公開日 2022/07/27 06:30
【連載】西田宗千佳のネクストゲート 第2回
映像配信に吹く逆風。「Netflixの会員減少」から見える現状【Gadget Gate】
西田宗千佳
映像配信には逆風が吹いている、と言われる。
それを象徴するのは、Netflixが「2023年前半に広告モデルを一部の国から導入する」と発表したことだろう。
Netflixは2022年度に入り、2期続けて会員数が減少した。先日発表された第2四半期決算は、予想の半分ほどである97万人の減少で済んだものの、2021年度までの「右肩上がり」とは様相が異なっている。
なぜそうなったのか? 映像配信自体になにが起きているのか? 改めて解説してみよう。
■ユーザー数横ばいの時代に入ったNetflix
前述のように、Netflixの会員数は今年に入って減少した。
それでも全世界で2億2,000万人以上、という有料会員数は他社を圧倒しており、世界最大の事業者であることに変わりはない。といっても、右肩上がりでずっと続いてきた同社のビジネスが、変化の時を迎えているのは間違いない。
2016年以降の同社のユーザー数をNetflixのIR資料からまとめてみると、今年に入って大幅ではないがユーザー数が減少に転じ、全体としてフラットな状況になったのがわかる。
なぜこうなったのか? 1つは「コロナ禍の影響」だ。
グラフの2020年のあたりに注目していただきたい。グラフの角度が急になっている。これは、コロナ禍に入って映像配信の利用者が急増した結果である。
ユーザー数の急増は喜ぶべきことでもあるが、逆の結果もある。
Netflixは2020年に入って以降、「コロナ禍の状況は特殊でありカオス」「この上昇は短期のもの」とIR資料の中で説明してきた。この種の上昇はいわゆる「需要の先食い」であり、その分ユーザー数の上昇は緩やかになる。
■ユーザー獲得は「地域によって違う」
もう1つは「地域による違い」である。
Netflixのユーザー数は地域によってかなり違う。簡単に言えば、アメリカはずいぶん前からユーザー数が頭打ちであり、中南米も伸びが止まり始めていた。2016年以降、Netflix会員の伸びを支えてきたのは、主に欧州/中東とアジアの伸びなのだ。
そのうち、欧州がついに横ばいになり始めた。
2022年度の第1四半期については、ロシアでのビジネス停止の影響もある。ただ、第2四半期も増加には転じていないので、ユーザー数が増え続ける状況でなくなったのも事実だろう。
一足先に踊り場に差し掛かっていた中南米については、Netflixから「アカウントを共有して使っているユーザーが多い」と指摘されている地域でもある。友人同士や離れて暮らす家族など、複数の家庭で1つのアカウントを共有する場合、本来のユーザー数よりも契約アカウント数が少なくなる。
それぞれがアカウントを契約し直すよりも出費は低くなる「追加アカウント」制度を導入することになっているが、ユーザー数が課題であるということ以上に、そういうことを言い出すくらい、「収益を増やしたい」とNetflixが考えている、ということなのだろう。
■映像配信は「席取りゲーム」だ
アメリカなど、ユーザー数が踊り場に達した地域では、今後、他の映像配信との競争が生まれる。有料の映像配信は「席取りゲーム」に近い。
現実問題として、家庭内では1つの契約しかしないわけではなく、いくつかの事業者が併存して使われる。といっても、無限に契約してもらえるわけではない。いくつか「家庭内で契約してもらえる席」があり、その席にどの事業者が座るかを争っている、と思えばいい。
アメリカ市場では、一般に3つから4つの席があると言われている。2020年に「Disney+」などの映像配信事業者が増加し、一気に競争状況が厳しくはなったが、Netflixはユーザー数を減らさずに来られた。
「まだ競争の段階であり、取り合いではない」とNetflixは説明してきたが、そうも言っていられないかもしれない。
同社のアメリカでのシェアは高く、今のところは「1つ目の席」に座れそうな勢いはある。第2四半期のIR資料でも、Netflixはその部分を強調した。
しかし、作品の人気は移ろいやすいもの。ヒット作品によって作られたサービスの順列は、別のヒット作品で変わってしまう可能性だってある。
■「広告ビジネス」に乗り出す理由
これらのことを加味すると、Netflixが収益の安定もしくは拡大を維持するには、「これ以上ユーザー数が減らない、もしくは増える」状況を作るしかない。
広告で視聴できるサービスを追加するのは、「有料である」ことでユーザーを辞める人々を引き止める策である。
現状、広告サービスの方向性についてNetflixは詳細を公開しておらず、唯一の情報は「広告ビジネスが充実した国から順次展開する」ということだけだ。
だが、広告の結果としてユーザーデータがどう扱われるかは、しっかりと注視しなくてはならない。「どんな番組を見たか」「どこまで見たか」ということは非常に重要なプライバシーであり、それと視聴を引き換えにするのはなかなか難しい話になる。
NetflixのCPO(最高プロダクト責任者)であるグレッグ・ピーターズ氏は、株主に向けたビデオインタビューの中で、「広告主などとの初期の話し合いでは、非常に良い反応をいただいている。彼らは我々の強いコンテンツとつながりを持ちたい、と考えていたからだ」と話している。
プライバシーのありようはわからないが、やはりNetflixのコンテンツを好む人々に合わせた広告を出したい、と考えているのは間違いなさそうだ。
■市場拡大に「ローカル重視」、日本市場は「残された地」
一方で、コンテンツについては少し変化がある。
ディズニーは強い自社コンテンツを活かしつつ、「STAR」ブランドとして、世界中からディズニー的なものにこだわらず、広くコンテンツを集めるようになった。自社制作にも投資している。
これは、自社ブランドコンテンツの強みと、Netflixが注力する「世界中から集めたコンテンツ」の強みを合わせ、Netflixに対抗するための方策でもある。
世界中に投資してコンテンツを作るという意味では、Amazonも同じような戦略を採っている。
そしてNetflixは、「世界中でコンテンツを集める」方策は同じであるものの、ちょっとメッセージが変わってきた。
Netflix・プロダクション部門 日本統括ディレクターの小沢禎二氏は「現在のネットフリックスでは『Local for Local』(地域のために地域で)が合言葉になっている」と話す。
海外でも通じる、世界で売れることを軸に据えるのではなく、「まずは制作している地域でヒットすることを狙い、それが結果的に世界でもヒットする」やり方を考えるという。
これは、まだ会員が増える可能性がある地域でのユーザー数拡大に関係している。日本などのアジアは特に、まだ伸びる地域と考えられている。だからこそ、「日本で日本向けの作品を作る」ことは、Netflixのユーザー数拡大につながる。
こうした状況の中で、各社は当面、日本という市場の獲得を進めることだろう。日本は欧米に比べれば、まだまだ映像配信の市場拡大の余地があり、そんな地域は世界で残り少ない。
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それを象徴するのは、Netflixが「2023年前半に広告モデルを一部の国から導入する」と発表したことだろう。
Netflixは2022年度に入り、2期続けて会員数が減少した。先日発表された第2四半期決算は、予想の半分ほどである97万人の減少で済んだものの、2021年度までの「右肩上がり」とは様相が異なっている。
なぜそうなったのか? 映像配信自体になにが起きているのか? 改めて解説してみよう。
■ユーザー数横ばいの時代に入ったNetflix
前述のように、Netflixの会員数は今年に入って減少した。
それでも全世界で2億2,000万人以上、という有料会員数は他社を圧倒しており、世界最大の事業者であることに変わりはない。といっても、右肩上がりでずっと続いてきた同社のビジネスが、変化の時を迎えているのは間違いない。
2016年以降の同社のユーザー数をNetflixのIR資料からまとめてみると、今年に入って大幅ではないがユーザー数が減少に転じ、全体としてフラットな状況になったのがわかる。
なぜこうなったのか? 1つは「コロナ禍の影響」だ。
グラフの2020年のあたりに注目していただきたい。グラフの角度が急になっている。これは、コロナ禍に入って映像配信の利用者が急増した結果である。
ユーザー数の急増は喜ぶべきことでもあるが、逆の結果もある。
Netflixは2020年に入って以降、「コロナ禍の状況は特殊でありカオス」「この上昇は短期のもの」とIR資料の中で説明してきた。この種の上昇はいわゆる「需要の先食い」であり、その分ユーザー数の上昇は緩やかになる。
■ユーザー獲得は「地域によって違う」
もう1つは「地域による違い」である。
Netflixのユーザー数は地域によってかなり違う。簡単に言えば、アメリカはずいぶん前からユーザー数が頭打ちであり、中南米も伸びが止まり始めていた。2016年以降、Netflix会員の伸びを支えてきたのは、主に欧州/中東とアジアの伸びなのだ。
そのうち、欧州がついに横ばいになり始めた。
2022年度の第1四半期については、ロシアでのビジネス停止の影響もある。ただ、第2四半期も増加には転じていないので、ユーザー数が増え続ける状況でなくなったのも事実だろう。
一足先に踊り場に差し掛かっていた中南米については、Netflixから「アカウントを共有して使っているユーザーが多い」と指摘されている地域でもある。友人同士や離れて暮らす家族など、複数の家庭で1つのアカウントを共有する場合、本来のユーザー数よりも契約アカウント数が少なくなる。
それぞれがアカウントを契約し直すよりも出費は低くなる「追加アカウント」制度を導入することになっているが、ユーザー数が課題であるということ以上に、そういうことを言い出すくらい、「収益を増やしたい」とNetflixが考えている、ということなのだろう。
■映像配信は「席取りゲーム」だ
アメリカなど、ユーザー数が踊り場に達した地域では、今後、他の映像配信との競争が生まれる。有料の映像配信は「席取りゲーム」に近い。
現実問題として、家庭内では1つの契約しかしないわけではなく、いくつかの事業者が併存して使われる。といっても、無限に契約してもらえるわけではない。いくつか「家庭内で契約してもらえる席」があり、その席にどの事業者が座るかを争っている、と思えばいい。
アメリカ市場では、一般に3つから4つの席があると言われている。2020年に「Disney+」などの映像配信事業者が増加し、一気に競争状況が厳しくはなったが、Netflixはユーザー数を減らさずに来られた。
「まだ競争の段階であり、取り合いではない」とNetflixは説明してきたが、そうも言っていられないかもしれない。
同社のアメリカでのシェアは高く、今のところは「1つ目の席」に座れそうな勢いはある。第2四半期のIR資料でも、Netflixはその部分を強調した。
しかし、作品の人気は移ろいやすいもの。ヒット作品によって作られたサービスの順列は、別のヒット作品で変わってしまう可能性だってある。
■「広告ビジネス」に乗り出す理由
これらのことを加味すると、Netflixが収益の安定もしくは拡大を維持するには、「これ以上ユーザー数が減らない、もしくは増える」状況を作るしかない。
広告で視聴できるサービスを追加するのは、「有料である」ことでユーザーを辞める人々を引き止める策である。
現状、広告サービスの方向性についてNetflixは詳細を公開しておらず、唯一の情報は「広告ビジネスが充実した国から順次展開する」ということだけだ。
だが、広告の結果としてユーザーデータがどう扱われるかは、しっかりと注視しなくてはならない。「どんな番組を見たか」「どこまで見たか」ということは非常に重要なプライバシーであり、それと視聴を引き換えにするのはなかなか難しい話になる。
NetflixのCPO(最高プロダクト責任者)であるグレッグ・ピーターズ氏は、株主に向けたビデオインタビューの中で、「広告主などとの初期の話し合いでは、非常に良い反応をいただいている。彼らは我々の強いコンテンツとつながりを持ちたい、と考えていたからだ」と話している。
プライバシーのありようはわからないが、やはりNetflixのコンテンツを好む人々に合わせた広告を出したい、と考えているのは間違いなさそうだ。
■市場拡大に「ローカル重視」、日本市場は「残された地」
一方で、コンテンツについては少し変化がある。
ディズニーは強い自社コンテンツを活かしつつ、「STAR」ブランドとして、世界中からディズニー的なものにこだわらず、広くコンテンツを集めるようになった。自社制作にも投資している。
これは、自社ブランドコンテンツの強みと、Netflixが注力する「世界中から集めたコンテンツ」の強みを合わせ、Netflixに対抗するための方策でもある。
世界中に投資してコンテンツを作るという意味では、Amazonも同じような戦略を採っている。
そしてNetflixは、「世界中でコンテンツを集める」方策は同じであるものの、ちょっとメッセージが変わってきた。
Netflix・プロダクション部門 日本統括ディレクターの小沢禎二氏は「現在のネットフリックスでは『Local for Local』(地域のために地域で)が合言葉になっている」と話す。
海外でも通じる、世界で売れることを軸に据えるのではなく、「まずは制作している地域でヒットすることを狙い、それが結果的に世界でもヒットする」やり方を考えるという。
これは、まだ会員が増える可能性がある地域でのユーザー数拡大に関係している。日本などのアジアは特に、まだ伸びる地域と考えられている。だからこそ、「日本で日本向けの作品を作る」ことは、Netflixのユーザー数拡大につながる。
こうした状況の中で、各社は当面、日本という市場の獲得を進めることだろう。日本は欧米に比べれば、まだまだ映像配信の市場拡大の余地があり、そんな地域は世界で残り少ない。
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