公開日 2023/05/01 06:30
「モノラル」「ステレオ」カートリッジの違いを解説
レコード再生のワンモア・ステップ(3):モノラルレコードを楽しもう!
飯田有抄
レコードの奥深い魅力と楽しさにますますはまっている、クラシック音楽ファシリテーターの飯田有抄さん。好みの名演・名盤を買うと、モノラル盤の比率が増えたという。カートリッジにもステレオとモノラルがあって、より心に響く音で楽しむにはどうすればいいのか。今回はモノラル盤の再生の魅力に迫ってみた。
いまや空前のアナログ再ブームを迎え、過去の名盤の復刻盤リリースも増えている。私が好んで聴いているクラシック音楽はモノラル録音時代の名演・名盤が多く、ここ数年そうした「モノラルレコード復刻盤」を手にする機会も増えた。作曲家の生きた時代に「より近い」年代の名演などは、現代人の耳にも新たな発見を与えてくれるし、モノラル独特の力強いサウンドや親密に感じられる室内楽など、ステレオ録音にはない魅力がある。
そんな中、ふと疑問に思った。復刻されたモノラルレコードを再生するには、どのようなカートリッジを使うべきなのか、と。単純に、ジャケットやセンターラベルに「MONO」と記載があれば、いわゆる「モノラルカートリッジ」を使えばよいと思っていたが、「最新技術でリマスターしたハイレゾ音源からの復刻」などの売り文句が気になる。昔ながらのモノラルカッティングがなされていないのだろうか。だとすると、モノラルのカートリッジを使ってよいのだろうか。誤った選択をして、レコードを傷めたりすることはないのだろうか。
このモヤモヤした疑問をスッキリ解決するべく、井上千岳先生に疑問をぶつけてみた。お話を伺うと、そもそもの私の混乱は、「モノラルか、ステレオか」という2つの軸だけで考えていたところに原因があることが分かった。現在、レコード盤は、オリジナルモノラル盤、ステレオ盤、復刻モノラル盤の3種類に分けることができ、カートリッジもまた、実は3種類が存在することを知った。
まずレコード盤についてだが、モノラル録音のLPレコードが初めて発売されたのは1948年だ。その10年後の58年にはステレオレコードが発売となる。この時点でLPレコードは2種類だ。モノラルの音溝は左右にうねるように掘られていて、その横方向の振動が音声信号となっている。一方ステレオの音溝は、溝の断面にも、つまり横方向のみならず縦方向にも音情報が刻まれている。溝の左右では、異なる情報が入っていて、それがLとRとして再生されるわけだ。
さて、ステレオレコードの登場でモノラルレコードは徐々に淘汰されていき、1965年頃にはほぼ製造されなくなった(厳密にはレコード会社によって年代は異なるらしい)。その時点で、モノラルカッティングの技術はほぼ途絶えた。
では、現在に蘇る“復刻盤のモノラル”はどういうものかというと、実際はステレオカッティングによるものなのだそうだ。つまりレコードの溝は、LとRにまったく同じ情報が刻み込まれており、左右から同じ情報が再生されるため「モノラルとして聴こえる」という仕様なのだ。これが第3のレコード盤である。70年代、80年代に販売された「モノラル盤」も、復刻製品の可能性が高い。レコードの溝は肉眼ではほとんど見分けがつかないが、オリジナルモノラル盤、ステレオ盤、復刻モノラル盤の3種類あるということが分かった。
さて使用するカートリッジだが、先述の通り、実はこちらも3種類存在する。大きく分ければモノラル用とステレオ用の2種類ではあるが、モノラル用はさらに2種に分けられるのだ。
ひとつは、オリジナルモノラル盤が製造されていた当時のモノラルカートリッジ、またはそれと同じ機構を持つ製品だ。現行製品にはオルトフォンの「CG25 Di MKII」などがある。このカートリッジは、針のついたカンチレバーが左右に動き、モノラルカッティングの音溝をトレースして信号を読み取る。針が横方向にのみ動く、というのが特徴だ。
井上先生が所蔵するオリジナルモノラル盤で、リパッティが弾く『ショパン/ワルツ集』の「嬰ハ短調op.64-2」。まずは、試聴室に常備されるステレオカートリッジで聴いてみた。オリジナルモノラル盤をステレオカートリッジで再生する分には、盤を傷める心配は特にいらない。ただ、再生される音は、全体的にモワッとした印象。左右のスピーカーから、異なるノイズも聴こえる。ここで、アンプの「MONO」機能ボタンを押してみた。左右の音情報をミックスさせる機能で、これを使うとやや輪郭が引き締まった。
次に、オルトフォンCG25 Di MKIIで再生した。グッと音像のフォーカスが合い、音楽の輪郭がはっきりし、弱音から強音までダイナミクスの幅も豊かになった。高音域の伸びはあまり良くはないが、中・低音域の太い響きが魅力的で、どこか昔懐かしいサウンドだ。
古典的なタイプのモノラル用カートリッジは、当時のマグネットの磁力が弱かったため、比較的大きな磁石を搭載しており、ヘッドの形が大きい。CG25 Di MKIIもクラシカルな形状をしており、そこがまた魅力的だ。
さて、ここで注意が必要なのは、こうしたオリジナル時代のモノラルカートリッジは、復刻盤のモノラルレコードには使用しない方がよい、ということだ。復刻モノラル盤は、実質ステレオカッティングなので、横方向にしか動かない古典的なカートリッジでは、音溝を傷める可能性があるからだ。
では、復刻モノラル盤を再生するなら、ステレオカートリッジで良いのだろうか。実は、良いのである。盤を傷める心配はないし、横・縦方向に可動して左右上下の音信号を伝えるステレオカートリッジで何ら問題はない。
ただし、ここがトリッキーなのだが、復刻モノラル盤をステレオカートリッジで再生すると、音質的に良いとは言えないのである。実際に、2022年夏に発売されたギーゼキングの『ドビュッシー/ピアノ作品全集』(復刻モノラル盤5枚組)を通常のステレオカートリッジで再生してみた。どこか不自然な残響というのか、モワッとした響きが背後に感じられる。おそらく音溝のLとRで、ごくわずかに生じるタイミングのズレやノイズの違いが、不自然な歪みや残響となって聞こえてくるのだ。
そこで今回、フェーズメーションの「PP-Mono」を準備していただいた。このカートリッジは第3のタイプで、カンチレバーは縦方向にも可動するが、読み取る信号自体は横方向のみ、という機構を持つ。つまり動きはステレオ、音はモノラル。うっかりステレオ盤に針を落としても、ステレオ再生はされないが、音溝を傷める心配はない仕組み。現在製造されている「モノラルカートリッジ」はほぼこのタイプだ。
PP-Monoでギーゼキングのレコードを再生してみると、余計な響きが姿を消し、スッと引き締まって焦点の合った音像を得られた。ステレオ用カートリッジで聴くよりも数倍楽しい。
2022年に生誕90年、没後40年を迎えたピアニスト、グレン・グールドの「ゴルトベルク変奏曲」の録音は、これまでにもリマスター・再販が繰り返されてきた。メモリアルイヤーの今年は、日本のソニーミュージック乃木坂スタジオで新たにカッティングされた、1955年モノラル録音の復刻アナログ盤が登場した。ステレオカートリッジとPP-Monoで聴き比べると、後者では演奏のタッチが克明に伝わり、音に輝きが増した。PP-Monoは音の解像度が素晴らしく、どこか「現代的な音」という印象だ。
音盤を再びオリジナルモノラル盤に戻し、井上先生所蔵のシューリヒト指揮、ウィーン・フィルの『ブラームス/交響曲第2番』をCG25 Di MKIIとPP-Monoで聴き比べた。
前者は太い音で、グッと迫り来る音楽が鳴り響く。特に弦楽器の音圧は素晴らしい。ホルンの響きなどは、ややこもる感じが気にならなくもないが、どこか「当時もの」の感触が得られて、このサウンドを求める気分も一方にはある。PP-Monoは音に艶やかさ、開放感が出て、やはりどこか現代的。好みや気分によって、違ったモノラルの風合いを味わうのもまた楽しい。
■コラム -グレン・グールドの復刻モノラルについて-
ソニー・ミュージックソリューションズのカッティングエンジニア 堀内寿哉氏
「今回のグレン・グールドのカッティングは、1954年のモノラル録音をデジタライズしてデジタルのマスターを作り、そのデジタルマスターを現在使っているカッティングレースに送り込んでカッティングしました。デジタルのマスターも、モノラル音源です。使用したカッティングレースはノイマンVMS70、カッティングヘッドはSX74というステレオ用です。モノラルのマスター音源を右、左同じものを送り込み、カッティングしています」
取材協力:新 忠篤氏、(株)ミキサーズラボ 菊地 功氏、 (株)JVCケンウッド・クリエイティブメディア 小鐵 徹氏、(株)ソニー・ミュージックソリューションズ 堀内寿哉氏
本記事は『季刊・アナログ vol.78』からの転載です。
増えてきた復刻盤のモノラルレコード
いまや空前のアナログ再ブームを迎え、過去の名盤の復刻盤リリースも増えている。私が好んで聴いているクラシック音楽はモノラル録音時代の名演・名盤が多く、ここ数年そうした「モノラルレコード復刻盤」を手にする機会も増えた。作曲家の生きた時代に「より近い」年代の名演などは、現代人の耳にも新たな発見を与えてくれるし、モノラル独特の力強いサウンドや親密に感じられる室内楽など、ステレオ録音にはない魅力がある。
そんな中、ふと疑問に思った。復刻されたモノラルレコードを再生するには、どのようなカートリッジを使うべきなのか、と。単純に、ジャケットやセンターラベルに「MONO」と記載があれば、いわゆる「モノラルカートリッジ」を使えばよいと思っていたが、「最新技術でリマスターしたハイレゾ音源からの復刻」などの売り文句が気になる。昔ながらのモノラルカッティングがなされていないのだろうか。だとすると、モノラルのカートリッジを使ってよいのだろうか。誤った選択をして、レコードを傷めたりすることはないのだろうか。
このモヤモヤした疑問をスッキリ解決するべく、井上千岳先生に疑問をぶつけてみた。お話を伺うと、そもそもの私の混乱は、「モノラルか、ステレオか」という2つの軸だけで考えていたところに原因があることが分かった。現在、レコード盤は、オリジナルモノラル盤、ステレオ盤、復刻モノラル盤の3種類に分けることができ、カートリッジもまた、実は3種類が存在することを知った。
オリジナルモノラルと復刻モノラル、ステレオと3種類のLPレコード
まずレコード盤についてだが、モノラル録音のLPレコードが初めて発売されたのは1948年だ。その10年後の58年にはステレオレコードが発売となる。この時点でLPレコードは2種類だ。モノラルの音溝は左右にうねるように掘られていて、その横方向の振動が音声信号となっている。一方ステレオの音溝は、溝の断面にも、つまり横方向のみならず縦方向にも音情報が刻まれている。溝の左右では、異なる情報が入っていて、それがLとRとして再生されるわけだ。
さて、ステレオレコードの登場でモノラルレコードは徐々に淘汰されていき、1965年頃にはほぼ製造されなくなった(厳密にはレコード会社によって年代は異なるらしい)。その時点で、モノラルカッティングの技術はほぼ途絶えた。
では、現在に蘇る“復刻盤のモノラル”はどういうものかというと、実際はステレオカッティングによるものなのだそうだ。つまりレコードの溝は、LとRにまったく同じ情報が刻み込まれており、左右から同じ情報が再生されるため「モノラルとして聴こえる」という仕様なのだ。これが第3のレコード盤である。70年代、80年代に販売された「モノラル盤」も、復刻製品の可能性が高い。レコードの溝は肉眼ではほとんど見分けがつかないが、オリジナルモノラル盤、ステレオ盤、復刻モノラル盤の3種類あるということが分かった。
昔のモノラルカートリッジは「横方向のみ」可動する設計
さて使用するカートリッジだが、先述の通り、実はこちらも3種類存在する。大きく分ければモノラル用とステレオ用の2種類ではあるが、モノラル用はさらに2種に分けられるのだ。
ひとつは、オリジナルモノラル盤が製造されていた当時のモノラルカートリッジ、またはそれと同じ機構を持つ製品だ。現行製品にはオルトフォンの「CG25 Di MKII」などがある。このカートリッジは、針のついたカンチレバーが左右に動き、モノラルカッティングの音溝をトレースして信号を読み取る。針が横方向にのみ動く、というのが特徴だ。
井上先生が所蔵するオリジナルモノラル盤で、リパッティが弾く『ショパン/ワルツ集』の「嬰ハ短調op.64-2」。まずは、試聴室に常備されるステレオカートリッジで聴いてみた。オリジナルモノラル盤をステレオカートリッジで再生する分には、盤を傷める心配は特にいらない。ただ、再生される音は、全体的にモワッとした印象。左右のスピーカーから、異なるノイズも聴こえる。ここで、アンプの「MONO」機能ボタンを押してみた。左右の音情報をミックスさせる機能で、これを使うとやや輪郭が引き締まった。
次に、オルトフォンCG25 Di MKIIで再生した。グッと音像のフォーカスが合い、音楽の輪郭がはっきりし、弱音から強音までダイナミクスの幅も豊かになった。高音域の伸びはあまり良くはないが、中・低音域の太い響きが魅力的で、どこか昔懐かしいサウンドだ。
古典的なタイプのモノラル用カートリッジは、当時のマグネットの磁力が弱かったため、比較的大きな磁石を搭載しており、ヘッドの形が大きい。CG25 Di MKIIもクラシカルな形状をしており、そこがまた魅力的だ。
現代のモデルはモノラルでも「縦方向」にも動く作り
さて、ここで注意が必要なのは、こうしたオリジナル時代のモノラルカートリッジは、復刻盤のモノラルレコードには使用しない方がよい、ということだ。復刻モノラル盤は、実質ステレオカッティングなので、横方向にしか動かない古典的なカートリッジでは、音溝を傷める可能性があるからだ。
では、復刻モノラル盤を再生するなら、ステレオカートリッジで良いのだろうか。実は、良いのである。盤を傷める心配はないし、横・縦方向に可動して左右上下の音信号を伝えるステレオカートリッジで何ら問題はない。
ただし、ここがトリッキーなのだが、復刻モノラル盤をステレオカートリッジで再生すると、音質的に良いとは言えないのである。実際に、2022年夏に発売されたギーゼキングの『ドビュッシー/ピアノ作品全集』(復刻モノラル盤5枚組)を通常のステレオカートリッジで再生してみた。どこか不自然な残響というのか、モワッとした響きが背後に感じられる。おそらく音溝のLとRで、ごくわずかに生じるタイミングのズレやノイズの違いが、不自然な歪みや残響となって聞こえてくるのだ。
そこで今回、フェーズメーションの「PP-Mono」を準備していただいた。このカートリッジは第3のタイプで、カンチレバーは縦方向にも可動するが、読み取る信号自体は横方向のみ、という機構を持つ。つまり動きはステレオ、音はモノラル。うっかりステレオ盤に針を落としても、ステレオ再生はされないが、音溝を傷める心配はない仕組み。現在製造されている「モノラルカートリッジ」はほぼこのタイプだ。
PP-Monoでギーゼキングのレコードを再生してみると、余計な響きが姿を消し、スッと引き締まって焦点の合った音像を得られた。ステレオ用カートリッジで聴くよりも数倍楽しい。
2022年に生誕90年、没後40年を迎えたピアニスト、グレン・グールドの「ゴルトベルク変奏曲」の録音は、これまでにもリマスター・再販が繰り返されてきた。メモリアルイヤーの今年は、日本のソニーミュージック乃木坂スタジオで新たにカッティングされた、1955年モノラル録音の復刻アナログ盤が登場した。ステレオカートリッジとPP-Monoで聴き比べると、後者では演奏のタッチが克明に伝わり、音に輝きが増した。PP-Monoは音の解像度が素晴らしく、どこか「現代的な音」という印象だ。
古き佳きモノラルか現代的なモノラルか
音盤を再びオリジナルモノラル盤に戻し、井上先生所蔵のシューリヒト指揮、ウィーン・フィルの『ブラームス/交響曲第2番』をCG25 Di MKIIとPP-Monoで聴き比べた。
前者は太い音で、グッと迫り来る音楽が鳴り響く。特に弦楽器の音圧は素晴らしい。ホルンの響きなどは、ややこもる感じが気にならなくもないが、どこか「当時もの」の感触が得られて、このサウンドを求める気分も一方にはある。PP-Monoは音に艶やかさ、開放感が出て、やはりどこか現代的。好みや気分によって、違ったモノラルの風合いを味わうのもまた楽しい。
■コラム -グレン・グールドの復刻モノラルについて-
ソニー・ミュージックソリューションズのカッティングエンジニア 堀内寿哉氏
「今回のグレン・グールドのカッティングは、1954年のモノラル録音をデジタライズしてデジタルのマスターを作り、そのデジタルマスターを現在使っているカッティングレースに送り込んでカッティングしました。デジタルのマスターも、モノラル音源です。使用したカッティングレースはノイマンVMS70、カッティングヘッドはSX74というステレオ用です。モノラルのマスター音源を右、左同じものを送り込み、カッティングしています」
取材協力:新 忠篤氏、(株)ミキサーズラボ 菊地 功氏、 (株)JVCケンウッド・クリエイティブメディア 小鐵 徹氏、(株)ソニー・ミュージックソリューションズ 堀内寿哉氏
本記事は『季刊・アナログ vol.78』からの転載です。
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