平井CEOとは異なる、玉川氏の「WOW」
なぜソニーは「当たり前」が出来ていなかったのか? ソニーマーケティング会長 玉川勝氏インタビュー
ソニーグループで、コンシューマーエレクトロニクス関連商品のマーケティング・セールスを担当するソニーマーケティング(株)。今年4月1日に機構改革を行い、グループ会社のグローバルセールス・マーケティング関連部隊を自社に取り込み、新たにソニーのグローバルセールス・マーケティングのヘッドクオーターとしての役割を担うことになった。
今回の機構改革に伴い、ソニー・ヨーロッパのプレジデントを務めていた玉川勝氏が、ソニーマーケティングの代表取締役会長 グローバルセールス&マーケティングオフィサーに就任した。同社が国内メディアを集めて開催したグループインタビューには、新会長の玉川氏、ソニーマーケティングの代表取締役社長である河野弘氏が出席して、これからのソニー製品の販売・マーケティング戦略に関する考え方とビジョンを説明した。
■わずか3年の間にソニー・ヨーロッパに「強い企業カルチャー」を根付かせた
玉川氏は1990年にソニーに入社。1992年にタイの現地法人へ赴任し、以降は同社の海外マーケティングのエキスパートとして、5つの海外販社で22年に渡るキャリアを築いてきた。前職であるソニー・ヨーロッパのプレジデントには2012年7月に就任した。
玉川氏が現職に就き、4月に新しいソニーマーケティングの形が発足して以後、ソニーマーケティングジャパンの中にはふたつの機能が組み込まれた。ひとつは国内のコンシューマーエレクトロニクス製品の販売を担う、河野氏が社長を務めるソニーマーケティングジャパンだ。
もう一つが、グローバルの販売・マーケティング部門のヘッドクオーターであり、こちらのトップに玉川氏が立ち、世界各地域の販社のトップとコミュニケーションを交わしていくというツリー構造がつくられた。
玉川氏はソニー・ヨーロッパの社長に就任した2012年当時、不調と言われていたソニーのテレビ商品の売上げを、わずか3年の間に3倍に盛り返し、同社の経営を安定基調に乗せた人物だ。ソニー・ヨーロッパはどのようにして復活を遂げたのだろうか。
「ソニーは2010年まで、ヨーロッパに26社もの現地法人を抱えていた。これがソニー・ヨーロッパの傘の下に統合されたのは2011年頃。統合される前の数年間は赤字が続き、各国ごとに異なる業務プロセスが存在していたため、複雑で非効率な経営状態だった」(玉川氏)。
玉川氏は、当時のソニー・ヨーロッパのミッションを「黒字化」と「シェア復活」という2つの方向性に単純化して社員に道筋を示した。さらにこれを達成するため、3つの領域にフォーカスした。
ひとつは「生産性を高める」こと。固定費を下げて、業務内容の標準化を図ることにより効率を上げていくという戦略だ。ヨーロッパだけで26社もの法人があった時代には、各国ごとに存在していた間接部門をイギリスのヘッドクオーターに集約させて、各国々にはセールスマーケティングとこれをサポートする部門だけを配置するシンプルな構造へ転換を図った。
また付加価値の高い商品を販売して「利益の改善」を追求するとともに、「売り上げを拡大」するためにデータを基準としたマーケティング手法を採り入れ、現場力も強化した。
■事実とデータから構築した意味のある事業計画をつくる
ソニー・ヨーロッパには欠けていたものとは何だったのか? 玉川氏は「販社としての基本動作」が弱かったのだと説く。そのためにまず、事実とデータに基づく戦略策定と事業計画の立案に着手した。当時、テレビ商品の事業計画を立案した際のプロセスを玉川氏は紹介した。
今回の機構改革に伴い、ソニー・ヨーロッパのプレジデントを務めていた玉川勝氏が、ソニーマーケティングの代表取締役会長 グローバルセールス&マーケティングオフィサーに就任した。同社が国内メディアを集めて開催したグループインタビューには、新会長の玉川氏、ソニーマーケティングの代表取締役社長である河野弘氏が出席して、これからのソニー製品の販売・マーケティング戦略に関する考え方とビジョンを説明した。
■わずか3年の間にソニー・ヨーロッパに「強い企業カルチャー」を根付かせた
玉川氏は1990年にソニーに入社。1992年にタイの現地法人へ赴任し、以降は同社の海外マーケティングのエキスパートとして、5つの海外販社で22年に渡るキャリアを築いてきた。前職であるソニー・ヨーロッパのプレジデントには2012年7月に就任した。
玉川氏が現職に就き、4月に新しいソニーマーケティングの形が発足して以後、ソニーマーケティングジャパンの中にはふたつの機能が組み込まれた。ひとつは国内のコンシューマーエレクトロニクス製品の販売を担う、河野氏が社長を務めるソニーマーケティングジャパンだ。
もう一つが、グローバルの販売・マーケティング部門のヘッドクオーターであり、こちらのトップに玉川氏が立ち、世界各地域の販社のトップとコミュニケーションを交わしていくというツリー構造がつくられた。
玉川氏はソニー・ヨーロッパの社長に就任した2012年当時、不調と言われていたソニーのテレビ商品の売上げを、わずか3年の間に3倍に盛り返し、同社の経営を安定基調に乗せた人物だ。ソニー・ヨーロッパはどのようにして復活を遂げたのだろうか。
「ソニーは2010年まで、ヨーロッパに26社もの現地法人を抱えていた。これがソニー・ヨーロッパの傘の下に統合されたのは2011年頃。統合される前の数年間は赤字が続き、各国ごとに異なる業務プロセスが存在していたため、複雑で非効率な経営状態だった」(玉川氏)。
玉川氏は、当時のソニー・ヨーロッパのミッションを「黒字化」と「シェア復活」という2つの方向性に単純化して社員に道筋を示した。さらにこれを達成するため、3つの領域にフォーカスした。
ひとつは「生産性を高める」こと。固定費を下げて、業務内容の標準化を図ることにより効率を上げていくという戦略だ。ヨーロッパだけで26社もの法人があった時代には、各国ごとに存在していた間接部門をイギリスのヘッドクオーターに集約させて、各国々にはセールスマーケティングとこれをサポートする部門だけを配置するシンプルな構造へ転換を図った。
また付加価値の高い商品を販売して「利益の改善」を追求するとともに、「売り上げを拡大」するためにデータを基準としたマーケティング手法を採り入れ、現場力も強化した。
■事実とデータから構築した意味のある事業計画をつくる
ソニー・ヨーロッパには欠けていたものとは何だったのか? 玉川氏は「販社としての基本動作」が弱かったのだと説く。そのためにまず、事実とデータに基づく戦略策定と事業計画の立案に着手した。当時、テレビ商品の事業計画を立案した際のプロセスを玉川氏は紹介した。