[連載]高橋敦のオーディオ絶対領域
【第143回】あのFitEarがハイブリッド型に挑んだ! 最新カスタムIEM「Air」の魅力とは?
■音質チェック…の前に、ちょっとBAドライバーの話をしよう
さてここまでしばらく完全に無視ってきたのでそろそろみなさんその存在をお忘れかとも思うが、FitEar Airはハイブリッド型なのでBA型ドライバーも搭載している。
まあでも実際このモデルにおいては、BAドライバーは主役ではないポジションのようだ。ダイナミック型ドライバーのみだと8〜10kHzあたりにディップ(谷、凹み)ができてしまうので、そのあたりをBA型でちょこんと補っているとのこと。「低域ダイナミック+高域BA」なマルチウェイというよりは、「基本ダイナミック+ピンポイントBA」みたいな構成と受け取ってよいだろう。
さてなおさらに、先ほど説明したそもそもの狙いの他に、ショートレッグには副産物的効果もあったとのこと。それはノズル内での音導管、ハウジング内でのドライバーの配置の自由度だ。
耳の穴は奥ほど狭く、入口近くほど広くなっている。なのでショートレッグだとノズルの断面積とでもいうのか、その部分も自然と広くなる。するとその中に配置する音導管やその出口の配置の自由度が高まり、より多くの人(の耳の形)に合わせてよりベターな配置への調整が可能になるというのだ。ハウジングについても同じようなことが言えるとのこと。
■いよいよお待ちかねの音質チェック!
ではようやく、音の印象について。
誤解を恐れつつ言えば、「高級感」「上質感」「整合性」といった言葉では表しにくい、「未成熟の荒さゆえの魅力」のようなものも感じさせる音調だ。
少年というほど幼くはないし青年というほど青くもないが、不惑というほど落ち着いているわけでもない。「ミュージシャンは27歳で夭折して伝説となる」みたいな話があったりするが、そこを越えて次のステップに進み始めて数年。もう初期衝動だけで音楽を続けているわけではないけれど、落ち着いてしまってもいない。
やたら抽象的な喩え話になってしまったが、そんなことを思わせるような音だ。シンプルなダイナミック型らしい荒削りさをそれも魅力として残しつつ、まとめ方というか完成度はさすがのFitEar。
そういった音調なので例えば、ロックのドラムスはこのモデルの魅力との相性が特によいと感じる。スネアドラムのスナッピーやシンバルのザシュッとの荒い質感、その濁点の表現を上品にしてしまわない。それでいてのシンバルのほどよく派手で明るい抜けには、BAによる補強も効いているのかもしれない。
しかしそれら以上に印象的なのは、バスドラムやタムといった大口径からの低音だ。厚みや太さ、深みも充実しているが、さらに唸らされたのはその抜けや響きの感触。単に「抜けがよい」と言われた場合、多くの方は「こもらずにスパッ」というような音を想像するのではないかと思う。しかしもちろん聴く音源にもよるが、「よい感じにこもってポコッ」と抜けがよいという感触も巧く表現してくれるのがこのモデルの持ち味。現代的ハイファイな音色作りや録音とは違う、ビンテージ感のある音との相性のよさも光る。ショートレッグの話をあらかじめ知っていたからかもしれないが、高い密閉度、鼓膜との距離、耳の中での空気容積が確保されていることが、この感触と関係しているのではないかとも想像してしまう。
具体例を出すと、このモデルで現代的なジャズである上原ひろみさんを聴いたときの僕の印象は「うん。これはこれでよい」という納得だったが、ツェッペリンを聴いたときには「これだ!」とさらに高めのテンションになった。もっとわかりやすいようにLUNA SEAで言うと、「ROSIER」よりも「STORM」に合う。
また、そのあたりの「ザシュザシュ」「ドッカン」でローファイ感も生かしたリズムの感触に通じるものがある、ヒップホップ系との相性も良好だ。
とはいえ、ここで述べたような相性の良し悪しはさほど極端なものではないし、というかこれはあくまでも僕の好みというか僕の聴き方との相性においての話。基本的な完成度は十分に高いので、「得手不得手がある」ではなくて「何でもこなす上で無個性ではなく、特にフィットするサウンドや聴き方もある」と受け取っていただいてOKだ。