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公開日 2024/08/02 06:45
建築設計で培われた音響工学技術を投入

脳が “バグる” 立体音響体験。クラファンで1億円を突破、鹿島建設のスピーカー「OPSODIS 1」は何がスゴい?

佐々木喜洋

建築会社が持つ独自の立体音響再生技術「OPSODIS」



先日OTOTENで、鹿島建設(株)の立体音響技術「OPSODIS(オプソーディス)」のデモ展示を試聴した。機材は小型のサウンドバーのような形状の「OPSODIS 1」と呼ばれる立体音響スピーカーだが、小さいながら音が背後にまで回り込むような立体感の高さに驚いた。そこで興味を感じ、後日同社を訪問してより詳しいインタビュー取材をした。

現在クラウドファンディングを実施している鹿島建設のスピーカー「OPSODIS 1」(69,300円から〜)

まず端的に、なぜOPSODIS技術が優れた立体音響を可能にするかと言うと、従来はヘッドホンではできてスピーカーではできなかった音の空間制御を可能にしたからだ。

スピーカーは一般的に空間再現に優れていると思われている。しかしバイノーラル録音やASMR音源を再生すると、ヘッドホンではとてもリアルに聴こえるのに、スピーカーでは物足りないと感じたことはないだろうか。OPSODIS技術を使えばスピーカーでもヘッドホンと同様に、バイノーラル録音やASMRを高い臨場感で楽しむことができる。さらにヘッドホンに特有の頭内定位を感じることなく、広がりのある音場を体験することができる。

鹿島建設にてOPSODISの技術者から詳しいお話を聞いた。右から立体音響プロジェクトチームの村松繁紀さん、渡邉明彦さん、安藤達也さん

音響工学に関する技術研究所で「聴こえ方」の研究を重ねてきた



このように素晴らしい技術だが2つの疑問が生じる。なぜそのようなことが可能なのか、そしてなぜ “建築の鹿島” がそうしたスピーカーを開発したのかと言うことだ。まず後者から説明していこう。

鹿島建設はまだ江戸時代の1840年代に創業し、明治維新を経て当時は横浜の洋館などの建築を手掛けていたそうだ。そして戦後の霞が関ビルの建築など、建築分野ではよく知られるようになった。この業界で技術研究所を設立したのも先駆けで、モノ作りの会社として “初めてに挑戦する社風” があると言う。技術研究所では建築物の騒音と振動の研究を74年もの間行ってきており、音だけを研究するチームもある。サントリーホールやヤマハホールなど有名な音楽ホールの建設にも携わっている。つまり建築分野と音響工学は不可分なのだ。

建築と音響工学は不可分の関係にあり、鹿島建設では長年音響研究がなされてきた

こうした過程で、どの席でバイオリンがどのように響くかというシミュレーターの音響を実際に可聴化する研究からOPSODISが生まれてきた。OPSODISは鹿島建設の音響研究者がサウサンプトン大学に留学する過程で誕生し、それから20年近くの協力関係が続いている。

音楽ホールなどでどのように音が拡散するかの研究を長年行っている

次になぜOPSODISがスピーカーなのにヘッドホンのように左右分離した音の制御ができるのかと言うと、大きく3つのポイントがある。

まずソフトウェアにおける左右のクロストーク・キャンセル(音の仕分け)技術、次にハードウェアにおける周波数分割されたスピーカー配置、そして20年にもわたるHRTF(頭部伝達関数=耳への音の届き方)の研究と蓄積である。

クロストーク・キャンセルというと言葉が難しいが、クロストークとは左右の音が混ざってしまうことを言う。それを打ち消すのがクロストーク・キャンセル技術だ。クロストークはスピーカーでは当然だが、ヘッドホンでは(ケーブル内での影響を除いて)クロストークは起こらない。バイノーラル録音では音が上半身や頭部の影響を受けながら耳に届く実際の届き方(HRTF)を自然に捉えるので立体感のある音を記録できるが、通常バイノーラル録音は左右の音が別々に耳に届くヘッドホンで再生しないと効果が発揮されない。そこで同じような立体感をスピーカーで実現するための技術がクロストーク・キャンセルである。

通常バイノーラル録音の音源は、スピーカー再生では左右の音がそれぞれ混じって耳に届いてしまうため効果を得にくいという課題があった

クロストーク・キャンセル技術は昔からあるのだが、従来は問題を抱えていた。基本的にはクロストークを打ち消すために逆位相の音を使うが、従来の方法では左右の耳に届く時間の微妙な違いなどで副作用が生じる。それを打ち消すためにエネルギーを多く使いすぎると音に歪みが生じ、立体音響の音質が劣化してしまうことがあった。

それをOPSODISでは位相90度で半分の音量で出すという手法で改良した。位相が90度と言うと難しいが、逆位相とは180度位相が異なることなのでその半分だけ位相がずれているという意味だ。単純化していうと、聴かせたい方の耳には半分足す半分で1の音になり、聴かせたくない方の耳には半分引く半分でゼロになり打ち消しあう。これで聴かせたい方の耳にだけ聴かせたい音を届かせることができる。

位相を90度ずらした音を出すことで、クロストークをキャンセルする独自の手法を開発

トゥイーター/ミッドレンジ/ウーファーの3ユニットで音を精密制御



そして次にそれを制御しなければならない。これにはスピーカーが横方向に周波数分割されて配置されていることがキーとなる。つまりトゥイーターとミッドレンジとウーファーだ。

はじめにOPSODISのデモ機の画像を見た時に違和感を覚えたのは、このクラスのスピーカーにトゥイーターとウーファーがあるのはともかく、ミッドレンジ専用スピーカーまで搭載されていることだ。これはいささか奇妙に思えた。しかしそれには理由がある。

なぜここまでスピーカーを分けるのかと言うと、音の制御効果が周波数ごとに違うためである。その効果の最も美味しいところを繋ぐと曲線になる。その曲線を綺麗なものにするにはトゥイーターとウーファーで2分割するだけではなく、中間にミッドレンジを入れて3分割する必要がある。そうすると曲線が綺麗に描けて音の制御効果が高くなる。もしスピーカーがもっと増えればさらに制御効果が高くなるが製品として現実的ではなくなる。現状でもトゥイーターは物理的な限界まで近接しているそうだ。

音の制御効果を高めるために、トゥイーター/ミッドレンジ/ウーファーと3ユニットに分割

こうした設計はサウサンプトン大学との20年にわたる研究結果が反映されて細かく高度に調整されている。これはHRTF(頭部伝達関数)の長い研究成果の蓄積だ(クラウドファンディングのページでは『ステルススピーカー』という名前で記載されている)。

つまりOPSODISでは、クロストークキャンセルのソフトウェア処理、周波数分割されたスピーカー配置のハードウェア、そしてHRTFの研究蓄積の成果の適用が融合することで、実際にリスナーの耳に届く左右の音を自在にコントロールすることができる。それによりマジックのような音を生んでいるのだ。

このようにOPSODIS技術の特徴は、前方のスピーカーシステムが1台のみで、高さや奥行き、背後も含めたマルチチャンネルのシステムのような全方向の音が再現できると言うことだ。

OPSODISの技術はサウンドバーやネックスピーカーなど実際の製品にも応用されている

マランツのサウンドシステムでOPSODIS技術を体験



OPSODIS自体は技術名称なので、それを搭載したスピーカーもすでにいくつか発売されている。今回は、まずOPSODIS技術搭載のマランツの「CINEMARIUM(ES-7001)」(2007年発売)のスピーカーを使用して聴こえ方について確認した。

まずヘッドホンで音を聴く映像が流されたが、たしかにスピーカーから再生しているはずが、自分がヘッドホンをしているかのように耳元で音が聴こえる。さらに映像の中でヘッドホンを片方外すと、実際にヘッドホンを片方外したように音が変化する。不思議な体験だ。言葉で書いても伝わりにくいかもしれないが、ヘッドホンと同じような聴こえ方がスピーカーでも再現可能だということだ。

マランツ「CINEMARIUM」で実際の“立体音響感”をテスト

OPSODIS技術ではリスナーがスイートスポットに座っていることから逆算して音を作るので、デモを聴きながら席を外して離れたところに自分が移動すると、この効果は薄れて普通にスピーカーから音が出ているように聴こえる。

また席に戻って今度はラジコンが自分の周りを走るデモを体験した。すると実際に音が後ろに回り込んで聴こえてくる。つまり後ろから聴こえてくる音は、実は前のスピーカーから出ているのだ。まるで脳がバグった状態になる。これも席から遠く離れると音は前からしか聴こえなくなる。

CINEMARIUMの製品下部にはOPSODISのロゴも描かれている

雷の音を再生すると、遥か彼方から遠雷が聴こえるように感じられる。もしヘッドホンであれば頭内定位があるためこうは聴こえないだろう。波の音を聴くと正直言って溺れるかもしれないという恐怖感まで湧いてくる。とてつもない臨場感だ。

YouTubeにある空間情報を持っているコンテンツならば2ch音源でも立体に聴こえる。普通はヘッドホンを使わないと立体にならない360 Reality AudioのデモでもOPSODISを使えばヘッドホン同様に立体的に聴こえる。

ちなみにデモ体験したのは普通の会議室で、部屋の間接音響の影響はあまり受けないそうだ。また複数台のOPSODIS技術搭載スピーカーを並べて繋げてもスイートスポットが広がるなどの効果は得られないと言う。あくまで1台で完結したシステムである。

OPSODIS技術と音質の双方を追求するため自社開発したスピーカー「OPSODIS 1」



ここまでは技術としてのOPSODISを説明してきたが、ここからは現在クラウドファンディングを展開中の鹿島の製品「OPSODIS 1」を紹介する。OTOTENで展示していたものだ。

初の自社開発製品となる「OPSODIS 1」

鹿島自身が製品を開発した背景は、やはり自分たちの技術は自分たちで製品までやりたいと言う動機があるそうだ。コロナ禍のため家で楽しむことが増え、イヤホンかヘッドホンでしか聴かないリスナーが増えたことでそうしたリスナーに音を届けると言う狙いもあると言う。

YouTube音源やASMRなどさまざまな音源でOPSODIS 1を体験

OPSODIS 1のポイントはオーディオ機器としての作り込みに力を入れているということだ。これはいくら立体効果が高くとも、音質が悪くて音楽が楽しめないのでは元も子もないので、基本的な音質を高めたいと言うポリシーがあるからだと言う。

OPSODISの主要メンバーは3人だが、うち2名はオーディオメーカーからの移籍だ。OPSODIS 1で使用されるスピーカーユニットやオーディオ周りは、専業メーカー製を採用している。

OPSODIS 1では6基のスピーカーと2基のパッシブラジエーターが搭載されている。スピーカーにおいては周波数分割するためにデジタルのチャンネルディバイダーを使用して、アクティブクロスオーバーとして設計している。これもパッシブクロスオーバーのようなパーツを排することができ、マルチアンプでさらに音質を高められると言う狙いもあると言う。

アクティブクロスオーバーで帯域を分割し、左右3基ずつ6基のユニットに音声信号を送り出す

高級感にもこだわり、筐体はアルミの押出成形にした。しかもプロトタイプでは3mm厚のアルミを採用したが、剛性を勘案して現在では5mm厚のアルミを採用している。このクラスでここまでしている例は稀だと言う。実のところ大手鹿島建設がこれで儲けを考えているわけではなく、クラウドファンディングの価格では採算が取れなさそうである。

キャビネットはアルミの押出成形で音質とデザイン性にも配慮

OPSODIS 1では実際の使い勝手にもこだわりを見せている。OPSODIS技術ではそのサイズはスピーカーからリスナーの距離に比例している。つまりサイズの大きなOPSODISスピーカーはリスナーとの距離がある場合に使われ、OPSODIS 1の場合にはPCやモニターと組み合わせてデスクトップに置く場合に適している。デザインはPCモニターの下に入るように設計されている。

またOPSODIS 1には3つのサウンドモードが搭載されている。“Narrow”、“Wide” そして “Simulated Stereo” だ。Narrowは1人で楽しむモードであり、よりスイートスポットが狭くより定位がはっきりしている。Wideは何人かで聴くモードであり、多少定位はぼやけるが広くスイートスポットを確保できるモードだ。Simulated Stereo(擬似ステレオ)は主にステレオ音源のためのモードで、で、立体スピーカーというよりも通常のPCスピーカーのように聴こえるモードだ。

OPSODIS 1の入力系統は光デジタル端子、アナログ(3.5mm)AUX端子、USB-C入力端子、そしてBluetoothワイヤレスのレシーバーが搭載されている。Bluetoothでは多少遅延があるため、もしゲームで使いたい場合には有線接続を使うと良いだろう。DACが内蔵されているので、PCにUSBで接続して使用することができる。TVやAVシステムと接続するなら光デジタル端子を使うことになるだろう。

光デジタル、AUX、USB typeC端子が音声入力として使用できる

OPSODIS 1もデモを試聴した。PCとともに机の上にOPSODIS 1が置かれていて、その前の椅子に着座する。耳の位置はOPSODIS 1に対して45度上、距離は60cm離れているのがベストだそうだ。

OPSODIS 1を「ベストポジション」にて体験

女声でハミングするASMR音源を試聴すると、位置と声の数が変わっても完全にそれに追従して音が聴こえてくる。それが背後からであっても真横からであっても、スピーカーからではなく、その位置から聴こえる。

面白いのは弦楽四重奏をダミーヘッド録音したデモ映像で、その演奏はスピーカーではなく画面の中の奏者から音が聴こえてくるように感じられる。つまりバイオリンの音はスピーカーの位置や空間に浮かぶのではなく、映像の中のバイオリニストの位置から聴こえてくる。こうしたことはまさに没入感という言葉が当てはまると思えた。先にOPSODISの音を聴くと脳がバグるように感じられると書いたが、実のところOPSODISの音を長く聴いていると、こちらの方が自然ではないかと思えるようになってくる。あるべきところにあるべき音があるという感じだ。

もう一つOPSODIS 1の音で気がつくのは、シンプルにオーディオ機器としての音質が高いことだ。音楽を聴いた時の音に厚みや豊かさといったオーディオらしさがあり、単なるガジェットとは一線を画した音質のように思える。

モードを変えてNarrowからWideにしてもそう極端な差はないと思う。定位が大きく落ちるわけでもなさそうだ。Simulated Stereoにすると立体感が消えてスピーカーの位置から音が鳴るように聴こえる。どのモードの音質が一番良いかというと、個人的にはNarrowモードの立体音響の音質が音楽だけを聴く時にも最適のように感じた。

最後にUSB入力を使用して、自分のiPhone 15 Pro MAXをUSBケーブルでOPSODIS 1に接続してみた。接続すると普通にiOSから認識されて簡単に接続ができた。

手持ちのiPhoneからUSB typeCで入力して再生も可能

自分がよく聴く試聴曲を再生しても、楽器の音が歯切れよくクリアで十分に良い音質に感じられた。仮想音源の立体音響機器というと、映画を視聴するには良いガジェットだが、肝心の音は今ひとつではないかと思われるかもしれない。しかしOPSODIS 1は音楽のみを聴いても普通に音が良いと感じられた。

クラファン実施中。渋谷と二子玉川にて実際に音を確認できる



念のためにの補足だが、OPSODIS 1はまだクラウドファンディングの途中で、試したのは開発機である。クラウドファンディングはGREEN FUNDINGで実施中であり、GREEN FUNDINGでは最速で1億円を達成したという。OTOTENでも説明員が対応しきれないほどの盛況ぶりだったそうだ。

実際の音に興味がある方は、8月31日までSHIBUYA TSUTAYA 4階と二子玉川の蔦屋家電+のショウルームでデモを行っているので、そこで実際に試聴することができる。

今後は各国の放送局やスタジオにも展開していくということで、映画監督や作曲家など各界からも新しい音楽再生の仕組みとして期待されているそうだ。新しい立体音響の音楽を創作するために刺激を得たというクリエイターもいるそうで、OPSODIS技術を活用した全く新しい映像や音楽体験が楽しめる日が来るのかもしれない。今後の展開にも期待したい技術だ。

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