スピーカーはどれほど重要なのか? 黒崎政男氏と島田裕巳氏が語る
オーディオ哲学宗教談義 Season3「私たちは何を聴いてきたか」<第2回>
ブックシェルフ型とトールボーイ型でスピーカーの鳴り方を比較する
スタッフ では、後半に進みたいと思います。先ほど、皆さんに聴いていただいたEXAKT AKUDORIKはブックシェルフの4ウェイ・4スピーカーで、各スタンドの支柱にDACとアンプが4つずつ入ったものでした。
そして後半は同じ形式で鳴らすトールボーイ型のEXAKT AKUBARIKを用意しました。見えているスピーカーユニットは4つですが、下の部分に配された向かい合わせの20cmのウーファー2基がタンデム駆動するという、アイソバリック方式です。リンがスピーカーを初めて作った1973年に採用した技術で特許もとりました。5ウェイですが20cmウーファーが2つ搭載されるので、片側でアンプもDACも6個入っています。
黒崎 今度の比較は、まったくシステムとか構造が同じで、ブックシェルフ型とトールボーイ型の差を聴くという、そういうことですね。
島田 スピーカーにアンプやDACが入っていて、DSMからLAN接続するシステムになります。リンの社長が考えているのは、とにかく極力接点を減らすこと。どんどんなくしていって、こういう形になった。
黒崎 なるほど。確かに接点とかコネクターで、ものすごくロスが起こるから。私もアンプ作りの際に経験がありますけれど、ひとつ接点を飛ばしてハンダづけして直結にすると音が太くなって、全体的にすごく気持ち良い音になるんですよね。だから下手にアンプを換えるよりも、コネクターの接点や数を減らすっていうのは非常に大きいなと思っているんです。そういう意味ではこれはもう減り過ぎ(笑)。
島田 あとはDSをスピーカーの中に入れるくらい。
黒崎 そこまでやる……?
島田 やる可能性はあると思う。スピーカーだけ買えば、あとハードディスク(NAS)を繋ぐだけ……それもTIDALとかのストリーミングで聴けばハードディスクもいらない(編集部註:実際にこの対談をした半年以上あとにそのようなシステムがリンから発表されました)。
黒崎 これだけっていうとラジカセコンポみたいになるよね(笑)
島田 あと、ソフトウェアをアップデートしていって、買った後でも音が良くなったり機能が増えるから、そういう点でも従来のものと違う。
黒崎 いつからリンに勤めてんの(笑)。すっかり営業マンになって(笑)
一同 (笑)
島田 うちの娘が「りん」という名前ですから(笑)
黒崎 あっ、そうなの! リンが好きだからそうつけたの?
島田 たまたまです。
黒崎 そろそろ音楽を聴きましょう。まず、フィッシャー=ディースカウの声を。バーンスタインがピアノ伴奏しているマーラーの歌曲です。この中でも、リュッケルトの詩「私はこの世に忘れられ」がもっとも好きな曲です。「もういいや、俺もう世の中で死んだと思われているけれど、俺はひとり平安の中、愛と歌に生きるんだ」と、非常に厭世的な歌詞なんですけど、ものすごくいい曲です。無情感があり、芸術至上主義で……。私自身、人生がうまくいかなくなると必ずこの曲が頭に浮かぶんです。仕事が来なくなったり、なんかあるといつもこうIch bin der Welt(イッヒ・ビン・デア・ヴェルト)……と歌い出しちゃう。フィッシャー=ディースカウっていう人は、歌曲の世界を変えた近代最高の歌い手。後期は癖が強くて、彼が出てくるとオペラでもディースカウ一色になっちゃうんですけれど。これはディースカウもいいし、バーンスタインのピアノが素晴らしいです。
今回は接続変更が簡単なので、1曲ずつ、ブックシェルフとトールボーイと両方聴いていきましょう。
〜フィッシャー=ディースカウ(バリトン)、レナード・バーンスタイン(ピアノ)/マーラー:「リュッケルトの歌曲」
まずは、EXAKT AKUDORIK(ブックシェルフ)で聴く
次に、EXAKT AKUBARIK(トールボーイ)で聴く
黒崎 うーん、面白い。どうですか? 音楽の主題的に聴こえるのはブックシェルフ(EXAKT AKUDORIK)なんですけど。
島田 主題的というのは……哲学用語ですね?
黒崎 そんなことないけど。大きい方は湖の深い底から広く響いてくる。音像は遠くにある。ブックシェルフが主題的って言ったのは、ディースカウの声がこの音楽のメインになって聴こえるから。主題をはっきりさせるというか、余計な音がしないからくっきりします。
島田 簡単に言ってしまうと、トールボーイの方が散漫に聴こえる。
黒崎 散漫と言えば散漫だけど、懐が広いと言えば懐が広い。どうですか?
男性A マイクの位置がブックシェルフの方がオンになり、トールボーイのほうはホールに近いと思います。
私はこの世に見捨てられ……
島田 しかしこういうのを聴いて、自分が見捨てられているなと思うと癒されるよね。次への意欲が沸いてくる。
黒崎 癒されるっていうか……。次への意欲を沸かせるわけでもないんじゃない? 落ち込んでいる時に自分を慰めるわけだから、「あぁ、世界に見捨てられたなあ…」って言っているだけ(笑)。
島田 オウム事件があってから大学辞めて10年くらい仕事がなくて。その頃私がこういう音楽を聴いたか、聴こうと思ったか、というと、それはよく分からない。
黒崎 すごかったよね。まさにイッヒ・ビン・デア・ヴェルト・アプハンデン(私は世間に見捨てられ)そのものだよね。でも、その頃は島田さんはクラシック音楽の良さを知らなかったんじゃない? 私は島田さんを知ったのは1991年で、毎日のようにTVに出ていました。すごい人だなって。そのあと95〜96年にオウムの事件があって大変だなと思っていた。あれから20年ちょっと経って、こうして元気そうにされて……。
島田 2003年に甲状腺亢進症と、十二指腸潰瘍を併発して、危うく死にそうにもなりました。
黒崎 だからお前より音楽をより深く聴けるぞって?(笑)。
島田 いやいや、そうじゃない。そういう私から見た時に、このマーラーの音楽はどういう風に自分に関わってくるんだろうなと。その頃マーラーを毎日聴いていたら、僕はどうなっていたんだろう。死へ一直線?
黒崎 そうかもしれないね。
一同 (笑)
島田 この曲は、バーンスタインのピアノがいいね。
黒崎 いいでしょう? 指揮者はだいたいピアノ上手く弾くんですよ。いい味が出る。このバーンスタインのピアノはもう最高。前奏と、あと後奏もいいんです。それを聴いているだけでもいいというくらい名演です。
それにしても島田さん、クラシック音楽聴けるようになってきましたね(笑)。