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黒崎政男×島田裕巳のオーディオ哲学宗教談義 Season3「私たちは何を聴いてきたか」<第1回>
テクノロジーが音楽体験を作る
島田 テクノロジーの発達によって、我々の聴いてきたものが、実は何を聴いていたの? って。全然違うものを聴いていたんだなと。
黒崎 再生しなければ聴けないので、装置に絶対依存するわけ。何を聴いてきたのか、我々の青春時代。
島田 その時はその時で良いと思っていた?
黒崎 この辺の録音は、面白くなかったから聴かなかった。ごちゃごちゃっとしていて、うるさくて。
島田 交響曲とかコンチェルトは聴かなかった?
黒崎 あんまり。それらは外面的であると思って。室内楽か無伴奏、弦楽四重奏、その辺が最高であって、シンフォニーになると外面的だよね、マーラーやブルックナーに至っては、外面の極致と思っていました。それが今回、再生装置が改良されていくうちに、まさに今日かけたような音楽が、親しみのある美しい素晴らしいものとして聴けるようになった。だから趣味は変わりましたよ。
島田 その時代でも、交響曲やコンチェルトが素晴らしいと思って聴いていた人達もいたんだよね? その人達は何を聴いていたんでしょうか?
黒崎 そうだなあ。分からないなあ。でも21世紀の装置を使うことで、こんなに良かったんだねって。精神的なすごさではなくて、感覚的に気持ち良いっていうのに近いんだけれども。我々は何を聴いてきたのかって言ったら、まったく別のものを聴いてきたように思いますよね。
島田 逆にバッハの無伴奏はいま、どうなの?
黒崎 まぁ、編成の少ない、精神性の高いものは。
島田 聴く? 最近。
黒崎 ……やはり、聴きますよ。ひとりの孤独な行いなんですよ。ベートーヴェンの弦楽四重奏全集、ワルター・バリリで。日本ウエストミンスター盤を最近入手して、10枚組。ものすごくいい音がする。ああ、いままで聴けてなかったなって。でも、素晴らしい。それから、モノラル盤なんですけれども、ピエール・フルニエという人が、アフヒーフにバッハの無伴奏チェロを入れた。アルヒーフのカザルスと並んで、LPだったらフルニエがいいんですけれども、その初期盤のモノラル盤を手に入れたんです。もう、泣きましたね。ほんっとにいい音で。そうやって孤独に聴いています。
島田 モノラルの装置というのはどういう構成なの?
黒崎 モノラル用としてはEMT 930stっていうプレーヤーを使っています。60年代、70年代に世界中の放送局が使っていたプロ用のプレーヤーです。昔から憧れだったので、うちのLP12がある程度完成したと同時にEMT930を手に入れてモノラル専用にしました。LP12をもう一台モノラル用にしてもいいけれども、LP12ばかりでは芸がないので、伝統的に最高といわれているものを手に入れました。フォノイコライザーも内蔵されているので、自作の真空管アンプにつないで、タンノイのモニターシルバーの38cmを鳴らしています。
島田 じゃあ、古い装置なのですよね。
黒崎 そうですよ。あっと、そうね。それは、私も、困ってて(とにっこり)。
一同(笑)
黒崎 装置が良くなったから、ってさっき言ったものね(笑)。そうだ、アンプは自作とはいえ、トランスがファインメットっていう2000年代になってから開発されたものすごくしなやかで有機的な音のするトランスを使ったり、コンデンサーはフィルムコンデンサーを、位相がずれないように使ったりして。超吟味したんです。
島田 基本は古いね。
黒崎 カートリッジも古いし、プレーヤーも70年代。真空管に至っては1924年製造ですから。それでもモノラルレコードを鳴らすのには素晴らしい。だから、そう考えると、50〜60年代でもとんでもない音がしていたかもしれない。我々庶民は知らないだけで。それはSPレコードがそうです。私のうちにある大きなSP蓄音機は1930年の作りですけれども、こんなの当時から聴いていたんだものね。SP盤も1930年。ということになりますと、世の中のほんの一部の人は聴いていたのかもね。
島田 でも音源は限られていたんでしょう。
黒崎 こんな素晴らしい録音があるというのはいまの情報なのかもしれませんね。当時の日本のレコードは音質がオリジナル盤よりずっと劣っているわけですから。1960年代のドイツ・グラモフォンのレコードは、日本でプレスすると、死に切るわけ。となると、一体何を聴かされていたんだ? と。この間も頭にきたことがあって。フルニエと、ジョージ・セルの、ドヴォルザークのチェロ・コンチェルト。日本の初期盤を聴いてこんなものかと思っていたんだけど、ドイツのファーストプレス盤を聴いたら、実に素晴らしいんですよ。日本はドイツからバカにされていたのか。カスみたいな使い古されたものが送られてきていたのか、って。劣等国というか。
島田 途中から日本でも、オリジナルのテープを、わざわざヨーロッパやアメリカ本国まで行って発掘するということが行われるようになったんでしょう。
黒崎 そうですね。70〜80年代は初期盤を聴けたり、ヨーロッパのものを聴くというのは、あり得なかったわけですから。そんな存在も知らないし。ebayなどのおかげです。60年代に発売されたレコードが聴けるのは「いま」なんだなと思います。
(Season3 第1回目終わり)
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黒崎政男Profile 1954年仙台生まれ。哲学者。東京女子大学教授。 東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。 専門はカント哲学。人工知能、電子メディア、カオス、生命倫理などの現代的諸問題を哲学の観点から解明している。 「サイエンスZERO」「熱中時間〜忙中趣味あり」「午後のまりやーじゅ」などNHKのTV、ラジオにレギュラー出演するなど、テレビ、新聞、雑誌など幅広いメディアで活躍。 蓄音器とSPレコードコレクターとしても知られ、2013年から蓄音器とSPレコードを生放送で紹介する「教授の休日」(NHKラジオ第一、不定期)も今年で10回を数えた。 オーディオ歴50年。 著書に『哲学者クロサキの哲学する骨董』『哲学者クロサキの哲学超入門』『カント「純粋理性批判」入門』など多数。 |
島田裕巳Profile 1953年東京生まれ。宗教学者、作家。 東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。 専門は宗教学、宗教史。新宗教を中心に、宗教と社会・文化との関係について論じる書物を数多く刊行してきた。 かつてはNHKの「ナイトジャーナル」という番組で隔週「ジャズ評」をしていた。戯曲も書いており、『五人の帰れない男たち』と『水の味』は堺雅人主演で上演された。映画を通過儀礼の観点から分析した『映画は父を殺すためにある』といった著作もある。 『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)は30万部のベストセラーとなった。他に『宗教消滅』『反知性主義と新宗教』『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』『スマホが神になる』『戦後日本の宗教史』『日本人の死生観と葬儀』『日本宗教美術史』『自然葬のススメ』など多数。 |