【連載】PIT INNその歴史とミュージシャンたち

第9回:渡辺香津美さん が語る「新宿ピットイン」と「六本木ピットイン」<後編>

公開日 2009/06/17 11:07 田中伊佐資
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ラリー・コリエルが大好きで共演も
すべてがピットインのおかげだと思う



対談は新宿ピットインに併設されたスタジオピットインにて行われた
佐藤:ところで、ちょっと興味深いのが、世界を舞台に活躍する渡辺香津美にもアイドルのギタリストがいたのか、ということなんだけど。

渡辺:アコースティック・ギターをソロで弾くという意味で、ECMのラルフ・タウナーは好きでした。アイドルというか、目標でした。そういえばECMで思い出しましたが、79年にECMのギタリストを集めたフェスティバルがあって、「新宿ピットイン」で、そのメンツが出演したことがありましたよね。なんとファーストセットにパット・メセニー、セカンドでジョン・アバークロンビー。いまではあり得ない豪華な一日だった。

佐藤:そうそう、香津美さんはアバークロンビーのユニットにゲスト出演しました。

渡辺:パットたちが自分たちで機材をガラガラ運んできてセットしていたのは印象的でした。すでにパットはゴリゴリやっていて、それからすぐに大ブレイクした。

佐藤:ギターは香津美さんのほうがうまいと思ったけどね。

渡辺:いやいや。その後、僕が「六本木ピットイン」でやっていたら、その時のことを憶えていたのかパットがのぞきに来ました。そのギターどうなってるんだ、とか機材の話をした記憶があります。

佐藤:パットのグループは80年に「六本木ピットイン」にも出演しています。

渡辺:アイドルの話に戻ると、ジャズギターを始めた頃、ラリー・コリエルが大好きでした。初対面は、雑誌の取材で僕がインタビューしたとき。「なんか弾いてごらん」というので、ラリーがちょうど出したばかりだった『トリビュータリーズ』の「廃墟ジンバブエ」というブルースを弾いたんですよ。そしたら「もう俺の新曲を知っているのか!」と驚いた。それがきっかけで、仲良くなって楽しくセッションしました。その後、ニューヨークで僕のアルバムを録音するときに、ラリーにゲスト出演してもらうことになったんです。彼が弾くことを想定したフレージングの曲を作っておいたら、ラリーは「あれ、なんでこの曲はこんなに弾きやすいんだろう」なんて言ってました(笑)。

佐藤:(笑)。いやあ、上をいっているよね。やっぱり世界の渡辺香津美だよね。

渡辺:いや、でもそれは「ピットイン」のおかげです。結局ミュージシャンは、発表の場がないと育たないですから。お客さんの前で、いい気分になったり恥をかいたりしないと進歩しません。スタジオにこもって音楽はできますけど、ミュージシャンがライブ中にリアルタイムで成長していくのは、また別の世界ですからね。逆に僕たちはラッキーな時代にライブができました。「ピットイン」がもしなかったら、なんてことを想像するとぞっとしますよ。


スキーの指導を受けたばかりではなく
「岩原ピットイン」では録音も行った



最新の渡辺香津美さんのライブステージ。様々な分野のミュージシャンとのコラボレーションを精力的に行っている
佐藤:まあ、「六本木ピットイン」は計画的にオープンしたわけではなくて、学生時代から私の憧れの場所だったということで始めたわけですからね。結果的に2つのライヴハウスは、少し方向の違う音楽が演奏されるようになった。後にミュージシャンの間では、「新宿育ち」と「六本木育ち」というような区分ができたみたいだね。「新宿育ち」はけっこうプライドが高くて、「新宿・朝の部」から出発したミュージシャンが格上みたいな言い方されるみたいなんですよ。

渡辺:「朝の部」、やってました(笑)。

佐藤:「六本木育ち」は「新宿」に出るのが恐いという人もいるみたいです。

渡辺:ああ、それはあるかもしれませんね。

佐藤:その落差がまったくないのが香津美さんなんですよ。そういうミュージシャンは本当に数えるほどしかいない。渡辺貞夫さん、日野皓正さん・・・それぐらいだもん。91年に「岩原ピットイン」をオープンしたとき、まず考えたのはリゾートの雰囲気に合った出演者は誰なのか。そこで、真っ先に名前が挙がったのが香津美さんでした。その当時、あまりスポーツをやっていなかったようだから、スキーでもやってもらって、ついでに演奏してもらおうという目論見もこっちにはあった(笑)。

渡辺:スキーはずいぶん指導してもらいましたので、上達しました。お陰様で「スキーが趣味」とようやく言えるようになりました。

佐藤:そもそもギターが趣味だからね。そんな縁があって、94年に『おやつ』を「岩原ピットイン」で録音してもらったのは光栄でした。

渡辺:アコースティック・ギターをフィーチャーしたアルバムを作ろう、ではどこで録音したらいいのかなと思ったときに「岩原ピットイン」のダイニングルームの響きが良かったことを思い出したんです。機材を持ち込んで、合宿しながらのレコーディングでした。

佐藤:いやあ、あれは本当にうれしかった。アコースティックの音がいいと言われるのは、クラブを持っている人間としては最高の言葉です。貸し切りだから24時間いつでもどこでも、という感じでレコーディングしていましたね。いきなり階段で弾いてみたり。

渡辺:エントランス辺りの残響がよかったので、急遽階段にマイクをセッティング(笑)。スタジオ録音では味わえない遊びと楽しさがありました。それと、日常生活から完全に切り離されているので、イマジネーションが湧くし集中もできる。景色もいいし最高の環境ですよ。外へ遊びに行きたくなることを除けばね(笑)。


「連載:PIT INN その歴史とミュージシャンたち」は、音元出版発行のアナログオーディオ&Newスタイルマガジン「季刊・analog」からの転載記事となります。「季刊・analog」のバックナンバーはこちらから購入いただけます。

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