平井CEOとは異なる、玉川氏の「WOW」
なぜソニーは「当たり前」が出来ていなかったのか? ソニーマーケティング会長 玉川勝氏インタビュー
「テレビ全体のマーケットシェアを俯瞰したところで、そのデータは私たちに何も語りかけてこない。ところが、その内容をスクリーンサイズや価格帯ごとの市場規模、その中でのシェアという目線で輪切りにしながら解析すると、数字が色んなヒントを与えてくれた」(玉川氏)。
はじめにヨーロッパ市場で、テレビ商品の勢力図がインチ単位でどのように構成されていて、これが将来どのように変遷していくことが予測されるのかを導き出していった。同じスクリーンサイズでも、価格ごとに垣間見えるトレンドは違っていたと玉川氏は振り返る。
その中で、ソニーは各セグメントの中でどの程度のシェアを獲得していて、新製品を出すとそれをどこまで伸ばせるのか、掘り下げて事業計画を立てていった。「マーケットの規模感とシェア目標が決まっていれば、自ずと販売目標とすべき台数が確定してくる」。玉川氏が語る。
「ここまでの計画はあくまでマクロの視点から立てたもの。ではこの台数を獲得するために、どの法人で何台売っていく必要があるのかという細かな検証が大事。それぞれの取引先でいくつの店舗の店先に商品を置いてもらえるか、ボリュームを足し上げていくと台数の期待値がつくれる」(玉川氏)
ソニー・ヨーロッパはこうして、細かなデータ解析を足場にして立てた仮説を、実情と照らし合わせながら、各年度ごとに綿密な事業計画を立ててきた。
だが、せっかくの事業計画も販売の“現場”である売り場に力がなければ、狙い通りにモノは売れない。玉川氏は「インテリジェントだが、売り場の最前線を強化することは苦手だった」としたソニー・ヨーロッパの売り場における底力を徹底的に鍛え上げた。
来客がソニーのテレビを他社商品と実力を比べて検討できるよう、店内の展示場所を改め、画質の良さを効果的にアピールするためのデモコンテンツ選びも徹底した。
「商品の魅力を正しく伝えるという、当たり前のことをきちんとやるということを現場のオペレーションでは最も重視してきた」という玉川氏。
ヨーロッパのスタッフに“当たり前”を浸透させるため、欧州10カ国から各20の店舗を選定し、ソニー・ヨーロッパのスタッフ同士で売り場の構成を採点し合うよう習慣づけさせた。その情報を各国の販社どうしでシェアすることにより、競争心にも火を付けた。このプロジェクトが奏功し、ヨーロッパの売り場も着実に力を付けてきたという。
商品が小売店から消費者に販売された数のバロメーターである、セルスルーについても強化してきた。
まずは、ある商品を展開する店舗と商品数を決定した後、商品が各店舗に配送・展示され、プロモーターが正しく説明できる環境まで整えて「セルアウトを上げる」ことに注力した。その結果としてセルスルーが高まり、過剰在庫の発生や売り逃しが極端に低く抑えられ、収益性の向上につながったという。
こうして練り上げられた、いわば“玉川流”の「WOW=Way Of Working(働き方・仕事の方針)」をテンプレート化した後、ソニー・ヨーロッパのヘッドクオーターにヨーロッパ各国のマネージメント担当者を集めて、月次の定例ミーティングを開催したことも「強い企業カルチャー」を育む種になった。
「同じフォーマットのデータをたたき台にして見比べながら、スタッフ同士が自由に議論を交わすことで、ものの考え方や見方に共通性が生まれる。全員が一つの方向に向かって走れるようになったことが大きな収穫だったと」玉川氏は振り返る。
ミーティングから得たノウハウを、各国のマネージャーがそれぞれの販社に持ち帰り、さらにもうひとつ下のレイヤーのスタッフにまで展開していくことで、“WOW”が川上から川下まで染み渡る。「基本動作を徹底して身に着けること」が大事と玉川氏は説く。
結果、ヨーロッパにおけるソニーのテレビ商品のプレゼンスがじりじりと上がり、15年の4月には全カテゴリーでシェアがトップに立った。「商品力ももちろんだが、販売オペレーションの力もあってのものだ」と玉川氏は胸を張る。
■攻めの姿勢で業界ナンバーワンを狙う
ソニー・ヨーロッパでの成功体系を、グローバルにどう応用していくのか? 玉川氏の新たな挑戦が始まった。
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