最新作『ボレロ』の裏側に迫る
ジャズシーンを代表するアレンジャー、デビッド・マシューズが語る「サウンド」とは?
― 最新作の『ボレロ』は、MJOとして初の日本レコーディング作品とのことですね。今回、この最新作を日本で制作することになった経緯はどのようなものだったのでしょうか?
デビッド・マシューズ(以下マシューズ) じつはこのアルバムの制作を進めるよりも先行して、日本ツアーを企画していたんです。その間にキングレコードへの復帰が決まって、「この日程なら日本にいるから、レコーディングもしようか」という話になったんです。実はこれまで、マンハッタン・ジャズ・クインテットとして3回、ライヴ・イン・ジャパンの音源をリリースしたこともあります。また、『ベッドタイムアイズ』という映画のサントラも以前に手がけたことがありまして、その時が初めての東京でのレコーディングとなります。
― 同じレコーディングといっても、海外と日本では勝手が違うことがあると思うのですが、やはりサウンドの面でも違いなどはあるのでしょうか?
マシューズ 今回のレコーディングでは、全然そういうことは気にならなかったですね。ニューヨークでも10軒くらいの異なるスタジオで録音したことがあるんですけど、どのスタジオも少しずつ音は違います。でも、それをカバーするトップレベルの技術者がいることにおいては、東京もニューヨークも変わりはないと思うので、サウンドの違いというのは全く気になりませんでした。
ちなみに、音についてはこんなエピソードがあります。1971年に初めてニューヨークでレコードをプロデュースした時に、でき上がったものを家に持ち帰って聴いたんです。そしたら全然音が違って聴こえて、「どうなっているんだ!?」とパニックになったことがあったんですね。この経験があったことで「スピーカーごとに、あるいは部屋ごとに出てくる音は違うんだから、それはもう仕方がない。アーティストとしてはそこに神経質になってしまっていてはダメだ」と乗り越えることができました。それ以降、スタジオごとの違いというのは気にならなくなったんです。
― なるほど。ここにどんな環境でも最高の作品を届けるというミュージシャンとしての姿勢が感じられますね。ところで、今回のアルバム『ボレロ』は誰もが知っているクラシックの曲がメインとなっていますが、今回あえてこの選曲としたのはなぜですか?
マシューズ これまで私は300作品以上のレコードを手がけてきましたが、いつも考えているのは「次は何をやろうか?」ということなんです。これは「良いメロディを探している」ということなんですね。今回、アルバムを作りましょう、という話になってプロデューサーと相談していた時、「時期的にもクラシックがいいんじゃないか」という話が出てきました。誰もが知っている曲をやるということは、アレンジャーとして、またアーティストとしてすごくやりがいがあることです。お馴染みの曲をMJOの作品、デビット・マシューズの作品として仕上げていくのが面白いな、と思って全編クラシックの作品を演奏することに決めました。
ちなみに、クラシックをジャズ化した作品というのは初めてではなくて、2000年に『バッハ2000』というアルバムをリリースしていて、その前にもモーツァルトのアルバムをストリングセクションとジャズセクステットでやったこともあります。
― 実際に今回の『ボレロ』を聴くと、一曲目の「ツァラトゥストラはかく語りき」からすごく意外なアレンジで驚きました。楽曲を組み立てる時に、やはりこうした「リスナーの驚き」は意識しているんですか?
マシューズ びっくりさせるのが狙いだから(笑)。ちなみに、『バッハ2000』をやった時に、作曲家、アレンジャーとして新しい技を見出していて、それを今回の『ボレロ』でも使いました。ジャズのスタンダードの曲を「マシューズ化」する技です。普通の編曲というのはメロディがあって、それから繰り返し形を変えてこのメロディが出てくるんですけど、バッハの場合はこの法則が一切なかったんですね。「じゃあこれをどうやって編曲すればいいんだろう」と思った時に、クラシックの作曲家が考える同じ頭で編曲しようと思ったんです。メロディがあって、何かまったく違うものがあって、またメロディに戻るという視点からクラシックを見ていって、それから編曲していったんです。
今回の『ボレロ』もこのバッハの時と同じ技を使っています。各楽曲のイントロの部分はすごく有名で誰でも知っているようなものですが、「真ん中の部分というのは意外と知られていないんじゃないか」と思ったんです。だから「じゃあ、誰も知らない部分は作ってしまおう」と。だからテーマ以外はマシューズ・オリジナルです。