スピーカーはどれほど重要なのか? 黒崎政男氏と島田裕巳氏が語る
オーディオ哲学宗教談義 Season3「私たちは何を聴いてきたか」<第2回>
入り口から出口までトータルに作るか、あるいは、単体の組み合わせか
黒崎 最初は自分の好みだと思っていたのに、AKUDORIKの音は普遍的な正しさだと。
島田 普遍性を持っているんじゃないかと思います。というのはね、普通スピーカーメーカーはスピーカーだけを作っている。アンプは作っていないんですよ。例えばJBLを作っている人たちは自分ところのスピーカーがどういう音で鳴れば良いと思っているのかなあと。
黒崎 なるほど。ユニバーサルで作ってしまうから、そのスピーカーがアンプに何を要求し、それによってどう鳴るのかということは、よく言えば自由、悪く言えばパフォーマンスを約束されていないわけですね。
島田 実際、インターナショナルオーディオショウでは、アンプとの組み合わせは取り扱いの代理店で決まってくるわけですよ。それが最善かどうかということは二の次です。そうするとスピーカーを作っている人たちはそのスピーカーの本来のパフォーマンスを提示しないまま売り出してしまっている。
黒崎 パーツだからね。オーディオの面白さでもあり、困難さでもある。パーツを4つぐらい組み合わせてひとつの音を作る、そこにオーディオの趣味性があるわけだからね。
島田 日本のメーカーの中には、例えばヤマハとか、パナソニックも元々は入り口から出口まで全部作っていた。そういうアプローチと、単体で作っているというアプローチ、どっちが正しいのかと思って。
黒崎 なるほどね。もう50年前ですけれど私が高校生の時に使っていたシステムは、プレーヤーはパイオニア、アンプはトリオ、スピーカーはサンスイ。その時の最上のものを合わせれば、トータルで最高になるんだと思っていた。
島田 それはある種、いまでも主流の考え方です。
黒崎 しかし、島田さんによれば、スピーカーと、アンプ、もしかしたらプレーヤーも1ブランドで揃えたほうが、そのスピーカーがどんな音を前提に作っているかはっきりして統一性があって良いんじゃないかと。
島田 全体としてなぜそういう方向にいかないのか、僕はちょっと不思議に思います。
黒崎 それはある意味、普遍的な音というより、リンの作った音ともいえます。
島田 いかに夾雑物、雑音になるものを減らしていくかという線で、ずっと進んできて、今は、その究極の姿がEXAKTになっていると。
黒崎 あの……リンから何か貰った?
一同 (笑)
島田 だから別にリンじゃなくてもいいんですよ。そういうアプローチをするメーカーがもっとあるべきなんじゃないのかと、思うようになってきたんです。ソナスファベールのザ・ソナスファベールとかすごいですよ。だけど、じゃあそれってどういう風に鳴らされるものとして作られているのか。いろんな鳴らし方があるからオーディオファンはいろんなことをやって、最高に鳴らそうと思って取り組むわけだけど、確かに趣味の領域としてはそうだろうけど、メーカーとしてはどうなの。
黒崎 ……なるほど。今日は珍しく島田さんに一貫した主張があるので驚いていますけれど(笑)。
さて、では、次の曲を聴いてみましょうか。ヘルムート・ヴァルヒャのオルガンです。「オルゲルビュッヒライン」ってバッハの最高のコラール集があって、その中でも一番好きなのが「主よ、我汝を呼ぶ」です。バッハのコラール中でも結構有名で、『惑星ソラリス』っていうタルコフスキーの映画で通底して流れています。『惑星ソラリス』はロングバージョンとショートバージョンがあって、ロングバージョンは未来都市として東京の首都高が出て来ますよね。
島田 それ『ブレードランナー』と一緒。
黒崎 『ブレードランナー』では暗い未来の演出として日本を使っているでしょう? タルコフスキーの映画では、首都高はできたばかりで、未来はこうなっていくぞ! という期待感があります。
島田 『鉄腕アトム』的ですね。
黒崎 そうですね。その『惑星ソラリス』でずっとこのバッハが流れています。というわけでまずはブックシェルフの方で。
〜ヘルムート・ヴァルヒャ/J.S.バッハ:オルゲルビュヒラインBWV639〜EXAKT AKUDORIKで聴く
黒崎 じゃあスピーカーを換えていただいて、もう一度聴きましょう。この曲はリパッティもピアノ演奏で録音していますが、涙なしには聴けるかっていう。
島田 僕もオルガンは2,3年習っていたんですけれど途中で辞めちゃった。オルガンの先生が40代で亡くなってしまって、オルガンも買ったのに手放した。だからオルガンには特別な思いが。
黒崎 そうですか。今日はなんか、島田さんのいろんな話を聞けてありがたいですね。
〜ヘルムート・ヴァルヒャ/J.S.バッハ:オルゲルビュヒラインBWV639〜EXAKT AKUBARIKで聴く
黒崎 トールボーイのほうは、この広いラウンジで、広々と深々と鳴る感じが出ていると思いますね。
島田 音を拾ってそれぞれの音を正確に出している。だけど音楽の焦点がボヤける気がする。客観的な鳴らし方というか。確かに全部必要な音だけれど、前に出てくる音とバックで鳴っている音のメリハリがもう少しだけあったほうがいいんじゃないかと思うところがある。でも、EXAKTでそこは調整できないからそのまま聴くしかない。
黒崎 でも、5ウェイを自分で調整し始めたら地獄だよ?(笑)
島田 うん。地獄。人間技じゃない。
僕のレコードもかけていい? 今までかけた音楽とまったく違う傾向のものです。日本のピアニストで菊地雅章さんという人がいます。プーさんと呼ばれていました。これからかけるのは『ススト』という代表的なアルバムです。プーさんは一時マイルスのバンドにいて、その影響を非常に強く受けています。録音は1980年頃。フュージョンの全盛時代ということもあって、アメリカに渡ったのですが、スティーヴ・グロスマン、デイヴ・リーブマン、リッチー・モラレス、アイアート・モレイラ、そういうアメリカのミュージシャンたちを入れて作ったアルバムがこの『ススト』です。
これが出てすぐ、80年ぐらいに僕はこのアルバムを聴いているんです。僕はプーさんの音楽が好きで、93年から4年にかけてNHKでジャズ評やっていた時に、プーさんをゲストに呼んでもらいました。それが縁で、3年前に亡くなるまでずっと付き合いがありました。
黒崎 そういう思い出深い品なのね。楽器は?
島田 ピアノ。このアルバムではキーボード。もちろんソロピアノもやるし、ピアノトリオもあるし。初めて生でジャズの演奏を聴いたのは1974年でプーさんのライブ。最近菊地成孔が自分のアルバムの中で1曲、そのままコピーして演奏していますね。
黒崎 じゃあトールボーイから
〜菊地雅章『ススト』より「サークル/ライン」〜EXAKT AKUBARIKで聴く
島田 ちょっと麻薬的な音楽。
黒崎 ウェイン・ショーターたちが作った「ウェザーリポート」のあの70年代のジャスを思い出しますね。そして、この曲はそれに日本のお祭りのお囃子が乗っかっている感じで、とても面白い音楽ですね。
島田 『AAOBB』っていうバンドも作ったことがあって、その時はケチャをサンプリングして入れている。やっぱりアメリカのジャズとちょっと違う。日本的。
黒崎 日本風フュージョンって感じ。では、同じ曲を小さい方、島田さんが愛用している方のEXAKT AKUDORIK、ブックシェルフで。
〜菊地雅章『ススト』より「サークル/ライン」〜EXAKT AKUDORIKで聴く
黒崎 なるほど。私にはまったく別の曲に聴こえる。
島田 さっき主題ということをおっしゃっていましたけど。
黒崎 主題だけが聴こえて、普通の音楽に聴こえるっていうと変だけども。先程のAKUBARIKでは環境が作られて、そのなかに誰かが登場しているみたいな感じだった。
こちらのブックシェルフだと登場人物にずっとスポットが当たっていて、周りで作られる環境みたいなところに意識がいかないので、麻薬的な感じはちょっと出にくいかな。
今日聴いた中で、今かけた曲が一番意外だった。まったく別物。他はより主題的で深いか、環境的かって差であったけれども。
島田 不思議ですよね。リンでもきっと作っている時に気がついたんですよ。AKUDORIKとAKUBARIKの差に。
最初AKUBARIKパッシブがあってEXAKTの技術が生まれて、EXAKT AKUBARIKができた。でもAKUDORIKは逆で、先にEXAKTバージョンが発売されて、後からパッシブが出た。生み出され方が全然違うのよ。きっと何かに気がついたのよ。「音楽を聴くものとしてはAKUDORIKの方がいい」。あまりスピーカーに工夫しないで、シンプルに作る。そういうことにリンも気づいたんじゃないかな。
黒崎 今日の結論? このAKUDORIKは音楽を聴くために作られた……。