大いに共感できる。
C1を加えたGrandiosoのフルシステムで「Kingdom Royal」を鳴らす。このスピーカーをここまで壮大かつ自由自在に鳴らし切るシステムがあっただろうか。全奏のオケが繰り出す重量感など物理的な余裕に加え、聴き手の気分を一気に解放するようなストレスのなさ、そいて力強い躍動感がひしひしと伝わってきた。鮮烈なアタックとなめらかな音色が両立し、楽器と声の実在感が際立つことにも注目したい。システムで揃えるとスピーカーを除いても1000万円を超えるので簡単にお薦めはできないものの、頂点を極めた音を体験したい人にはぜひ一度聴いてもらいたい。
■ソナス・ファベールの創立30周年記念モデル「Extrema Super Limited Edition」
エソテリックとは別の視点で技術の粋を集めた製品がイタリアのソナス・ファベールから登場した。同ブランド創立30周年記念モデルとして開発された「Extrema Super Limited Edition」である。その名の通り限定モデルで、なんと世界で30セットしか生産されないという。日本にも数セット割り当てられるようだが、入手は容易ではないだろう。ブックシェルフスピーカーとしては価格(ペア税抜き800万円)も横綱級なので、その点でも買い手が限られるのはいうまでもない。
「Extrema(エクストリーマ)」の初代機は1991年に登場した。その3年前に発売された「ELECTA AMATOR(エレクタ・アマトール)」はソナス・ファベールの評価を決定付けた名機で、エクストリーマはそのエレクタ・アマトールのコンセプトをベースに量感やダイナミックレンジの拡大を図った意欲作という位置付けだった。
背面にパッシブラジエーターを配して低域を強化し、サンドイッチ構造の筐体で剛性を高めるアプローチは、23年後に登場した記念モデルにも受け継がれている。ただし、その徹底ぶりと技術的な進化は目を見張るものがある。たとえば、カーボンファイバーをベースにしたモノコック構造のキャビネットコア材もその一つで、本機が少量しか生産されないのはこのシャーシの量産が難しいことが理由だという。
ドライバーユニットも最先端を行く。なかでも振動板のこだわりは驚異的で、贅沢きわまりない。スピーカーの振動板として理想に近い特性を持つベリリウムをベースに、DLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)を表面にコーティングして固有音を徹底的に排除しているのだ。この製法をドームトゥイーターの振動板だけでなくミッドウーファーのセンターキャップ部分にも導入し、相互の音色のつながりを改善している点にも注目したい。
大胆かつ洗練されたデザインは他のどのスピーカーとも異なる個性を放っている。今年5月にミュンヘンで開催されたHighEnd2014の会場では、同時に発表されたLiliumの優美なフォルムとExtremaの力強い存在感が大きな話題になっていたことを思い出した。
先端技術と新素材を武器に剛性を飛躍的に高めているにも関わらず、Extremaの再生音は意外なほど伸びやかで開放感にあふれている。たんに物量で不要振動を封じるのではなく、キャビネットの響き自体を高度に制御し、声や楽器の本来の響きはむしろ積極的に引き出すという志向だ。本体と専用スタンドの組み合わせは十分に堅固だが、アコースティックな響きまで抑えこんでしまうような心配はない。制動の大きさを調整できるパッシブラジエーターのブレーキ機構も含め、コントロールのうまさは見事というしかない。声や弦楽器の音色には潤いと表情の豊かさがあり、ソナス・ファベールの良き伝統をしっかり受け継いでいることも付け加えておこう。
新生ソナス・ファベールの設計陣がExtremaの構造と素材にここまでこだわったのは理由がある。最先端のテクノロジーを結集することにより、まずは同ブランドの原点というべき小型ブックシェルフスピーカーのポテンシャルを極限まで高める。そして、そこで得たノウハウを大型モデルを含む次世代製品の開発に活かし、ブランド基盤の再創造を狙うのだ。
実際にユーザーの手元に届くのは僅か30セットだが、今後発売するスピーカーに多くの技術を盛り込むことで、今回の成果を広く浸透させることができる。Liliumはその第一弾として重要な位置を占める製品だが、その詳細については機会をあらためて紹介することにしよう。
ハイエンドオーディオのフラグシップモデルは、個々の製品自体に孤高の価値があるのはもちろんだが、それに加えてブランドの方向性を定めるという重要な役割も担っている。さらにもう一つ重要なテーマとして、性能に見合う完成度の高いデザインを目指していることも見逃せない。今回紹介した2モデルはその代表的な成功例といえるだろう。
【筆者プロフィール】
山之内 正
神奈川県横浜市出身。東京都立大学理学部卒。在学時は原子物理学を専攻する。出版社勤務を経て、音楽の勉強のためドイツで1年間過ごす。帰国後より、デジタルAVやホームシアター分野の専門誌を中心に執筆。近著に『ネットオーディオ入門』(講談社ブルーバックス/2013年)がある。大学在学中よりコントラバス演奏を始め、現在もアマチュアオーケストラに所属し、定期演奏会も開催する。また年に数回、オペラ鑑賞のためドイツ、オーストリアへ渡航。趣味の枠を越えてクラシック音楽の知識も深く、その視点はオーディオ機器の評論にも反映されている。