[連載]高橋敦のオーディオ絶対領域
【第79回】宇多田ヒカル「First Love」ハイレゾ音源全曲徹底レビュー!
■高橋敦による、ハイレゾ版「First Love」徹底考察!
オーディオファンとしてまず気になるのは、「B)オリジナルマスターテープからリマスタリング」だが、これについては別途のニューリリースのコーナーに、「※ハイレゾ音源 アナログテープに収録された音源を192kHz/24bitの最高音質にてデジタル化したもの」との記載がある。またe-onkyo musicも「アナログ・マスターから最新リマスタリング」とツイートしている。これらの記述からすると今回のハイレゾ配信音源は、
1)アナログのオリジナルマスターテープを…
2)192kHz/24bitでAD変換してデジタルデータ化して…
3)96kHz/24bit環境でリマスタリングして完成!
…という流れで制作されたと解釈するのが自然だろうか。2)については、今後の保存も見越してデジタル化の時点では最善のクオリティの確保が望ましいので、192kHz/24bitは現状では妥当だ。3)については、192kHzを維持してのリマスタリング作業は処理負荷が高く作業性が損なわれ、作業性が損なわれれば作業の質も損なわれる。192kHzの方が96kHzに対して音質面での優位はあるとしても、作業性低下のデメリットを上回るものではない。ポジティブに解釈すればそんなところだろうか。僕としては大きな不満はない。
次に、先ほどの「C)ハイエンドユーザー向け商品」「D)テッド・ジェンセン氏によるリマスタリング」の部分、今回のハイレゾ用リマスタリングの方向性について考えていこう。
「D)テッド・ジェンセン氏によるリマスタリング」…テッド・ジェンセン氏は世界で最も忙しく活躍しているマスタリング・エンジニアの一人だ。ノラ・ジョーンズさんの「Come Away With Me」ではグラミー最優秀録音賞を受賞している。長らく第一線で大量の作品に関わってきているので彼に批判的な方もいるのは事実だが、それも大物の証だ。
宇多田さんの作品も多く手がけ、5thアルバム「HEART STATION」ではCD盤のマスタリングを行っている(この作品はCD盤と圧縮配信版のそれぞれに最適化した別途のマスタリングを打ち出した先駆的な作品だ)。僕としてはこのアルバムのサウンドは好みであり、収録曲「Flavor Of Life -Ballad Version-」は長年のリファレンス音源。なのでジェンセン氏への印象は悪くない。(※3/10 追記とお詫び:読者の方から「そもそも『First Love』もジェンセン氏だという点を見落としてる!」とのご指摘をいただいた。…そうでした!なので今回は、ジェンセン氏自身が過去にCD用にマスタリングした同じ音源を、ジェンセン氏自身が新たにハイレゾ用にリマスタリングするという形になる)
「C)ハイエンドユーザー向け商品」…より重要なのはこちらかもしれない。これはつまり「ある程度以上のクオリティのオーディオシステムを揃えているユーザーに聴いてもらうための音源」であり、そういったシステムの特性やユーザーの好みを想定したマスタリングが施されていると解釈できる。
ここで思い出していただけると有り難いのは、本連載の前回掲載の「オーディオファンのための“コンプ”基礎知識」だ。今回に関わる部分を要約抽出すると、
「コンプレッサーで処理することで音声信号の大小の幅=ダイナミックレンジを圧縮できる」
「コンプは適当に使えば録音の品質も作品の音楽性も高めることができる」
「不適当に使えば録音の品質も作品の音楽性も落ちる」
「1990年代からの音圧競争では、極端なコンプで音圧音量を稼いで目立たせることを優先した後者のマスタリングが流行した」
「近年のハイレゾ配信では逆に、コンプを控えめにしてダイナミクスレンジを確保するのが流行」
…といったところがポイントだ。