公開日 2022/09/14 06:35
dCSが切り開く高音質デジタル再生の世界。「Ring DAC APEX」でさらなる静寂感と透明度を獲得
<連載>角田郁雄のオーディオSUPREME
愛用する「Vivaldi DAC」を最新DACモジュール「APEX」にアップグレード
長年、愛用してきたdCSのDAコンバーターが、「Ring DAC」から「Ring DAC APEX」へと進化を遂げました。「APEX」は頂点を意味します。「Vivaldi DAC」、「Rossini DAC」がそれぞれ、「Vivaldi APEX DAC」、「Rossini APEX DAC」として登場しました。
私も「Vivaldi DAC」の愛用者の一人として興味津々で、やっとの思いで、この内部基板をAPEXへとアップグレードすることができました。これまでVivaldiでは、Upsamplerの基板やファームウェア、再生アプリの随時アップグレードが行われてきましたが、いよいよDACボードの進化となりました。
今回は、その内容をお知らせしたいと思います。
高品位なデジタルレコーディングの最先端を牽引してきたdCS
その前にdCSをご存じない方のために、簡単に紹介しておきましょう。今年はあまり目立った報道がされていませんが、ちょうどCD誕生40周年となります。dCSは、CDを含むデジタルレコーディングの発展に大きく貢献してきた会社なのです。
いまから40年前、1982年はCDソフトが誕生し、民生用のCDプレーヤーが発売された年になります。当時を振り返ってみますと、まだ16bitのダイナミックレンジの理論値である96dBや、高精度なリニアリティを満足する高性能AD/DAコンバーター半導体はなく、進化の途上段階でした。
音楽制作スタジオにおいては、少しでも高音質化するために、常に最新の機器を投入していたことを思い出します。こうしたなかで、世界的に注目された画期的なAD/DAコンバーターが登場しました。それは、1987年にイギリスで創業したdCSの製品でした。
dCSは、軍需産業や航空宇宙産業に独自の高度なデジタル技術を提供していましたが、その後、音楽をこよなく愛好していたことからその業務を一切取りやめ、音楽制作の道へと進みました。
その第一弾がプロ用ADコンバーター「dCS 500」でした。世界の著名なレコード会社やスタジオで採用され、数々の名盤がリリースされました。その後、進化を遂げDSD録音を可能とし、PCM録音では早々と384kHz/24bit DXD対応を実現させました。
その技術のコアとなったのは、独自のディスクリート構成のAD/DAコンバーターです。特にDACモジュール「Ring DAC」は高く評価され、世界に名を馳せることとなりました。
日本では、早々にプロ用の「dCS 950」をDACとして使用するオーディオファイルが増え、dCSの知名度が一気に広がりました。その性能値や音質は、現在でもリスペクトされ、今でも「dCS 904」(AD)や「dCS 954」(DA)がSACDマスタリングで使われているほどです。
1996年に、コンシューマーモデルとしてdCS 950の技術を踏襲した「Elgar DAC」が登場しました。プロ機器では、DDコンバーター「dCS 972」を登場させ、アップサンプリング技術による音質変化を実現しました。並行して、マスター・クロックによるデジタル機器間のクロック同期を重要視し、ジッターを低減した高精度変換技術を展開しました。
その後はコンシューマー機器事業に特化し、2007年のScarlatti、Paganini、Puccini、そして2010年にDebussyシリーズと製品ラインナップを拡大し、現在に至っているところです。
ローカル電源の高品位化や低インピーダンス化によりDA変換精度を向上
さて、本題のRing DAC APEXを紹介します。これは、VivaldiまたはRossiniのDAC、PLAYERに内蔵するRing DACボードの最新版です。その特徴は、左右独立のFPGAが、アップサンプリングやクロック制御などのデジタル処理を行い、処理された5.6/6.1MHz(最大)の5bit信号を1chあたりのホット、コールドに各24式の精密抵抗(1chあたり合計は48式)を使用した大規模なDA変換回路に、ランダムに高速伝送します。
言い換えれば、各bitは抵抗にランダムに高速Mapping(割り当て)されます。これにより、変換誤差が最小化でき、変換のリニアリティを高めています。その結果として、微小レベルの再現性向上、ダイナミックレンジの拡張、低歪み化を実現します。
ユーザー設定により、このMapping処理をMap1〜Map3に変更することも可能です。APEXでは、特にリファレンス電源(回路直近のローカル電源)の高品位化、低雑音化、低インピーダンス化が行われ、これにより、DA変換精度を向上させています。
さらにアナログ出力段(ローパス・フィルター)では、従来の4つのトランジスタを複合ペアとし、最適なパーツを選択しレイアウトも変更されました。
資料によると、従来の測定では測定しようとする基本波よりも-110dB〜-120dBも高調波が少ない特性でしたが、何とこの性能値を12dBも改善し、単純計算で-122dB〜-132dB高調波が少ない特性としたそうです。つまり、高調波歪み特性を低減させ、弱音のDA変換リニアリティを向上させていることが特徴です。
実際に基板を確認したところ、もともと完成度の高いDACボードで、最初は見分けがつきませんでしたが、よく調べるとコンデンサーなどの数やアナログ回路の違いがあります。今回は、まさに測定機の限界と同等の性能値を実現したようです。
DAC内部は基本的にアップグレードしやすいようにモジュール方式となっています。代理店である太陽インターナショナルに「Vivaldi DAC」を預け、最新のRind DAC APEXボードに交換され戻ってきました。外観上の違いはほとんどありませんが、リアパネルも交換されて「APEX」の表記が加わっています。
驚くほどの静寂感と情報量の拡大。デリケートな表現が一段と精細に
アップグレードされたVivaldi APEX DACの音質を聴いて、思わず感激したことは、驚くほどの静寂感が得られ、情報量が格段に増えたことです。聴感上の微細な歪み感も明らかに低減され、音の透明度も向上した印象を受けます。
まず、愛聴盤の児玉麻里の『ベートーヴェン・ピアノソナタ全集』を再生すると、録音場所の空気感が鮮明となり、打鍵した音にフレッシュさがあり、巧みな奏法による響きの変化がリアルに再現されました。ピアノの響板や弦による倍音も豊かに再現され、ピアニッシモの表現も沈み込むかのように、デリケートに聴くことができました。あらためて、演奏と録音の素晴らしさを実感した次第です。
ヴォーカル曲「クワイエット・ウィンター・ナイト」では、まさに生演奏に迫るヴィヴィッドなヴォーカルが、広く深い空間に描写され、それを囲むドラムス、ベースなどの奏者の実在感を、より引き立てている感じがします。またアナログ回路の強化により、トランペットの高域が伸び、ベース、バスドラムの力感も高まった印象を受けます。
最近購入したダイアナ・クラールのSACD『Live In Paris』の7曲目「Devil May Care」の冒頭のピアノ・ソロでは、息遣いやリズミカルな小声が今までよりも鮮明に聴こえます。歌唱は肉声のように聴こえてきますし、ドラムスもギターの響きも今まで以上に、生々しくワイドレンジで強いインパクトが楽しめます。実にこの名演奏を引き立ててくれます。
まさに高解像度でワイドレンジな特性に進化した印象を受け、Vivaldi Upsamplerとの組み合わせによるネットワーク再生でも、音の鮮度やダイナミックレンジが拡張された印象を受けますし、中低域の量感やドライブ力も高まっています。Vivaldi Clockが安定状態になると、さらに音の透明度や空間描写性が高まります。
最新のヘルベルト・ブロムシュテット指揮、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団による『ブラームス交響曲第3番、第4番』も再生してみました。演奏の臨場感が鮮明となり、この巨匠の指揮による緻密かつスケールの大きな演奏を引き立ててくれる印象を受けました。特に木質感と膨らみのある弦楽の響きは切れ味も良く、ゲヴァントハウスの魅力をじっくりと堪能できました。
2012年に導入したVivaldiデジタル・プレイバック・システムは、10年を経過し、さらにAPEXへと進化を遂げました。これから10年経過したら、デジタル再生の世界はどうなっているのでしょうか。今はとにかく、コレクションしたSACDやハイレゾを大切にして、末長く愛用しようと思っています。