公開日 2020/10/13 06:30
音圧戦争から遠く離れてーラウドネスノーマライゼーションの誤解と意義
ストリーミング時代がもたらす新たな標準化
音楽ストリーミングサービスが盛り上がるに従って、「ラウドネスノーマライゼーション」という言葉が改めて注目を集めている。日本国内で利用できる音楽配信プラットフォームやストリーミングサービスもこの「ラウドネスノーマライゼーション」の採用を公表しており、特にクリエイターを中心にこのテーマについての議論が活発化している。
そもそもラウドネスとは何を指しているのか、またラウドネスノーマライゼーションは、オーディオファンにとってどういう意味を持つものなのか、スタジオエンジニアリングに関する情報発信を積極的に行っているDavid Shimamotoさんに話を聞いた。
David Shimamoto
ボーカル編集サービス Vocal-EDIT.com 代表。California Institute of the Arts/Music Technology学科卒。株式会社USENの社内SSLスタジオに在籍後、国際映像伝送の業務に転向。その後、十数年を経て再び音楽の世界に。ラウドネスの話題を中心に、ミックス&マスタリングにまつわるよもやま話を独自の視点で取り上げた著書「とーくばっく〜デジタル・スタジオの話」は、自費出版本でありながら多くの音大や専門学校で講義に採用され、ニコニコ動画の公式ブログでも参考資料として紹介されている。twitter ID:@gyokimae
■人の耳への聴こえ方を数値化する「ラウドネス」
ラウドネスノーマライゼーションは、そもそも欧米の放送局などで導入されたコンテンツの再生音量を標準化する仕組みである。EBU(欧州放送協会)/ITU(国際電気通信連合)という業界団体が策定した仕様が現在世界的に活用されている。ラウドネスを表す単位として、主にLUFS(Loudness Units Full Scale)が用いられている(LKFSという単位が使われることもあるが意味はほぼ同じ)。
TV放送において、CMやドラマ、音楽番組などコンテンツによって音量がいちいち異なっていたら、視聴者に不便を強いてしまう。そのため、放送局の要請としてある一定の基準が策定されることになったのだ。
そもそも「ラウドネス」というのは、単なるボリューム、電気信号のレベルの大小とは異なる概念である。人間の耳はすべての周波数において同じように聴こえるわけではないため、「人の耳にどのくらいの大きさに聴こえるか」ということを踏まえ、それを定量的に落とし込む方式として「ラウドネス」という概念が生まれたのだ。
似たようなニュアンスの言葉として「音圧」という言葉もある。「音圧」という言葉がもともと持っていた意味は、人間の耳が捉えることのできる最小レベルに対してどれだけ大きいか、ということを圧力の単位を持って表したものである。しかし、現在では「音圧戦争」という言葉に代表されるように、その意味するところに若干のずれが生じている。
そのため、本稿ではShimamoto氏の意向を踏まえ、あえて「音圧」という言葉を使わず、デジタル信号の大小を示す“信号レベル”と、人の耳への聴こえを数値化した“ラウドネス”という2つの言葉で説明を試みたい。
(なお、ラウドネス値の算出方法は複雑なため、ここでは割愛する。本記事の理解においては、ラウドネス値=LUFSは数字が大きいほど、音を大きく感じるというところだけ押さえていただきたい)
■ストリーミングサービスにおけるラウドネスノーマライゼーションの役割
放送ユースとしてラウドネスノーマライゼーションが使われている場合は、一般リスナーがその存在を意識することはほとんどない。しかし、音楽ストリーミングサービスの開始によって、音楽リスナーにとっても大きな意味を持つようになってきているのだ。具体的には、そのオンオフを、ユーザーサイドがアプリ上で設定できるようになったことにある。
ストリーミングサービスにおけるラウドネスノーマライゼーションの意義について、Shimamoto氏はこう語る。「音楽作品は作られた時代やアルバムごとによって音量が非常に異なっています。CDでアルバム1枚を再生する場合は、最初に適切なボリュームに調整すればすみましたが、音楽配信では、さまざまな年代、ジャンルの音楽がシャッフル再生されることになります。この時、曲ごとに音量差があると、ユーザーがいちいちボリュームを調整しないといけません。そのため、ユーザー体験をより良くするための仕組みが必要とされるようになりました」
音楽ストリーミングにおいて、ラウドネスノーマライゼーションは、一般にアルバム単位で体感音量を示すラウドネス値を算出し、基準値以上の楽曲はアプリ上でボリュームを下げて基準値になるよう再生するという形で機能する。
現在このようなラウドネスノーマライゼーションの搭載を公表しているサービスには、TIDAL、Amazon Music HD、Spotifyのほか、ニコニコ動画にも活用されている。YouTubeも公式にアナウンスこそはしていないものの、同じ国際規格に準じた仕組みを採用していることが確認されている。一方、mora qualitasやLINE MUSICのように、このような基準を設けていないストリーミングサービスもある(※2020年10月現在)。
ヨーロッパの放送局では-23LUFSプラスマイナス1という基準が採用されている。ストリーミングサービスではこの数値を必ずしも公表しているわけではないが、例えばTIDALでは-14LUFS、ニコニコ動画では-15LUFSと発表されている。また、SpotifyではReplay Gainという異なる基準を用いているが、おおよそ-14LUFS程度と想定されている。
■ラウドネスノーマライゼーションがオーディオ試聴に与える影響
ラウドネスノーマライゼーションは実際にどの程度影響を与えているのか、いくつかの音楽サービスで試してみた。曲はOfficial髭男dismの「Pretender」を使っている。
ラウドネスノーマライゼーションの設定は、PC用アプリやスマートフォンアプリに組み込まれている。デフォルトではオンになっていることが多く、例えばAmazon Music HDならば「設定」から「ラウドネスノーマライゼーション」のチェックを外すことができる。Spotifyならば「音量標準設定・すべての曲を同じ音量で再生する」という項目でオンオフが可能だ。
まずはPCのSpotifyアプリから「Pretender」を普通に再生する。その後、設定から「音量標準設定・すべての曲を同じ音量で再生する」の項目をオフにし、曲を再び再生すると、単なるヘッドフォンでの試聴においても、明確にボリュームが上がったことを感じられた(注:Spotifyでのラウドネスノーマライゼーションは、一旦曲を停止し、次の曲を新たに再生しなおしたときに効果が出る。一時停止ではこの機能は効かない)。
今度はAmazon Music HDで試してみよう。こちらは、楽曲の再生途中でも、「ラウドネスノーマライゼーション」のチェックを外すと明確にボリュームが変わるので、分かりやすい。Amazon Music HDがどのような基準を設けているのか明確な言明は見つけられなかったが、Alexa向けのコンテンツ制作時のガイドラインとして-14LUFS相当、という表記があるので、これと同等の基準が設けられている可能性が高い。
今度はYouTubeで確認してみよう。YouTubeにはラウドネスノーマライゼーションのオンオフの機能はないが、「統計情報」から、どれだけオリジナルの音源からボリュームが下がってるのかを確認することができる。「Pretender」を再生中に右クリックして「詳細統計情報」を見ると、「Volume/Normalized 100%/41%(content loudness 7.7dB)」と表示される。つまり、約7.7dBボリュームを下げた状態で再生されていることになる。
iZotopeの音楽編集ソフト「iZotope RX 7 Audio Editor」を使って「Pretender」のラウドネスを測定してみると、この楽曲は「-6.3LUFS」と表示された。ラウドネスノーマライゼーションの基準レベルは配信サイトによって異なるので、一概には言えないが、これらの情報を照らし合わせて考えると、おおよそ7〜8dB程度、ボリュームが下がった状態で再生されているということが推測される。
なお、ラウドネスノーマライゼーションは文字通り「標準化」であるので、必ずしもボリュームを下げるわけではなく、サービスによっては基準レベルより低い楽曲については上げることもある。ただし、現在ヒットチャートを賑わすような楽曲についてはほとんどが「基準レベルを超えたラウドネス」を持っているため、下げられることの方がほとんどと言えるだろう。
そもそもラウドネスとは何を指しているのか、またラウドネスノーマライゼーションは、オーディオファンにとってどういう意味を持つものなのか、スタジオエンジニアリングに関する情報発信を積極的に行っているDavid Shimamotoさんに話を聞いた。
David Shimamoto
ボーカル編集サービス Vocal-EDIT.com 代表。California Institute of the Arts/Music Technology学科卒。株式会社USENの社内SSLスタジオに在籍後、国際映像伝送の業務に転向。その後、十数年を経て再び音楽の世界に。ラウドネスの話題を中心に、ミックス&マスタリングにまつわるよもやま話を独自の視点で取り上げた著書「とーくばっく〜デジタル・スタジオの話」は、自費出版本でありながら多くの音大や専門学校で講義に採用され、ニコニコ動画の公式ブログでも参考資料として紹介されている。twitter ID:@gyokimae
■人の耳への聴こえ方を数値化する「ラウドネス」
ラウドネスノーマライゼーションは、そもそも欧米の放送局などで導入されたコンテンツの再生音量を標準化する仕組みである。EBU(欧州放送協会)/ITU(国際電気通信連合)という業界団体が策定した仕様が現在世界的に活用されている。ラウドネスを表す単位として、主にLUFS(Loudness Units Full Scale)が用いられている(LKFSという単位が使われることもあるが意味はほぼ同じ)。
TV放送において、CMやドラマ、音楽番組などコンテンツによって音量がいちいち異なっていたら、視聴者に不便を強いてしまう。そのため、放送局の要請としてある一定の基準が策定されることになったのだ。
そもそも「ラウドネス」というのは、単なるボリューム、電気信号のレベルの大小とは異なる概念である。人間の耳はすべての周波数において同じように聴こえるわけではないため、「人の耳にどのくらいの大きさに聴こえるか」ということを踏まえ、それを定量的に落とし込む方式として「ラウドネス」という概念が生まれたのだ。
似たようなニュアンスの言葉として「音圧」という言葉もある。「音圧」という言葉がもともと持っていた意味は、人間の耳が捉えることのできる最小レベルに対してどれだけ大きいか、ということを圧力の単位を持って表したものである。しかし、現在では「音圧戦争」という言葉に代表されるように、その意味するところに若干のずれが生じている。
そのため、本稿ではShimamoto氏の意向を踏まえ、あえて「音圧」という言葉を使わず、デジタル信号の大小を示す“信号レベル”と、人の耳への聴こえを数値化した“ラウドネス”という2つの言葉で説明を試みたい。
(なお、ラウドネス値の算出方法は複雑なため、ここでは割愛する。本記事の理解においては、ラウドネス値=LUFSは数字が大きいほど、音を大きく感じるというところだけ押さえていただきたい)
■ストリーミングサービスにおけるラウドネスノーマライゼーションの役割
放送ユースとしてラウドネスノーマライゼーションが使われている場合は、一般リスナーがその存在を意識することはほとんどない。しかし、音楽ストリーミングサービスの開始によって、音楽リスナーにとっても大きな意味を持つようになってきているのだ。具体的には、そのオンオフを、ユーザーサイドがアプリ上で設定できるようになったことにある。
ストリーミングサービスにおけるラウドネスノーマライゼーションの意義について、Shimamoto氏はこう語る。「音楽作品は作られた時代やアルバムごとによって音量が非常に異なっています。CDでアルバム1枚を再生する場合は、最初に適切なボリュームに調整すればすみましたが、音楽配信では、さまざまな年代、ジャンルの音楽がシャッフル再生されることになります。この時、曲ごとに音量差があると、ユーザーがいちいちボリュームを調整しないといけません。そのため、ユーザー体験をより良くするための仕組みが必要とされるようになりました」
音楽ストリーミングにおいて、ラウドネスノーマライゼーションは、一般にアルバム単位で体感音量を示すラウドネス値を算出し、基準値以上の楽曲はアプリ上でボリュームを下げて基準値になるよう再生するという形で機能する。
現在このようなラウドネスノーマライゼーションの搭載を公表しているサービスには、TIDAL、Amazon Music HD、Spotifyのほか、ニコニコ動画にも活用されている。YouTubeも公式にアナウンスこそはしていないものの、同じ国際規格に準じた仕組みを採用していることが確認されている。一方、mora qualitasやLINE MUSICのように、このような基準を設けていないストリーミングサービスもある(※2020年10月現在)。
ヨーロッパの放送局では-23LUFSプラスマイナス1という基準が採用されている。ストリーミングサービスではこの数値を必ずしも公表しているわけではないが、例えばTIDALでは-14LUFS、ニコニコ動画では-15LUFSと発表されている。また、SpotifyではReplay Gainという異なる基準を用いているが、おおよそ-14LUFS程度と想定されている。
■ラウドネスノーマライゼーションがオーディオ試聴に与える影響
ラウドネスノーマライゼーションは実際にどの程度影響を与えているのか、いくつかの音楽サービスで試してみた。曲はOfficial髭男dismの「Pretender」を使っている。
ラウドネスノーマライゼーションの設定は、PC用アプリやスマートフォンアプリに組み込まれている。デフォルトではオンになっていることが多く、例えばAmazon Music HDならば「設定」から「ラウドネスノーマライゼーション」のチェックを外すことができる。Spotifyならば「音量標準設定・すべての曲を同じ音量で再生する」という項目でオンオフが可能だ。
まずはPCのSpotifyアプリから「Pretender」を普通に再生する。その後、設定から「音量標準設定・すべての曲を同じ音量で再生する」の項目をオフにし、曲を再び再生すると、単なるヘッドフォンでの試聴においても、明確にボリュームが上がったことを感じられた(注:Spotifyでのラウドネスノーマライゼーションは、一旦曲を停止し、次の曲を新たに再生しなおしたときに効果が出る。一時停止ではこの機能は効かない)。
今度はAmazon Music HDで試してみよう。こちらは、楽曲の再生途中でも、「ラウドネスノーマライゼーション」のチェックを外すと明確にボリュームが変わるので、分かりやすい。Amazon Music HDがどのような基準を設けているのか明確な言明は見つけられなかったが、Alexa向けのコンテンツ制作時のガイドラインとして-14LUFS相当、という表記があるので、これと同等の基準が設けられている可能性が高い。
今度はYouTubeで確認してみよう。YouTubeにはラウドネスノーマライゼーションのオンオフの機能はないが、「統計情報」から、どれだけオリジナルの音源からボリュームが下がってるのかを確認することができる。「Pretender」を再生中に右クリックして「詳細統計情報」を見ると、「Volume/Normalized 100%/41%(content loudness 7.7dB)」と表示される。つまり、約7.7dBボリュームを下げた状態で再生されていることになる。
iZotopeの音楽編集ソフト「iZotope RX 7 Audio Editor」を使って「Pretender」のラウドネスを測定してみると、この楽曲は「-6.3LUFS」と表示された。ラウドネスノーマライゼーションの基準レベルは配信サイトによって異なるので、一概には言えないが、これらの情報を照らし合わせて考えると、おおよそ7〜8dB程度、ボリュームが下がった状態で再生されているということが推測される。
なお、ラウドネスノーマライゼーションは文字通り「標準化」であるので、必ずしもボリュームを下げるわけではなく、サービスによっては基準レベルより低い楽曲については上げることもある。ただし、現在ヒットチャートを賑わすような楽曲についてはほとんどが「基準レベルを超えたラウドネス」を持っているため、下げられることの方がほとんどと言えるだろう。
次ページラウドネスノーマライゼーションの設定はどうするのがよい?
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