“特別な存在” サージェントの魅力も解説
『サージェント・ペパーズ』50周年記念盤は何がどう変わったのか? ハイレゾやBDなど全曲徹底解説
サージェント・ペパーズ発表当時の衝撃波は巨大なものだった。それまでモダンジャズ大曲を除きポピュラーミュージックのLPは楽曲の詰め合わせでしかなかった。LP全体を使い切りエッジな時代感覚を音に昇華したのが本作で、しかも晦渋でなくエンターテインメント性が高い。バラエティに富む楽曲は楽しく美しくアレンジはカラフル、歌詞はユーモアとウィットに満ちていた。
そして後述するが録音に傾注されたアイデアとテクノロジーの素晴しさ。ポップミュージックがこれだけの表現をなし得る、を証明し、ポップス<ジャズ<クラシック、という音楽の常識を覆したのだ。
本作はイギリスで27週、全米で15週アルバムチャートの一位を記録、同年のグラミー賞ポップミュージック最優秀アルバムに選ばれた。英ロック初の快挙だ。
追従作は枚挙に暇がなく、トータルアルバムとしてはピンク・フロイドやジェスロ・タルを初めとしたプログレッシブロックの名盤の数々、イーグルス『ホテル・カリフォルニア』やスティックス等アメリカンロックの名作を生む。
メタ音楽劇としての一例を挙げれば、秋本奈緒美が時空を超えた架空のジャズの歌姫を演じるアルバム『Rolling 80’s』はサージェントの着想そのままだ。
ザ・ビートルズの最終録音作『アビー・ロード』が大変な賞賛を持って登場した後、『サージェント…』とどちらが優れているかという議論がイギリスで巻き起こり、結局ジョンの「私が聴き比べた結果、『サージェント…』の方が上と思います」という発言でけりがついた。つまり、本作は長きに渡ってバンドの代表作の名をほしいままにした。
1980年代の後半に入り威光に翳りが見え始める。ロックがポップミュージックの主流としてもはや確固たる地位を占め、ポストモダン時代にメインカルチャーとサブカルの対立競合の図式が崩れると、本作の音楽的野心とコンセプチュアルな面、さらにジャケットワークまで含む仕着的統一感が新時代のリスナーにとって「カッコ悪くてダサい」ものに映り始めたのだ。
LPに代わり、CDがパッケージの主役になったことも背景にあるだろう。ストーリーを通して聞く一枚のアルバムとして本作の完成度は抜群に高いが、変則再生も可能なCDで楽曲単位で聴くなら、本作を上回る作品がザ・ビートルズには他にある。かくして楽曲の多彩さと個々の魅力に勝る『ラバー・ソウル』『リボルバー』『ザ・ビートルズ』(ホワイトアルバム)に代表名作の座を奪われてしまう。
21世紀になり本作は再びクローズアップされる。音楽配信(ダウンロード、ストリーミング)の時代になりCDが世界的に退潮し「音楽はコンサートで聴くもの、録音された音楽はアーティストの名刺代わりに過ぎない」という考えが支配的な今、録音時間は最大50分、A/B面で構成というLPの制約を逆手にとり、気迫に富むバンド演奏、巧緻を極めたアレンジと編集作業が生む起伏に富んだ流れの「四十数分間の音楽体験」が再び輝きだした。文化は螺旋状に進歩していく。ポップミュージックも例外でない。
それではいよいよ、本日発売の『サージェントペパーズ・ロンリーハーツ・クラブ・バンド 50周年記念』をデラックスエディション(CD/DVD/BD 7枚組)中心に聴いて(見て)いこう。
※レコーディング日付の出典は「ザ・ビートルズ全記録(2)」(マーク・ルイソン著)に拠る
注1 米キャピトル編集LP「マジカル・ミステリー・ツアー」が公式オリジナルアルバムに認定され現在は13作
注2 新作アルバム用録音は1966年11月24日「ストロベリーフィールズ・フォーエヴァー」から始まったが、シングル先行発売され、アルバムに収録されなかったのでここでは除外する
次ページいよいよ「50周年記念盤」とこれまでの盤を比較試聴!