公開日 2022/06/30 06:40
転売ヤーも横行、スマホ大幅値引きが起こしている諸問題の根本原因は何か
【連載】佐野正弘のITインサイト 第12回
ここ最近、携帯電話業界で話題となっていたのは以前にも触れた「バンド問題」だが、より一般ユーザーに馴染みのあるものとして話題となっていたのは、やはりスマートフォンの激安販売に関する問題ではないだろうか。
携帯電話やスマートフォンを「一括1円」「実質1円」など極端に安い値段で販売する手法は、携帯電話業界では古くから存在するもので、時折その競争が過熱することは幾度となくあった。そして2021年の半ばころから、特に2022年の春商戦にかけても、やはり一部のスマートフォンを「一括1円」「実質23円」など非常に安い値段で販売するショップが急増し、注目を集めている。
だが現在の大幅値引きは、以前のものとは性質が大きく異なっており、そのことがかなり深刻な問題も生み出しているようだ。改めて現在のスマートフォン大幅値引きにまつわる諸問題を解説しよう。
そもそもなぜ携帯電話会社が、採算を度外視したような大幅値引きをしてスマートフォンを販売するのかというと、それは通信契約を獲得するためである。携帯電話会社の収入の要は、毎月我々が支払っている通信料金であり、その契約数を増やして長期間契約してもらい、継続的に料金を支払ってもらうことこそがビジネス上最も重要なのだ。
もちろんスマートフォンなどの端末も、消費者からの注目が高いため、携帯各社にとって重要ではあるが、ビジネスの根幹はあくまで通信料にある。そこで、携帯電話会社はある意味端末を“撒き餌”と割り切り、通信回線の契約とセットで購入することを条件に低価格で販売して関心を集め、他社から契約を乗り換えてもらうことに力を注いできたわけだ。
だが、端末を安く購入した顧客が、すぐ通信契約を解除してしまえば大損してしまう。そこで、端末にSIMロックをかけて他社回線で利用できないようにしたり、端末値引きを受けるには長期間の割賦を組む必要があったり、通信料金を割り引く代わりに長期間の契約を求める、いわゆる“2年縛り”をかけたりするなど、顧客にさまざまな縛りを付けることで、短期解約を阻止していたのだ。
しかし、そのことを長年快く思っていなかったのが、大手3社による市場寡占で競争が停滞していることを懸念していた総務省であり、端末の大幅値引きが競争を阻害する要因の1つと位置付けていた。端末の大幅値引きは企業体力がないと実現できず、新興の携帯電話会社や規模が小さいMVNOが真似をするのは難しい。それに加えて、携帯大手が端末値引きのため顧客にさまざまな“縛り”をかけることが、顧客の流動性を妨げ競争を阻害しているとして問題視し、10年以上にわたって改善を求めてきたのだ。
その究極形となったのが、2019年の電気通信事業法改正である。この法改正により、端末値引きの根幹となっていた通信回線と、端末のセットによる販売が禁止されたほか、通信契約にかかる端末値引き額上限を2万円(税抜き)に規制。いわゆる2年縛りを事実上有名無実化するなど、従来の商習慣を根底から覆して、端末の大幅値引きの封じ込めにかかったのである。
にもかかわらず、端末の大幅値引きが復活したのはなぜかといえば、その法改正、そして翌年の2020年に、首相に就任した菅義偉氏の影響が大きい。菅氏による政治的圧力によって、携帯電話料金引き下げを迫られた大手3社は、それに応じる形で従来より低価格な料金プランを相次いで投入したものの、その影響で年間数百億円、会社によっては1,000億円という相当な規模の利益が吹き飛び、経営に大きなダメージを受けた。
その一方で、法改正によって顧客の契約を縛ることがほぼできなくなり、しかも長く契約してくれる上客への優遇施策も「契約の解除を妨げる」と、厳しく規制されてしまった。携帯各社は法律によって、顧客を囲い込むことが一切許されなくなってしまったわけだ。
実際、NTTドコモやKDDIは、顧客基盤となるポイントプログラムの内容を相次いで改訂。以前は通信回線を長期間契約しているだけで多くのポイントを獲得できたのが、新しいプログラムではいずれも各社の決済サービスを利用しなければ、ポイントがほとんど入らない仕組みへと変更されている。法改正の影響で、各社が長期契約者を留め続けることを諦めたと判断できよう。
囲い込みができなくなれば顧客の流動性が高まるわけで、携帯各社は現在、他社の顧客を奪わなければ、自社の顧客が奪われてしまうという厳しい競争環境にさらされている。だが、菅氏が首相を退任し、政治的料金引き下げのプレッシャーがなくなった現在、各社ともこれ以上通信料金を引き下げ、経営上のダメージを増やすのは避けたい。そこで競争に勝ち抜く新たな手法として打ち出されたのが、再びスマートフォンを大幅値引きして販売することだったのである。
しかし、法改正でセット販売は禁止されていることから、現在の大幅値引きは、以前とは手法が全く異なっている。具体的には、スマートフォン自体の値段を大幅に下げて誰でも安価に購入できるようにし、なおかつ改正法の範囲内で他社から乗り換えた顧客に値引きを追加することで、法に触れることなく「一括1円」などの価格を実現しているのだ。
この値引き手法は、回線契約に紐づかないことから、端末だけを安価に購入されてしまい、回線契約に結びつかない可能性もある。携帯電話会社にとって非常にリスクが高いものなのだが、そのリスクを的確に突いたことで問題視されているのが、組織的な「転売ヤー」である。なぜなら、端末を大幅値引き販売しているショップに、開店前から多数の人員を送り込んで行列を作り、回転と同時に値引きされた端末だけを大量に買い占めてしまうことから、回線契約に全く結びつかない上、通常の顧客に端末を販売できなくなってしまうからだ。
法改正以前は、端末販売と通信契約がセットになっていたことから、どんなに値引き販売をしても転売ヤーが買い占めることは難しかった。だが法改正によるセット販売の禁止で、端末だけを堂々と購入できるようになったことから、転売ヤーによる買い占めが横行して問題が深刻化しているわけだ。
それゆえに、ショップ側もさまざまな自衛策を取っているのだが、中には値引きしている端末を単体で購入する人に対して、販売を拒否する、あるいは通信契約をしない場合は、「在庫がない」などと虚偽の説明をしたりするケースも出てきている。当然そうした行為は改正法に抵触する違法行為なので、総務省は覆面調査などによってその実態を探るとともに、携帯電話会社や携帯電話ショップの団体などへの指導をするなどして、ルール厳守の徹底を図っているようだ。
だが一連の流れを見ると、現在の端末大幅値引き販売や転売ヤー問題、店頭での販売拒否などの混乱は、極度に乗り換え競争を重視した法改正によってもたらされた部分が大きいと筆者は感じる。セット販売が禁止されていなければ、端末の大幅値引きがなされていても転売ヤーによる買い占めは難しく、そうなれば販売拒否が起きる可能性も低くなるからだ。
そもそも携帯電話は、端末と通信回線がセットで利用してはじめて意味をなすものだ。携帯電話会社による端末の大幅値引きは、新しい通信方式をいち早く普及させるなどのメリットもあるため、一概に悪いものとは言い切れない。また、長期契約者にインセンティブを与えることは他の業界にも存在するもので、それを否定するかのような法改正の内容には、当時の有識者会議でも異論が噴出していたことを覚えている。
筆者も、長年総務省のモバイル通信行政動向を追いかけているが、とにかく携帯3社の寡占を阻止したいという思いがあまりに強く、そのことが強引な政策へとつながり、業界に多くの混乱をもたらしているように感じてならない。
この件に関する議論がなされている、総務省の有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」の第33回会合では、一連の混乱を受けて、これまでの施策の検証も必要という声が一部有識者から出ていた。一連の総務省の施策に問題が本当になかったのか、検証が必要な時期に来ていると感じている。
※この記事は、テック/ガジェット系メディア「Gadget Gate」から転載したものです。
携帯電話やスマートフォンを「一括1円」「実質1円」など極端に安い値段で販売する手法は、携帯電話業界では古くから存在するもので、時折その競争が過熱することは幾度となくあった。そして2021年の半ばころから、特に2022年の春商戦にかけても、やはり一部のスマートフォンを「一括1円」「実質23円」など非常に安い値段で販売するショップが急増し、注目を集めている。
だが現在の大幅値引きは、以前のものとは性質が大きく異なっており、そのことがかなり深刻な問題も生み出しているようだ。改めて現在のスマートフォン大幅値引きにまつわる諸問題を解説しよう。
一般ユーザーも注目する「スマートフォン大幅値引き」問題
そもそもなぜ携帯電話会社が、採算を度外視したような大幅値引きをしてスマートフォンを販売するのかというと、それは通信契約を獲得するためである。携帯電話会社の収入の要は、毎月我々が支払っている通信料金であり、その契約数を増やして長期間契約してもらい、継続的に料金を支払ってもらうことこそがビジネス上最も重要なのだ。
もちろんスマートフォンなどの端末も、消費者からの注目が高いため、携帯各社にとって重要ではあるが、ビジネスの根幹はあくまで通信料にある。そこで、携帯電話会社はある意味端末を“撒き餌”と割り切り、通信回線の契約とセットで購入することを条件に低価格で販売して関心を集め、他社から契約を乗り換えてもらうことに力を注いできたわけだ。
だが、端末を安く購入した顧客が、すぐ通信契約を解除してしまえば大損してしまう。そこで、端末にSIMロックをかけて他社回線で利用できないようにしたり、端末値引きを受けるには長期間の割賦を組む必要があったり、通信料金を割り引く代わりに長期間の契約を求める、いわゆる“2年縛り”をかけたりするなど、顧客にさまざまな縛りを付けることで、短期解約を阻止していたのだ。
しかし、そのことを長年快く思っていなかったのが、大手3社による市場寡占で競争が停滞していることを懸念していた総務省であり、端末の大幅値引きが競争を阻害する要因の1つと位置付けていた。端末の大幅値引きは企業体力がないと実現できず、新興の携帯電話会社や規模が小さいMVNOが真似をするのは難しい。それに加えて、携帯大手が端末値引きのため顧客にさまざまな“縛り”をかけることが、顧客の流動性を妨げ競争を阻害しているとして問題視し、10年以上にわたって改善を求めてきたのだ。
その究極形となったのが、2019年の電気通信事業法改正である。この法改正により、端末値引きの根幹となっていた通信回線と、端末のセットによる販売が禁止されたほか、通信契約にかかる端末値引き額上限を2万円(税抜き)に規制。いわゆる2年縛りを事実上有名無実化するなど、従来の商習慣を根底から覆して、端末の大幅値引きの封じ込めにかかったのである。
大幅値引き復活の背景にあった、菅義偉元首相の影響
にもかかわらず、端末の大幅値引きが復活したのはなぜかといえば、その法改正、そして翌年の2020年に、首相に就任した菅義偉氏の影響が大きい。菅氏による政治的圧力によって、携帯電話料金引き下げを迫られた大手3社は、それに応じる形で従来より低価格な料金プランを相次いで投入したものの、その影響で年間数百億円、会社によっては1,000億円という相当な規模の利益が吹き飛び、経営に大きなダメージを受けた。
その一方で、法改正によって顧客の契約を縛ることがほぼできなくなり、しかも長く契約してくれる上客への優遇施策も「契約の解除を妨げる」と、厳しく規制されてしまった。携帯各社は法律によって、顧客を囲い込むことが一切許されなくなってしまったわけだ。
実際、NTTドコモやKDDIは、顧客基盤となるポイントプログラムの内容を相次いで改訂。以前は通信回線を長期間契約しているだけで多くのポイントを獲得できたのが、新しいプログラムではいずれも各社の決済サービスを利用しなければ、ポイントがほとんど入らない仕組みへと変更されている。法改正の影響で、各社が長期契約者を留め続けることを諦めたと判断できよう。
囲い込みができなくなれば顧客の流動性が高まるわけで、携帯各社は現在、他社の顧客を奪わなければ、自社の顧客が奪われてしまうという厳しい競争環境にさらされている。だが、菅氏が首相を退任し、政治的料金引き下げのプレッシャーがなくなった現在、各社ともこれ以上通信料金を引き下げ、経営上のダメージを増やすのは避けたい。そこで競争に勝ち抜く新たな手法として打ち出されたのが、再びスマートフォンを大幅値引きして販売することだったのである。
しかし、法改正でセット販売は禁止されていることから、現在の大幅値引きは、以前とは手法が全く異なっている。具体的には、スマートフォン自体の値段を大幅に下げて誰でも安価に購入できるようにし、なおかつ改正法の範囲内で他社から乗り換えた顧客に値引きを追加することで、法に触れることなく「一括1円」などの価格を実現しているのだ。
新たな値引き手法によって再浮上した、「転売ヤー問題」
この値引き手法は、回線契約に紐づかないことから、端末だけを安価に購入されてしまい、回線契約に結びつかない可能性もある。携帯電話会社にとって非常にリスクが高いものなのだが、そのリスクを的確に突いたことで問題視されているのが、組織的な「転売ヤー」である。なぜなら、端末を大幅値引き販売しているショップに、開店前から多数の人員を送り込んで行列を作り、回転と同時に値引きされた端末だけを大量に買い占めてしまうことから、回線契約に全く結びつかない上、通常の顧客に端末を販売できなくなってしまうからだ。
法改正以前は、端末販売と通信契約がセットになっていたことから、どんなに値引き販売をしても転売ヤーが買い占めることは難しかった。だが法改正によるセット販売の禁止で、端末だけを堂々と購入できるようになったことから、転売ヤーによる買い占めが横行して問題が深刻化しているわけだ。
それゆえに、ショップ側もさまざまな自衛策を取っているのだが、中には値引きしている端末を単体で購入する人に対して、販売を拒否する、あるいは通信契約をしない場合は、「在庫がない」などと虚偽の説明をしたりするケースも出てきている。当然そうした行為は改正法に抵触する違法行為なので、総務省は覆面調査などによってその実態を探るとともに、携帯電話会社や携帯電話ショップの団体などへの指導をするなどして、ルール厳守の徹底を図っているようだ。
だが一連の流れを見ると、現在の端末大幅値引き販売や転売ヤー問題、店頭での販売拒否などの混乱は、極度に乗り換え競争を重視した法改正によってもたらされた部分が大きいと筆者は感じる。セット販売が禁止されていなければ、端末の大幅値引きがなされていても転売ヤーによる買い占めは難しく、そうなれば販売拒否が起きる可能性も低くなるからだ。
そもそも携帯電話は、端末と通信回線がセットで利用してはじめて意味をなすものだ。携帯電話会社による端末の大幅値引きは、新しい通信方式をいち早く普及させるなどのメリットもあるため、一概に悪いものとは言い切れない。また、長期契約者にインセンティブを与えることは他の業界にも存在するもので、それを否定するかのような法改正の内容には、当時の有識者会議でも異論が噴出していたことを覚えている。
筆者も、長年総務省のモバイル通信行政動向を追いかけているが、とにかく携帯3社の寡占を阻止したいという思いがあまりに強く、そのことが強引な政策へとつながり、業界に多くの混乱をもたらしているように感じてならない。
この件に関する議論がなされている、総務省の有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」の第33回会合では、一連の混乱を受けて、これまでの施策の検証も必要という声が一部有識者から出ていた。一連の総務省の施策に問題が本当になかったのか、検証が必要な時期に来ていると感じている。
※この記事は、テック/ガジェット系メディア「Gadget Gate」から転載したものです。