公開日 2022/10/21 06:30
【連載】西田宗千佳のネクストゲート 第13回
AIはあくまで“副操縦士”。「Adobe MAX 2022」で語られた信念
西田宗千佳
10月18日(アメリカ太平洋時間)から、Adobeの年次イベント「Adobe MAX 2022」が開催されている。今回は3年ぶりに、米ロサンゼルス・日本などでリアル会場+オンラインの形でのハイブリッド開催となった。筆者もロサンゼルスに取材に来ている。
Adobeには色々な顔があるが、Adobe Maxは同社クリエイティブツールについての最新情報が公開される場でもある。ここでは、18日午前(日本時間18日深夜)に開催された基調講演の内容を軸に、今年のトレンドを語ってみよう。
Adobeといえば、多くの人が思い浮かべるのはやはり、Photoshopをはじめとしたクリエイティブツール群だろう。
同社は2022年の12月で設立から40年を迎える。基調講演も、同社のシャンタヌ・ナラヤンCEOが、40年に渡るAdobeとクリエイターの関係を振り返るところからスタートした。
実は、ナラヤンCEOがAdobeに入ってすぐに担当したのは、印刷物を作るためのデスクトップ・パブリッシングツールである「InDesign」の日本向けバージョン(コード名:Hotaka)であり、彼は日本とも関係が深い。
以降同社は、プロがより効率的にコンテンツを作れるという方向性に加え、ソフトウェアの力で人々がより簡単にツールを使って創造性を発揮できるようにする、という流れを開拓してきた。
今年も大きな潮流自体は変わりないものの、明確なキーワードが3つある。それは「AI」と「コラボレーション」と「3D」だ。
現在、Adobeのツール群には「Adobe Sensei」というブランドで、多数のAIを活用した機能が搭載されている。ナラヤンCEOも「Adobe Senseiへの投資は、弊社の歴史の中でも極めて重要なものだった」と語り、今後も継続的な投資を続けると約束した。
そこで重要なことがある。AIは便利だが、AdobeはAIを「アーティスト要らずにするためのもの」とは捉えていない、という点だ。
ナラヤンCEOは、「AIとは、クリエイターによってのCo-Pilot(副操縦士)だ」と話す。あくまで、作品を統括して作る役目と責任を負う主役はクリエイター自身であり、クリエイターがより楽に「飛べる」ようにするのがAIの仕事、という考え方だ。
同社のデジタルメディア事業 社長 デビッド・ワドワニ氏は、次のように説明した。「AIは人の創造性を拡張するものであって、置き換えるものであってはならない(AI should enhance human creativity, not replace it)」。すると、会場からは大きな拍手が起きた。来場するクリエイターたちにとっては、非常に共感しやすい考え方だからだ。
今回、Photoshopなどの新機能として公開されたものも、「クリエイターが日常的に行う作業だが、面倒で手間がかかること」をAdobe Senseiが簡単にしてくれる……という方向性が目立った。
例えば、Photoshopで「特定の被写体をきれいに選択する」のは日常的な作業だが、新バージョンでは、Adobe Senseiの力を使って必要な部分を「クリックするだけ」で選択できるようになったし、不要な部分を選んで「削除」するだけで、その周囲にあった内容で削除した部分を埋め、自然に消すこともできるようになった。これらは手作業でもできるが、自動でできるから時間の節約になる、という点が大切だ。
制作物は誰かとシェアし、修正された上で世の中に出ていく。個人で作り、個人で発表するものは例外的な存在で、なんらかの監修者・ビジネスパートナーとデータを共有し、確認する作業が必須ではある。
だが、そのワークフローに困っている人は多いのではないだろうか? メールでファイルを送り合うのが日常だが、どこにどう修正が行われたのかを確認するのは大変で、管理も煩雑である。そこで今回、新要素として強調されたのが「共有(Share)」機能だ。
共有といっても、SNSなどへのシェアではない。PhotoshopやIllustratorのデータを、ビジネス上必要な人々と共有した上で修正点を確認する、いわゆる「レビュー機能」である。Photoshopなどのアプリの右上に「共有」ボタンが用意され、「レビュー用に共有」という機能が使えるようになった。
これを使うと、関係者に直接データを送り、コメントを入れながら作品のレビューが進められる。しかも、送られた相手はアプリを使う必要はなく、ウェブで良い。もちろん、Adobeのアプリから扱うこともできる。
ワドワニ氏は「これでもう、メールにもSlackにも頼る必要がない」と説明した。そこで会場が盛り上がったから、やはり皆、共有のためのメールやメッセージの洪水に困らされている、ということなのだろう。
Adobeはデータのクラウド保存を進めており、レビューのために共有できるのも、ファイルをクラウドに保存しているから、という背景がある。結果として、アプリケーション以上に重要になったのが「ウェブ」だ。レビューやPhotoshopなどの一部機能はウェブから使えるようになっているが、特に大きな存在になってきているのが、昨年12月に公開された「Adobe Express」だ。
Adobe Expressは、チラシやSNSでの告知画像、動画のタイトルなど、多くの人が抱える「日常的なデザインワーク」を簡単に行えるツールである。ウェブベースで、誰もが無料で簡単に始められるのが特徴だ。クリエイターの拡大という意味で、大きな役割を持つツールである。
特に今回注目されたのが、「SNSへの投稿予約」機能だ。TwitterやInstagram、TikTokなど、SNSそれぞれの特性に合わせて内容を簡単に作り変えた上で、投稿する日時をカレンダーで一元管理する。制作から投稿までを1人で、しかも簡単に行えるのが特徴だ。
SNSでのプロモーションが重要になってきているものの、その効率的な運用は属人性が高く、なかなか大変だ。その簡便化が非常に重要であり、Adobeもその点に商機がある、と見ているのだろう。
もう一つの変化が「3D」で、「Substance 3D」は2019年にAdobeがAllegorithmic社を買収し、製品移管して生まれたプロダクト群だ。今年はようやく、3Dモデル自体を作る「Adobe Substance 3D Modeler」の提供が開始される。このジャンルでAdobeは後発と言えるのだが、ようやくペイント・レンダリング・モデル制作のツールが一通り揃ったことになる。
Substance 3D Modelerは、VR機器との連携もあり、「Meta Quest 2」や「Meta Quest Pro」をPCとつなぐことで、VR空間の中で3Dモデル制作ができる。
3Dというと、いわゆるメタバースなどでの利用がすぐに思い浮かぶが、実際にはそれだけではない。商品のカタログを作るにも、ウェブショッピングで商品画像を掲載するにも、昔ながらの「写真を撮影して載せる」だけではない世界が広がりつつある。
3Dは新しい領域だけに、Adobeもかなり力を入れており、この領域を新たな成長の源泉と見ているのは間違いなさそうだ。
Adobeには色々な顔があるが、Adobe Maxは同社クリエイティブツールについての最新情報が公開される場でもある。ここでは、18日午前(日本時間18日深夜)に開催された基調講演の内容を軸に、今年のトレンドを語ってみよう。
40年間クリエイターを支援したAdobe
Adobeといえば、多くの人が思い浮かべるのはやはり、Photoshopをはじめとしたクリエイティブツール群だろう。
同社は2022年の12月で設立から40年を迎える。基調講演も、同社のシャンタヌ・ナラヤンCEOが、40年に渡るAdobeとクリエイターの関係を振り返るところからスタートした。
実は、ナラヤンCEOがAdobeに入ってすぐに担当したのは、印刷物を作るためのデスクトップ・パブリッシングツールである「InDesign」の日本向けバージョン(コード名:Hotaka)であり、彼は日本とも関係が深い。
以降同社は、プロがより効率的にコンテンツを作れるという方向性に加え、ソフトウェアの力で人々がより簡単にツールを使って創造性を発揮できるようにする、という流れを開拓してきた。
今年も大きな潮流自体は変わりないものの、明確なキーワードが3つある。それは「AI」と「コラボレーション」と「3D」だ。
AIはクリエイターの「コ・パイロット」
現在、Adobeのツール群には「Adobe Sensei」というブランドで、多数のAIを活用した機能が搭載されている。ナラヤンCEOも「Adobe Senseiへの投資は、弊社の歴史の中でも極めて重要なものだった」と語り、今後も継続的な投資を続けると約束した。
そこで重要なことがある。AIは便利だが、AdobeはAIを「アーティスト要らずにするためのもの」とは捉えていない、という点だ。
ナラヤンCEOは、「AIとは、クリエイターによってのCo-Pilot(副操縦士)だ」と話す。あくまで、作品を統括して作る役目と責任を負う主役はクリエイター自身であり、クリエイターがより楽に「飛べる」ようにするのがAIの仕事、という考え方だ。
同社のデジタルメディア事業 社長 デビッド・ワドワニ氏は、次のように説明した。「AIは人の創造性を拡張するものであって、置き換えるものであってはならない(AI should enhance human creativity, not replace it)」。すると、会場からは大きな拍手が起きた。来場するクリエイターたちにとっては、非常に共感しやすい考え方だからだ。
今回、Photoshopなどの新機能として公開されたものも、「クリエイターが日常的に行う作業だが、面倒で手間がかかること」をAdobe Senseiが簡単にしてくれる……という方向性が目立った。
例えば、Photoshopで「特定の被写体をきれいに選択する」のは日常的な作業だが、新バージョンでは、Adobe Senseiの力を使って必要な部分を「クリックするだけ」で選択できるようになったし、不要な部分を選んで「削除」するだけで、その周囲にあった内容で削除した部分を埋め、自然に消すこともできるようになった。これらは手作業でもできるが、自動でできるから時間の節約になる、という点が大切だ。
PhotoshopやIllustratorのデータを「共有してレビュー」が簡単に
制作物は誰かとシェアし、修正された上で世の中に出ていく。個人で作り、個人で発表するものは例外的な存在で、なんらかの監修者・ビジネスパートナーとデータを共有し、確認する作業が必須ではある。
だが、そのワークフローに困っている人は多いのではないだろうか? メールでファイルを送り合うのが日常だが、どこにどう修正が行われたのかを確認するのは大変で、管理も煩雑である。そこで今回、新要素として強調されたのが「共有(Share)」機能だ。
共有といっても、SNSなどへのシェアではない。PhotoshopやIllustratorのデータを、ビジネス上必要な人々と共有した上で修正点を確認する、いわゆる「レビュー機能」である。Photoshopなどのアプリの右上に「共有」ボタンが用意され、「レビュー用に共有」という機能が使えるようになった。
これを使うと、関係者に直接データを送り、コメントを入れながら作品のレビューが進められる。しかも、送られた相手はアプリを使う必要はなく、ウェブで良い。もちろん、Adobeのアプリから扱うこともできる。
ワドワニ氏は「これでもう、メールにもSlackにも頼る必要がない」と説明した。そこで会場が盛り上がったから、やはり皆、共有のためのメールやメッセージの洪水に困らされている、ということなのだろう。
「Adobe Express」でSNSマーケティングを簡便化
Adobeはデータのクラウド保存を進めており、レビューのために共有できるのも、ファイルをクラウドに保存しているから、という背景がある。結果として、アプリケーション以上に重要になったのが「ウェブ」だ。レビューやPhotoshopなどの一部機能はウェブから使えるようになっているが、特に大きな存在になってきているのが、昨年12月に公開された「Adobe Express」だ。
Adobe Expressは、チラシやSNSでの告知画像、動画のタイトルなど、多くの人が抱える「日常的なデザインワーク」を簡単に行えるツールである。ウェブベースで、誰もが無料で簡単に始められるのが特徴だ。クリエイターの拡大という意味で、大きな役割を持つツールである。
特に今回注目されたのが、「SNSへの投稿予約」機能だ。TwitterやInstagram、TikTokなど、SNSそれぞれの特性に合わせて内容を簡単に作り変えた上で、投稿する日時をカレンダーで一元管理する。制作から投稿までを1人で、しかも簡単に行えるのが特徴だ。
SNSでのプロモーションが重要になってきているものの、その効率的な運用は属人性が高く、なかなか大変だ。その簡便化が非常に重要であり、Adobeもその点に商機がある、と見ているのだろう。
モデラーも公開、3Dデータ制作も本格化
もう一つの変化が「3D」で、「Substance 3D」は2019年にAdobeがAllegorithmic社を買収し、製品移管して生まれたプロダクト群だ。今年はようやく、3Dモデル自体を作る「Adobe Substance 3D Modeler」の提供が開始される。このジャンルでAdobeは後発と言えるのだが、ようやくペイント・レンダリング・モデル制作のツールが一通り揃ったことになる。
Substance 3D Modelerは、VR機器との連携もあり、「Meta Quest 2」や「Meta Quest Pro」をPCとつなぐことで、VR空間の中で3Dモデル制作ができる。
3Dというと、いわゆるメタバースなどでの利用がすぐに思い浮かぶが、実際にはそれだけではない。商品のカタログを作るにも、ウェブショッピングで商品画像を掲載するにも、昔ながらの「写真を撮影して載せる」だけではない世界が広がりつつある。
3Dは新しい領域だけに、Adobeもかなり力を入れており、この領域を新たな成長の源泉と見ているのは間違いなさそうだ。
- トピック
- Gadget Gate