哲学者と宗教学者がオーディオを語り尽くす
黒崎政男×島田裕巳のオーディオ哲学宗教談義 Season 2「存在とはメンテナンスである」<第1回>
オーディオ原理主義と永遠のバージョンアップ
島田 イスラムの中にサラフィー主義って考え方がありまして。これ実は現代になってから、非常に力を持つようになった考え方で。それは何かっていうと、イスラムの元となる時代まで遡ります。イスラムというのは預言者のムハンマドという人に天使ガブリール、ジブリールというのが現れて、神のメッセージを読むよう伝えます。その「読めっ」て言ったところからイスラム教が始まる。つまり、今かけたコーランの「開扉」の章というところは、その「読め」という部分にあたるわけです。預言者ムハンマドって人が、生きている間、神からのメッセージをずっと発信してきた。
黒崎 メッセンジャーということですね。
島田 まさに。それで受け取ってきたメッセージを最初は口伝えしていたのですが、ムハンマドが亡くなって10年かからないうちに、文字化してでき上がったのがコーラン。だからコーランは実は、異本がないの。
黒崎 一個しかない?
島田 ひとつしかない。バージョン違いとか、まったくない。
このコーランとは別に、預言者ムハンマドが何をしたか、そして何を言ったかということが伝承として記録されていて、それを集めたのが「ハディース」。例えば、妻なんとかによれば、ムハンマドはこの時にこうした。そういうことが書かれた膨大な数のものをまとめたものです。
それで、この「ハディース」と「コーラン」が両方とも法源と言って、イスラム法の一番基本なわけ。これに従うのがいちばん正しいやり方であるとされているんだけど。そういうことを特に強調するようになっているのが、現在のサラフィー主義。その大元を作ったのがイブン・タイミーヤという人で、日本で言えば鎌倉時代の人です。モンゴルが世界的に勢力を強めていった時に、モンゴルがイスラムにも拡大していったんですが、その時モンゴルがイスラムに改宗するんです。モンゴル帝国の王も。だけど、イブン・タイミーヤはこんな奴らは本当のイスラムじゃないと否定したわけ。
黒崎 モンゴル人たちを。
島田 そう。イブン・タイミーヤの思想はその後忘れられていたんだけど、最近になって、このイブン・タイミーヤ思想は優れているんだという考え方が強くなってきた。それとともにサラフィー主義というのが台頭してきて、いちばんの元、オリジナルがいちばん優れているんだという考え方が唱えられた。
黒崎 なるほど(笑)
島田 だから、黒崎さんは最近、サラフィー主義に改宗されたわけ。
黒崎 オリジナル……初期盤に戻るという。
島田 今サラフィー主義はサラフィージハード主義と言って、要するにイスラム過激派の原点。だから、過激派なの。
再発のレコードなんかはぽいっとする。不純なものは排する。
黒崎 ちょっと待って(笑)。カトリックとプロテスタントと仏教(解脱)とイスラム原理主義。そうすると、キリスト教2つと、仏教とイスラム教があって……。
島田 蓄音器もそう。サラフィー主義。だから、蓄音器をやること自体、オリジナル盤に行く元だったんだよ。
男性F 2つだけ僕の意見を言いたいのですが。ひとつは先ほどの『火の鳥』は、オリジナルのマスターテープは明らかに劣化してるということがありますよね。もうひとつは、昨年の対談では、LP12はオリジナル盤とかそう言ったことは関係ないというお話で、僕自身も、いい装置を使っていれば盤は関係ないと思っていたんです。
しかし、KANDID(リンのカートリッジ最上位機種)という存在は良くないですよね。克明に違いを描き分けてしまいましてですね。なんだ、こんなに違うじゃないか、と最近思い始めたんです。
一同 (笑)
男性F ものによるんですけども、こんな音入っていたの? ってKANDIDに変えてから思いましたね。電源もRADIKALに変わっていってから、レコードの鳴りとか全然違うじゃないですか。だから、あの……僕も原理主義です。
黒崎 お仲間ですね(笑)。
島田 MAJIK LP12でかけたらそんなに違わないの?
黒崎 やっぱりKLIMAXに近づくほど描き分けちゃうんですよね。
島田 サラフィー主義の特徴として、「テクノロジー否定」ではないということ。だから、アーミッシュみたいに昔の生活がいいとかいうことではない。考え方がそこに戻るということ。テクノロジーはOK。だから、黒崎さんはますますサラフィー主義なんですよ。
黒崎 なるほど(笑)、テクノロジーはどんどん取り入れるけども、オリジナル性ということを重視している。
島田 インターネットだって使う。
黒崎 なるほど。でも確かに、哲学というものはさ、まさにオリジンを追求するという、本質……というか性癖を持っていますね。
島田 ただ原理主義という言葉自体は、宗教学の領域ではそんなに古くない言葉です。僕らが学生の頃は、原理主義という言葉は宗教の世界で使うことはなかったんですよ。ところが、アメリカのキリスト教原理主義が台頭し、1980年にイランでイスラム革命が起こって、それでそういうサラフィー的な流れになっていき、イスラムにも原理主義という言葉が使われるようになった。
黒崎 それで2018年の今日、オーディオにも原理主義という言葉が使われ始めた(笑)。
島田 その原理主義っていうのは、実はテクノロジーの発達とともに出てくる。そういうところが面白い。分かったかね?
一同 (笑)
黒崎 分かった(笑)。なかなか深みのある解釈ですね。つまり。ずっとLP12の進化、進展とともに、ファースト・プレス—オリジナルのものが良くなっていくという。最高のものである始原に戻っていくためのツールとしてならテクノロジーの進展は認める……。
島田 MAJIK LP12なら原理主義と思われない。でも、MAJIK LP12にLINGO/4をちょっと加えることによって、原理主義の芽生えが……。
一同 (笑)
黒崎 オーディオと音楽という絡みでいうと、オーディオというテクノロジーの進展によって、音楽が原理主義的な演奏に戻るということか。
島田 世界は音楽によって変わっちゃう。使うテクノロジーによって見えるものが全然変わってくるので。そこはもしかしたら、特異な領域かも。絵画いえば、ゴッホの絵は、ずっと見たってずっとゴッホの絵のままじゃないですか。
黒崎 あれは直接だから。再生装置もないし、媒介する物がない。
島田 オリジナルしかないわけです。オリジナル以外のものは基本的には鑑賞の対象にはならない。
黒崎 オーディオ、音楽の場合、装置を媒介にして、初めてここに芸術の存在が浮かび上がる。絵画には、媒介物は必要ないけれども、オーディオの場合はレコードを眺めていても音は鳴らない。必ずテクノロジーを介している。なので、ファースト・プレス信仰に行き始めたかっていうことは、テクノロジーの発展と深く絡んでいる。
島田 永遠のバージョンアップの世界の中に、組み込まれているわけだから。
黒崎 さらにバージョンアップすると、レコードに含まれている未知の鳴り方が現れる。
島田 それがさ、来月やる時にまた明らかになってくるわけですよ。
黒崎 はい。次回の予告になりますけれども。
島田 URIKAU(リンの新製品のデジタル出力されるフォノイコライザー)! ものすごく嫌な予感がしていて。衝撃波大きいんじゃないかと思う。
黒崎 「オーディオ」という名のテクノロジーが「音楽」をどう変えるか、ですね。
「オーディオ哲学宗教談義 Season2 〜存在とはメンテナンスである〜」第1回 完
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黒崎政男Profile 1954年仙台生まれ。哲学者。東京女子大学教授。 東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。 専門はカント哲学。人工知能、電子メディア、カオス、生命倫理などの現代的諸問題を哲学の観点から解明している。 「サイエンスZERO」「熱中時間〜忙中趣味あり」「午後のまりやーじゅ」などNHKのTV、ラジオにレギュラー出演するなど、テレビ、新聞、雑誌など幅広いメディアで活躍。 蓄音器とSPレコードコレクターとしても知られ、2013年から蓄音器とSPレコードを生放送で紹介する「教授の休日」(NHKラジオ第一、不定期)も今年で10回を数えた。 オーディオ歴50年。 著書に『哲学者クロサキの哲学する骨董』『哲学者クロサキの哲学超入門』『カント「純粋理性批判」入門』など多数。 |
島田裕巳Profile 1953年東京生まれ。宗教学者、作家。 東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。 専門は宗教学、宗教史。新宗教を中心に、宗教と社会・文化との関係について論じる書物を数多く刊行してきた。 かつてはNHKの「ナイトジャーナル」という番組で隔週「ジャズ評」をしていた。戯曲も書いており、『五人の帰れない男たち』と『水の味』は堺雅人主演で上演された。映画を通過儀礼の観点から分析した『映画は父を殺すためにある』といった著作もある。 『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)は30万部のベストセラーとなった。他に『宗教消滅』『反知性主義と新宗教』『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』『スマホが神になる』『戦後日本の宗教史』『日本人の死生観と葬儀』『日本宗教美術史』『自然葬のススメ』など多数。 |