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公開日 2006/08/30 12:32
Woooを創った男たち[1]「製品開発は無から有を生み出す夢の集団」
世界初32V型プラズマテレビを世に出し、薄型大画面時代の扉を開いた日立「Wooo」。いまやその世界はデジタルAVワールドへと広がりを見せ、市場創造に向けた強力商品と位置付けられ、店頭でも一目置く存在だ。「Wooo」を生み出し、さらに強力ブランドへと成長させていく背景にはどのようなドラマが隠されているのか。そのキーパーソンを『Woooを創った男たち』と題し、4回連続で取り上げていく。第1回は、設計部隊を取りまとめてきた製品開発事業部事業部長・由木幾夫氏だ。
(この記事は、弊社「Senka21」2006年8月号所収記事を転載したものです)
■ものづくりの基本は市場を創れる商品
―― 新体制により製品開発事業部という新しい組織ができました。その狙いをお聞かせください。
由木 もともとはデジタルメディア事業部というひとつの事業部が、マーケティングから製造まですべてを見ていました。しかし、フラットパネルのビジネスがワールドワイドで急速に拡大する中で、従来の縦一本の組織では隅々まで目の届かないところが出てきた。そこで、機能と責任を明確化し、ワールドワイドでサポートできる体制をとるために、製品開発と生産統括、マーケティングの3つに分けました。
われわれは製品開発、要するに設計部隊です。コーポレートの研究所を含め、次にどういう商品を出していくのか、その種をつくり、具体的に製品にしていくのが役割となります。
―― 研究所から様々な新しい技術が出てくる。一方、マーケティングの側からワールドワイドに市場のニーズが集まってくる。そこをワンストップオペレーションでまとめていくわけですね。
由木 世の中のインフラがどんどん変化しています。例えばテレビでも、従来のように電波を受けるだけでなく、これからはIPテレビが出現し、双方向的になってきます。そうした流れに対応するために、開発のスピードをいかに高められるかが大きな課題となります。
―― IPテレビ的な発想の商品も、御社からはかなり早くに提案されています。
由木 今から4年前に、試験的な意味合いも含めていち早く発売しました。ネットワークを張り巡らした中で、テレビの位置付けはどうあるべきなのか。そのためには実際に発売することが一番だということから、数は少ないですが、インターネットができるPCベースのボードを組み込んだものを発売し、実際にお客様に使っていただいて、いろいろな声を集めました。これも、将来は空から降ってくる電波だけでなく、インターネットや有線に接続する時代が必ず来るという確信があればこそです。ただ、実際に家庭に普及させていくためには、さらなるコストダウンが必要になります。
―― 日立は薄型テレビではオリジネーターといっていいくらい早くから提案されていますし、今、お話いただいたように4年前にはIPテレビの一端をうかがわせるような商品を発売されています。ジャブを繰り出しながら、きちんと本物にしていく。現在も商品開発に対するこうした思想には変わりはありませんか。
由木 まったく変わっていないですね。基本にあるのは、市場を創り込んでいくこと。市場のニーズを待ち、出来上がってから出すのでは遅い。こちらからアクセスして市場を創っていく姿勢が必要です。
最初に32V型のプラズマテレビを出したときにも、プラズマテレビは100万円以上する価格で台数もほとんど出ていない状態でした。このままではフラットパネルの市場は創れない。32V型というサイズにこだわったのも、ひとつには、市場を創るために、コストを大きく下げられるからです。
―― 確かに日立から32V型が発売されたときに「薄型テレビがいよいよ現実のものになってきたな」という印象が拡がりました。しかし、商品を売る販売店の側には、フラットパネルのビジネスが本物になるのか、売る不安もあったと思います。
由木当社では「受容性調査」という消費者調査を行っていますが、このときにも実施しました。年齢層や職業などランダムに選んだ一般の方から、商品に対するいろいろな意見を伺います。プラズマテレビの時には、一部の人から「欲しい」「買いたい」という声が聞かれました。当時、ブラウン管テレビが29型で6万円も出せば買える時代です。「むずかしい」「売れるかどうかわからない」という不安は確かにありましたが、この調査で、「いけるな」と確信しました。まずはこの一握りの人を狙ってスタートしました。
特にこれからのAV製品には万人に共通なものはありません。市場をセグメント化し、どういうお客様を狙った商品なのかを明確にしていく必要があります。
―― 「録れるプラズマ」など、他社に対して差別化された日立の商品開発は、その思想のもとに成り立っているわけですね。
由木 例えば、将来、テレビがネットワークと接続されたらどうなるのか。日立のプラズマテレビにはハードディスクを入れていますが、それはその将来像を見据えているからです。ネットワークにつながれば、リアルタイムで映像を見る機会が減り、どこかにいったんストア(蓄積)する必要が出てくる。そこで、テレビにはハードディスクが当然内蔵されてきます。そのときのために、今からハードディスクをきちんとテレビに内蔵しているわけです。もちろん、「便利だ」という声もたくさんいただいていますが、将来に備えた設計にもなっているということです。
―― IPテレビの先というのは何か見えていますか。
由木 これは私の夢になりますが、1つはどの家でもすぐ実現できる本当の意味での壁掛けテレビ。そしてもう1つが3Dテレビ、立体テレビです。IPテレビというのは、インフラとの兼ね合いでテレビの視聴形態が変わるわけですが、この2つの夢は、ディスプレイそのものが進化します。
■ロードマップの存在が夢を現実に変えていく
―― 製品開発事業部という組織は、夢を持つ者が集い、次にどんな商品をつくるのかを考えている。まさしく夢の集団ですね。
由木 その通りだと思います。自分も設計をやってきましたが、設計の仕事というのは、いわば無から有をつくる非常に創造的な仕事です。だから楽しいのだと思います。
―― 今は年2回、新製品を発表されていますが、商品を実際につくる立場からすると、技術の進化を製品にきちんと落とし込んでいかなければならない。開発にはスピードが要求されますね。
由木 開発のスピードをあげるために、ひとつにはモジュール化の発想が必要になります。フラットパネルディスプレイは昔のアナログとは異なり、デジタルになってモジュール化もやりやすくなっています。そこをもっと進化させていくこと。
もうひとつは、研究所からスタートしている技術を製品に落とし込むためのロードマップの存在があげられます。これにより、研究所では時期を明確にして技術を完成させ、一方、設計ではそれを量産するための設計をやっていく。そうすれば開発期間も短くなります。
短い時間で新しい種をどんどんつくっていくというのは無理な話なんです。日立では現在、こうした体制がきちんと調えられています。
―― イノベーションとしては、半年でもすごい商品が出てくる可能性があるということになりますね。
由木 研究所の開発人員は数年前の約2倍近くの規模に拡大しています。コーポレートをあげて、この事業を立ち上げる体制が調えられ、テレビだけでなく、デバイス等も含めて、日立の本当に巨大なパワーとなっています。
―― FHPをはじめ、ビジネスのコンストラクションとしては垂直統合型になっていますが、これは製品開発上では相当大きなメリットと言えますね。
由木 次から次へ種をきちんと揃えておく意味からも、パネルの新しい技術、セットの新しい技術をいかに融合させて新しい商品をつくっていくかになります。これが分かれていますと、ロードマップもきちんと描くことができません。
コスト削減という面からも、例えば、「同じような回路を持っているから、こちら側だけにしよう」とか、「中の構造をこうしてくれれば、セット側で金具が必要なくなる」など、効果が出てきます。
―― 部材を調達してくるところとは大きく差が出てきますね。
由木 プラズマテレビでは現在、日立グループからの調達率が約7割になり、かなり高いレベルでの垂直統合型のビジネスになっています。しかし、もっと高められる。グループのシナジーを高めるためにも、グループ内の調達率をあげていくことが必要です。そうすれば、ロードマップもどんどん先まで描くことができます。現在はまだ過渡期ですね。
―― テレビの命である画質について、ものづくりの立場からのこだわりをお聞かせください。
由木 画質に対しては本当にこだわっています。プラズマに搭載しているピクチャーマスターという画像エンジンは、ブラウン管テレビの時代から積み重ねてきた技術で、10年以上の技術を蓄積し、進化させてきたものです。
当社には、職人的な画づくりの技術者がいて、その人間がOKを出さないと商品化しない仕組みになっています。彼がすべての画質に最終的に責任を持ち、悪いときには改善点を具体的に指摘して修正させます。
ICを買ってくれば画は出る。しかしそれでは画質に対するこだわりはほとんどありません。そこからいかにチューニングしていくかです。そこは本当にこだわり以外の何物でもなく、「ここの画のこの色はこうなんだと」、本当に、泥臭い仕事ですね。
―― デジタル技術というのが一方でありながら、人間のアナログ的な感性の部分で整合性を図っていくわけですね。
由木 画を作るために、いろいろなデータが数値化されていますが、それは80〜85%くらい。残りの15〜20%は、人間の目によるこだわりの部分になります。
―― 画質をきちんと人間の目で管理する一方で、機能が豊富になるにつれて、バグなどの問題も重要になっています。こうした問題を回避するためにはどのような対策をとられていますか。
由木 ソフトの規模も急激に大きくなり、5年前に比べると約10倍です。それだけバグを発生させる可能性も高くなります。課題はソフトウエアの開発プロセスですね。そこがきちんとできれば、最終的に製品になったときに大きな迷惑をかけるようなバグは発生させないですみます。
まだ道半ばですが、設計の上流から製品出荷に至るプロセスをすべて見直して、最初の商品企画の段階から、ソフトウエア開発をイメージしたプロセスづくりを行っています。また、設計もいくつかの区分に分けて、ひとつが完全に終了したところで、次に進めるか否かの判定をします。かなりレベルも上がってきていますので、来年の春以降の製品ではそうしたバグはほとんどなくなると思います。
―― 製品開発の上では、コストも大きなテーマになります。
由木 市場を創っていく商品とともに、ボリュウムをとっていく商品もきちんと揃えていかなければなりません。われわれはボリュウムゾーンの商品については、通常の縦割りの組織に対し、超党派の開発プロジェクトチームを設けています。投資も絞り込み、コストを下げることを徹底して行っています。受容性調査も行い、そこからコスト・ターゲットを割り出し、そこへ落とし込む設計の仕方を考えていきます。これだけコストがかかるからこの価格でというのではなく、この価格でしか売れないから、そのためにはこのコストでやるというやり方です。もちろんワールドワイドで、プラットフォームも共通化していきます。
■こだわることで集中力が高まる
―― いま、フルHDとブルーレイディスク(BD)が非常に期待されています。御社の状況をお聞かせください。
由木 フルHDは、すでに技術発表している42V型のパネルの量産化のための技術を詰めています。
―― 価格的にはいかがですか。
由木 当初は少し高くなりますね。コストは大きく、パネルと回路に分けられます。パネルがフルHDになることで画素数が増え、その分、駆動する回路が増えることになり、コストアップになります。しかし、パネルは歩留まりの勝負ですから、生産技術、量産技術が固まってくれば、この部分のコストアップはそれほど大きくないと思います。パネルの駆動部分も、回路がデジタル化されており、そこでのコストアップはあまりないと思います。
もうひとつ、BDにも期待しています。将来、IPテレビになれば、ストア(蓄積)したり、保存したりが絶対必要になってきます。ハードディスクはタイムシフト的な使い方ですし、映画もハイビジョン画質で送られてきますからDVDでは十分ではありません。BDならば、映画もディスク1枚に納められます。インフラの進化とともに、その存在が大きくクローズアップされてくると思います。
―― 御社ではハードディスクの内蔵やスイーベルなど、業界の新しいスタンダードになるような提案を次々に繰り出されていますね。
由木 大手町に商品企画の部隊があり、そこに設計、研究所の人間も加わり、「あれは面白いのでは」「これは便利だろう」と議論する中で出てくるものです。それらに対しても受容性調査を行った上で、最終的な製品化へ向けての判断を行います。
―― これまでお仕事をされてきて、日立のターニングポイントをあげるとしたら、何になりますか。
由木 2つあります。1つは、米国市場で大画面が上昇気運にあるときに、リアプロジェクションテレビの事業を始めました。最初は画質もあまりよくなくて、うまくいっていなかったのですが、当時の工場長が「これは将来、絶対に大きな市場になる。エンジニアもここに徹底して投入しよう」と決断されました。設計者をそれまでの約4倍に増やして徹底した技術開発をやりました。今までのリアプロジェクションテレビとは違う、明るさが倍以上もある商品を完成させ、それから数年後には米国シェアNo.1を獲得しました。
2つめは今回のプラズマテレビです。ブラウン管をこのまま続けていても先が見えず、止めるしかない。しかし、われわれの持つチャネルに対してはきちんと製品を供給していかなければなりません。一旦、途切れてしまうと、つくり直すのには巨額な費用がかかります。そのときに出てきたのが、お話してきた薄型テレビです。
―― そして、次が壁掛けか立体テレビですね。
由木 自分が担当している時に早くそこまでやり遂げたいですね。
―― ものづくりでは、モチベーションを上げるというのも大きな仕事ではないかと思います。
由木 設計の人は、自分のやったものが世の中に出てお店に並びます。それで自ずとモチベーションも上がっていきます。
―― それでは最後に、座右の銘をお聞かせください。
由木 「こだわり」ですね。何事に対しても徹底してこだわることで、興味や関心もそこに集中されます。わたしがもっとも大事にしている言葉のひとつです。
Profile
ゆき・いくお●1949年7月28日生まれ。大阪府出身。1973年4月(株)日立製作所横浜工場入社。カラーテレビ設計、プロジェクションテレビ設計を担当。2000年12月デジタルメディアグループ デジタルメディアシステム事業部映像本部長に就任、プラズマテレビ事業の立ち上げを推進する。2006年2月ユビキタスプラットフォームグループ製品開発事業部長就任、現在に至る。趣味は温泉旅行、ワイン。
(この記事は、弊社「Senka21」2006年8月号所収記事を転載したものです)
■ものづくりの基本は市場を創れる商品
―― 新体制により製品開発事業部という新しい組織ができました。その狙いをお聞かせください。
由木 もともとはデジタルメディア事業部というひとつの事業部が、マーケティングから製造まですべてを見ていました。しかし、フラットパネルのビジネスがワールドワイドで急速に拡大する中で、従来の縦一本の組織では隅々まで目の届かないところが出てきた。そこで、機能と責任を明確化し、ワールドワイドでサポートできる体制をとるために、製品開発と生産統括、マーケティングの3つに分けました。
われわれは製品開発、要するに設計部隊です。コーポレートの研究所を含め、次にどういう商品を出していくのか、その種をつくり、具体的に製品にしていくのが役割となります。
―― 研究所から様々な新しい技術が出てくる。一方、マーケティングの側からワールドワイドに市場のニーズが集まってくる。そこをワンストップオペレーションでまとめていくわけですね。
由木 世の中のインフラがどんどん変化しています。例えばテレビでも、従来のように電波を受けるだけでなく、これからはIPテレビが出現し、双方向的になってきます。そうした流れに対応するために、開発のスピードをいかに高められるかが大きな課題となります。
―― IPテレビ的な発想の商品も、御社からはかなり早くに提案されています。
由木 今から4年前に、試験的な意味合いも含めていち早く発売しました。ネットワークを張り巡らした中で、テレビの位置付けはどうあるべきなのか。そのためには実際に発売することが一番だということから、数は少ないですが、インターネットができるPCベースのボードを組み込んだものを発売し、実際にお客様に使っていただいて、いろいろな声を集めました。これも、将来は空から降ってくる電波だけでなく、インターネットや有線に接続する時代が必ず来るという確信があればこそです。ただ、実際に家庭に普及させていくためには、さらなるコストダウンが必要になります。
―― 日立は薄型テレビではオリジネーターといっていいくらい早くから提案されていますし、今、お話いただいたように4年前にはIPテレビの一端をうかがわせるような商品を発売されています。ジャブを繰り出しながら、きちんと本物にしていく。現在も商品開発に対するこうした思想には変わりはありませんか。
由木 まったく変わっていないですね。基本にあるのは、市場を創り込んでいくこと。市場のニーズを待ち、出来上がってから出すのでは遅い。こちらからアクセスして市場を創っていく姿勢が必要です。
最初に32V型のプラズマテレビを出したときにも、プラズマテレビは100万円以上する価格で台数もほとんど出ていない状態でした。このままではフラットパネルの市場は創れない。32V型というサイズにこだわったのも、ひとつには、市場を創るために、コストを大きく下げられるからです。
―― 確かに日立から32V型が発売されたときに「薄型テレビがいよいよ現実のものになってきたな」という印象が拡がりました。しかし、商品を売る販売店の側には、フラットパネルのビジネスが本物になるのか、売る不安もあったと思います。
由木当社では「受容性調査」という消費者調査を行っていますが、このときにも実施しました。年齢層や職業などランダムに選んだ一般の方から、商品に対するいろいろな意見を伺います。プラズマテレビの時には、一部の人から「欲しい」「買いたい」という声が聞かれました。当時、ブラウン管テレビが29型で6万円も出せば買える時代です。「むずかしい」「売れるかどうかわからない」という不安は確かにありましたが、この調査で、「いけるな」と確信しました。まずはこの一握りの人を狙ってスタートしました。
特にこれからのAV製品には万人に共通なものはありません。市場をセグメント化し、どういうお客様を狙った商品なのかを明確にしていく必要があります。
―― 「録れるプラズマ」など、他社に対して差別化された日立の商品開発は、その思想のもとに成り立っているわけですね。
由木 例えば、将来、テレビがネットワークと接続されたらどうなるのか。日立のプラズマテレビにはハードディスクを入れていますが、それはその将来像を見据えているからです。ネットワークにつながれば、リアルタイムで映像を見る機会が減り、どこかにいったんストア(蓄積)する必要が出てくる。そこで、テレビにはハードディスクが当然内蔵されてきます。そのときのために、今からハードディスクをきちんとテレビに内蔵しているわけです。もちろん、「便利だ」という声もたくさんいただいていますが、将来に備えた設計にもなっているということです。
―― IPテレビの先というのは何か見えていますか。
由木 これは私の夢になりますが、1つはどの家でもすぐ実現できる本当の意味での壁掛けテレビ。そしてもう1つが3Dテレビ、立体テレビです。IPテレビというのは、インフラとの兼ね合いでテレビの視聴形態が変わるわけですが、この2つの夢は、ディスプレイそのものが進化します。
■ロードマップの存在が夢を現実に変えていく
―― 製品開発事業部という組織は、夢を持つ者が集い、次にどんな商品をつくるのかを考えている。まさしく夢の集団ですね。
由木 その通りだと思います。自分も設計をやってきましたが、設計の仕事というのは、いわば無から有をつくる非常に創造的な仕事です。だから楽しいのだと思います。
―― 今は年2回、新製品を発表されていますが、商品を実際につくる立場からすると、技術の進化を製品にきちんと落とし込んでいかなければならない。開発にはスピードが要求されますね。
由木 開発のスピードをあげるために、ひとつにはモジュール化の発想が必要になります。フラットパネルディスプレイは昔のアナログとは異なり、デジタルになってモジュール化もやりやすくなっています。そこをもっと進化させていくこと。
もうひとつは、研究所からスタートしている技術を製品に落とし込むためのロードマップの存在があげられます。これにより、研究所では時期を明確にして技術を完成させ、一方、設計ではそれを量産するための設計をやっていく。そうすれば開発期間も短くなります。
短い時間で新しい種をどんどんつくっていくというのは無理な話なんです。日立では現在、こうした体制がきちんと調えられています。
―― イノベーションとしては、半年でもすごい商品が出てくる可能性があるということになりますね。
由木 研究所の開発人員は数年前の約2倍近くの規模に拡大しています。コーポレートをあげて、この事業を立ち上げる体制が調えられ、テレビだけでなく、デバイス等も含めて、日立の本当に巨大なパワーとなっています。
―― FHPをはじめ、ビジネスのコンストラクションとしては垂直統合型になっていますが、これは製品開発上では相当大きなメリットと言えますね。
由木 次から次へ種をきちんと揃えておく意味からも、パネルの新しい技術、セットの新しい技術をいかに融合させて新しい商品をつくっていくかになります。これが分かれていますと、ロードマップもきちんと描くことができません。
コスト削減という面からも、例えば、「同じような回路を持っているから、こちら側だけにしよう」とか、「中の構造をこうしてくれれば、セット側で金具が必要なくなる」など、効果が出てきます。
―― 部材を調達してくるところとは大きく差が出てきますね。
由木 プラズマテレビでは現在、日立グループからの調達率が約7割になり、かなり高いレベルでの垂直統合型のビジネスになっています。しかし、もっと高められる。グループのシナジーを高めるためにも、グループ内の調達率をあげていくことが必要です。そうすれば、ロードマップもどんどん先まで描くことができます。現在はまだ過渡期ですね。
―― テレビの命である画質について、ものづくりの立場からのこだわりをお聞かせください。
由木 画質に対しては本当にこだわっています。プラズマに搭載しているピクチャーマスターという画像エンジンは、ブラウン管テレビの時代から積み重ねてきた技術で、10年以上の技術を蓄積し、進化させてきたものです。
当社には、職人的な画づくりの技術者がいて、その人間がOKを出さないと商品化しない仕組みになっています。彼がすべての画質に最終的に責任を持ち、悪いときには改善点を具体的に指摘して修正させます。
ICを買ってくれば画は出る。しかしそれでは画質に対するこだわりはほとんどありません。そこからいかにチューニングしていくかです。そこは本当にこだわり以外の何物でもなく、「ここの画のこの色はこうなんだと」、本当に、泥臭い仕事ですね。
―― デジタル技術というのが一方でありながら、人間のアナログ的な感性の部分で整合性を図っていくわけですね。
由木 画を作るために、いろいろなデータが数値化されていますが、それは80〜85%くらい。残りの15〜20%は、人間の目によるこだわりの部分になります。
―― 画質をきちんと人間の目で管理する一方で、機能が豊富になるにつれて、バグなどの問題も重要になっています。こうした問題を回避するためにはどのような対策をとられていますか。
由木 ソフトの規模も急激に大きくなり、5年前に比べると約10倍です。それだけバグを発生させる可能性も高くなります。課題はソフトウエアの開発プロセスですね。そこがきちんとできれば、最終的に製品になったときに大きな迷惑をかけるようなバグは発生させないですみます。
まだ道半ばですが、設計の上流から製品出荷に至るプロセスをすべて見直して、最初の商品企画の段階から、ソフトウエア開発をイメージしたプロセスづくりを行っています。また、設計もいくつかの区分に分けて、ひとつが完全に終了したところで、次に進めるか否かの判定をします。かなりレベルも上がってきていますので、来年の春以降の製品ではそうしたバグはほとんどなくなると思います。
―― 製品開発の上では、コストも大きなテーマになります。
由木 市場を創っていく商品とともに、ボリュウムをとっていく商品もきちんと揃えていかなければなりません。われわれはボリュウムゾーンの商品については、通常の縦割りの組織に対し、超党派の開発プロジェクトチームを設けています。投資も絞り込み、コストを下げることを徹底して行っています。受容性調査も行い、そこからコスト・ターゲットを割り出し、そこへ落とし込む設計の仕方を考えていきます。これだけコストがかかるからこの価格でというのではなく、この価格でしか売れないから、そのためにはこのコストでやるというやり方です。もちろんワールドワイドで、プラットフォームも共通化していきます。
■こだわることで集中力が高まる
―― いま、フルHDとブルーレイディスク(BD)が非常に期待されています。御社の状況をお聞かせください。
由木 フルHDは、すでに技術発表している42V型のパネルの量産化のための技術を詰めています。
―― 価格的にはいかがですか。
由木 当初は少し高くなりますね。コストは大きく、パネルと回路に分けられます。パネルがフルHDになることで画素数が増え、その分、駆動する回路が増えることになり、コストアップになります。しかし、パネルは歩留まりの勝負ですから、生産技術、量産技術が固まってくれば、この部分のコストアップはそれほど大きくないと思います。パネルの駆動部分も、回路がデジタル化されており、そこでのコストアップはあまりないと思います。
もうひとつ、BDにも期待しています。将来、IPテレビになれば、ストア(蓄積)したり、保存したりが絶対必要になってきます。ハードディスクはタイムシフト的な使い方ですし、映画もハイビジョン画質で送られてきますからDVDでは十分ではありません。BDならば、映画もディスク1枚に納められます。インフラの進化とともに、その存在が大きくクローズアップされてくると思います。
―― 御社ではハードディスクの内蔵やスイーベルなど、業界の新しいスタンダードになるような提案を次々に繰り出されていますね。
由木 大手町に商品企画の部隊があり、そこに設計、研究所の人間も加わり、「あれは面白いのでは」「これは便利だろう」と議論する中で出てくるものです。それらに対しても受容性調査を行った上で、最終的な製品化へ向けての判断を行います。
―― これまでお仕事をされてきて、日立のターニングポイントをあげるとしたら、何になりますか。
由木 2つあります。1つは、米国市場で大画面が上昇気運にあるときに、リアプロジェクションテレビの事業を始めました。最初は画質もあまりよくなくて、うまくいっていなかったのですが、当時の工場長が「これは将来、絶対に大きな市場になる。エンジニアもここに徹底して投入しよう」と決断されました。設計者をそれまでの約4倍に増やして徹底した技術開発をやりました。今までのリアプロジェクションテレビとは違う、明るさが倍以上もある商品を完成させ、それから数年後には米国シェアNo.1を獲得しました。
2つめは今回のプラズマテレビです。ブラウン管をこのまま続けていても先が見えず、止めるしかない。しかし、われわれの持つチャネルに対してはきちんと製品を供給していかなければなりません。一旦、途切れてしまうと、つくり直すのには巨額な費用がかかります。そのときに出てきたのが、お話してきた薄型テレビです。
―― そして、次が壁掛けか立体テレビですね。
由木 自分が担当している時に早くそこまでやり遂げたいですね。
―― ものづくりでは、モチベーションを上げるというのも大きな仕事ではないかと思います。
由木 設計の人は、自分のやったものが世の中に出てお店に並びます。それで自ずとモチベーションも上がっていきます。
―― それでは最後に、座右の銘をお聞かせください。
由木 「こだわり」ですね。何事に対しても徹底してこだわることで、興味や関心もそこに集中されます。わたしがもっとも大事にしている言葉のひとつです。
Profile
ゆき・いくお●1949年7月28日生まれ。大阪府出身。1973年4月(株)日立製作所横浜工場入社。カラーテレビ設計、プロジェクションテレビ設計を担当。2000年12月デジタルメディアグループ デジタルメディアシステム事業部映像本部長に就任、プラズマテレビ事業の立ち上げを推進する。2006年2月ユビキタスプラットフォームグループ製品開発事業部長就任、現在に至る。趣味は温泉旅行、ワイン。