公開日 2024/02/16 06:45
笠置シヅ子「東京ブギウギ」、貴重SP盤からデジタル復刻。関係者が語る作業秘話
NHK 朝の連続テレビ小説「ブギウギ」でも放映中
現在放映中のNHK 朝の連続テレビ小説「ブギウギ」。戦前戦後に活躍し、「ブギの女王」と呼ばれた流行歌手・笠置シヅ子の人生をモデルとした物語である。朝ドラは彼女の最大のヒット曲、「東京ブギウギ」の収録にいたり佳境を迎えている。
笠置シヅ子は、日本コロムビアに多くの録音を遺しているが、昭和20年代から30年代にかけて録音されたものが多く、現存する音源も少ない。そんな貴重な音源を、改めてデジタル化する取り組みが昨年から行われており、「笠置シヅ子の世界 〜東京ブギウギ〜」としてCDおよび配信にてリリースされている。
プロデュースを担当した日本コロムビアの衛藤邦夫氏によると、この復刻プロジェクトは朝ドラで「ブギウギ」が放映されると発表された2022年6月ごろからスタートしたという。
笠置シヅ子が活躍した時代は、まだ日本にアナログテープは存在しない。レコーディングは蝋盤に針で音を刻み、その凹凸を「金属原盤」に転写することでマスター原盤が作られていたという。日本コロムビアには当時の貴重な「金属原盤」も残されており、その原盤をベースにアナログテープに録音、デジタル化した音源も今回のアルバムには収録されている。
だが、笠置シヅ子の場合は「流行歌手」であったことが災いしたのか、金属原盤もすでに多くが廃棄されてしまっていたのだという。そのため、当時発売されたSPレコードを入手し、そこから「板起こし」することでデジタル化の作業が行われた。このアーカイヴ化の作業に大きく貢献したのが、音楽史研究家の郡修彦氏である。
郡氏は「今回のアルバムは、笠置シヅ子の貴重な音源を、なるべく良い音質でデジタル化したい、という思いで取り組みました」とコメント。「古い録音ですので、どうしてもノイズは入ってしまいます。デジタルでノイズを取ることはできるのですが、やりすぎると音楽のダイナミックレンジが失われてしまいます。過去の音源には、残念ながらあまり良い状態でデジタル化されていないものもあります。なんとか彼女の声を良い状態で残す、その塩梅を探るのが今回はとても難しいテーマでした」と制作の苦労を振り返る。
郡氏によると、板起こしの作業はまず状態のよいSP盤を探すところから始まったとのこと。SP盤はシェラックと呼ばれる天然樹脂で、割れやすく、再生すればするほど盤が削れてしまう。そのため、なるべく再生回数の少ないもの、傷などのないものを探し出す。コレクターやマニア、博物館などの「SP盤コレクターのネットワーク」のツテを頼って貸し出してもらったり、近年ではインターネットで落札することもあるという。
その中から、「これは」というものが見つかったら、郡氏の自宅にあるアナログプレーヤーでデジタルデータ化していく。「SP盤は78回転、と言われていますが必ずしも正確ではない場合が多くあります。録音されたその日の機械の調子で早かったり遅かったりするんですね。それを測定器を使用しながらベストな状態を探っていきます」(郡氏)
戦時中ならではのエピソードも飛び出してくる。「昭和21年ごろまでのSP盤は良いのですが、22年、23年ごろにリリースされた盤は明らかに材質が劣化しています。おそらく物資不足で粗悪な盤しか作れなかったのでしょうね。その時代の盤は、今聴くとざらざらとした音になってしまいます」(郡氏)
笠置シヅ子のSP盤はロングセラーになったものも多く、後期にリリースされたより状態の良いものがあれば、そちらの盤が採用されている。
「デジタル化に使用するカートリッジの針にもこだわりがあります。SP盤の溝幅はカットした機械によって細いものや太いものがまちまちです。太い音溝に対して細い針先を使用すると、針先が暴れてノイズ源になってしまうのです。針も複数用意しており、聴きながら適切なサイズのものを選定しています」(郡氏)
こうしてデジタル化されたデータは、日本コロムビアに送られ、マスタリング、そしてデジタル上でノイズを除去する作業が行われる。これを担当するのが宇野氏である。
宇野氏の作業現場では、ディスプレイ上に波形が表示されており、ところどころに鋭いピークがみられる。「このピークがプチっというノイズになるので、これをひとつひとつ耳で確認しながら取っていきます。ある程度一括で処理することもできるのですが、やりすぎると音がなまった感じになってしまいます。SP盤ですから1曲3分程度と短いのですが、なかなか根気のいる作業でしたよ」(宇野氏)
現在は、「東京ブギウギ」の作曲家であり、笠置シヅ子の盟友とも言える服部良一の音源のアーカイブ化も進めているところ。「服部良一秘曲集」(3月13日発売予定)というタイトルで、これまであまり取り上げられてこなかった「国民歌謡」や企業のPRソング、“ご当地ブギ”など珍しい音源ばかりを集めた作品集になる。
笠置シヅ子と同じような作業を行なったということで、「服部良一秘曲集」のマスタリング作業の模様も見せてもらった。例えば「なかなかノイズが多くて苦戦した」という二葉あき子の「亀有ブルース」。こちらは状態の思わしくないSP盤1枚しか見つからず、やむを得ずこちらからデジタル化を行ったのだという。
郡氏が板起こしした生のデータを聴くと、確かにプチパチやざらざらとした音が耳につく。だが、宇野氏が整えた最終版データと聴き比べると、ノイズに埋もれて遠くに聴こえていた声やオーケストラのサウンドが前面にでて、ぐっと聴きやすくなる。サーと擦れる音が完全に消えたわけではないが、低域の音も聴き取りやすく調整されている。
一方、新品に近い状態のSP盤が見つかったという並木路子による「カステラ娘」は、板起こしのデータでも非常に音質クオリティが高く、伸びやかな歌声が流れてくる。紛れもない1発録りで、オケとヴォーカルの掛け合いも見事、まさに当時の録音技術の高さも感じられる。少々のノイズっぽさもまた、歴史を超えてきた貴重な音に触れているという興奮を高めてくれる。
「笠置シヅ子の世界」は、Spotify等のストリーミングサイトでも配信されている。配信バージョンには、CD制作後に発見された「大島ブギー」の音源も追加された完全版となっている(大島ブギーはCDとしては『服部良一秘曲集』に収録)。
美空ひばりも憧れたという笠置シヅ子の歌声、ぜひ朝ドラと一緒に楽しんで欲しい。
笠置シヅ子は、日本コロムビアに多くの録音を遺しているが、昭和20年代から30年代にかけて録音されたものが多く、現存する音源も少ない。そんな貴重な音源を、改めてデジタル化する取り組みが昨年から行われており、「笠置シヅ子の世界 〜東京ブギウギ〜」としてCDおよび配信にてリリースされている。
プロデュースを担当した日本コロムビアの衛藤邦夫氏によると、この復刻プロジェクトは朝ドラで「ブギウギ」が放映されると発表された2022年6月ごろからスタートしたという。
笠置シヅ子が活躍した時代は、まだ日本にアナログテープは存在しない。レコーディングは蝋盤に針で音を刻み、その凹凸を「金属原盤」に転写することでマスター原盤が作られていたという。日本コロムビアには当時の貴重な「金属原盤」も残されており、その原盤をベースにアナログテープに録音、デジタル化した音源も今回のアルバムには収録されている。
だが、笠置シヅ子の場合は「流行歌手」であったことが災いしたのか、金属原盤もすでに多くが廃棄されてしまっていたのだという。そのため、当時発売されたSPレコードを入手し、そこから「板起こし」することでデジタル化の作業が行われた。このアーカイヴ化の作業に大きく貢献したのが、音楽史研究家の郡修彦氏である。
郡氏は「今回のアルバムは、笠置シヅ子の貴重な音源を、なるべく良い音質でデジタル化したい、という思いで取り組みました」とコメント。「古い録音ですので、どうしてもノイズは入ってしまいます。デジタルでノイズを取ることはできるのですが、やりすぎると音楽のダイナミックレンジが失われてしまいます。過去の音源には、残念ながらあまり良い状態でデジタル化されていないものもあります。なんとか彼女の声を良い状態で残す、その塩梅を探るのが今回はとても難しいテーマでした」と制作の苦労を振り返る。
郡氏によると、板起こしの作業はまず状態のよいSP盤を探すところから始まったとのこと。SP盤はシェラックと呼ばれる天然樹脂で、割れやすく、再生すればするほど盤が削れてしまう。そのため、なるべく再生回数の少ないもの、傷などのないものを探し出す。コレクターやマニア、博物館などの「SP盤コレクターのネットワーク」のツテを頼って貸し出してもらったり、近年ではインターネットで落札することもあるという。
その中から、「これは」というものが見つかったら、郡氏の自宅にあるアナログプレーヤーでデジタルデータ化していく。「SP盤は78回転、と言われていますが必ずしも正確ではない場合が多くあります。録音されたその日の機械の調子で早かったり遅かったりするんですね。それを測定器を使用しながらベストな状態を探っていきます」(郡氏)
戦時中ならではのエピソードも飛び出してくる。「昭和21年ごろまでのSP盤は良いのですが、22年、23年ごろにリリースされた盤は明らかに材質が劣化しています。おそらく物資不足で粗悪な盤しか作れなかったのでしょうね。その時代の盤は、今聴くとざらざらとした音になってしまいます」(郡氏)
笠置シヅ子のSP盤はロングセラーになったものも多く、後期にリリースされたより状態の良いものがあれば、そちらの盤が採用されている。
「デジタル化に使用するカートリッジの針にもこだわりがあります。SP盤の溝幅はカットした機械によって細いものや太いものがまちまちです。太い音溝に対して細い針先を使用すると、針先が暴れてノイズ源になってしまうのです。針も複数用意しており、聴きながら適切なサイズのものを選定しています」(郡氏)
こうしてデジタル化されたデータは、日本コロムビアに送られ、マスタリング、そしてデジタル上でノイズを除去する作業が行われる。これを担当するのが宇野氏である。
宇野氏の作業現場では、ディスプレイ上に波形が表示されており、ところどころに鋭いピークがみられる。「このピークがプチっというノイズになるので、これをひとつひとつ耳で確認しながら取っていきます。ある程度一括で処理することもできるのですが、やりすぎると音がなまった感じになってしまいます。SP盤ですから1曲3分程度と短いのですが、なかなか根気のいる作業でしたよ」(宇野氏)
現在は、「東京ブギウギ」の作曲家であり、笠置シヅ子の盟友とも言える服部良一の音源のアーカイブ化も進めているところ。「服部良一秘曲集」(3月13日発売予定)というタイトルで、これまであまり取り上げられてこなかった「国民歌謡」や企業のPRソング、“ご当地ブギ”など珍しい音源ばかりを集めた作品集になる。
笠置シヅ子と同じような作業を行なったということで、「服部良一秘曲集」のマスタリング作業の模様も見せてもらった。例えば「なかなかノイズが多くて苦戦した」という二葉あき子の「亀有ブルース」。こちらは状態の思わしくないSP盤1枚しか見つからず、やむを得ずこちらからデジタル化を行ったのだという。
郡氏が板起こしした生のデータを聴くと、確かにプチパチやざらざらとした音が耳につく。だが、宇野氏が整えた最終版データと聴き比べると、ノイズに埋もれて遠くに聴こえていた声やオーケストラのサウンドが前面にでて、ぐっと聴きやすくなる。サーと擦れる音が完全に消えたわけではないが、低域の音も聴き取りやすく調整されている。
一方、新品に近い状態のSP盤が見つかったという並木路子による「カステラ娘」は、板起こしのデータでも非常に音質クオリティが高く、伸びやかな歌声が流れてくる。紛れもない1発録りで、オケとヴォーカルの掛け合いも見事、まさに当時の録音技術の高さも感じられる。少々のノイズっぽさもまた、歴史を超えてきた貴重な音に触れているという興奮を高めてくれる。
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