[連載]高橋敦のオーディオ絶対領域
【第175回】音楽の言葉、オーディオの言葉
■倍音とは超高音のこと……ではない
「倍音」は音楽とオーディオのどちらかが由来で、どちらかに流用された言葉ではなく、音響全般の用語だ。しかしその理解や用法には、どちらの分野においてもばらつきが少なくないように思える。例えばオーディオの記事で「このシステムは楽器の倍音の響きがよい」みたいな表現を見かけた時、それを「なるほど、このシステムは超高域の再生能力に優れているのだな」と受け取るのは間違いの場合もあるので、注意が必要だ。
まずは音響の用語としての原則的な意味を確認しておこう。
「倍音とは、ある周波数の音に対して同時に発生している、その周波数の倍数の周波数の音」…とか言われても分かりにくいだろうから具体例を挙げよう。
英語式で「A」イタリア式で「ラ」の音程のうちの一つの周波数は、
『440Hz(442Hz等にされることもある)』だ。
しかし、楽器等で実際にこの音程の音を鳴らすとどうしたわけだか、『440Hz |基音』の他に、以下のように続く。
『880Hz |第2倍音(二次倍音)』
『1320Hz|第3倍音(三次倍音)』
『1760Hz|第4倍音(四次倍音)』
そして、その上にもさらに積み重なるようにして「おおよそ整数倍の周波数」の音が現れる。「おおよそ」というのは、上記の例では分かりやすく単純に整数倍で表記したが、実際には僅かな誤差もあるからだ。
そしてどの倍数の倍音がどういった割合の強さで積み重なるかというのが、楽器それぞれの音色を生み出す要素のうち、大きなものの一つとなっている。これが音響一般というか、音響の常識としての「倍音」だ。なお、楽器の音色には非整数倍に現れる「上音」も含まれており、それも音色を構成する要素の一つとなっている。
では、例えばベースやコントラバスといった4弦開放の音程はE、41Hzに調律されることが多いが、その音が鳴らされている状態で「倍音」と言ったらどんな周波数帯域のことを示しているだろうか。
理論的に倍音は延々と積み重なるが、実際に感知できるレベルで現れるのはそこまでではない。仮に16倍まで考えてみるとして、41Hzの第16倍音は整数で計算して656Hzだ。このあたりの周波数は超高音どころか高音でもなく、中低音に分類する方が多いのではないだろうか。
実際のベースだとピックが弦に当たる音や弦がフレットに当たる音なども含まれて、そこにはもっと金属的な音、高い周波数もあったりするのだが、それにしても音色の中心部分としてはやはりベースは中低域の楽器であり、倍音も中低域に豊富に存在する。そういう音域、そういう音程を鳴らすために作られた楽器なのだから当然だ。
これが冒頭で述べた「楽器の倍音の響きが云々という表現は、超高域の再生能力を示しているとは限らない」の理由だ。低音楽器の話でその音色の「倍音」と言ったなら、周波数帯域としては中音域あたりの話になる。