公開日 2019/04/10 07:00
ベルリン・フィルがストリーミングへ突き進む理由。10年前に「メディアの中心になる」と確信
ツィンマーマン氏インタビュー
ドイツ・ベルリンの世界的オーケストラ「ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(ベルリン・フィル)」は、生の演奏を届けるライブコンサートの開催のみならず、ストリーミング配信サービス「デジタル・コンサート・ホール」や、自主レーベル「ベルリン・フィル・レコーディングス」を通じて演奏のコンテンツを提供、世界の音楽ファンの心を掴んでいる。
ベルリン・フィルのこうしたメディア事業を推進するのは子会社である「ベルリン・フィル・メディア」。演奏を収録してコンテンツを制作し、音楽ファンのもとに届けるまでの一連のシステムをここですべて管理する。そこでは常に最先端の技術が採用され、高画質・高音質の上質なコンテンツ提供が実現されている。
クラシック音楽離れ、CD離れがすすむ音楽ビジネスの市場環境の中で、いい音楽を提供し続けるために果敢なチャレンジを続ける ベルリン・フィル・メディア。同社の取締役であるローベルト・ツィンマーマン氏が、音楽ビジネスへの思いとともにその取り組みを語った。
ローベルト・ツィンマーマン氏 Robert Zimmermann
1965年南西ドイツ生まれ。経営コンサルタントとして活躍した後、クラシックの映像制作会社「eins 54 film」を設立。ソプラノ歌手、クリスティーネ・シェーファーの映像作品などを手掛ける。2008年より、ベルリン・フィルのメディア子会社「Berlin Phil Media」の取締役を務める。
●ストリーミングがメディアの中心になると確信、黎明期から配信サービスに取り組む
ーー 御社の事業内容についてご紹介ください。
ローベルト・ツィンマーマン氏(以下RZ) ベルリン・フィルは正式には財団法人ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団という名称で、ベルリンを始めツアーでの各地のコンサートを企画・運営する団体です。ベルリンで行われている演奏会は毎年およそ135回。チケットは91%の売れ行きであり、延べ動員数は約25万人にのぼります。この数は多いと感じられるかもしれませんが、ベルリン・フィルのようにすでに世界的に知られていて、世界中にファンも多い団体としては、決して大きな数ではありません。
ベルリン・フィルは生のコンサート以外にも、メディアを通じて演奏を発信しています。しかしそんな中で、テレビのクラシック放送枠やレーベルのクラシックCD売上げが減り、メディアの勢いが落ちてきたことを実感してきました。そこで10年前、自ら音や映像の作品を発信しようとメディア事業を展開する子会社を設立しました。それが「ベルリン・フィル・メディア」です。
ベルリン・フィル・メディアは、「デジタル・コンサート・ホール(以下DCH)」というクラシック音楽演奏の映像をストリーミング配信するプラットホームの運営を目的としたもの。発信するタイトルはできる限り高音質・高画質で作成し、世界の聴衆に届けなければならないという使命感を持っています。
ーー DCHのスタートは2008年。当時はまだストリーミング配信も盛んな状況ではありませんでしたが、その手段を選んだのはなぜでしょうか。
RZ ベルリン・フィルでは、音楽家自身が絶えず新しいメディアを導入したいという気持ちを持っています。2008年当時、配信サービスというとNapsterがあり、iTunesがスタートし、動画のYouTubeなども始まっていて、サービス業社がいくつか出てきたというところ。我々はその波に最初から乗りたい気持ちが明確にありました。将来、ストリーミングがメディアの中心になると認識していたのです。
ーー ストリーミングサービスが始まったころは、インフラも含めてまだ高音質・高画質を追求するレベルではなかったと思いますが、当初からそこを目指していたのですか。
RZ たしかに2008年頃は一般的な認識としてストリーミングのクオリティはそれほど高くありませんでした。しかし我々は当初から映像はHD Ready、音声はAACとかなりいい水準でDCHを始めました。その1年前では難しかったですが、ちょうど可能なタイミングだったのです。インフラに関しては送り手よりむしろ受け手のお客様側の状況がまだ整っていなかったと思いますが、それも想定より早くいい状況になってきました。
作り手側として大変だったのは、収録する作業です。ベルリン・フィルはホールをもっていてそこで収録するのですが、年間45回ほど毎週のように演奏があり、その邪魔にならないように作業をするのは一苦労です。カメラや照明が入るとそれらを操作する人間が邪魔になる。熱を発する照明は演奏者の集中力を阻害する。だからカメラはリモートコントロール、照明は熱を発しないものにするのが必須条件でした。何度も何度もしつこいほど試してそれを可能にしたのです。新しい技術も積極的に取り入れました。
この10年間に大きな技術革新が3回ありました。1つはレンズの精度が上がったこと。暗いホールで撮影するには高い感度が必要ですが、レンズの質の向上が大きな恩恵をもたらしました。2つめは、カメラのチップの性能の向上。当初HD ReadyだったものがHDになり、さらに4Kになりました。3つめは、ストリーミング技術の向上。当初は圧縮してストリーミングにのせて送り、受け側がデコードして再生するという状況でしたが、エンコード、デコードの技術が発達して安定したストリーミングで送れるようになった。現在は4Kの映像も送れます。
ーー インフラを整備されたのは本当にここ数年のことですが、そうなってから着手するのではなく、技術革新と一緒に能動的に開発を進められたのが興味深いですね。
RZ 我々としても、積極的に新しい技術を追求するのは楽しいですよ。
●新たな聴衆を獲得するのは大きな課題。聴きたい気持ちを掘り起こすさまざまな手を施す
ーー 生のコンサートと、DCHの配信とで、お客様はどれくらいの割合でしょうか。
RZ 演奏会は年間だいたい135回で延べ25万人がいらっしゃいます。何度も来てくださる方もいますから、ユニークユーザー数で換算するとおそらく12万人くらいと思われます。DCHでチケットを入手している方については集計しにくいですが、だいたい7万〜10万人くらいが見てくださっていると思われます。DCHで中継するのは年間40〜45回くらい。1度のライブ中継ではだいたい演奏会の3倍くらいの人数の方が見ていらっしゃいますし、ライブ中継のあとVODで見る方もたくさんいらっしゃいます。加えて、コンサートのハイライトなどトレーラー映像をSNSで配信しており、そこでの閲覧人数は100万人くらいですね。
ーー 日本国内でもCDの市場は右肩下がりで、またクラシックのコンサートに誰もが足を運ぶのには低くないハードルがあります。ベルリン・フィルが配信という手段を選ばれたのは、新しいお客様にリーチするためでしょうか。
RZ まずコンサートに来られない方に対応するということ。コンサート会場に行けない理由はさまざまで、チケットを買うお金がないとか、時間がないとか、敷居が高いとか、あるいは体力的に厳しいとか。そうであればストリーミングの形でコンサートを体験するのは、セカンドベストオプション(次善の選択)だと思います。ただ生のコンサートというのはやはり何ものにも代え難い、かけがえがないものだと思っています。DCHを見ればコンサートに来なくてもいいということではありませんよ。
ただ、DCHでコンサートに興味のない方にリーチしているかというとそれは「ノー」です。そういう方がSNSなどでDCHにたどり着くことは想像しにくい。やはりある程度クラシックのコンサートやベルリン・フィルについて理解と興味のある方が見てくださっていると思います。
ーー 我々が日頃関わる日本のオーディオの業界では、新しいお客様の創造が喫緊の課題です。特に若い方々を市場に引き入れなければ10年先の見通しは暗いと言われ、業界挙げて取り組み高い関心をもっています。ベルリン・フィルではそういうことについてどんなお考えを持っていますか?
RZ 若い聴衆をコンサートに来させることについては、ヨーロッパ全体で問題意識をもって動いています。高い敷居を払拭するために、コンサートの値段を安くする、教育啓蒙活動を行なってクラシックに対する抵抗感をなくす、などですね。我々はデジタルメディアを使った展開に着手してます。たとえば、無料の演奏動画をSNSに載せて閲覧の機会を増やす、クラシック音楽に親しみを持っていただくために音楽家のインタビューなども発信しています。啓蒙的な要素をもつ動画を体験していただくことで、若い人がよりクラシックに親しみをもつようにしていく。最終的にはDCHでコンサートを見てくださるようになって欲しいと望んでいます。
ーー ベルリンは街中でクラシックを謳歌しているイメージだと聞いていましたが、若い人はクラシックに対して距離があるのですか。
RZ ドイツは特殊な国で、どんな小さな街にも劇場やオーケストラが存在しています。ドイツのオーケストラは、ヨーロッパの他の国のすべてのオーケストラと同じくらいの数があります。ドイツではクラシックコンサートが税金で運営されているのでチケットの料金も安く、オペラハウスでも10ユーロ、12ユーロくらい。学割もあります。ポップスのコンサートやミュージカルよりもチケットが安いのです。
意志さえあれば、安いお金で見ていただくことはできるのです。それでもドイツでたくさん開催されているクラシックのコンサートに若い人が来るかというと、決してそうではない。だから啓蒙が必要なのです。
ーー まずは聴きたい気持ちの掘り起こしが必要だと。
RZ デジタルの世界でも結局、実際のコンサートに行くのと同様です。本当に関心があれば、インターネットで検索して目的のコンテンツにほとんど無料でたどり着ける。問題は探す行為にいたっていないことで、そういう人たちに対して我々はできる限り障壁を減らす。どんな思いで作曲家が作品を書いたか、演奏家が演奏しているかなどを情報としてわかりやすく供給し、接しやすく、親しみやすくして、人々の関心をひき、共感しやすくすることだと思います。そういう気持ちを抱いてくだされば、人々は自分から情報を求め、能動的にコンテンツを探すようになるでしょう。
演奏の質はもちろん映像や音の質もすばらしいコンテンツを供給することも、啓蒙活動をすることも、双方とも大事なことと認識しています。ただコンサートをつくっているだけではだめなのです。
ベルリン・フィルのこうしたメディア事業を推進するのは子会社である「ベルリン・フィル・メディア」。演奏を収録してコンテンツを制作し、音楽ファンのもとに届けるまでの一連のシステムをここですべて管理する。そこでは常に最先端の技術が採用され、高画質・高音質の上質なコンテンツ提供が実現されている。
クラシック音楽離れ、CD離れがすすむ音楽ビジネスの市場環境の中で、いい音楽を提供し続けるために果敢なチャレンジを続ける ベルリン・フィル・メディア。同社の取締役であるローベルト・ツィンマーマン氏が、音楽ビジネスへの思いとともにその取り組みを語った。
ローベルト・ツィンマーマン氏 Robert Zimmermann
1965年南西ドイツ生まれ。経営コンサルタントとして活躍した後、クラシックの映像制作会社「eins 54 film」を設立。ソプラノ歌手、クリスティーネ・シェーファーの映像作品などを手掛ける。2008年より、ベルリン・フィルのメディア子会社「Berlin Phil Media」の取締役を務める。
●ストリーミングがメディアの中心になると確信、黎明期から配信サービスに取り組む
ーー 御社の事業内容についてご紹介ください。
ローベルト・ツィンマーマン氏(以下RZ) ベルリン・フィルは正式には財団法人ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団という名称で、ベルリンを始めツアーでの各地のコンサートを企画・運営する団体です。ベルリンで行われている演奏会は毎年およそ135回。チケットは91%の売れ行きであり、延べ動員数は約25万人にのぼります。この数は多いと感じられるかもしれませんが、ベルリン・フィルのようにすでに世界的に知られていて、世界中にファンも多い団体としては、決して大きな数ではありません。
ベルリン・フィルは生のコンサート以外にも、メディアを通じて演奏を発信しています。しかしそんな中で、テレビのクラシック放送枠やレーベルのクラシックCD売上げが減り、メディアの勢いが落ちてきたことを実感してきました。そこで10年前、自ら音や映像の作品を発信しようとメディア事業を展開する子会社を設立しました。それが「ベルリン・フィル・メディア」です。
ベルリン・フィル・メディアは、「デジタル・コンサート・ホール(以下DCH)」というクラシック音楽演奏の映像をストリーミング配信するプラットホームの運営を目的としたもの。発信するタイトルはできる限り高音質・高画質で作成し、世界の聴衆に届けなければならないという使命感を持っています。
ーー DCHのスタートは2008年。当時はまだストリーミング配信も盛んな状況ではありませんでしたが、その手段を選んだのはなぜでしょうか。
RZ ベルリン・フィルでは、音楽家自身が絶えず新しいメディアを導入したいという気持ちを持っています。2008年当時、配信サービスというとNapsterがあり、iTunesがスタートし、動画のYouTubeなども始まっていて、サービス業社がいくつか出てきたというところ。我々はその波に最初から乗りたい気持ちが明確にありました。将来、ストリーミングがメディアの中心になると認識していたのです。
ーー ストリーミングサービスが始まったころは、インフラも含めてまだ高音質・高画質を追求するレベルではなかったと思いますが、当初からそこを目指していたのですか。
RZ たしかに2008年頃は一般的な認識としてストリーミングのクオリティはそれほど高くありませんでした。しかし我々は当初から映像はHD Ready、音声はAACとかなりいい水準でDCHを始めました。その1年前では難しかったですが、ちょうど可能なタイミングだったのです。インフラに関しては送り手よりむしろ受け手のお客様側の状況がまだ整っていなかったと思いますが、それも想定より早くいい状況になってきました。
作り手側として大変だったのは、収録する作業です。ベルリン・フィルはホールをもっていてそこで収録するのですが、年間45回ほど毎週のように演奏があり、その邪魔にならないように作業をするのは一苦労です。カメラや照明が入るとそれらを操作する人間が邪魔になる。熱を発する照明は演奏者の集中力を阻害する。だからカメラはリモートコントロール、照明は熱を発しないものにするのが必須条件でした。何度も何度もしつこいほど試してそれを可能にしたのです。新しい技術も積極的に取り入れました。
この10年間に大きな技術革新が3回ありました。1つはレンズの精度が上がったこと。暗いホールで撮影するには高い感度が必要ですが、レンズの質の向上が大きな恩恵をもたらしました。2つめは、カメラのチップの性能の向上。当初HD ReadyだったものがHDになり、さらに4Kになりました。3つめは、ストリーミング技術の向上。当初は圧縮してストリーミングにのせて送り、受け側がデコードして再生するという状況でしたが、エンコード、デコードの技術が発達して安定したストリーミングで送れるようになった。現在は4Kの映像も送れます。
ーー インフラを整備されたのは本当にここ数年のことですが、そうなってから着手するのではなく、技術革新と一緒に能動的に開発を進められたのが興味深いですね。
RZ 我々としても、積極的に新しい技術を追求するのは楽しいですよ。
●新たな聴衆を獲得するのは大きな課題。聴きたい気持ちを掘り起こすさまざまな手を施す
ーー 生のコンサートと、DCHの配信とで、お客様はどれくらいの割合でしょうか。
RZ 演奏会は年間だいたい135回で延べ25万人がいらっしゃいます。何度も来てくださる方もいますから、ユニークユーザー数で換算するとおそらく12万人くらいと思われます。DCHでチケットを入手している方については集計しにくいですが、だいたい7万〜10万人くらいが見てくださっていると思われます。DCHで中継するのは年間40〜45回くらい。1度のライブ中継ではだいたい演奏会の3倍くらいの人数の方が見ていらっしゃいますし、ライブ中継のあとVODで見る方もたくさんいらっしゃいます。加えて、コンサートのハイライトなどトレーラー映像をSNSで配信しており、そこでの閲覧人数は100万人くらいですね。
ーー 日本国内でもCDの市場は右肩下がりで、またクラシックのコンサートに誰もが足を運ぶのには低くないハードルがあります。ベルリン・フィルが配信という手段を選ばれたのは、新しいお客様にリーチするためでしょうか。
RZ まずコンサートに来られない方に対応するということ。コンサート会場に行けない理由はさまざまで、チケットを買うお金がないとか、時間がないとか、敷居が高いとか、あるいは体力的に厳しいとか。そうであればストリーミングの形でコンサートを体験するのは、セカンドベストオプション(次善の選択)だと思います。ただ生のコンサートというのはやはり何ものにも代え難い、かけがえがないものだと思っています。DCHを見ればコンサートに来なくてもいいということではありませんよ。
ただ、DCHでコンサートに興味のない方にリーチしているかというとそれは「ノー」です。そういう方がSNSなどでDCHにたどり着くことは想像しにくい。やはりある程度クラシックのコンサートやベルリン・フィルについて理解と興味のある方が見てくださっていると思います。
ーー 我々が日頃関わる日本のオーディオの業界では、新しいお客様の創造が喫緊の課題です。特に若い方々を市場に引き入れなければ10年先の見通しは暗いと言われ、業界挙げて取り組み高い関心をもっています。ベルリン・フィルではそういうことについてどんなお考えを持っていますか?
RZ 若い聴衆をコンサートに来させることについては、ヨーロッパ全体で問題意識をもって動いています。高い敷居を払拭するために、コンサートの値段を安くする、教育啓蒙活動を行なってクラシックに対する抵抗感をなくす、などですね。我々はデジタルメディアを使った展開に着手してます。たとえば、無料の演奏動画をSNSに載せて閲覧の機会を増やす、クラシック音楽に親しみを持っていただくために音楽家のインタビューなども発信しています。啓蒙的な要素をもつ動画を体験していただくことで、若い人がよりクラシックに親しみをもつようにしていく。最終的にはDCHでコンサートを見てくださるようになって欲しいと望んでいます。
ーー ベルリンは街中でクラシックを謳歌しているイメージだと聞いていましたが、若い人はクラシックに対して距離があるのですか。
RZ ドイツは特殊な国で、どんな小さな街にも劇場やオーケストラが存在しています。ドイツのオーケストラは、ヨーロッパの他の国のすべてのオーケストラと同じくらいの数があります。ドイツではクラシックコンサートが税金で運営されているのでチケットの料金も安く、オペラハウスでも10ユーロ、12ユーロくらい。学割もあります。ポップスのコンサートやミュージカルよりもチケットが安いのです。
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ーー まずは聴きたい気持ちの掘り起こしが必要だと。
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