公開日 2024/04/05 06:30
D&Mシニアサウンドマスター澤田龍一氏が語る
鳴らしがいあるB&W入門機「600 S3」。マスプロメーカーだからできた革新の成果を聴く
山之内 正
日本国内のオーディオ市場において、「リファレンス」として信頼されるBowers & Wilkinsの魅力を掘り下げるシリーズ。今回は、昨年秋にフルリニューアルされた末弟シリーズ「600 S3」をフィーチャー。トゥイーターに初めて“チタン”を採用するなど新たな技術革新が盛り込まれている。「700 S3」シリーズに続き、D&Mシニアサウンドマスターの澤田龍一さんに話をうかがいながらその魅力を探ってみよう。
700 S3の記事と同様、600 S3についてもD&Mのシニアサウンドマスターの澤田龍一さんが語る興味深いエピソードを紹介しながら600シリーズの真価に迫っていく。特に、チタンドームトゥイーターの初採用に至る経緯や、トゥイーター振動板の進化の歴史にはB&Wならではの設計思想がうかがえる。
700 S3はフラグシップの800 D4から多くの技術を受け継ぎ、外観も含めて上位シリーズに接近した内容になっていた。一方、入門クラスの600シリーズは当然ながらそこまで上位モデルに近付けることは難しい。低価格機においてもB&Wらしさを実現することはできるのだろうか。
「B&Wは大量生産とハイエンドオーディオの両立を目指している世界的にも珍しい企業なんです。600シリーズはエントリーなので、もちろん上位シリーズのようにはコストをかけられません。その影響が一番大きいのがキャビネットですね。700シリーズはバッフルに曲面を採用するなど形状を工夫したり、強固な補強を導入して剛性を高めていますが、600シリーズは極端に言えば『ただの四角い箱』です。その制約のなかでB&Wらしさを追求したと言えるかもしれません」(澤田さん)。
コストの制約があるとはいえ、新しい素材や技術への挑戦には妥協しない。その姿勢にB&Wらしさを読み取ることができる。600 S3においてトゥイーターの振動板にチタンを新たに採用したこともその一例だ。
「600シリーズにチタンを採用したことには私も驚きました。そもそもB&Wは2005年の800シリーズへのダイヤモンド採用までトゥイーターの振動板はずっとアルミニウムを採用してきました。水面下では新素材の検討も続けていて、90年代後半にはボロン、ベリリウム、カーボンなど複数の素材を検討していたんですが、その結果も踏まえてアルミを使い続けてきたんです。アルミは素材固有の音はするけど、身近になじんだ素材なので違和感がないという理由もあったんでしょう。アルミでどこまで性能を追求できるかという方向で研究を進めたんです」(澤田さん)。
トゥイーターの再生帯域を伸ばし、有害な共振をできるだけ高い周波数にシフトさせることは可聴帯域の音質改善にも大きく寄与することが知られている。ダイヤモンドやベリリウムなど硬く軽量な素材を各社が競って導入する背景にはそうした音質上の理由があるのだが、大量生産モデルでもハイエンドのクオリティを確保することにこだわるB&Wとしては、より安価な素材で優れた性能を実現することに意義を見出したのだ。
「1993年に誕生したオリジナルのノーチラスのトゥイーターもアルミですが、ボビンとの接点の強度を上げるためにカーボンファイバーのリングを手作業ではめていました。その発想を活かしたのが2001年に登場した35周年モデルのSignature 800です。ドーム振動板とボビンの接着部分に『のりしろ』を作って強度を上げ、30kHz付近まで高域共振周波数を伸ばしました。ちなみに普通のアルミだと22-23kHzが限界です。
その『のりしろ』を独立したパーツにしたのが、周辺部にアルミリングを組み合わせた現在のダブルドーム構造で、高域共振を一気に37kHzまで伸ばしています。このあたりがアルミの限界ですね」(澤田さん)。
800シリーズはダイヤモンドを採用することで高域限界をさらに伸ばしているが、高価なので下位シリーズに採用することはできない。そこで新たに浮上したのが今回600シリーズに採用されたチタンなのだが、チタンにも課題があった。
「チタンは振動板として優れた素材ですが、重いんです。そのまま使うと能率が下がってしまい、90dBの感度を確保するのが難しくなります。以前の素材検討の際に排除されたのはそれが理由です。もう一点、アルミのような開放感のある音とは方向が異なり、少し沈む傾向があることも課題でした。
チタンの採用に至るきっかけは実はハイファイ向けではなく、B&Wがフィリップスと共同で手がけたテレビ用スピーカーでした。B&Wのサウンドマスターのスティーブ・ピアースはあまりテレビを見ないらしいんですが、スピーカーを開発するために放送を見たら、音がやかましく感じたそうです。そこで抑制的な音がするチタンに注目し、特性を追い込んで情報量と落ち着いた音調を両立させることを目指したというわけです。結果として、この価格帯のスピーカーとして申し分ない音質を確保できました。
600 S3のトゥイーター振動板はダブルドーム構造を活かし、周辺は約30ミクロン、中心は25ミクロン前後と厚みを変えることで能率や歪特性を改善しています。高域共振周波数はアルミのダブルドームと同じく37kHzまで伸びていて、ほぼ同じ物理特性に追い込んでいますが、音のキャラクターはアルミとはかなり違います」(澤田さん)。
エントリーグレードの600シリーズに落ち着いた音質傾向のチタンをあえて採用するのが意外な気もするが、同シリーズの場合はリビングでテレビと組み合わせる用途も視野に入る。放送や動画配信でバランスの良いサウンドが得られることを狙ったのかどうかはわからないが、あり得る話だと思う。
「キャビネットとトゥイーターの振動板は700シリーズや800シリーズとは違いがありますが、他のドライバーユニットやネットワークはそれほど変わりません。車にたとえると800はレーシングカー、700や600はシティカーだけど、エンジン自体は大きくは変わらないので、ドライブ環境がよくなれば、それが音に確実に反映されるんです。だから無造作に置いただけではだめで、それなりの使いこなしが要求されるのは600シリーズでも同じです。シティカーなのにA級ライセンスがいるんですよ(笑)」(澤田さん)。
600シリーズは3機種で構成され、今回試聴した603 S3と607 S3に加えてひと回り大きなブックシェルフ型の606 S3も選べる。同シリーズにはトゥイーター・オン・トップ型のキャビネットは存在せず、どの機種もキャビネットの形は一般的な直方体だ。
最初にフロア型の「603 S3」を聴いた。ホワイトのフィニッシュは明るく洗練された雰囲気があり、室内の空気が軽くなったように感じられる。ブリン・ターフェルがウェールズやアイルランドのミュージシャンたちとコラボした『シー・ソングス』から「Ar Lan Y Mor」を聴くと、低音の持続音から女性ヴォーカルの高音域まで、どの音域にも音色に硬さがなく、スーッと身体に染み込むような優しい音調が心地よく感じられた。ウェールズ語特有の発音に柔らかさと陰影が感じられ、歌詞はよくわからなくても、厚みのあるサウンドに浸るだけでリラックスできるのがとても不思議だ。
リッキー・リー・ジョーンズのヴォーカルとギターも刺激的なきつさがなく、ファルセットの柔らかい音色がジワッと浸透してくる。きつさがないというはいっても発音は素直かつ正確で、ギターの激しいストロークでボディから押し出す空気の勢いが鈍ることもない。
アタックやリズムの切れなど、演奏に含まれる重要な情報は忠実に再現するが、余分な強調やエッジ感に頼って粒立ちの良さを演出するようなアプローチとは対極にある。たとえエントリーグレードのスピーカーでも、音はまったくの正統派でナチュラル志向。そこにB&Wのエンジニアの意識の高さを読み取ることができる。
大編成のオーケストラは音数が多いフレーズでも響きが混濁しにくく、ヴァイオリンや木管楽器の細かい音符の動きがよく見える。旋律楽器が集中する音域を受け持つコンティニュアムコーンの特長なのか、楽器が重なるレイヤーの構造が曖昧にならず、時間的な分解能の高さも確保していることがわかる。700シリーズや800シリーズに比べると細部の描写は僅かに緩めだが、演奏の勢いやテンションの高さを伝えることにかけては聴き劣りする部分がなく、クレッシェンドの高揚感を存分に引き出すことができた。
「607 S3」は13cm口径のウーファーを採用したコンパクトな2ウェイスピーカーである。外見はごく普通だが、音を出した瞬間、瑞々しい鮮度の高さを強く印象付けるサウンドに耳が釘付けになった。「チタンドームは落ち着いた音」と聞いていたこともあり、穏やかで控えめなスピーカーかと勝手に想像していたのだが、そうではなかった。
トリオ・ツィンマーマンのバッハは3つの楽器が織りなす対位法の関係が面白いほど伝わってくるし、モーツァルトのアリアはソプラノの歌に生気がみなぎっている。音色は派手ではないが、表情の振幅はとても大きく、ベースが刻むテンポの足取りは軽やか。重く沈み込む音ではまったくない。
小口径ウーファーには厳しいかと予想したバルトークの管弦楽も予想外にスケールが大きく、ホールトーンが部屋を満たすエアー感も上位機種に迫るものがあったし、ペルゴレージの声楽曲で残響が混濁することがなく、澄み切った音場が目の前に広がる。エントリーグレードのベーシックなスピーカーから、ここまで澄んだ響きを引き出せるとは正直に言って予想していなかった。
「鳴らすスキルが上がるほど、本来のポテンシャルが出てきます」と澤田さんが語るB&Wのスピーカーの真価を垣間見ることができた。
(提供:ディーアンドエムホールディングス)
大量生産とハイエンドオーディオを両立される稀有なブランド
700 S3の記事と同様、600 S3についてもD&Mのシニアサウンドマスターの澤田龍一さんが語る興味深いエピソードを紹介しながら600シリーズの真価に迫っていく。特に、チタンドームトゥイーターの初採用に至る経緯や、トゥイーター振動板の進化の歴史にはB&Wならではの設計思想がうかがえる。
700 S3はフラグシップの800 D4から多くの技術を受け継ぎ、外観も含めて上位シリーズに接近した内容になっていた。一方、入門クラスの600シリーズは当然ながらそこまで上位モデルに近付けることは難しい。低価格機においてもB&Wらしさを実現することはできるのだろうか。
「B&Wは大量生産とハイエンドオーディオの両立を目指している世界的にも珍しい企業なんです。600シリーズはエントリーなので、もちろん上位シリーズのようにはコストをかけられません。その影響が一番大きいのがキャビネットですね。700シリーズはバッフルに曲面を採用するなど形状を工夫したり、強固な補強を導入して剛性を高めていますが、600シリーズは極端に言えば『ただの四角い箱』です。その制約のなかでB&Wらしさを追求したと言えるかもしれません」(澤田さん)。
「チタン」ドームトゥイーターを導入した理由
コストの制約があるとはいえ、新しい素材や技術への挑戦には妥協しない。その姿勢にB&Wらしさを読み取ることができる。600 S3においてトゥイーターの振動板にチタンを新たに採用したこともその一例だ。
「600シリーズにチタンを採用したことには私も驚きました。そもそもB&Wは2005年の800シリーズへのダイヤモンド採用までトゥイーターの振動板はずっとアルミニウムを採用してきました。水面下では新素材の検討も続けていて、90年代後半にはボロン、ベリリウム、カーボンなど複数の素材を検討していたんですが、その結果も踏まえてアルミを使い続けてきたんです。アルミは素材固有の音はするけど、身近になじんだ素材なので違和感がないという理由もあったんでしょう。アルミでどこまで性能を追求できるかという方向で研究を進めたんです」(澤田さん)。
トゥイーターの再生帯域を伸ばし、有害な共振をできるだけ高い周波数にシフトさせることは可聴帯域の音質改善にも大きく寄与することが知られている。ダイヤモンドやベリリウムなど硬く軽量な素材を各社が競って導入する背景にはそうした音質上の理由があるのだが、大量生産モデルでもハイエンドのクオリティを確保することにこだわるB&Wとしては、より安価な素材で優れた性能を実現することに意義を見出したのだ。
「1993年に誕生したオリジナルのノーチラスのトゥイーターもアルミですが、ボビンとの接点の強度を上げるためにカーボンファイバーのリングを手作業ではめていました。その発想を活かしたのが2001年に登場した35周年モデルのSignature 800です。ドーム振動板とボビンの接着部分に『のりしろ』を作って強度を上げ、30kHz付近まで高域共振周波数を伸ばしました。ちなみに普通のアルミだと22-23kHzが限界です。
その『のりしろ』を独立したパーツにしたのが、周辺部にアルミリングを組み合わせた現在のダブルドーム構造で、高域共振を一気に37kHzまで伸ばしています。このあたりがアルミの限界ですね」(澤田さん)。
800シリーズはダイヤモンドを採用することで高域限界をさらに伸ばしているが、高価なので下位シリーズに採用することはできない。そこで新たに浮上したのが今回600シリーズに採用されたチタンなのだが、チタンにも課題があった。
「チタンは振動板として優れた素材ですが、重いんです。そのまま使うと能率が下がってしまい、90dBの感度を確保するのが難しくなります。以前の素材検討の際に排除されたのはそれが理由です。もう一点、アルミのような開放感のある音とは方向が異なり、少し沈む傾向があることも課題でした。
チタンの採用に至るきっかけは実はハイファイ向けではなく、B&Wがフィリップスと共同で手がけたテレビ用スピーカーでした。B&Wのサウンドマスターのスティーブ・ピアースはあまりテレビを見ないらしいんですが、スピーカーを開発するために放送を見たら、音がやかましく感じたそうです。そこで抑制的な音がするチタンに注目し、特性を追い込んで情報量と落ち着いた音調を両立させることを目指したというわけです。結果として、この価格帯のスピーカーとして申し分ない音質を確保できました。
600 S3のトゥイーター振動板はダブルドーム構造を活かし、周辺は約30ミクロン、中心は25ミクロン前後と厚みを変えることで能率や歪特性を改善しています。高域共振周波数はアルミのダブルドームと同じく37kHzまで伸びていて、ほぼ同じ物理特性に追い込んでいますが、音のキャラクターはアルミとはかなり違います」(澤田さん)。
エントリーグレードの600シリーズに落ち着いた音質傾向のチタンをあえて採用するのが意外な気もするが、同シリーズの場合はリビングでテレビと組み合わせる用途も視野に入る。放送や動画配信でバランスの良いサウンドが得られることを狙ったのかどうかはわからないが、あり得る話だと思う。
「キャビネットとトゥイーターの振動板は700シリーズや800シリーズとは違いがありますが、他のドライバーユニットやネットワークはそれほど変わりません。車にたとえると800はレーシングカー、700や600はシティカーだけど、エンジン自体は大きくは変わらないので、ドライブ環境がよくなれば、それが音に確実に反映されるんです。だから無造作に置いただけではだめで、それなりの使いこなしが要求されるのは600シリーズでも同じです。シティカーなのにA級ライセンスがいるんですよ(笑)」(澤田さん)。
身体に染み込むような優しい音調が心地よい「603 S3」
600シリーズは3機種で構成され、今回試聴した603 S3と607 S3に加えてひと回り大きなブックシェルフ型の606 S3も選べる。同シリーズにはトゥイーター・オン・トップ型のキャビネットは存在せず、どの機種もキャビネットの形は一般的な直方体だ。
最初にフロア型の「603 S3」を聴いた。ホワイトのフィニッシュは明るく洗練された雰囲気があり、室内の空気が軽くなったように感じられる。ブリン・ターフェルがウェールズやアイルランドのミュージシャンたちとコラボした『シー・ソングス』から「Ar Lan Y Mor」を聴くと、低音の持続音から女性ヴォーカルの高音域まで、どの音域にも音色に硬さがなく、スーッと身体に染み込むような優しい音調が心地よく感じられた。ウェールズ語特有の発音に柔らかさと陰影が感じられ、歌詞はよくわからなくても、厚みのあるサウンドに浸るだけでリラックスできるのがとても不思議だ。
リッキー・リー・ジョーンズのヴォーカルとギターも刺激的なきつさがなく、ファルセットの柔らかい音色がジワッと浸透してくる。きつさがないというはいっても発音は素直かつ正確で、ギターの激しいストロークでボディから押し出す空気の勢いが鈍ることもない。
アタックやリズムの切れなど、演奏に含まれる重要な情報は忠実に再現するが、余分な強調やエッジ感に頼って粒立ちの良さを演出するようなアプローチとは対極にある。たとえエントリーグレードのスピーカーでも、音はまったくの正統派でナチュラル志向。そこにB&Wのエンジニアの意識の高さを読み取ることができる。
大編成のオーケストラは音数が多いフレーズでも響きが混濁しにくく、ヴァイオリンや木管楽器の細かい音符の動きがよく見える。旋律楽器が集中する音域を受け持つコンティニュアムコーンの特長なのか、楽器が重なるレイヤーの構造が曖昧にならず、時間的な分解能の高さも確保していることがわかる。700シリーズや800シリーズに比べると細部の描写は僅かに緩めだが、演奏の勢いやテンションの高さを伝えることにかけては聴き劣りする部分がなく、クレッシェンドの高揚感を存分に引き出すことができた。
瑞々しい鮮度の高さを聴かせる「607 S3」
「607 S3」は13cm口径のウーファーを採用したコンパクトな2ウェイスピーカーである。外見はごく普通だが、音を出した瞬間、瑞々しい鮮度の高さを強く印象付けるサウンドに耳が釘付けになった。「チタンドームは落ち着いた音」と聞いていたこともあり、穏やかで控えめなスピーカーかと勝手に想像していたのだが、そうではなかった。
トリオ・ツィンマーマンのバッハは3つの楽器が織りなす対位法の関係が面白いほど伝わってくるし、モーツァルトのアリアはソプラノの歌に生気がみなぎっている。音色は派手ではないが、表情の振幅はとても大きく、ベースが刻むテンポの足取りは軽やか。重く沈み込む音ではまったくない。
小口径ウーファーには厳しいかと予想したバルトークの管弦楽も予想外にスケールが大きく、ホールトーンが部屋を満たすエアー感も上位機種に迫るものがあったし、ペルゴレージの声楽曲で残響が混濁することがなく、澄み切った音場が目の前に広がる。エントリーグレードのベーシックなスピーカーから、ここまで澄んだ響きを引き出せるとは正直に言って予想していなかった。
「鳴らすスキルが上がるほど、本来のポテンシャルが出てきます」と澤田さんが語るB&Wのスピーカーの真価を垣間見ることができた。
(提供:ディーアンドエムホールディングス)