公開日 2024/06/25 12:17
最新の真空管アンプ事情を調査
ミュンヘン・ハイエンド探訪記(1):哲学者クロサキ、世界最高のオーディオショウを見に行く
黒崎政男
「Im wunderschönen Monat Mai」(「訳:素晴らしく美しい5月には」)。ヨーロッパの五月は素晴らしいんだろうなあ。この言葉はロベルト・シューマンの歌曲集『詩人の恋』(Schumann 作品48)の冒頭、第一曲目の曲名。ハインリッヒ・ハイネの詩もとてもいい。「素晴らしく美しい五月に、すべてのつぼみが開いたとき、僕の心の中で、恋の芽が生え出た…」
若いときから、この曲集を、フィッシャー=ディースカウのバリトンとイェルク・デムスのピアノ(1965年 ドイツ・グラモフォン国内盤)で聴いてきた。また、数年前からLPレコードを復活して再収集を始めたのだが、初期盤の音の素晴らしさに目覚めて、この盤のオリジナルのドイツ・グラモフォン盤を入手して楽しんでいた。
そんなわけで、5月のヨーロッパというのには、昔から憧れがあった。と、そこに5月に行われるミュンヘンのオーディオショウを取材してほしいとの依頼があった。最先端の世界のオーディオの状況はどうなっているのか、レポートしてほしい、というのである。5月のミュンヘン!とういわけで二つ返事で引き受けたのである。
南ドイツのミュンヘンに到着すると、好天に恵まれたおかげか、まさに美しき5月!であった。プラタナスが咲き誇る美しい小道をぬけていくと、全世界からオーディオ会社が出展している巨大なMOC(ミュンヘン・イベントセンター・メッセ)が見えてくる。
会場に到着すると、それがあまりに巨大であることに気づく。千をはるかに超えるようなブランドが世界中から集まってきている。世界に目を広げてみると、オーディオ業界はこれほどまでに大きい。世界にはこんなに多くのオーディオ会社がひしめいているのか。これが素直なファーストインプレッションである。
こうなるとオーディオショウを全体的に客観的にレポートするということ自体、まったく不可能であることがすぐ分かる。なんとか可能な限り、全体を回ってみた(歩数計が2万歩近くまで到達した)が全部を丁寧にみるなんて、完全に不可能である。小さな部屋から部屋へ、1〜2分ぐらいで、次々回ってみて、直感的に、いい音だなあ、と思える部屋に重点的に留まった。そんな報告である。
まず、ピンときた一部屋目がここである。一聴、尺八か、と思ったバスクラリネットが深々とした低域音を伴って魅力的に鳴っている。しかも気持ちいいほど、空間性がクッキリと!見える!のである。私は一瞬、この音の光景を撮影しようとカメラを構えたほどだった。音の空間性は映らないのに。
かかっていたのはLPレコードの「Sera una Noche」(45rpm)。1998年のワンポイントマイクで録音されたものを、45回転のLPに切り直したものらしい。オーディオで空間の立体感がここまで再現されるものなのか。いや再現というよりは、もう表現、と言った方がいいだろう。現実の音空間よりおそらく、さらにリアルに音空間が表現されている。もう現実のミメーシス(模倣)ではなく、それを超えたリアリティになっているのが肌で感じられた。うーん、オーディオはここまできているのか。
この立体感を作り出しているメインの要因が、アンプなのかレコードプレーヤーなのか、カートリッジなのか、あるいはスピーカーなのか。この総体こそが、というしかない。モノラルからステレオへ、とオーディオは変化してきたが、今日では、音場というか、奥行き感というか、つまり立体感、3D的方向に進化してきているように思われる。
次に魅惑された音がしたのは、Atrium4.2 F219の「Engström & Jorma」。とても静かで透明感に溢れた音がしている。「スカンジナビアン・サウンド」と銘打ってある。北欧の音、というのが分かるような気がする、透明感静かで気品がある音がなっている。
さらに興味深かったのは、巨大真空管「845」を、しかもプッシュプルで鳴らしているEngströmのメインアンプ「ERIC STATEMENT POWER AMPLIFIER」。
懐かしい真空管だ。私が自作真空管アンプ作りに勤しんでいた1980年から90年代頃、秋葉原に2〜3軒あった真空管屋さんを巡っては、珍しい戦前ヨーロッパの直熱三極管やウェスタン・エレクトリックのVT52、VT25A、時にはWE300Bや整流管WE274Aを探し求めていた。気に入ったものが見つかれば、さっそく手に入れて家に帰り、アルミシャーシのドリル開けから始まってアンプを組み上げていたものだ。100台以上作ったろう。
その中でも難関だったのが、この真空管845(と類似管211)。プレートに電圧を1000V以上かけるので、常に生命の危険に晒される。実際、当時オーディオマニアでこの真空管で感電して命を落とした人がいると聞いたこともある。そんなわけで、私は電圧を800Vぐらいにして短期間鳴らしたこともあった(特に1000Vを越えると、電源の平滑コンデンサーの耐圧電圧が大問題となってしまう)。
バイアスが深いので、トランス結合でしかもパワー管クラスのドライバーで振っていたものだった。フィラメントは明るくて、普通の電球ぐらいの明るさ。しかも発熱がすごくて、冬はストーブがわりにもなるか、というほど。きわめて使いにくい真空管のシーラカンスのような球だ。
その真空管をして、しかもプッシュプルで片チャンネル2本使ってここまで完成度の高いアンプを、2024年の最先端のオーディオショウで見ることになるとは。
さらに興味深かったのは、この真空管の物理的配置が、見事に電気的流れを表現していること。内部の配線を見なくても、この物理的配置から、どんな構成になっているかが一目で分かる。左端の1本が2本のプッシュプル信号に割った後、それぞれ4本の前段真空管で増幅調整して終段845を振っている(と思われる)。直前のドライバー管は6L6のようだが、三結にして三極管として使用しているのだろう。あまりに美しい真空管配置である。
部屋にいた解説員に、「このプッシュプル、終段はトランス結合か?」と尋ねるが、誰もわからない。設計者を呼んでくるから待っていろ、と10分ぐらいでこのアンプの設計者到着。「もちろん全段でトランス結合している」、ととても誇らしげだった。
戦前設計の巨大な送信管が最先端のオーディオ装置に使われているのは、とても興味深い。オーディオは進歩したのか。戦前の古い真空管やスピーカーの音を現代は超えているか。またまたこの問いに囚われてしまいそうだ。
私がかつて真空管アンプマニアだったからかもしれないが、最先端オーディオショウで、ほんとに多くの真空管アンプを見かけた。しかもそれらはずっと以前から製品化されていたものたちもあり、真空管なら自作しかない、と思い込んでいる古い世代のオーディオマニアの私にとっては、時代はすっかり変わっている、とも思われた。
フォステクスの真空管アンプ使用のヘッドホンシステムも見かけた。ヘッドホンアンプにまで、真空管を使うのか。しかも中を覗いてみると、どうも300Bが使われているようだ。しかし話を聞いてみると、これは新製品ではなくて、すでに生産を終了したものであるらしい。もしヘッドホンに入れ込んでいれば、おそらくはこうしたアンプを自作してみたくなるだろう、と思った。
ドイツのオクターブでは、通常の真空管アンプの大きさを遙かに越える巨大パワーアンプ「Jubilee Mono Ultimate」を目にした。まさに超弩級である。
さらに、ウェスタン・エレクトリックのコーナー(こんなコーナーがあること自体、とても驚いた。私にとっては、WEは戦前の業務用オーディオ、だからだ)では、WE300Bを使った、91E型アンプや88A型アンプが現代用にモディファイされた製品が展示されていて驚いた。私にとっては、これらは戦前のオリジナルを探し当てるか、あるいは、回路図から自作で類似のアンプを作るか、という存在だったからである。
だが、これらの新製品では、電源部に整流管WE274Bは使用されていないようで残念な気持ちがした。アンプの音質を左右するのは、電源部、さらに整流管次第、と私のようなオールド真空管アンプファンは思っているからである。
それでも、オーディオの元祖であるウェスタン・エレクトリックの初期のアンプが、こうして蘇ってきているのはうれしいことだった。WE300Bも復刻再生産されているらしい。
さらに言えば、WE300Bより前の真空管WE205Dを使ったものまで、遡ってくれないだろうか。私は長い間WE300B真空管を使用していたが、それを換えて、さらに遡ってWE205Dをプッシュプルで使ったアンプをメインアンプとして使用中だ。300Bより遙かに凝縮した音が205Dでは味わえる。
SPレコードが電気吹込になった1925年から数年間は、そのアンプにWE205Dが使われていたのだ。レコードのマトリックス番号の隣に△マークが打刻してあることで判別できる。1920年代後半の電気吹込初期の音の素晴らしさ、例えば、クライスラーのベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲や数々の小品などは、このウェスタン205Dアンプの音の良さに起因している(と私は確信している)。
若いときから、この曲集を、フィッシャー=ディースカウのバリトンとイェルク・デムスのピアノ(1965年 ドイツ・グラモフォン国内盤)で聴いてきた。また、数年前からLPレコードを復活して再収集を始めたのだが、初期盤の音の素晴らしさに目覚めて、この盤のオリジナルのドイツ・グラモフォン盤を入手して楽しんでいた。
そんなわけで、5月のヨーロッパというのには、昔から憧れがあった。と、そこに5月に行われるミュンヘンのオーディオショウを取材してほしいとの依頼があった。最先端の世界のオーディオの状況はどうなっているのか、レポートしてほしい、というのである。5月のミュンヘン!とういわけで二つ返事で引き受けたのである。
世界にはこんなに多くのオーディオ会社がひしめいているのか!
南ドイツのミュンヘンに到着すると、好天に恵まれたおかげか、まさに美しき5月!であった。プラタナスが咲き誇る美しい小道をぬけていくと、全世界からオーディオ会社が出展している巨大なMOC(ミュンヘン・イベントセンター・メッセ)が見えてくる。
会場に到着すると、それがあまりに巨大であることに気づく。千をはるかに超えるようなブランドが世界中から集まってきている。世界に目を広げてみると、オーディオ業界はこれほどまでに大きい。世界にはこんなに多くのオーディオ会社がひしめいているのか。これが素直なファーストインプレッションである。
こうなるとオーディオショウを全体的に客観的にレポートするということ自体、まったく不可能であることがすぐ分かる。なんとか可能な限り、全体を回ってみた(歩数計が2万歩近くまで到達した)が全部を丁寧にみるなんて、完全に不可能である。小さな部屋から部屋へ、1〜2分ぐらいで、次々回ってみて、直感的に、いい音だなあ、と思える部屋に重点的に留まった。そんな報告である。
SOULNOTE、現実のミメーシスを超えたリアリティ
まず、ピンときた一部屋目がここである。一聴、尺八か、と思ったバスクラリネットが深々とした低域音を伴って魅力的に鳴っている。しかも気持ちいいほど、空間性がクッキリと!見える!のである。私は一瞬、この音の光景を撮影しようとカメラを構えたほどだった。音の空間性は映らないのに。
かかっていたのはLPレコードの「Sera una Noche」(45rpm)。1998年のワンポイントマイクで録音されたものを、45回転のLPに切り直したものらしい。オーディオで空間の立体感がここまで再現されるものなのか。いや再現というよりは、もう表現、と言った方がいいだろう。現実の音空間よりおそらく、さらにリアルに音空間が表現されている。もう現実のミメーシス(模倣)ではなく、それを超えたリアリティになっているのが肌で感じられた。うーん、オーディオはここまできているのか。
この立体感を作り出しているメインの要因が、アンプなのかレコードプレーヤーなのか、カートリッジなのか、あるいはスピーカーなのか。この総体こそが、というしかない。モノラルからステレオへ、とオーディオは変化してきたが、今日では、音場というか、奥行き感というか、つまり立体感、3D的方向に進化してきているように思われる。
Engström、最古の真空管で最新のアンプに仕上げる
次に魅惑された音がしたのは、Atrium4.2 F219の「Engström & Jorma」。とても静かで透明感に溢れた音がしている。「スカンジナビアン・サウンド」と銘打ってある。北欧の音、というのが分かるような気がする、透明感静かで気品がある音がなっている。
さらに興味深かったのは、巨大真空管「845」を、しかもプッシュプルで鳴らしているEngströmのメインアンプ「ERIC STATEMENT POWER AMPLIFIER」。
懐かしい真空管だ。私が自作真空管アンプ作りに勤しんでいた1980年から90年代頃、秋葉原に2〜3軒あった真空管屋さんを巡っては、珍しい戦前ヨーロッパの直熱三極管やウェスタン・エレクトリックのVT52、VT25A、時にはWE300Bや整流管WE274Aを探し求めていた。気に入ったものが見つかれば、さっそく手に入れて家に帰り、アルミシャーシのドリル開けから始まってアンプを組み上げていたものだ。100台以上作ったろう。
その中でも難関だったのが、この真空管845(と類似管211)。プレートに電圧を1000V以上かけるので、常に生命の危険に晒される。実際、当時オーディオマニアでこの真空管で感電して命を落とした人がいると聞いたこともある。そんなわけで、私は電圧を800Vぐらいにして短期間鳴らしたこともあった(特に1000Vを越えると、電源の平滑コンデンサーの耐圧電圧が大問題となってしまう)。
バイアスが深いので、トランス結合でしかもパワー管クラスのドライバーで振っていたものだった。フィラメントは明るくて、普通の電球ぐらいの明るさ。しかも発熱がすごくて、冬はストーブがわりにもなるか、というほど。きわめて使いにくい真空管のシーラカンスのような球だ。
その真空管をして、しかもプッシュプルで片チャンネル2本使ってここまで完成度の高いアンプを、2024年の最先端のオーディオショウで見ることになるとは。
さらに興味深かったのは、この真空管の物理的配置が、見事に電気的流れを表現していること。内部の配線を見なくても、この物理的配置から、どんな構成になっているかが一目で分かる。左端の1本が2本のプッシュプル信号に割った後、それぞれ4本の前段真空管で増幅調整して終段845を振っている(と思われる)。直前のドライバー管は6L6のようだが、三結にして三極管として使用しているのだろう。あまりに美しい真空管配置である。
部屋にいた解説員に、「このプッシュプル、終段はトランス結合か?」と尋ねるが、誰もわからない。設計者を呼んでくるから待っていろ、と10分ぐらいでこのアンプの設計者到着。「もちろん全段でトランス結合している」、ととても誇らしげだった。
戦前設計の巨大な送信管が最先端のオーディオ装置に使われているのは、とても興味深い。オーディオは進歩したのか。戦前の古い真空管やスピーカーの音を現代は超えているか。またまたこの問いに囚われてしまいそうだ。
現代に蘇るウェスタン・エレクトリックの真空管
私がかつて真空管アンプマニアだったからかもしれないが、最先端オーディオショウで、ほんとに多くの真空管アンプを見かけた。しかもそれらはずっと以前から製品化されていたものたちもあり、真空管なら自作しかない、と思い込んでいる古い世代のオーディオマニアの私にとっては、時代はすっかり変わっている、とも思われた。
フォステクスの真空管アンプ使用のヘッドホンシステムも見かけた。ヘッドホンアンプにまで、真空管を使うのか。しかも中を覗いてみると、どうも300Bが使われているようだ。しかし話を聞いてみると、これは新製品ではなくて、すでに生産を終了したものであるらしい。もしヘッドホンに入れ込んでいれば、おそらくはこうしたアンプを自作してみたくなるだろう、と思った。
ドイツのオクターブでは、通常の真空管アンプの大きさを遙かに越える巨大パワーアンプ「Jubilee Mono Ultimate」を目にした。まさに超弩級である。
さらに、ウェスタン・エレクトリックのコーナー(こんなコーナーがあること自体、とても驚いた。私にとっては、WEは戦前の業務用オーディオ、だからだ)では、WE300Bを使った、91E型アンプや88A型アンプが現代用にモディファイされた製品が展示されていて驚いた。私にとっては、これらは戦前のオリジナルを探し当てるか、あるいは、回路図から自作で類似のアンプを作るか、という存在だったからである。
だが、これらの新製品では、電源部に整流管WE274Bは使用されていないようで残念な気持ちがした。アンプの音質を左右するのは、電源部、さらに整流管次第、と私のようなオールド真空管アンプファンは思っているからである。
それでも、オーディオの元祖であるウェスタン・エレクトリックの初期のアンプが、こうして蘇ってきているのはうれしいことだった。WE300Bも復刻再生産されているらしい。
さらに言えば、WE300Bより前の真空管WE205Dを使ったものまで、遡ってくれないだろうか。私は長い間WE300B真空管を使用していたが、それを換えて、さらに遡ってWE205Dをプッシュプルで使ったアンプをメインアンプとして使用中だ。300Bより遙かに凝縮した音が205Dでは味わえる。
SPレコードが電気吹込になった1925年から数年間は、そのアンプにWE205Dが使われていたのだ。レコードのマトリックス番号の隣に△マークが打刻してあることで判別できる。1920年代後半の電気吹込初期の音の素晴らしさ、例えば、クライスラーのベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲や数々の小品などは、このウェスタン205Dアンプの音の良さに起因している(と私は確信している)。
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