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公開日 2023/04/04 06:40
【連載】西田宗千佳のネクストゲート 第33回

苦難の8年。国策有機EL事業「JOLED」はなぜ破綻したのか

西田宗千佳

Image:JOLED/YouTube
JOLEDは3月27日、東京地方裁判所に民事再生手続き開始の申し立てを行なった。そして、ジャパンディスプレイ(JDI)との間で、JOLEDの技術開発ビジネス事業の再生支援に関する「基本合意書」を締結している。

事実上、JOLEDの事業は終息し、そのエンジニアや技術開発事業はJDIの元で再生を図ることになる。といっても、ディスプレイ事業をウォッチしていない人からすれば、「なにがJDIでなにがJOLEDやら」という気分かもしれない。

簡単に言えば、「ソニーとパナソニックの技術を祖とする国産有機EL事業が終わる」という話である。なぜそのようになり、そしてどういう意味を持っているのか? これまでの経緯をまとめつつ、今後の「日本の有機EL事業」について考えてみたい。

■ソニー・パナソニックの技術が合流して誕生



JOLEDが設立されたのは2015年。出資元になったのは、官民出資型の投資ファンドである産業革新投資機構と、ジャパンディスプレイ(JDI)、ソニー、パナソニックの4社である。ソニーとパナソニックがそれぞれ進めていた有機ELディスプレイパネル事業を2社から分割、吸収して統合する形で事業が作られた。

JOLEDの概要

2010年代に入り、日本の家電各社が抱えるディスプレイ事業は、急速に厳しさを増していた。テレビ向けの大型と、スマートフォンやPC向けの中小型では、少々事情が異なっていたが、JDIやJOLEDが活路を見出そうとしたのは中小型である。

ソニーとパナソニックは、有機ELを実現する上で「印刷型」を主軸に考えていた。簡単に言えば、ディスプレイを構成する画素を印刷技術によって生成しようというものだ。2012年には、テレビ向けの大型パネル開発を目指し、ソニーとパナソニックが合弁で開発するという発表も行われたが、その計画は1年半で潰える。2社は再び別れて開発を継続したものの、LGやサムスンといった韓国系企業に、量産化で先行される。

2社が考えていたことはよくわかる。当時の有機ELは、まだ技術的に課題が多くあった。輝度を稼ぐのが難しく、テレビのような大きいサイズを安定的に作るにも課題があった。良品を大量生産し、長く安定的に使えるようにするのは大変だ。

ソニーは2007年に11型の「XEL-1」を発売し、その後に数百万円を超える業務用のマスターモニター「BVM-E250」「BVM-X300」を発売したが、消費者向けに量産はしなかった。パナソニックも印刷式有機ELの開発を進めたが、こちらもなかなか進まなかった。

「XEL-1」

サムスンは緑を広く取った画素構造で「若干解像感は落ちるが輝度は高くなる」パネルを先行させ、LGは「白一色のパネルにカラーフィルターをかける」構造でテレビ向けを作った。日本メーカーよりも妥協したのだ。

だが、その結果として採用が広がり、ビジネスが回った結果技術開発のサイクルも周り、どんどん品質が上がっていくことになった。日本はそこに乗り遅れた。

そうなってくると、テレビ向けは厳しいし、スマホ向けも難しいかもしれない。だが、PCやタブレットなどの中型はこれから開拓されるジャンルであり、品質などで大きな可能性のある印刷型有機ELには商機がある。そこに賭けるために生まれたのがJOLED、というわけだ。

■資金力に苦慮しつづけたJOLED



結論から言えば、JOLEDによる印刷式有機ELは、普及に至らなかった。同社が最初に印刷式4K有機ディスプレイを発表したのは、2017年のこと。その後は業務用機器のいくつかに採用されたものの、販売数がなかなか拡大しなかった。品質はいいものの、コストの問題があったからだ。

印刷方式有機ELディスプレイの生産ライン(Image:JOLED/YouTube)

本格的な量産型を「OLEDIO」のブランドで、2021年3月から出荷したものの、ASUSなどが採用するにとどまっている。大規模な展開が難しいのは、JOLEDの技術よりも、経営規模に課題があったからかもしれない。新たな生産ラインの構築には1000億円単位の資金調達を必要としていたが、調達はなかなか進まない。

そもそもJOLEDの設立は、産業革新投資機構による立て直し、という部分があった。そして同時期に建て直し中だったのが、液晶ディスプレイ事業を手掛けるJDIである。そのJDIも苦しんできたが、一方でスマートフォン、特にiPhone向けの液晶受注を得られたことから、なんとかビジネスを維持し続けてこれた部分がある。

実は2016年に、JDIは出資比率を上げてJOLEDを子会社化する計画があった。だが、JDI自体の経営状況も急速に変わっていく。アップルがiPhone向けのディスプレイを、液晶から有機ELへシフトしていったからだ。2017年9月に「iPhone X」で有機ELを採用すると、液晶モデルの比率は減り、それと同時にJDIの「iPhone一本足打法」経営は難しくなる。

「iPhone X」(Image:Apple)

JDIの中期経営計画は見直され、同社によるJOLED子会社化は2017年に白紙となる。そして2019年8月、JDIが772億円の債務超過に陥っていることが発表された。当初はJDIが保持していたJOLEDの株式も、2020年3月に全て譲渡しており、JDIとJOLEDの間に資本関係はなくなった。

JOLEDが設備の問題に伴う課題を抱え、大規模な生産に出られない間に、同社の優位性は揺らいでいく。サムスンや中国・BOEなども、印刷方式有機ELの開発を進めていたからである。2020年にJOLEDは中国・TCLと業務提携し、200億円を調達してテレビ向け有機ELの開発を進めたものの、タイムアップの時期は近づいていた。

■JDIも結局は「有機EL」の道へ



少々複雑なのは、JOLEDから離れたはずのJDIも、2022年に発表した成長戦略のもと、独自の有機EL技術「eLEAP」を開発している。JDIはeLEAPが「印刷方式も含め、既存技術全ての特徴を凌駕する」と説明し、2022年度以降から段階的に出荷量を拡大していく……としていた。

Image:JDI

このeLEAPは、JOLEDが開発していた技術ではない。液晶に頼ってきたJDIが、事業建て直しの核として開発してきたものだ。今後、JOLEDの資産と技術者はJDIに移り、ようやく統合していくことになるだろう。

様々な事情から分かれていた2社が、結果的に再び1つになり、また新しい技術で有機ELディスプレイでのビジネスを狙うことになる。JDIは自社での生産を狙っておらず、パートナーと共に製造する方向性である。今後どのような形で商品となって我々の目の前に現れるかは、まだわからない。

「ディスプレイ事業の国策によるサポート」の10年は、そろそろ終わりを迎えようとしているのは間違いない。結局、国の援助では両者を助けることはできず、それぞれ一度地に落ちた上で、エンジニアの力を元に再建しようとしている最中だ。

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