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公開日 2023/03/23 10:03
【連載】佐野正弘のITインサイト 第50回

次世代光通信「IOWN」実現へ、なぜKDDIはライバルのNTTと提携するに至ったのか

佐野正弘

■NTTとKDDIが光ネットワーク技術の標準化を提携



先日3月17日に、やや意外な発表があった。それは、日本電信電話(NTT)とKDDIが、光ネットワーク技術のグローバル標準化に向け、基本合意書を締結したというものである。

発表内容によると、ネットワークの全ての部分に光ベースの技術を用いた「オールフォトニクス・ネットワーク」の実現と、その技術のモバイルネットワークへの導入、そして光ネットワークの監視・制御技術の開発を進めると共に、それら技術のグローバルレベルでの標準化を推し進めるとのこと。光ブロードバンド回線の進化だけでなく、5Gの次世代となるモバイル通信規格「6G」を見据えた提携といえそうだ。

NTT・KDDIのプレスリリースより。両社が持つ技術を基に、オールフォトニクス・ネットワークの実現と標準化を推進するとしている

そして、標準化活動を進めるに当たり、「IOWN Global Forum」の活用の仕方などについても検討を進めるとされているのだが、実はこの発表に先駆けて3月1日、KDDIがそのIOWN Global Forumに参加したことが明らかにされている。それゆえ今回の提携は、「IOWN」を軸にした光ネットワークの実現に向けて、両社が協力するために結ばれたものと見ることができよう。

IOWNは、NTTが主導しているオールフォトニクス・ネットワークなどの実現に向けた構想であるし、東日本電信電話・西日本電信電話(NTT東西)が光ブロードバンドサービスを提供していることから、NTTが光ネットワーク技術に強みを持つことを知っている方は多いと思う。一方のKDDIは、「au」「UQ mobile」など携帯電話会社のイメージが強いという方も多いだろうが、実は光ネットワークにも大きな強みを持つ企業でもある。

そもそもKDDIは、京セラ系の第二電電(DDI)とトヨタ自動車系の日本移動通信(IDO)、そして「KDD」という企業が2000年に合併して誕生した企業なのだが、今回の提携で大きなポイントとなるのはKDDの存在だ。KDDは元々「国際電信電話」、要は日本の国際通信を一手に担う国営の企業が前身で、同社は衛星通信のほか、現在の国際通信の主流となっている海底ケーブルの敷設なども事業として担っていた。

KDDIはKDD時代から海底ケーブルの敷設事業を担っており、「KDDIケーブルインフィニティ」などの海底ケーブル敷設船も保有している

それゆえ、これら事業が現在のKDDIにも引き継がれており、海底ケーブル関連の事業に強みを持つことから、KDDIも光ネットワークに関するさまざまな研究開発を進めている。そうした技術をNTTが持つ技術と合わせて、オールフォトニクス・ネットワークの実現と国際標準化に向け協力をしていくというのが、今回の提携の狙いといえるだろう。

だが先にも触れた通り、IOWNはNTTが主導しているものであり、NTTの色が強いIOWN Global ForumにKDDIが協力することに違和感を抱く人も少なくないと思う。その理由は無論、NTTとKDDIが通信事業を中心に多くの分野でライバル関係にあることなのだが、より大きいのが先に挙げたKDDIの前身3社の1つ、DDIの存在である。

なぜならDDIは、1985年の通信自由化を受け、京セラの創業者である稲盛和夫氏が、当時通信市場を独占していたNTTに対抗するべく設立された企業であるからだ。また、3社が統合してKDDIになって以降も、現在の代表取締役社長である高橋誠氏をはじめ、DDI出身者が社長を務めることが多く、とりわけ2010年まで社長を務めていた小野寺正氏の時代には、NTTへの批判が多く見られるなど、NTTへの対抗意識の強さを印象付けていた。

KDDIはDDI出身者が社長を務めることが多く、小野寺氏が社長を務めていた時代にはNTTグループに対する批判が少なからず聞かれた

なかでも、NTTグループを巡って現在も問題視されているのが、国内の光ネットワークの存在だ。NTTは日本電信電話公社、要は国営だったものを民営化して設立された企業であり、公社時代に整備したネットワークや施設を多く保有している。それゆえ、国内の主要な固定通信網である光ネットワークは、NTT東西が圧倒的なシェアを誇っており、他社は携帯電話ネットワークを整備する上でも、NTT東西の光ネットワークを使わざるを得ない状況にある。

そうしたことからKDDIなどは、NTT東西が持つ光ネットワークをグループ内で優遇して利用する可能性があることに対して、非常に強い警戒感を抱いている。実際これまでにも、NTT東西の光回線を用いた接続サービスを、他社に提供して再販できるようにする2015年の「光サービス卸」の実現や、2020年のNTTによるNTTドコモの完全子会社化でグループの一体化が進む動きなどに対し、公正競争が失われるとしてKDDIらが、総務省に意見書や要望書を提出するケースは何度も見られた。

KDDIらNTTと競合する事業者は、とりわけ公社時代にNTTが敷設した固定通信網の高いシェアを問題視、NTTグループの動向に関して総務省へ意見書などを提出するケースも少なくない

こうした経緯を見ると、KDDIがNTTと、しかも光ネットワークに関する取り組みで手を組むことがとても意外だということが理解できるだろう。であればなぜ、今回このような提携が実現したのかといえば、そこには国内の通信事業を取り巻く環境変化が大きく影響していると考えられる。

日本の通信産業は、NTTやKDDIなどの通信事業者が主導しているという、世界的に見てやや特殊な環境にある。だが通信事業者は、規制産業でもあるため基本的に国・地域単位での競争となることが多く、NTTもKDDIも国内で激しく争う状況が続いていた。

その激しい競争が、固定・モバイルともに非常に充実したネットワークを整備する要因にもなっており、光ブロードバンド回線と4Gのネットワークが、ここまで全国津々浦々に整備されている国は滅多にない。だが一方で、国内市場に縛られやすい通信事業者ゆえに、海外へ事業を広げるのにはハードルもあり、現在世界の通信市場を先導しているのは、規制に縛られることなく海外展開できる通信機器ベンダーなどであるし、最近ではクラウドに強みを持つ米IT大手が通信市場への関与を強めている状況にある。

通信、とりわけモバイルに関しては、中国のファーウェイ・テクノロジーズなど大手の通信機器ベンダーが世界市場を掌握している状況にある

事業が国内に閉じてしまいがちという、通信事業者ならではの構造的問題が、日本の技術的優位性を海外展開に生かせない大きな要因の1つとなっているわけだが、それに加えて、国内の少子高齢化によって市場を広げる余地がほとんどなくなっており、国内で争っているだけでは今後の成長が見通せなくなっている。それだけに国内通信各社には、海外での事業拡大が従来以上に求められているのだ。

実際NTTも、IOWNの展開に当たっては、当初から海外に重きを置いて展開を進めている。IOWN Global Forumの立ち上げに当たっても、設立メンバーに米インテルが参画し、日本ではなく米国に本拠地を置くなど、海外企業を巻き込むことを重視している様子を見て取ることができる。

そうした状況下で、国内企業同士が通信技術を巡って争いを続けていては、ただでさえビジネス面で世界的に存在感がないに等しい日本の通信産業が、完全に存在感を失うことにもなりかねない。そこで、国内での競争は継続しながらも、海外に打って出る部分では協力していくというのが、今回の提携の狙いといえるのではないだろうか。

そしてもう1つ、KDDIも高橋氏の体制に入って以降、協力できるところでは他社と協力していくことに重きを置くなど、姿勢が変化しつつあることも今回の提携には影響しているように感じる。最近であれば、同社の大規模通信障害を機として、ソフトバンクと非常時に利用できるバックアップ回線サービスを相互に提供すると打ち出したことがその一例といえるが、実はNTTとも既に協力を打ち出している部分がある。

それは2020年9月、NTTとKDDIが社会課題解決に向けた連携協定を締結したこと。両社は「つなぐ×かえる」プロジェクトとして社会貢献活動に取り組んでおり、既に災害時の物資運搬に双方のケーブル敷設船を活用する取り組みや、就職氷河期世代などへの就労・就業に向けた支援などを進めている。そうした下地が、今回の提携に結び付いた部分も少なからずあるのではないだろうか。

NTTとKDDIは2020年にも社会課題解決に向けた協定を締結。「つなぐ×かえる」プロジェクトとして災害対策や就職氷河期世代の支援などを推し進めている

高い技術力を持つ2社が、技術標準化を主体にタッグを組むことで、日本の通信技術が主導権を取り戻し、6G時代にはビジネスでも世界的に成功を収めることに大いに期待したいところだ。

だが両社とも、通信事業者という立場に変わりはなく、通信機器ベンダーなどが主導する通信市場で、どうやってビジネスを広げるのか?という部分はまだ見えてこない。日本の通信産業が世界に羽ばたくには、超えるべき山がまだまだ多いと感じるのも正直なところだ。

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