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黒崎政男×島田裕巳のオーディオ哲学宗教談義 Season3「私たちは何を聴いてきたか」<第1回>
アメリカのゴスペルと教会音楽
黒崎 近代人の孤独……というと言い過ぎかもしれないけど。クラプトンの音楽って。
島田 ゴスペルは教会音楽と歩みを共にしています。アメリカでは、子どもに音楽的才能があると見込まれると、教会の聖歌隊か、オルガン弾きにリクルートされるんですよ。
黒崎 アメリカにはゴスペル的なものがあって、イギリスにはそういうものがない? アメリカにはどうしてそういう環境が成立したんだろう。だって、アメリカ人て元はイギリスからピューリタンとして逃げてくるわけじゃん。
島田 黒人の影響があるわけですよ。
黒崎 ピューリタンじゃなくて、フランスや南からきた黒人の人達の影響ということ?
島田 アフリカの黒人たちが来たことの影響は、音楽的には大きいよね。ユダヤ人も入る。アメリカでは、いろんな人種の影響を受けて音楽ができるわけだよね。
黒崎 でも「アメリカには音楽なんかなかったぞ」って思うけれど。
島田 アメリカには音楽なんてないの?
黒崎 うーん、クラシック音楽の世界からみると、ヨーロッパの音楽の歴史は見えやすいですよね。
16世紀初頭からプロテスタント音楽が生まれますが、それまではカトリックの音楽。キリスト教は音楽をすごく利用した。音楽とキリスト教がともにあると言ってもいいくらい。
そういう意味では、根本にキリスト教があった音楽の大きな流れがヨーロッパにはあったわけです。だから、音楽の本流はヨーロッパでしょう、と。
戦中から、ナチスの問題もあってヨーロッパが混乱して、ヨーロッパの知性と感性が皆アメリカへ亡命という形で流出しました。こんなこともあってアメリカの音楽界は豊かになる。アメリカはおそらくクラシック音楽にコンプレックスを持っていた。それがガーシュウィンなどのヨーロッパ的なクラシック音楽とジャズを合わせたようなものができてきた。アメリカ人ではバーンスタインが初の本格的音楽人でしょう。
そうやってアメリカは劣等感から解放されてきた。ヨーロッパには音楽があり、アメリカは空っぽだった。「アメリカには音楽がなかった」と言ったのはそう意味です。
島田 逆の立場から見れば、クラシック音楽自体が特殊なんじゃないの? ヨーロッパが力を持っていたから、世界の音楽というとヨーロッパ音楽を中心に成り立ってきた。日本の音楽の授業もそうですよね。でも、今になってヨーロッパが退潮しているところをみると、クラシック音楽というのは、行き詰まってきているんじゃないかな。
黒崎 確かに音楽室に行くと、音楽の父バッハから始まってドビュッシーまで写真が飾ってあって。その間200年くらいしかない。バッハの時代は日本でいうと、元禄から享保の江戸時代中期ですよね。ワーグナーなんて、没するのは明治16年。だからごく最近のできごとなんだよね。
クラシック音楽を人類の不滅の高みみたいに思っているけれど、それはもしかするとヨーロッパ中心主義的な発想かも。長い目で見るとごく短い間のできごと。日本が鎖国から開かれた時にまず入ってきたのがヨーロッパの帝国主義だったから。
島田 アメリカが覇権国家になっていくのとアメリカ音楽が世界に広がっていくのと並行していると思うんですよ。第一次世界大戦の後くらいから。
黒崎 ちょっと待って。確かにクラシック音楽は20世紀初頭に作曲が終わります。第一次世界大戦はヨーロッパ全土が巻き込まれて、没落、疲弊する始まりですね。20世紀がアメリカの世紀になっていたのは、第一次世界大戦、第二次世界大戦を経てのことで、それと同時にクラシック音楽やヨーロッパの芸術、絵画も含めて衰退していった。それは全て20世紀前半のできごとと考えることもできる。
島田 そこにジャズが台頭してきて、そのあとにロックが生まれた。アメリカが中心になっていく。覇権国家になって、文化的にも影響力を持つと、ジャズやロックが世界的な音楽として広がっていった。
黒崎 そうだね。大衆的なポピュラーが出てきて、やっぱりクラシック音楽は最高と言いつつ、プレスリー、ロック、というものに負けていったわけです。
島田 でも今は、ジャズが衰退してきた、と言われているわけです。では、ゴスペルのことに話は戻りますが、チック・コリアの「ARC」という曲を聴いてみましょう。
〜チック・コリア「ARC」〜KLIMAX DSMを使用してTIDALより聴く
島田 これ、聴いたことないでしょ? どう思いました?
黒崎 また、そうやって根拠なしに感想を求める……(笑)。
島田 いやいや、素直な意見を。
黒崎 ちょっと、何のためにかけているのか、って言ってくださいよ。
島田 いまのジャズってどう思う?
黒崎 それよりも島田さんの提起していることになるほどと思うのは、普通は歴史的文脈を離れて、クラシック対ジャズ、クラシック対ポピュラーといった議論になる。しかし、島田さんが言うように歴史的産物、どの国が覇権を持っているかという視点で考えると、覇権を持っていたヨーロッパが20世紀の頭に衰退していくのと同時にクラシック音楽も衰退する。そして、ジャズだとかロックだとかが、ポピュラリティを持っていく。クラシックファンからすれば「一緒にするなよ、クラシックが一番偉いのは間違いないが、大衆化してしまった世の中では理解されにくいんだな」という視点。でも島田さんが言わんとしているのは、クラシックもひとつの時代の流行りであると。アメリカが世界の中心になってきた時に、その国を担っている音楽が台頭してくるのだ、と。
アメリカ音楽の核としてのゴスペル
島田 そのアメリカの音楽の核にあるものがゴスペル、ブルースであると思います。だから、ほかの国の人達のなかにも、そうした音楽を聴いて、新鮮に感じ、それに憧れるという現象が起こるわけです。
黒崎 エリック・クラプトンはヨーロッパの人で、最先端になったアメリカを模倣しようとするけれども、できない。
島田 違うものができちゃう。でも、違うものができることはすごく意味があって、ヨーロッパ的なロックとアメリカ的なロックができる。ジャズでも同じことが言えて、チック・コリアは、父親がプエルトリコ出身のジャズ・トランペット奏者だけれど、教会にリクルートされなかったのか、ゴスペルが体に入っていない。逆に、ゴスペルではないがゆえに、いろいろな音楽家と共演できる。スペイン語圏の音楽の方が影響している。
黒崎 ゴスペル的なものというのは、本土で育っていると、必ず身につく?
島田 というのも、必ず教会にリクルートされるから。音楽的才能を持った子どもがいると聖歌隊にリクルートされちゃう。
黒崎 それは南部でも北部でも同じ構造なの?
島田 南部に行けば、それはより強いでしょうね。プレスリーが生まれ育ったのは、ミシシッピ州。南部です。そうした地域では、教会の力が強いから、ゴスペルを基盤とした教会音楽の影響を受ける。その影響は実は大きい。キース・ジャレットと比較すると分かる。
黒崎 キースは生粋の?
島田 北部ですが、アメリカ育ち。キースの音楽には明らかにゴスペルの影響がある。クラシックを弾いても、そういう音楽感覚が出てきて、ときには違和感をもったりしますが。
黒崎 チック・コリアは現代音楽っぽくなったり苦労したりしている。
島田 ゴスペル、ブルースにはまったく関心がないんでしょうね。
〜キース・ジャレット「Things Ain't what used to be」TIDAL〜リンKLIMAX DSMより再生
黒崎 これ、キースの中でも選んでない?
一同 (笑)
島田 そうだけど、チック・コリアにこれ弾いてくださいと言っても、弾けない。さっきかけたチック・コリアの「ARC」ってね、AffinityとRealityとCommunication。
黒崎 RCAだよ!
島田 チック・コリアは、「サイエントロジー」っていう新宗教に入っている。教祖は元SF作家。戦後発生した。
黒崎 サイエンスにロジー。科学的宗教学。
島田 前世を知る機械を使うとか。東京なら新宿区の百人町、新大久保に近いところに本部がある。そこへ行ってみたらどういう宗教か分かる。
黒崎 帰って来られますか?(笑)
島田 お金がすごくかかると思う。オーディオなみに。
黒崎 それは日本でいうと新宗教みたいなものなの? 日本で似たものは?
島田 ないんですよね。セミナー型の新宗教。アメリカ生まれの新宗教ってだいたいキリスト教系なんですよ。でもサイエントロジーはあんまりキリスト教っぽくない。行ってみるとブックストアみたいでもある。中にジムなんかもあるし。チック・コリアは実は日本でサイエントロジーを普及させる上で、大きな貢献をしている。
黒崎 チック・コリアの演奏は布教だったわけ?
島田 「ARC」はサイエントロジーのスローガン。だから、チック・コリアは演奏を通して、サイエントロジーを宣伝していることになる。
黒崎 もう一回聴いてみたい。
〜チック・コリア「ARC」TIDAL〜KLIMAX DSMより再生
黒崎 これ聴かされて、あ〜、頭が混乱してきた〜ってなった人に「神〜は、救われます」とかいう曲が始まるわけ?
一同(笑)
島田 サイエントロジーのセミナーでは、コレスポンダンスが行われるんです。講師が来て、「あなたはどこにいますか」と聞いてきて、聴衆の方は「私はここにいます」と答える。それが繰り返される。そして、少し内容を変えたりするんだけど、それをまた繰り返す。最近のチック・コリアは「スペイン」の曲なんかを演奏する時に、メロディを弾いて、その部分を観客に歌わせるんだけど、それを聴いた時にこれはサイエントロジーの手法そのものではないかと。