[連載]高橋敦のオーディオ絶対領域
【第175回】音楽の言葉、オーディオの言葉
いきなり何とも主観的で判然としない「例えば」を出されて困惑した方もいるかもしれないが、ここからはさらに判然としない例に進んでしまう。
現在の音楽において「ノイズ」はジャンルとして、あるいはサウンドとして定着している。多くの方にとって曲にも音楽にも聞こえない雑音の集合体でも、そのミュージシャンとファンにとっては「ノイズミュージック」だったりするし、普通に流れてくるポップスにもアクセントとしてノイズが使われていることは今や少なくない。
例えば近年の音楽用語として「グリッチ」という言葉を目や耳にしたことはないだろうか。「グリッチ」自体は、電気回路に異常が生じたときに発生する「パチッ」とか「ザザッ」みたいな異音、「グリッチノイズ」のことだ。もう名前にそのまんま「ノイズ」が入っている。
しかし、そのグリッチを意図して楽曲の中に不規則に挿入すれば不穏な雰囲気を醸し出せるし、リズムに乗せて規則的に並べればドラムスのハイハットシンバルの代わりにビートを刻んだりもできる。どちらにしてもそうなると「ノイズなんだけれど曲に欠かせない音」なわけだ。
また遡れば、ファミコン時代のゲーム機の音源では「ホワイトノイズ」がドラムス全般の代替として使われており、これも超広義に捉えれば「音楽的なノイズ」と言えるかもしれない。演奏や作曲編曲においてだけではなく、録音以降の段階においてもやはり「意図の有無」がポイントと考えられる。
グリッチは電気回路に異常が生じたときに発せられるノイズなわけだから、演奏者も録音エンジニアも気付かないうちに機材の不調等でそれが録音に混入することもあるだろう。そのグリッチが偶然に実に効果的なタイミングだったりすることもあるかもしれない。それが意図されたものでないのであれば、それは結局は単にノイズなはずだ。
しかし偶然に混入したそれをミュージシャンやエンジニアが「だがそれがいい!」と、作品の完成形にまで「意図して残した」ら。それはどう考えるべきなのだろうか?……難しい。
ジミ・ヘンドリクス氏のアルバム「Live At Berkeley: 2nd Show」に収録されている「Hey Joe」では、当時のギターアンプやファズが外来の電気的なノイズを極めて拾いやすかったために、ギターの音にトラックだかタクシーだかの無線の声が混じっている。これは人の声であるという意味ではノイズではないが、意図されていない外来音であるという意味ではノイズだ。
しかしだ。その声が実にいいタイミングでギターのフレーズの隙間に飛び込んできていて、見事なコール&レスポンスになっている。このノイズはこのライブこのテイクの味わいに欠かせないものだ。…難しい。
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