公開日 2024/09/30 06:35
高音質ICシリーズ「MUSES」を展開し、国内外のハイエンドオーディオメーカーに数多くの採用実績を持つ半導体メーカー・日清紡マイクロデバイス。同社はこの夏、MUSESシリーズとして初の電源用IC「MUSES100」をリリースした。その背景について川越事業所にて詳しい話を伺いつつ、最新のサウンドを確認してきた。
改めて日清紡マイクロデバイスの背景について説明すると、2022年1月に新日本無線とリコー電子デバイスが事業統合して誕生した会社となる。オペアンプに強みを持つ新日本無線と、電源に強みを持つリコー電子デバイスが一緒になることで、より強い国際競争力を持つ半導体カンパニーを作りたい、という意図があったようだ。
新日本無線は、以前からMUSESシリーズというハイエンドオーディオ向けの高音質デバイスの開発を手掛けてきた。オペアンプや電子ボリュームなどが代表格で、メーカーによる採用実績も多いが、今回の統合に伴い、「リコー電子デバイスがもともと持っている電源ICの強みをいかした高音質レギュレーターを開発しよう」という企画が持ち上がったのだという。
統合の前から、新日本無線には「MUSESシリーズの電源ICはないの?」という要望はあがっていたのだという。だが既存の自社技術だけでは難しい…と二の足を踏んでいたところに、電源に強みを持つリコー電子デバイスと統合することで、よりMUSESのラインナップを広げる可能性が生まれたのだ。まさに統合によるシナジーによって生まれた新しいプロダクトである。
これまでのMUSESシリーズ同様、「MUSES100」についても、あくまで「音質」を第一優先に、通常の半導体開発では行わないさまざまな手間暇や技術をこめて開発が行われている。
そもそもMUSES100は、DAコンバーター用の低耐圧モデルとして開発されている。本製品は、リコー電子デバイスで長年電源設計に携わってきた雫(しずく)さんが中心となって設計を行っている。
たとえばMUSES100のチップサイズは、これまで開発してきた電源ICのチップサイズと比較してとても大きい。通常半導体はなるべく小さく、高密度に作り上げることが要求されるのに対して、“音質”を基準にするならばそれとは違ったアプローチが求められる。具体的には電源とグラウンドを分離すること、配線に「より太いもの」を採用することなど、半導体開発の「常識」からは大きく離れたことをやっているのだ。
そしてもちろん、試作機が完成したら川越事業所の試聴室にてリスニングテストを実施する。今回の開発にあたっても、配線のパターンなどを変えた数十種類の試作機を作成しリスニングテストを実施。そのなかから良かったものを選び抜いてさらにチューニングを施し、また試作機を作って複数回のリスニングテストを実施。そうして最終的なプロダクトとして仕上げていったのだという。
雫さんは、オーディオ製品の開発はもちろん初めてのことだという。「いままではどれだけ高密度に詰め込めるか、という基準で設計していましたが、このオーディオ向け製品はいままでの考えを一旦捨てて、まったく違う考え方で作らなければならなかったので非常に大変でした」と苦労を振り返る。しかし、性能やスペックを追い求める半導体開発とは異なり、自社ならではのオリジナリティを追求できること、他社には簡単に真似できない製品を作ることには今までにない楽しさがあったようだ。
開発にあたっては、旧新日本無線側からこれまでMUSESシリーズを手掛けてきた杉本さんもサポートに加わり、MUSESとして自信を持って発売できる製品として練り上げていったのだという。
音質調整に用いられている同社の試聴室にて、MUSES100の音を聴かせてもらった。ちなみにこの試聴室に伺うのは3年ぶりだが、なんとスピーカーが最新のBowers&Wilkinsの「801 D4」にアップデートされていた(前回は801 D3)。解像度が高く、音の細部まで見通せるB&Wのスピーカーは、製品開発に欠かせないのだという。
SACDプレーヤーはエソテリックの「Grandioso K-1XSE」。最新のSEバージョンである。これだけのグレードの製品を揃えていることからも、日清紡マイクロデバイスがオーディオ向け製品にどれほど力を入れて開発しているかを伺い知ることができる。
今回の取材では、一般的な電源IC2種類、MUSES100を加えた3種類を、それぞれ「ES9038Pro」のDAコンバーターに供給して聴き比べるというテストを行った。エソテリックのSACDプレーヤーからデジタル出力し、DACボードに入力、プリアンプは同社の評価用モデル、パワーアンプはエソテリック「Grandioso M1X」をモノラル使用する。
3者を聴き比べた印象は、MUSES100は特に輪郭がはっきりして、S/N感も良好な高解像度指向のサウンドであるということだ。ダイアナ・クラールの『ターン・アップ・ザ・クワイエット』ではベースとボーカルの生々しい距離感、吐息の溢れる瞬間の空気感などに質感の良さを感じさせてくれる。小さな電源ICでこれほどの音の差があるのか、と改めて驚かされる。
欲を言えば上下方向の伸びやかさなどにあともう一歩、と感じる部分もあるが、そこはオーディオメーカーの“使いこなし”によってまだまだポテンシャルを引き出せる部分と言えるだろう。
杉本さんも、「電源ICでこれだけ音が変わることは今後積極的に市場に提案していきたいテーマです」と力を込める。実はMUSES100に続いて、オペアンプ等に活用できるより高耐圧のモデルも開発検討中とのことで、電源のラインナップもさらに強化していく計画だという。
さらに、来年にかけて開発を進めているという新しいオペアンプシリーズについても音を聴かせてもらった。こちらの詳細は追って正式に発表されるが、フラグシップのMUSESから、エントリークラスのものまで複数準備を進めているそうで、ますます日清紡マイクロデバイスの高音質デバイスが市場を賑わせそうだ。
ちなみに、MUSES100はすべて日本国内で製造されているというのも大きな特徴。開発は大阪府の池田事業所、ウエハー製造プロセスは兵庫県のやしろ事業所、そして最終アッセンブリは佐賀県の日清紡マイクロデバイスATにて行われている。すべてを自社グループで製造することで、音質のための柔軟な設計が可能なことも、MUSES100の音質を支える重要なポイントだ。
MUSESシリーズは、現在はティアックやマランツ、トライオード、オーディオテクニカなど、国産メーカーを中心に採用が進んでいるというが、今後はさらに海外ブランドへの提案力も高めることを考えているという。
今後の日清紡マイクロデバイスのオーディオへの提案も期待したい。
音質を第一に聴感を重視して設計
「MUSES」シリーズ初の電源ICの音質は?半導体開発の“常識”に抗う日清紡マイクロデバイスの新挑戦を聴く
ファイルウェブオーディオ編集部・筑井真奈統合のシナジーを活かした電源ICへの挑戦
高音質ICシリーズ「MUSES」を展開し、国内外のハイエンドオーディオメーカーに数多くの採用実績を持つ半導体メーカー・日清紡マイクロデバイス。同社はこの夏、MUSESシリーズとして初の電源用IC「MUSES100」をリリースした。その背景について川越事業所にて詳しい話を伺いつつ、最新のサウンドを確認してきた。
改めて日清紡マイクロデバイスの背景について説明すると、2022年1月に新日本無線とリコー電子デバイスが事業統合して誕生した会社となる。オペアンプに強みを持つ新日本無線と、電源に強みを持つリコー電子デバイスが一緒になることで、より強い国際競争力を持つ半導体カンパニーを作りたい、という意図があったようだ。
新日本無線は、以前からMUSESシリーズというハイエンドオーディオ向けの高音質デバイスの開発を手掛けてきた。オペアンプや電子ボリュームなどが代表格で、メーカーによる採用実績も多いが、今回の統合に伴い、「リコー電子デバイスがもともと持っている電源ICの強みをいかした高音質レギュレーターを開発しよう」という企画が持ち上がったのだという。
統合の前から、新日本無線には「MUSESシリーズの電源ICはないの?」という要望はあがっていたのだという。だが既存の自社技術だけでは難しい…と二の足を踏んでいたところに、電源に強みを持つリコー電子デバイスと統合することで、よりMUSESのラインナップを広げる可能性が生まれたのだ。まさに統合によるシナジーによって生まれた新しいプロダクトである。
半導体の「常識」とは真逆の設計手法を採用
これまでのMUSESシリーズ同様、「MUSES100」についても、あくまで「音質」を第一優先に、通常の半導体開発では行わないさまざまな手間暇や技術をこめて開発が行われている。
そもそもMUSES100は、DAコンバーター用の低耐圧モデルとして開発されている。本製品は、リコー電子デバイスで長年電源設計に携わってきた雫(しずく)さんが中心となって設計を行っている。
たとえばMUSES100のチップサイズは、これまで開発してきた電源ICのチップサイズと比較してとても大きい。通常半導体はなるべく小さく、高密度に作り上げることが要求されるのに対して、“音質”を基準にするならばそれとは違ったアプローチが求められる。具体的には電源とグラウンドを分離すること、配線に「より太いもの」を採用することなど、半導体開発の「常識」からは大きく離れたことをやっているのだ。
そしてもちろん、試作機が完成したら川越事業所の試聴室にてリスニングテストを実施する。今回の開発にあたっても、配線のパターンなどを変えた数十種類の試作機を作成しリスニングテストを実施。そのなかから良かったものを選び抜いてさらにチューニングを施し、また試作機を作って複数回のリスニングテストを実施。そうして最終的なプロダクトとして仕上げていったのだという。
雫さんは、オーディオ製品の開発はもちろん初めてのことだという。「いままではどれだけ高密度に詰め込めるか、という基準で設計していましたが、このオーディオ向け製品はいままでの考えを一旦捨てて、まったく違う考え方で作らなければならなかったので非常に大変でした」と苦労を振り返る。しかし、性能やスペックを追い求める半導体開発とは異なり、自社ならではのオリジナリティを追求できること、他社には簡単に真似できない製品を作ることには今までにない楽しさがあったようだ。
開発にあたっては、旧新日本無線側からこれまでMUSESシリーズを手掛けてきた杉本さんもサポートに加わり、MUSESとして自信を持って発売できる製品として練り上げていったのだという。
高解像度サウンドを志向するMUSES100
音質調整に用いられている同社の試聴室にて、MUSES100の音を聴かせてもらった。ちなみにこの試聴室に伺うのは3年ぶりだが、なんとスピーカーが最新のBowers&Wilkinsの「801 D4」にアップデートされていた(前回は801 D3)。解像度が高く、音の細部まで見通せるB&Wのスピーカーは、製品開発に欠かせないのだという。
SACDプレーヤーはエソテリックの「Grandioso K-1XSE」。最新のSEバージョンである。これだけのグレードの製品を揃えていることからも、日清紡マイクロデバイスがオーディオ向け製品にどれほど力を入れて開発しているかを伺い知ることができる。
今回の取材では、一般的な電源IC2種類、MUSES100を加えた3種類を、それぞれ「ES9038Pro」のDAコンバーターに供給して聴き比べるというテストを行った。エソテリックのSACDプレーヤーからデジタル出力し、DACボードに入力、プリアンプは同社の評価用モデル、パワーアンプはエソテリック「Grandioso M1X」をモノラル使用する。
3者を聴き比べた印象は、MUSES100は特に輪郭がはっきりして、S/N感も良好な高解像度指向のサウンドであるということだ。ダイアナ・クラールの『ターン・アップ・ザ・クワイエット』ではベースとボーカルの生々しい距離感、吐息の溢れる瞬間の空気感などに質感の良さを感じさせてくれる。小さな電源ICでこれほどの音の差があるのか、と改めて驚かされる。
欲を言えば上下方向の伸びやかさなどにあともう一歩、と感じる部分もあるが、そこはオーディオメーカーの“使いこなし”によってまだまだポテンシャルを引き出せる部分と言えるだろう。
杉本さんも、「電源ICでこれだけ音が変わることは今後積極的に市場に提案していきたいテーマです」と力を込める。実はMUSES100に続いて、オペアンプ等に活用できるより高耐圧のモデルも開発検討中とのことで、電源のラインナップもさらに強化していく計画だという。
さらに、来年にかけて開発を進めているという新しいオペアンプシリーズについても音を聴かせてもらった。こちらの詳細は追って正式に発表されるが、フラグシップのMUSESから、エントリークラスのものまで複数準備を進めているそうで、ますます日清紡マイクロデバイスの高音質デバイスが市場を賑わせそうだ。
ちなみに、MUSES100はすべて日本国内で製造されているというのも大きな特徴。開発は大阪府の池田事業所、ウエハー製造プロセスは兵庫県のやしろ事業所、そして最終アッセンブリは佐賀県の日清紡マイクロデバイスATにて行われている。すべてを自社グループで製造することで、音質のための柔軟な設計が可能なことも、MUSES100の音質を支える重要なポイントだ。
MUSESシリーズは、現在はティアックやマランツ、トライオード、オーディオテクニカなど、国産メーカーを中心に採用が進んでいるというが、今後はさらに海外ブランドへの提案力も高めることを考えているという。
今後の日清紡マイクロデバイスのオーディオへの提案も期待したい。
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