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公開日 2024/10/28 17:00
JBL「TOUR PRO 3」でテスト

手元のイヤホンで多言語セミナーも聞ける!Bluetoothの注目規格「Auracast」を体験

佐々木喜洋

Bluetoothの新しい規格「Auracast」に注目



最近のBluetooth技術は、積極的に新しい技術を採用して適応領域を拡大している。その中でも注目すべき技術の一つがAuracast(オーラキャスト)だ。

ブロードキャストが可能なBluetoothの新しい規格「Auracast」を実践テスト

Auracastのデモはいくつか行われてきたが、これまでは同一ブランド同士または試験的なものに限られた。そこで先日、より現実的なデモとして市販されているJBLの完全ワイヤレスイヤホン(TWS)「TOUR PRO 3」を用いて、現実的なシナリオに沿ってデモを行った。具体的に言うと、大規模なカンファレンスセミナーを想定し、日本語話者の話したセミナー内容を英語と中国語にそれぞれ翻訳、参加者が手元のTWS「TOUR PRO 3」で、「英語」もしくは「中国語」による翻訳を聞くことができるか、というテーマである。

本稿ではまずAuracastの解説を行い、次にそのデモを実施した経緯と詳細を記載する。

Auracastでは1対多数の送信ができる



Auracastとは端的に言うとBluetoothにおいてブロードキャスト(一斉同報)を可能とする技術である。従来は1対1が当たり前だったBluetoothの音声伝送において、Bluetoothの汎用性を持ちながらも1対多数のブロードキャストが可能になった意義は大きい。

Auracastは、LE Audio発表の際にはAudio Sharingと呼ばれていたLE Audioの一部機能だったが、そのインパクトの大きさにより、最近リブランドしてAuracastという名称で独立した技術領域となった。LE Audioをベースとしている点は変わらない。

LE Audioの一部機能がAuracastとして独立した

ユースケースの例としては、自分が聞いている音楽を友人と共有する、ジムやレストランなど公共の場のTVの音声を楽しむ、そしてイベントや空港など公共の場でのアナウンスなどが挙げられる。昨年のCEATECではBluetooth SIG(Bluetoothの規格制定組織)が「Auracast Experience」としてデモを実施していた。

昨年のCEATECでもAuracastの使用例を展示。空港やセミナー会場などで、手元のイヤホンを使って音声を聞くことができるデモンストレーションが行われていた

Auracastの再生に必要なもの



次にAuracastの仕組みを解説する。まずAuracastによるブロードキャスト・オーディオは3つの要素から構成される。Auracastを受信する「Auracast受信機」、Auracastを送信する「Auracast送信機」、そしてAuracast受信機を操作する「Auracastアシスタント」だ。

Auracastを再生するには「送信機」「受信機」「アシスタント」が必要になる

具体的な例を挙げると、Auracast受信機は一般的にTWSなどBluetooth対応ワイヤレスイヤホンやヘッドホンなどである。Auracast送信機はスマートフォンやPC、あるいはイベント会場の汎用音声送信機などだ。

Auracastアシスタントは少しわかりにくいが、Auracastの操作をアシストするユーザーインターフェース(UI)を提供するものとなる。

Auracastでは、複数のチャンネルをブロードキャストすることができる。例えば日本語音声チャンネルと英語音声チャンネルなどだ。1つしかチャンネルがなければ問題ないが、もし2つ以上あった場合には聞きたいチャンネルをきちんと選択しなければならない。

しかし、多くのAuracast受信機(イヤホン、スピーカー等)にはチャンネルを選択をするUIがない。チャンネル名を見ることのできるディスプレイもない。その操作画面を提供するために、スマホのアプリなどをリモートUIとして使うのが、Auracastアシスタントである。

ここで覚えてほしいもう一つのポイントは、AuracastはLE AudioをベースにしているのでAuracast受信機にLE Audioの対応が必須であるが、Auracastアシスタントはデータのやり取りだけなのでLE Audioの対応は必要ないということだ。さらに詳細に説明するとAuracastアシスタントではBluetooth LEのGATTプロシージャが使用されるのでBluetooth LE(BLE)に対応していれば良い。10年以内に製造されたスマホならばこの要件はほぼ満たしている。つまり、LE Audioに対応していないiPhoneも、Auracastアシスタントとして活用できるということだ。

東芝情報システムの送信機とJBLのTWSでAuracastをテスト



Auracastはこうした仕組みの普及と浸透に時間がかかるかと思われていたが、それを変える出来事があった。それは先月発表されたJBL「TOUR PRO 3」の登場だ。

Auracastに対応した初のTWSとなるJBLの「TOUR PRO 3」

TOUR PRO 3はJBLのTWSらしく充電ケースにタッチ式の液晶ディスプレイが搭載されている。そしてAuracast対応が打ち出され、液晶ディスプレイを使用してAuracastアシスタント機能が実現されている。つまりスマホを別に取り出す必要がなく、Auracastを受信して、そのチャンネル変更がケースの液晶で可能なのではないかということだ。TOUR PRO 3はAuracastの仕組みに上手く適合した製品なのではないかと製品発表時に考えた。

そして思いついたのが、Bluetooth SIGメンバーとして積極的にAuracastを推進し、同時通訳システムを開発した東芝情報システム株式会社とのコラボレーションだ。この東芝情報システムの同時通訳システムの送信機とTOUR PRO 3の受信機能を組み合わせ、TOUR PRO 3の液晶ケースで操作ができればかなり実践的で実用的なAuracastのテストになると考えたのだ。また異なるブランドの製品が繋がると言う点が、オープンの標準規格であるBluetoothの理念にも適合している。

当日東芝情報システムで対応していただいたのは、Bluetooth SIG担当の技術統括部 足立克己主幹(学術博士)、技術開発担当のソリューション第5部グループ長の椎名覚さん、マーケティング担当の商品企画部部長の黒瀬浩史さんの3人。

Bluetooth SIG担当の技術統括部 足立克己氏(中央)と、技術開発担当の椎名覚さん(右)、黒瀬浩史さん(左)

東芝情報システムは、東芝グループの中ではソフトウェアのソリューションを提供する会社で、領域は組み込みシステムからアプリケーションソフトウェアまで幅広い。現在、東芝グループとしてはオーディオから少し遠のいているが、最近の空間オーディオ技術の新たな音場感の提供などに関心があり、ピュアオーディオを含めてまたこの分野に協力していきたいと考えているそうだ。LE AudioではAuracastのブロードキャスト機能でユーザーに今までにない世界を体験させることのできることに新しさを感じているということ。

今回のシステムは、東芝情報システムが近年EdgeTech+ イベントに出展しているもので、システムの目的はスピーチの同時通訳を会場にいる多数のゲストが装着しているイヤホンにブロードキャストで届けるというものだ。ハードウェアとしてはNordic社の「nRF5340DK」評価ボードを採用している。これはいわゆるマイコンボードであり、nRF5340チップはARM-CoretexをベースとしてBluetooth5.4をサポートするワイヤレスSoCだ。そのソフトウェアを東芝情報システムがプログラミングして組み込みのソリューションとしている。

マイコンボードにAuracast送信機(右の2つある緑のボード)と受信機(左の3つある青いボード)を組み込んだものでまずはテスト

このボードはAuracast送信機とAuracast受信機を兼用していて、ボードに搭載されたLEDが緑色の時は送信機、青色の時は受信機として機能している。また東芝情報システムではAuracastアシスタントをスマートフォンのアプリとしてすでに用意していた。

写真でAuracast送信機が2個あるのはAuracastに2つのチャンネルがあることを意味している(実際には1台でも可能だが、わかりやすさを考慮して2台使用している)。この場合のAuracastのチャンネルは、日本語から翻訳された英語の音声と中国語の音声だ。

Auracast送信機

Auracast受信機は小さな円形のBluetoothスピーカー。黒と青のスピーカーが英語チャンネルで、赤は中国語チャンネルだ。

Auracast受信機となる小型スピーカー。中国語の音声が流れる

充電ケースのタッチディスプレイでチャンネル選択が可能



デモとしては、話者がヘッドセットを用いて日本語で話すとクラウド上のシステムが翻訳して、翻訳後の英語と中国語の音声をそれぞれのスピーカーから音を出すと言うものだ。まず実際に正しくシステムがそのように動くことを確認した。

日本語話者が日本語でトーク。それをリアルタイムでクラウド上で翻訳し、Auracast送信機が送信。そのデータをAuracast受信機が受け取る

次にこのシステムの受信機の部分をTOUR PRO 3に置き換えた。そのために必要な設定は2つある。まず「通常のBluetoothオーディオからAuracastに変更する」こと、そして「自分の聞きたいチャンネルを選ぶ」ことだ。この2点がTOUR PRO 3のケースの液晶で操作できるか確認した。

具体的なイメージを広げてみよう。カンファレンスの会場に、参加者はTOUR PRO 3を持ってくる。会場にはAuracast送信機が装備されている。参加者は会場に着くとまず、通常のBluetoothオーディオから「Auracast」に変更する。これは液晶ケースの画面をフリックして、Bluetoothマークの表示されている画面を出し、隣のボタンを押すと、Auracastの選択ができるようになる。

少し同期のための時間が必要だが、数秒後にはAuracastを使用するという音声ガイドが聞こえる。そして同期が終わると液晶モニターの画面に接続された2台の東芝情報システムの送信機の名称がリストされた。今回は開発途中のものなので表示されるチャンネル名は送信機名だが、もちろんこれは「中国語」「英語」といったもっとわかりやすいものに変えることができるという。

2つ表示されているデバイス名が、Auracastで送信されている2つのチャンネルとなる。TOUR PRO 3ならばタッチ操作で選択できる(Auracastアシスタント機能を備えている)

Auracastのモードにした後に必要なことは「自分の聞きたいチャンネルを選ぶ」ということだ。英語を聞きたい場合には英語用の送信機名を選択し、中国語の場合には中国語の送信機名を選択する。英語用の送信機名を選択するとTOUR PRO 3から翻訳された英語音声が聞こえてきた。そして中国語の送信機名を選択すると中国語音声が聞こえてくる。これで今回の試行は無事成功したと言えるだろう。

注目して欲しい点は、ここまで自分のスマートフォンには一切タッチしていないと言うことだ。全てTOUR PRO 3付属の液晶付きケースだけで完結している。つまりイヤホンがスマホから「独立宣言」を果たしたとも言える。この意義と可能性は大きい。

また東芝情報システムではSONY「INZONE Buds」とクリエイティブ「Zen Hybrid Pro」もAuracast対応機としてテストしていた。ただし、これらの機材の場合はTOUR PRO 3が液晶付きケースで行っていたようなAuracastに必要な操作ができないと言うことだ。そこでスマートフォンのAuracastアシスタントアプリが必要となる。Auracastアシスタントアプリがない場合にはチャンネル選択ができないので、Auracast切り替え後にはじめに受信したチャンネルに固定されてしまうという。

クリエイティブの「Zen Hybrid Pro」もAuracast対応だが、チャンネルの選択にはスマートフォンアプリが必要となる

オーディオ向けイヤホンなので音質面も◎



今回のテストで気がついたのは、受信音声がとてもクリアだと言うことだ。これはLC3コーデックを使用していることもあるが、一般的なこうしたイベント会場システムのイヤホンよりもオーディオ用に開発されたTOUR PRO 3の音声再生能力が高いからだろう。自分のイヤホンをAuracastで使用するのはこうしたメリットもある。

オーディオ的にはAuracastの音質が気になるが、Nordicの評価ボードでは伝送レートは自由に設定できると言うことだ。一方で先日来日したクアルコムのスタッフに聞いた時にはAuracastでは80kbpsで伝送していると語っていた。もちろんLC3であるのでSBCなどよりも同ビットレートでの音質は高いのだが、こうしたことからAuracastの音質は実装に依存すると考えられる。

もう一つ書き添えておくと、LE AudioとAuracastの大きな違いは、LE AudioがクラシックBluetoothと同じように送信機と受信機がセッションを張る双方向通信であるのに対して、Auracastでは一方通行の通信であると言うことだ。このためにいちいちペアリングする必要はなくなるが、確実に受信していると言うことを送信機に知らせることもできない。そのために適切なビットレートを考えることも必要かもしれない。

いずれにせよ今回の試行が上手くいって安堵したというのが正直な感想でもあるが、これはBluetoothという標準規格が正しく機能しているから繋がったということができる。これが標準化の強みであり、Bluetoothの強みである。

Auracastの応用範囲は広い。ヘッドホンコンサートなどにも応用することができるし、電車内に設置されたTVの音声は現在無音だが、その音声を聞くこともできるだろう。

今回のテストを通じて、Bluetoothの標準規格の強みを最大限に活かし、Auracastが持つ幅広い可能性を実感することができた。今後の展開に期待したい。

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