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公開日 2024/12/25 06:30

名盤『交響組曲宇宙戦艦ヤマト』の新たな船出。リミックスという選択に挑んだエンジニアの声を訊く

『宇宙戦艦ヤマト』放送50周年記念アイテム制作の裏側とは
編集部:松永達矢
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日本コロムビアより『YAMATO SOUND ALMANAC 50th PREMIUM 交響組曲 宇宙戦艦ヤマト 2024mix』(以下、「2024mix」)が、本日12月25日よりCD/LPレコード/ハイレゾ/空間オーディオの各フォーマットにて発売される。

本アイテムは、1974年放送のTVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』のサウンドスコアをオーケストラ向けに再編曲・再編成した『交響組曲 宇宙戦艦ヤマト』(1977年発売)に、最新技術によるリミックスを施したというもの。その音素材には、これまで使われてこなかったオリジナルマルチトラックテープ(16ch)が使用されるといったチャレンジが行われている。

この度ファイルウェブでは、「2024mix」の企画を担当した八木 仁氏、そしてミキシングを手掛けた日本コロムビア スタジオ技術部の塩澤利安氏、久志本恵里氏にインタビューを実施。オリジナル盤『交響組曲 宇宙戦艦ヤマト』の魅力、名盤の新たな船出「2024mix」に至る経緯と、その挑戦について語って頂いた。

『YAMATO SOUND ALMANAC 50th PREMIUM 交響組曲 宇宙戦艦ヤマト 2024mix』担当ミキシングエンジニアの塩澤利安氏(写真左)、製品企画担当の八木 仁氏(写真右)

■「我々がやっていいものか」リミックスアルバムの制作に至る航路と、その意義とは



───シリーズ放送50周年の記念アイテムとして「2024mix」を制作に至るまでの流れを教えて頂けますか?

八木 仁氏(以下、八木) 昨年の段階から『宇宙戦艦ヤマト』放送50周年に向けての施策が各方面で動いていました。現行の『ヤマトよ永遠に REBEL3199』はバンダイナムコミュージックライブが音楽を担当されていて、旧作の方の担当が我々コロムビアということになります。ただ、旧作の音楽については、2012年から放送開始40周年である2014年にかけて発売してきた『YAMATO SOUND ALMANAC』でやるべきことをやり尽くしていて、「何をしようか」という案出しからのスタートでした。

シリーズ1作目の放送50周年の節目に周年の記念タイトルを公表しないわけにもいかないということから、目をつけたのが1977年に発売された『交響組曲 宇宙戦艦ヤマト』の16chのオリジナルマルチトラックテープです。アニメというよりアーティストのアルバムで古い音源のリミックスアルバムを旧音源と合わせて出すという商流があるので、「交響組曲でこれをやってみてはどうだろうか」というのが「2024mix」のアイデアのきっかけになります。

ただ、「リミックス」についての葛藤はありました。アイデアのきっかけとした昨今のリミックスアルバムも、オリジナルのアーティストさんが手掛けられているものです。オリジナルスコアの作曲と交響組曲での編曲を担当した宮川泰先生は鬼籍に入られていますし、我々がやっていいものかと。その懸念をヤマトの関係者や、関係各社、御子息であり現行シリーズで作曲を務める宮川彬良先生と相談したところ、了承を頂けましたので、本企画が実行に向けて舵を切ることとなりました。

後記するジャケット装画にも多くのこだわりをもって臨んだ八木氏

そして、もう一つ本企画の大事な要素となるのが元素材のアーカイブです。今回使用したマルチトラックテープは当時の磁気テープになるので、保管しているだけでも劣化の一途をたどります。どこかで音源のデジタルデータ化(デジタイズ)が必要になりますので、製品化に伴う形で当時の録音素材のアーカイブを行いました。

工程としては作品の50周年に際して、現存するマルチを最新技術でデジタイズ。リミックスし、CD、LPレコード、通常配信、ハイレゾ配信、空間オーディオといったラインナップで「周年記念作品」として展開するという建付けです。また、上記した『YAMATO SOUND ALMANAC』企画内でCD化されたものもまだ製品として流通しているので、オリジナルの音と「2024mix」との違いを楽しんで頂ければと思います。

───幾度もCD化された『交響組曲 宇宙戦艦ヤマト』ですが、その総決算ともいえる『YAMATO SOUND ALMANAC』盤に至るまでの道のりを簡単に教えて頂けますか?

八木 1985年に初のCD作品としてリリースし、間に再プレスを挟み、次いでシリーズ30周年を迎える2004年に発売した『ETERNAL EDITION』としてリマスタリング。そして2012年に『YAMATO SOUND ALMANAC』シリーズの第1期発売分として新たにリマスタリングを施した、という流れになります。

2012年に発売された「YAMATO SOUND ALMANAC 1977-I 交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」

『YAMATO SOUND ALMANAC』は、これまでの周年企画ではできていなかった「旧作ヤマトの現存するミックスの網羅」を掲げておりまして、旧作ヤマトのために作られた企画盤を含めた全音源30タイトルをコンプリートしています。発売から10年を経た今でもその認識と意義は変わっていません。「実は未発表音源がありました」なんてことがあれば追加で作るかもしれませんが、これからも完全な音楽集としてしっかりと展開していきます。

実は今回のリミックス版タイトルの冠も「YAMATO SOUND ALMANAC 50th PREMIUM 交響組曲 宇宙戦艦ヤマト 2024mix」としておりまして、『YAMATO SOUND ALMANAC』のカタログの一端として、「2024mix」を加えていただければ……という思いも込めています。

なので、「2024mix」に関しては『交響組曲 宇宙戦艦ヤマト』の最新バージョンというわけではなく、オリジナルの素材から作られた「旧作音源の新しい形」を示した別作品として受け取ってくれれば幸いです。

───ちなみに今回素材として使用した「16chマルチトラックテープ」というのは今回新たに発掘されたというものではなく、もともと存在を把握していたのでしょうか?

八木 把握はしておりました。元来マルチトラックテープというのは、例えばライヴをやる時に必要なトラックだけを抜き出したり、演奏用の素材として活用することはあるんですけれども、ヤマトに関しては83年に『宇宙戦艦ヤマト 完結編』の上映が終わって、そこで一旦旧作を出し切ったので、その後にマルチトラックテープを活用するという発想が今までなかったんです。

2024mixの素材元となる16chのマルチトラックテープ

今回そのマルチ素材を用いたリミックスをやっていく上で、特に大きなポイントになったのが「空間オーディオ」になります。

ステレオを映画のために擬似5.1chにすることはあると思いますけど、そういうこととマルチトラックテープを素材にしたものから創り出すというのは音楽的に全く意味が異なります。であれば、50周年を機に音楽的にトライしてみてもいいのではないか、というのが空間オーディオのリリース経緯です。これまでに無いアプローチについての苦労話は塩澤さんから聴けると思います(笑)。

■初めて買ったLPに臨む喜びと苦労。「2024mix」のアプローチに迫る



───それでは、「16chマルチトラックテープ」からリミックス音源を創り上げるチャレンジで苦労したところをお聞かせ願えますか?

塩澤利安氏(以下、塩澤) すごく個人的な話になりますが、オリジナルの『交響組曲 宇宙戦艦ヤマト』は、実は私が小学生の頃にお小遣いを貯めて初めて手に入れたLPレコードなんですよ。それだけに思い入れもひとしおで、「2024mix」の企画を頂いたときはものすごい喜びで満ち溢れました。「ぜひ新たなサウンドを創りたい!」と、思い切って臨みはしたけど、やはり昔から聴いているだけあってLP音源の感じからなかなか抜け出せない、もはや刷り込まれている。という認識から始まったのはまさに苦労でしたね。

「第30回 日本プロ音楽録音賞」にて「最優秀賞」「ベストエンジニア賞」に輝くなど、数々の仕事で高い評価を受ける塩澤氏

自分もまさしくそうであるように、これまで『交響組曲 宇宙戦艦ヤマト』に触れた人にとっては「このサウンドこそヤマト」という基準ができてしまっている。そのため、新しさを出すにもあまりにも逸脱することはできない。ということで今回の盤は「新たな鮮明さを求める」ということを念頭にリミックスに臨みました。ですので、根本的なバランス感や定位感などは決して変えておりません。

極力先人がやったミックスを尊重しながら創り上げたとしても、やはりエンジニアが違うとそれなりの感性が出てしまいます。そういった部分に関しては制作担当の八木と何度もミックスを聴き直しながら「ここはちょっとイメージと違うかも」と、ラリーを重ね合って創り上げていきましたね。

繰り返しになりますが、原体験ということもあり『交響組曲 宇宙戦艦ヤマト』に対するイメージはやっぱり強いですね。改めてしっかり聴けば「そうじゃなかった」という気付きも必ずあるとは思うんですけど、脳裏に残っている「あの頃レコードで聴いたサウンド感」というのを大事に、崩さずにミックスしました。

実施コンセプトとして「鮮明化」を掲げましたが、ただクリアにすれば良いというわけにもいかないのも難しさがありましたね。例えば古い映像の解像度を単純に上げてみても、やはり古いものは古く見える、見えすぎても困ってしまうというのをよく八木と話していました。鮮明化しすぎることで、『交響組曲 宇宙戦艦ヤマト』のイメージからかけ離れていってしまってはダメだということで、昔の音の良さを残しながら創り上げていきました。

───マルチトラックテープからのデジタイズの作業プロセスを教えて頂けますでしょうか?

塩澤 まず素材となるのがこの16chのマルチトラックテープから取り込んだデジタルデータということになりますので、そのあたりを担当した久志本から説明させて頂ければと思います。

久志本恵里氏(以下、久志本) 今回使用したマルチトラックテープですが、先程八木からも話があったように活用される機会が無く、保管資料としてずっと倉庫に入っていたものになります。16chのマルチということもあり、サイズも非常に大きく、これだけのものをずっと巻いている状態にするとテープの糊が染み出すといった劣化も進みます。そのままテープを回すと剥がれの原因にもなりますので、まずは低温で6時間ほどテープに熱処理を加えるといった作業から進めていきました。

日本コロムビアのレコーディング・ミキシングエンジニア 久志本恵里氏。久志本氏も担当作品が「第30回日本プロ音楽録音賞」に輝いている

温めてテープを乾燥させたあと、テープレコーダーが規定のスピードで回っていることを確認し、デジタルデータへの取り込みを行います。また、今回のテープは周波数特性などを調整する巻頭信号が入っていませんでした。これについては、テープレコーダー用の調整信号のみが記録されたMRLキャリブレーションテープを併用しながら一旦規定通りの調整を行っています。

その上で、オリジナルの音源と聴き比べた時に例えば「少し低音が足りない」といった部分には、再調整を掛けるなど、取り込みの段階で当時の音の再現に臨みました。ちなみにですが、「2024mix」の制作で使用したテープレコーダーSTUDER「A-80」は、当時『交響組曲 宇宙戦艦ヤマト』を録音した機材そのもので、今回の為にというわけで無く今に至るまでメンテナンスを続けて稼働しています。「AVID Pro Tools」を使用して、96kHz/24bitのwavファイルという形でデジタイズを行いました。

当時の録音にも使用されたテープレコーダーSTUDER「A-80」。日本コロムビアでは今なお現役で稼働している

取材当日はテープの生音も聴くことができた。指揮を振るう宮川泰氏による合図など、製品盤には収録されない当時の臨場感をも収めたまさに「資料」と呼べる逸品だ

───では、そのデジタル音源に対して行った「鮮明化」について、技術的な部分を教えて下さい

久志本 まずデジタル化した音源の整理を行います。1本のテープには数曲収録されており、そのうえそれぞれの曲に複数のテイクが収録されている曲もありました。まずは「どれがOKテイクなのか」というのを探し当てていくことになりました。

曲間を繋ぐリーダーテープの部分に当時の方による手書きで「OKテイク」と書かれている曲もありましたが、聴き比べると「これは本当にOKテイクだろうか……?」というものもありました。そういった部分はオリジナル盤と聴き比べて「『OK』と書いてはいるものの、別テイクを入れたのだろう」とのジャッジを繰り返し、完成させました。

テープの音源は「AVID Pro Tools」にてデジタル化を実施

塩澤 「OKテイク」の選別については我々のほかにも外部の『宇宙戦艦ヤマト』識者にお伺いして「ここが違うんじゃないか」みたいなやり取りも行いましたね。

久志本 鮮明化の処理については、おおよそ楽器ごとに分けられる各トラックで「演奏をしていない部分」は、Pro Tools上でしっかりミュートしテープヒスノイズやクロストークを極力低減させました。当時はフェーダーを下げたりすることで防いでいたと思うのですが、今回はデジタル上でヒスノイズや、演奏のノイズ、テープ媒体で発生する転写などをしっかりと処理しています。




マルチトラックテープを納める箱にはトラックシートを記載。CD/LPレコードブックレットにも掲載されるが、カラー写真での御披露目は本サイト独自! 複数テイクの収録や「赤いスカーフ」など、編曲に伴う仮タイトルなども非常に興味深い

塩澤 トラックの中に収録はされているけれども、オリジナル製品の音源に入っていないという音もくまなくチェックしました。鮮明化こそすれど、曲自体はオリジナルに忠実にしたいので、そういった音はカットしましたね。

───鮮明化でいうとスタジオで聴かせて頂いたオリジナル盤や、2012年盤にも入っていたTr.1での「スキャット前の演奏ノイズ」も無くなっていて非常に驚きました

塩澤 不要なノイズは極力なくなっていた方が音楽に没頭できるという考えから、音楽以外のノイズはすべて消すという方向で作業を進めました。ただ、当時はコンピューターでミックスをするというのが不可能だったので、リアルタイムで一つ一つのフェーダーを制御するしかなかったんです。「ただ単に並べてバランスを取りました」というだけではオリジナルの完成度には至らない。自分が作業するにあたって、場面場面でその凄みを改めて思い知らされましたね。

元素材をみていくと16という限りあるトラックの中にどう音を収めていくのか、リミックスされることまでは考えていないとは思いますが、1トラックに収まっている楽器たちも後のミックス作業を想定したような振り分けになっているのも驚かされました。

「2024mix」で、音を鮮明化するにあたって1トラックにまとめられた楽器でも、完璧に演奏箇所が別れている楽器に関しては別トラックに持ってきました。その方がバランスを取りやすくなります。ただ、同じトラックで同時に複数の楽器が演奏されている場合、現代の技術で分離することは可能ですが分離してしまうと音質的に優れないのでそのまま置いています。なるべく音の劣化を避けたく、そういったトラックをわざわざ分離するという作業は行っていません。

次ページ「空間オーディオ」版が目指した臨場感とは? ジャケットにも随所にこだわりが

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