スピーカーはどれほど重要なのか? 黒崎政男氏と島田裕巳氏が語る
オーディオ哲学宗教談義 Season3「私たちは何を聴いてきたか」<第2回>
同一ユニットのアンプ直結型スピーカーで聴く
黒崎 話をスピーカーに戻しますと、このスピーカーは、マルチアンプ、マルチシステムの言い方で言うと、それぞれのユニット、ウーファー・ミッド・トゥイーター・スーパートゥイーター、それぞれにアンプが直結しているシステムなんです。分離がとんでもなく良い。でも不思議なことに、トータルコストとしては、このEXAKTシステムの方が、先ほど聴いていただいたパッシブより安いんです。だって先ほどのモノラルパワーアンプ、アンプだけで280万円なんですよ。EXAKT AKUDORIKはスピーカーに全部入っていて275万。まあアンプ(前者)が高過ぎるから、安く感じるのかもしれないけれど(笑)。
島田 スピーカー自体は同じですからね。
〜ショルティ(指揮)/ワーグナー:指環、『ワルキューレ』の冒頭 第一幕〜EXAKT AKUDORIKで再生
黒崎 すごいですね。生々しさが全然違う。
島田 今聴いた音とうちのシステムで聴く音とは限りなく近くて、あとこれにサブウーファーを足していますが、基本的にこれと一緒。で、これで聴き始めて、あ、ワーグナーって凄いなぁって思って。今までそのワーグナーに興味はなかったんですけど。
黒崎 なんか1年遅れで私と同じことやってますね(笑)。オーディオ換えたらなんか大編成が好きになる。
島田 特に大編成がいいです。広がりがすごい。
黒崎 普通のスピーカーだと二次元で描かれている感じがするけど、EXAKTだとすごく立体的。
島田 奥行きがあって。
黒崎 そうそう。楽器ひとつひとつの質感がしっかり出ているのと、曲のおどろおどろしさが怖いほど出ています。
島田 70万のスピーカーでワーグナーが聴けるっていうのは奇跡だよね。普通ワーグナー聴く人はこれを買わないですもん。
黒崎 もっと大きなスピーカーを買う?
島田 そうじゃないですか?
黒崎 オートグラフとか。五味康祐はオートグラフでワーグナーを聴いて「良かった、面白い」て言っていた。そのうちオートグラフと比べてみたいけど。おそらくこのリアリティは……。
島田 全ての音が解放される、そういう感じ。
黒崎 いかがですか? 一台、ご家庭に。違いますよね、随分。別にこのスピーカーの営業に来ているわけじゃないんですけど(笑)。
一同 (笑)
黒崎 では、他の曲も戻って聴いてみましょう。ジャズはどうだろう。あんまりリアルになり過ぎてもね。ワーグナーは素晴らしかったけどね。
〜武田和命(テナーサックス)『ジェントル・ノヴェンバー』1979年〜EXAKT AKUDORIKで再生
黒崎 いいじゃないですか。ライブ会場に行っちゃったみたいな感じ。いまそこで音楽が発生している、そんな感じ。さっきはオーディオで再生されているっていう。でもまとまって鳴っている。これはミュージシャンがそこにいて、いままさにここで音が鳴っている。
島田 でも「ワルキューレ」ほど差はないかな。これだけの装置なら「ワルキューレ」聴いた方がいいなって思う。
黒崎 (笑)一応アズナブールももう一回再生しましょうよ。頭だけ。
〜アズナブール「イザべル」〜EXAKT AKUDORIKにて再生
黒崎 これだったら落ちるな。
島田 イザベルがね。
一同 (笑)
島田 先ほどの再生では「こいつ、ちょっとあぶないな」って感じでしたが、これだとなんかいい声だなって聴き入っちゃいますね。フランス語の力ですよね。こんなのドイツ語で歌われたらさ、うっとうしくて、それだけで嫌いになる。
一同 (笑)
黒崎 楽器のリアリティが際立っていますよね。立体的でリアル。
島田 欲しくなってきたでしょ?
黒崎 ……なるほど(笑)。場所がないなあ。それに真空管アンプが私のアイデンティティそのものですから。
島田 こういうシステムは、そういうものを破壊していくんだよね。
歌詞カードの翻訳違い。「我が師」ではなく「我が父」よ。
黒崎 ……。「ナントに雨が降る」。この歌の話になりますけれども、私、学生時代日本盤のレコードの歌詞カードを見てたんです。そこに「父」とは書かれていないんですよ。だから分からなかったんです、父と娘の関係を歌っているということに。最後に、「モンペール、モンペール」と歌っていて、お父さんという言葉が出てくるんですけど、日本盤の歌詞カードの翻訳は「おお、我が師よ」と書いてあります。
島田 普通はそれ逆の誤訳するんだよ。キリスト教に対する理解がないと、父が神を表すとは考えずに、父って訳してしまう。
黒崎 訳している人だって、まさかそんなとんでもない内容が歌われていると思わない。私も反戦の歌だと思っていた。「モンペール、あぁ、この人はここで死んでしまった。あぁ神よ」って言っている。この素晴らしい深い歌をもう1度聞いてみましょう。
〜バルバラ「ナントに雨が降る」〜LINN KLIMAXLP12SE、AKURATE DSM、EXAKT AKUDORIKにて再生
黒崎 すごいなぁ。歌って言うのは息と声で歌っていることがよく分かる。魂の響きが聴こえるっていうか。
島田 前回、コブシを効かせるっていう話をしましたけど、フランスのシャンソンでは巻き舌がそういう役割をしている。バルバラっていう人は声がいいから。歌っている部分は、そのまま教会で歌うものに通じるものですが、それに対してやっぱりコブシを効かせることによって、教会音楽と違う、まぁ俗っぽいものを表現しているような気がします。
黒崎 島田ゴスペル説ですね。
島田 そうです。
黒崎 当時美声ではナナ・ムスクーリなんかもいたわけで、ナナ・ムスクーリをいま聴くと、あれ? 古い……と思う。でもバルバラは、声の美しさだけとか、表面的でなくて、歌心があって懐が深いからいま聴いても感動しますよね。
パッシブスピーカーで聴いたのももちろん悪くないんだけど、EXAKTになるといま音がそこで生成されるような……。デジタルフォノイコライザーのURIKA Uがそういうことをいつも感じさせますけども、さらにクリアに出してくるというか、息遣いとかタメとか迷いとか、そういうとこまで表現されているんじゃないかって。
島田 時代性みたいなことでいうと、いつ録音されたかが分からなくなる。
黒崎 ライブになっちゃうからね。それはもう、デジタル再生した時に感じたんですけれど。あんまりにもノイズが取られていて、ビリー・ホリディも現在になるということがデジタルの特徴かなって。そこが長所でもあり、短所でもあるという感じがします。
このリンのLP12のURIKA U、ここもデジタルですよね? 針先が拾った信号が、デジタルのフォノイコに直結されていて即デジタル化されて、スピーカーの手前までいってしまうという、とんでもなくアナログ伝送が少ない状態。アナログは最初と最後のちょっとだけですよね。
島田 うちのシステムでは、アナログ伝送しているところってサブウーファーのところだけなの。寺島さんがうちに来て実験した時、そのケーブルを80万のインターコネクトケーブルに換えて、それは確かに良くなった。しかしそこに80万出すかって。
黒崎 ……そうですね。アナログかデジタルかという二項対立が意味をなさなくなっているという次元にきていますね。
島田 でもオーディオファンとしてはこれ、つまらないでしょう。自分が手を入れる領域が少な過ぎるから。
黒崎 いじりようがない。
島田 いじると悪くなる。
黒崎 なるほど。私の作る真空管アンプでは、この整流管を1960年代のイタリア製にすると音がこんなによくなったとか楽しめるけど。
島田 そういう楽しみはなくなる
黒崎 難しいところですね。