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スピーカーはどれほど重要なのか? 黒崎政男氏と島田裕巳氏が語る

オーディオ哲学宗教談義 Season3「私たちは何を聴いてきたか」<第2回>

公開日 2020/01/23 10:59 季刊analog編集部
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哲学者・黒崎政男氏と宗教学者・島田裕巳氏が、音楽、オーディオについて対談をする「オーディオ哲学宗教談義」。2017年夏から銀座のサウンドクリエイト恒例の名物イベントとなっている。「オーディオは本当に進歩したのか」を論じたSeason1、「存在とはメンテナンスである」を論じたSeason2、2019年はSeason3として「私たちは何を聴いてきたのか」を論じた。今回はSeason3の第2回目の全編をお届けしよう。

哲学者・黒崎政男氏(左)、宗教学者・島田裕巳氏(右)

サウンドクリエイトスタッフ オーディオ哲学宗教談義Season3、「私たちは何を聴いてきたのか」を大テーマに掲げてスタートいたしました。2回目の今回はその中でも「スピーカーはどれほど重要なのか」ということを中心にお話が進んでいきます。

私どもオーディオ店の販売員は、トータルでのシステムをご相談いただくと、大抵「スピーカーが一番大切です」とご案内してしまいます。しかし、島田先生はこのオーディオ哲学宗教談義が始まってから「スピーカーが本当に重要なのだろうか」ということをおっしゃられ、会が進むにつれ、その思いを強められているように感じます。

そのサブテーマを考えるにあたって、今日はリンのスピーカー3種類を聴いていただきます。

前半ではパッシブタイプのスピーカーAKUDORIKをお聴きいただきます。皆さんが使っているのと同じように、パワーアンプとスピーカーケーブルで接続するタイプのものです。

一方まったく同じ形で、スタンド部にEXAKTエンジンが搭載された EXAKT AKUDORIK(※)もご用意いたしました。これらパッシブとEXAKTスピーカーを聴き比べていきたいと思います。
(※)スピーカーユニット各チャンネル分のDACとパワーアンプがスピーカー側に搭載されるもので、ヘッドユニットからスピーカーまでは信号がデジタル伝送されます。スピーカー側にロスなく送られた信号は、デジタル領域でクロスオーバー歪ゼロ、左右の各ユニットの出音のタイミングを合わせるなどの処理をしてパワーアンプに送られます。EXAKTスピーカーは、往年のオーディオファイルが取り組んだマルチ駆動と同じことなのです。

後半は、同じEXAKTスピーカーでもブックシェルフ型のEXAKT AKUDORIK、トールボーイ型のEXAKT AKUBARIK、つまり小型とトールボーイの比較を聴いていきます。

スピーカー、同一のユニットの通常型とアクティブ型とを比較する

黒崎 今日のテーマは「スピーカーはどれほど重要なのか」ということですね。去年のインターナショナルオーディオショウで各ブースの巨大なスピーカーを前にして、島田さんが「スピーカーってあまり大きいのは良くないねぇ」と話されて、私も「実は小型の方がいいんじゃないの?」と。そんなやり取りをしましたよね。私も2,000万円とか3,000万円というスピーカーに圧倒はされるけど、現実味がなくて……ものすごく立派なPAを聴いているような気がしたりします。

島田 スピーカーが重要なのは確かなのですけれど、値段にかかわらずむしろその鳴らし方が問題なんじゃないかと思います。

黒崎 まぁ、高すぎるものは買えないっていうバイアスがかかりますし……(笑)。

島田 買えないという欲望を抑えるということではなく、そこから解脱するためにはいかに昇華していくかというのが今日の課題になります。同時に、一般的なスピーカーに関する考え方みたいなものが、本当に正しいんだろうか?と。高価なスピーカーを持っていても、本来の力を出し切れていないんじゃないかと思うんですよ。

リンのDSを初めて手にしてから今年で10年目になります。当初はMAJIK DSというベーシッククラスを使っていました。デジタルアンプを買ったばかりで、デジタルアンプに一番いいものは何か、どうもネットワークオーディオの世界っていうのはこれからだな、どうしようかなと思って。ソニーのハードディスクプレーヤーか、リンのネットワークプレーヤーか迷って、リンの方が拡張性があると考えたんです。その時すでにKLIMAXとAKURATEが出ていましたね。

黒崎 島田さんはかつてはソナスファベールを使っていましたね。いまはAKUDORIKのEXAKT。

島田 そう、EXAKT AKUDORIK。今日これから聴くシステムです。

黒崎 EXAKT AKUDORIKになってからはスピーカーを変えられていませんね。

島田 10年前にMAJIK DSを始めた頃には、今聴いているシステムに発展するとは思ってなかった。その頃はEXAKTスピーカーもなかったですからね。

大流行したマルチチャンネル・マルチアンプシステム


黒崎 私の場合は50年位オーディオをやっているので、ご多分に漏れず一時マルチチャンネル・マルチアンプの世界に入り込みまして、38cmウーファーに、金属ホーンと4インチドライバーを合わせたり、最後はドライバーはJBL 375でしたけれど。チャンネルデバイダーを使って4ウェイマルチアンプシステムっていうのをやっていました。1980年代のことです。何でマルチアンプにしたいかっていうと、フルレンジ鳴らす以外、スピーカーとアンプの間に必ずネットワークが入る。そうすると余計なコンデンサーやらコイルが直列に入って、それをどうしても避けたかった。アンプの出力とスピーカーを直結したい! そうすると制動性のいい音がする……特に低域が魅力的ですね。ものすごく心地よい音です。だけど、アンプが片方に4つ、両側合わせて8つ必要。コストもかかるけれど場所もとる。それに音がおかしい時は、どこが悪くてそうなっているのかすぐに分からないから気が狂いそうになる(笑)。ひとついじるとバランスが崩れるからもうわけが分からなくなっていくわけですよ。そうするともうご飯も喉を通らなくなって……(笑)。

島田 デバイダーはうまく調整できるものなんですか?

黒崎 いろいろやってみて、我々人間、3つまでは調整できるということが分かりました。この場合は中域出過ぎだなとか、低域がどうだ高域がどうだとか、感覚がつかめるんですけれど、選択肢が4つ(4ウェイ)になると、どこを出すとどういう音になるか直感的には分からなくなるんです。それで少しずつ戻していって2ウェイにして、最後は普通のネットワークに戻してワンアンプに落ちついた。

島田 皆さん、そんなに苦労しているの?

黒崎 苦労というか……。マルチアンプをやったことのある方いらっしゃいます? (お客さんのレスポンスに対して)3ウェイですか。チャンネルデバイダーは? ああ、たくさんいらっしゃいますね。チャンネルデバイダーっていうのがまた曲者で、あの頃の選択肢は、アキュフェーズとソニーのエスプリとヤマハででしたか。プリアンプとメインアンプの間にこのチャンデバを入れて、そこで帯域を分けるのです。

で、話を戻すと、これから聴くのは、帯域分配のネットワークが入っている普通のタイプのスピーカーをパワーアンプで鳴らすんですね。このスピーカーは4ウェイ4スピーカーで4つユニットがありますが、これをステレオアンプ1台で鳴らす。そして、後で聴くのは4つの各ユニットごとにアンプとDACが搭載されるというアクティブタイプ。アンプの手前で帯域分配をしている。つまり、マルチチャンネル・マルチアンプです。そういう構造になると思います。その比較をします。

島田 この比較の一番重要な点は、この2機種が、両方まったく同じ設計のスピーカーだというところ。

黒崎 さらに、シーズン3のテーマ「私たちは何を聴いてきたのか」にのっとって聴き比べをします。学生時代に聴いていたレコードをかけて、あの頃聴いていた音と、いまこのようなシステムで聴くのと、聴こえ方がどう違うか、そんなことも考えながら。再生リストの一覧表を用意しました。

この日のメニュー


リン AKUDORIK PASSIV(パッシブ)

リンEXAKT AKUDORIK(アクティブ)
シャンソン歌手バルバラの暗さと深さ

黒崎 まず、フランスのシャンソン歌手、バルバラの「ナントに雨が降る」(1965年)を聴きます。ナントはフランスの地名です。初めてこれを聴いた時は、すごく良いんだけど、すごく暗くて、戦争の歌かと思っていたんです。ナントに雨が降って、何かが死ぬから来てくれと言ったのに間に合わなかったみたいな話なので。この曲でどこを聴いて欲しいかというと、この曲の暗さと、言い知れぬ闇がどのぐらい表現できているかを比較してみてください。

(レコードを取り出しながら)これはまた例によってオリジナル盤なんですが、日本盤はオリジナル盤のジャケットの表裏を足したデザインなんです。これがオリジナル盤のA面とこれがオリジナル盤のB面なんですけど、日本盤は、この両方の面をひとつにしたようなデザインになっている。なかなかいいデザインで、苦労してんですよ日本盤作る時(笑)。


「日本盤(左)はオリジナル盤(右)のジャケットの表裏を足したデザインなんです」
〜バルバラ「ナントに雨が降る」〜KLIMAX LP12SE+AKURATE DSM+KLIMAX SOLO+AKUDORIK PASSIVEにて再生

バルバラ『Barbara Chante Barbara』

黒崎 この歌のお話、ナントから連絡が来て会いに行ったけど死に目に間に合えなかったという、その人はお父さんだったんですよ。実はバルバラが、亡くなる少し前に手記を出版したのですが、非常に衝撃的な内容で、彼女は子供の頃父親に近親相姦されていたというんです。出版された時、世界中もうワッと驚いて、そしたらナントの歌は何と……ちょっとダジャレみたいですけど(笑)。

一同 (笑)

黒崎 つまり行方不明になっていたお父さんが死の床で、娘に会いたいというので呼んだけど間に合わなかった。お父さんはおそらく最期に私の許しを必要としていたのだけど、間に合わなかった、そういう歌なんですよ。当時(1965年)聴いていた時はもう、そんなこと知らないから、何の歌だか分からないけれど、すごい深さのある歌だとは感じでいたんです。

ちょっとその深みを後ほどEXAKTでかけます。1曲ごとにかけ比べられればいいのですが、システムを変えるのがちょっと大変なので、まとめて3曲くらい聴いてからかけ換えますので、いまの感じを覚えていただけると嬉しいです。

島田 というか、このスピーカーの音に慣れてもらえるといいですね。

黒崎 そうだね。これは普通のスピーカーだと言いましたけど、これも80万くらいですか?

スタッフ AKUDORIK PASSIVEはスピーカーだけで70万、スタンドと合わせて85万円。駆動しているパワーアンプKLIMAX SOLOが280万円です。

黒崎 ちょっとゼロ一個多いんじゃない?(笑) 次はシャルル・アズナブール。私の青春の思い出です。バルバラのは大学院生時代で、このアズナブールは高校時代。恋愛の甘さと苦しさが分かってきた頃にこれ聴いて、うわあ、恋愛って大変!ってことを非常に……。

島田 ませた高校生だね。

黒崎 高校生の時そうじゃなかった?

島田 そんな風に自分とアズナブールを関係づけたりしてない。

黒崎 ああそう(笑)。で、アズナブールを見れば分かるように、ものすごく美男子というわけじゃない……。イヴ・モンタンとか、あの頃すごくかっこいい人たちがいて、そういう人は女性に苦労しないわけですよ。だからこの人の苦労はつくづく身に染みるんです。切ないんですよ! その切なさを聴いていただきたい。


「アズナヴール、ものすごく美男子というわけじゃない……。だから切ない」」
島田 身に染みる音楽というわけですね。

黒崎 そうです。イザベールって連呼して、ひとりで悶えちゃっているんですけど。オケ伴奏が付いていて振っているのははポール・モーリアです。1967年のレコードです。

〜シャルル・アズナブール「イザべル」〜KLIMAX LP12SE+AKURATE DSM+KLIMAX SOLO+AKUDORIK PASSIVEにて再生


アズナヴール『シャルル・アズナヴール・ゴールデン・プライズ』
黒崎 イザベルを連呼しながら崩れていくんだけれど、最後は決然とした「イザベル!」で終わる。いやもう俺はこんなことには負けないんだ、でも愛の力には負けるみたいなそういう感じの歌です。

島田 黒崎さんがイザベルって言っている姿を思い浮かべながら聴いていましたよ(笑)。

一同 (笑)

黒崎 高校生の時ですよ。もうたまらなかった。

島田 黒崎さんには合うね、この歌。

黒崎 当時バッハとコルトレーンばかり聴いていたんですけど、ちょっとこういうものもたまには聴いていました。

島田 この曲の冒頭って、クラシック風のアレンジ?

黒崎 うーん、そんな感じがする曲調ですよね。今回調べたらポール・モーリアが編曲指揮していたわけ。へーって思いました。


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