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公開日 2007/08/07 18:02
話題のソフトを“Wooo”で観る − 第10回『ドリームガールズ』 (BD/HD DVD)
この連載「話題のソフトを“Wooo”で観る」では、AV評論家・大橋伸太郎氏が旬のソフトの見どころや内容をご紹介するとともに、“Wooo”薄型テレビで視聴した際の映像調整のコツなどについてもお伝えします。DVDソフトに限らず、放送や次世代光ディスクなど、様々なコンテンツをご紹介していく予定です。第10回はBD/HD DVDソフト『ドリームガールズ』をお届けします。
■映画のドリームズは実在のガールズグループ?
ちょっと前に、近所の小料理屋で飲んでいた時の話。『キネマ旬報』の往年の名編集長の娘である女将は、たいていの話題作は映画館で筆者より先に見ているほどの人で、その夜も「最近なんか見た?」という話題になり、女将は「あ、そうそう、こないだあれ見たわよ、そう、スリー・ディグリーズの映画よ!」
筆者は、何が起きても動じない冷静な人、で通っているが、この時は箸を持つ手がさすがに中空で止ってしまった。しかし、ショックから立ち直って「いや、それでいいんだ」と思い直したのである。なぜなら、『ドリームガールズ』は、ダイアナ・ロスとシュープリームス、ベリー・ゴーティJr.とモータウンのヒストリーを描いた作品ではなく、架空のガールズグループの出世物語と人間模様、人生の光と影が綾なす哀歓を演技と楽曲で綴った作品である。物語に真実味と親しみやすさを与える目的で、史上最も成功したガールズグループであるシュープリームスのイメージをそこに投影させたに過ぎない。だから、見る人によって映画のドリームズがスリー・ディグリーズであっても、シックであっても別段構わないのである。まさか、キャンディーズや少女隊の映画だと思う人はいないだろうが…。
しかし、逆に『ドリームガールズ』のドリームズがシュープリームスそのもの、ディーナはダイアナ・ロスそのものと思い込んでしまう人もいる。というかそういう人が多いので、お節介ながらシュープリームスとドリームズが重なり合う部分とそうでない部分について整理しておこう。
映画(というかミュージカル)では、デトロイトでキャデラックの販売業を営む音楽好きの男カーティスが、素人発掘オーディションの常連である少女三人組ドリーメッツに目をつけ、中堅歌手のジミー・アーリーのバックコーラスに売り込む。ジミーと専属契約、リードシンガー・エフィの兄C.C.を専属作曲家に音楽業界に打って出たカーティスは、白人中心の世界にさんざん苦杯を舐めさせられ、ヒットのためなら汚い手も厭わない強引な男にいつしか変わる。自身が興したマイナーレーベル・レインボーからドリーメッツ改めドリームズをデビューさせるにあたってカーティスは一計を案じる。パワフルで黒っぽいフィーリングのエフィに代えて軽い声質のディーナをフロントに出して白人受けするポップなグループに生まれ変わらせるのだ。何より、ディーナには舞台栄えする華やかな容姿があった。ずっとエフィを愛人にしていたカーティスの心もディーナに移っていた…。
■実際のモータウンとシュープリームスの史実
黒人が経営する初のレコード会社「モータウン」を1950年代の終わりに興した、実在の立志伝中の男の名は“ベリー・ゴーティJr.”。バンタム級プロボクサーとして8戦6勝1敗1引き分けの戦歴を残して朝鮮戦争に出征、復員後ジャズの虜になりデトロイトにレコード店を開業するが失敗してしまう。しかし、音楽への思いは断ちがたく、フォードの組立工として働き資金を貯めながらチャンスを窺う。ゴーディの音楽業界のキャリアは原盤製作から始まった。企画製作した音楽を大手レコード会社に売り込む仕事である。有能な片腕に女性プロデューサーのレイノマ・ライルズが加わり、インデペンデントレーベル・タムラを創設、レイノマはゴーティの妻になる。後年モータウンの版権管理会社として発足するジョーベット音楽出版社は、ゴーティとレイノマの間に生まれた三人の娘の名にちなんで命名されている。
1957年、マタドールズを率いる歌手スモーキー・ロビンソンと出会いゴーティの人生に飛躍が訪れる。原盤権の(大手への)リースでなく、製造、販売、宣伝の全てをやる一人前のレコード会社にすべきだ、というスモーキーの勧めでゴーティは新レーベルを創設する。それがモータウンである。1960年タムラから発売されたスモーキー・ロビンソン&(マタドールズ改め)ミラクルズの「ショップ・アラウンド」が全米チャート2位に登る大ヒットを記録。次第に多くの有望な新人が集まりタムラ/モータウンは黒人アーティストの梁山泊になる。ビートルズもカバーしたNo.1ヒット曲「プリーズ・ミスター・ポストマン」のマーヴェレッツを始め、スピナーズ、エディ・ホーランド、リトル・スティーヴィー・ワンダー、マーヴィン・ゲイらである。しかし、順風万帆のモータウンにも悩みの種というかお荷物タレントがいた。看板スター・プライムズ(後にテンプテーションズ)の女性版としてデビューした「プライメッツ」であった。
最初三人組でスタートしたが当時のガールズグループは4人が主流だったので人数合わせのためにダイアナ・ロスが加入、しかしその後すぐ1人が辞め3人組に戻ってしまった。ゴーディの発案で名前を「シュープリームス」に改めたり、リードシンガーをフローレンス・バラードから、軽く華やかな声質で舞台栄えするダイアナ・ロスに変えたり色々やってはみたものの、3枚出したシングルの最高位が75位とさっぱり振るわず、結成5年後に付いた渾名が「ノー・ヒット・シュープリームズ」(売れないタレントの最高峰)。しかし、マーヴェレッツが嫌って捨てた曲「Where did our love go?」をレコーディングしたらこれが彼女らの持ち味とズバリ一致、全米ポップチャート第一位に登り詰める。その後の飛ぶ鳥を落とす活躍は誰もが知るとおり。シュープリームスに命を吹き込んだのはメンバーチェンジでなく、時代の気分を表現する楽曲との出会いだったである。
映画『ドリームガールズ』の筋書き上の骨格は、リードシンガーの座から降ろされ愛人を奪われすべてを失うエフィと、夫の庇護で大衆のディーヴァに登り詰めていくディーナという、二人の歌手にしてオンナの人生の明暗である。しかし、これは特定のグループや映画のドリームズに限った話ではない。ポップグループにメンバーチェンジは付き物である。シュープリームスが結成時にその名をあやかった5人組男声グループのテンプテーションズには実に19人ものシンガーが在籍した。「飲む、打つ、買う」三拍子揃っていたであろう男たちの「艶」が綾なすハーモニーが彼らの音楽の艶だったのである。
ダイアナが加入する前のシュープリームスのリードシンガーはフローレンス・バラードで、スターダムにのし上がってもダイアナ、そしてモータウンとの確執をずっと抱き続け、グループ名が1968年に「ダイアナ・ロス&シュープリームス」に改まったのをきっかけに退団してしまう。つまり、エフィのモデルといえなくもない。映画『ドリームガールズ』は、実力派シンガーとして再起したエフィがドリームズの解散コンサートにもう一人のドリームガールとして舞台に立ち、わだかまりの解けたディーナたちをバックコーラスに従え、人生賛歌を歌い上げるという麗しい結末で締めくくられる。
じゃあ、実在のフローレンス・バラードはどうだったかというと、退団後にモータウンを告訴、結審に至らないままその後のダイアナ・ロスの活躍を脇目に見ながら病死している。現実はこのようにほろ苦い。だからこそ、つかの間現実を忘れさせる娯楽映画の結末は甘くビューティフルでなければならない。
■映画の再生上のポイント
いま筆者の手元にある一枚のCDのタイトルは、「DREAM GIRLS/ORIGINAL CAST ALBUM」(DECCA BROADWAY2007-2)。1981年12月にブロードウェイで初演されたミュージカルのCD収録である。ここでは、1981年初演の舞台と映画の比較論に踏み込むことはしないが(筆者は舞台を見ていない)、ジャケットの曲目リストを見ると、映画のハイライトシーンでディーナがカーティスとの訣別を歌い上げる「Listen」が収録されておらず、エフィのナンバー中心に選曲されている。ミュージカル(音楽劇)としての主役はエフィなのである。そのオリジナルキャストがジェニファー・ホリデイ。映画でエフィを演じたジェニファー・ハドスンが、子供時代にホリデイの歌を生で聴いて人間が歌っているとは信じられなかった、と語るエピソードがブルーレイディスクの特典に収録されている。ハドスンは四半世紀後にその役を手中にしてアカデミー助演女優賞を獲得するわけだが、映画版がお好きならCDもあわせてお聴きになるといい。若妻の嘆き風のジェニファー・ハドスンに対してジェニファー・ホリデイは歌唱力やナンダカンダを超えてもう「オンナの妖怪」、凄すぎる。
この連載の目的はサウンドの聴き所や再生術でなく、日立のプラズマテレビ“Wooo”「P50-XR01」で映像作品の見所と再生のコツを探ることだから、そろそろ本題に入ろう。映画『ドリームガールズ』は他の映画以上に、DVDでなくハイビジョンディスクと優れたフルハイビジョンテレビで見ることをお薦めしたい。そして、プラズマテレビや薄型テレビの画質が問われるソフトでもある。逆にハイビジョンディスクにして誠に残念なのは、ミュージカル最新作なのに音声がリニアPCMあるいはロスレスオーディオ(ドルビーTrueHD、DTS HDマスターオーディオ)でないことだ。DVDと同じドルビーデジタルであってもBlu-ray/HD DVDの方が音質はずっとよく、オーディオ機器の質を上げていけばそれなりに歌唱の芯に迫っていけるが、ジェニファー・ハドスンの声が伸びきらない。発売元のパラマウントに再考を望みたい。
映画の再生上の最大のポイントは、ドリームズの三人娘と彼女たちを取り巻く男たちに扮する俳優たちの褐色の肌を自然に描くことである。この映画の主要な役に白人俳優は出演しない。前半は、ドサ回りの演奏会場やツアーバス、ナイトクラブが舞台で、十代の少女に扮した彼女たちの活き活きとした表情や目の輝きが暗がりの中から伝わってこないといけない。ディスプレイ(テレビ)にコントラストの表現力が足りないと、演技やドラマの進行が暗い背景に埋没して見づらくなる。この点で日立のP50-XR01は暗い基調の中でのコントラストの描き分けが優れていて、ドリームズとレインボーレコードの「夜明け前」を自然に美しくなめらかに表現、ストレスなく映画を楽しませる。液晶方式より、プラズマ方式の方がこの映像に適していることはいうまでもない。
映画版の主演女優はビヨンセで、彼女の起用には賛否両論あるようだが、筆者は正直言って彼女がいればこその企画だったと思う。これだけ美しい黒人女優(歌手)にはお目にかかったことがなく、特に十代のディーナを演じたスッピン風メイクには眼が吸い寄せられる。褐色の肌にも質感と濃淡が無限にあって、セギノールとクロマティでは肌の色がまるで違い(喩えが妙だが)、これもディスプレイの試金石である。日立のフルハイビジョンテレビ「P50-XR01」はPicture Master Full HDという優れた映像回路を搭載、コントラストに加えて色相、彩度のコントロールが正確である。黒人俳優たちの肌の色を的確に描き分け、歌手である以前に一人のオンナ、男であることの孤独と誇りを表現しきった。
ショービズの世界を描くミュージカル映画であるから、歌のシーンに加えダンスシーンや華やかなステージシーンで全編が綴られていくが、ドリームズの衣装デザインがまたカラフルでゴージャスである。デビュー直後、そしてスター街道まっしぐらの時期は、ブルー、白、赤といった肌の色と対比的なコントラストのアグレッシブな色使いの衣装中心だが、ラストの解散コンサートでは化粧直しの後、彼女たちの黒髪や褐色の肌としっとりと調和するダークグレイとチャコールグレイの生地のスパンコールドレスをまとって、白人や黒人、多くの観客が見守る舞台に登場する。
「白人にも受ける」サウンドで大スターになったドリームズが、膚そのままの色と豊かでしなやかな肉体の量感を露にしたドレスを最後に纏うことで、黒人歌手であることの誇りを表現しているのだ。スパンコールドレスに散りばめられたラメの輝きが彼女たちのプライドであり、しなやかなシルクの生地は肉体の誇りである。だから、これがボヤけていたらテレビとしてダメ、フィナーレがぶち壊しである。P50-XR01とブルーレイディスクの組み合わせはフルハイビジョンならではきめ細かな解像力で衣装と肌の質感を正確に伝え、「夢の実現」が単に一ガールズグループの音楽上の野心でなく、“Black is Beautiful”、疾風怒濤の1960年代を駆け抜けたアメリカ黒人の凱歌であることが伝わってくる。
母の舞台姿に眼を潤ませる少女の姿に気付いてバルコン席を抜け出し、父の顔を知らずに育った娘に許しを請うようにかたわらに立ち尽くすカーティスを描くエンディングは、子沢山で子煩悩なオヤジだった実在のゴーティとの隔たりからも、『ドリームガールズ』を特定のグループの物語でなく、男と女、家族の結びつきを描いた普遍的な(ありふれた)人生の物語へと引き戻す。その直前・直後に降り注ぐ金色の雨は、登場人物すべての感情の浄化と赦しを表現している。ここでもハイビジョンならではのクライマックス効果が楽しめる。
ディスプレイには、暗い背景のなかの細かな(小面積の)無数の輝き(高輝度信号)を膨張せずに描き出すコントラストの振幅と、自然な色彩表現力が求められる。P50-XR01はここもきれいにクリアする。ただし、『ドリームガールズ』はブルーレイディスクだけでなくHD DVDも同時に発売されていて、前者はMPEG2、後者はVC-1と収録方式が違う。筆者はP50-XR01で両方を見比べたが、HD DVDの方が僅差ではあるが情報量と質感のリアリティで勝っている。それを正確に伝えるのも優れたディスプレイの条件といえるだろう。
■P50-XR01の調整値と「なめらかシネマ」
ラストの解散コンサートのシーンを例に「P50-XR01」の調整を行った。調整値は下記の通りである、この設定で映画『ドリームガールズ』全編を楽しく見ることができるはずだ。これから秋にかけて薄型テレビの新製品が続々発売されるが、液晶陣営も含めて各社の製品に相次いで搭載される勢いの機能が、映画ソフトをより自然に見るため24コマから30コマへの変換過程で生まれる不規則性を解決する回路である。一部の液晶では倍速120コマに変換する過程でそれを行う。
P50-XR01に搭載されている「なめらかシネマ」はその先駆けといえる機能で、従来のように前後のフレームをそのまま補間コマとして使うのでなく、動きのベクトル変化から中間的なコマを新に生成して間を埋めていくのである。『ドリームガールズ』も全編をこの「なめらかシネマ」をオンにして見ている。効果の分かりやすさという点では、例えば映像の中の被写体がもっと単純な動き方をするスタジオジブリの旧作アニメなどでその改善効果がはっきり確認できる。クルマがノックした時のようなギクシャクした動きが緩和され、つながりのあるなめらかな動きに変わるのである。
『ドリームガールズ』は俳優の歌とクローズアップの演技が中心で、画面の中を大きな被写体が横切ったり、カメラが都市の風景を俯瞰で動いていくような撮影がほとんどなく、「なめらかシネマ」の効果が一見わかりにくいが、女優たちのダンスの振りやアクションの流れが自然で、2時間見ていても疲れない。私たちはあくまで俳優の表情や肉体の演技中心に映画をみているのであって、クルマや飛行機の移動を見ているのでない。俳優の動きを自然に見せる映像の工夫は視聴の大きな助けになる。映像は古今東西限りなく、「なめらかシネマ」がさらに改善されてもっと効果を上げてほしいシーンもあるが、他社に先駆けてその緒に就いたことは高く評価されるべきだろう。これからさらに多くの映像で「なめらかシネマ」の効果を確認していきたい。
※参考資料『モータウン・ハンドブック』(株)K&Bパブリシャー刊
P50-XR01『ドリームガールズ』での調整値
・映像モード:シネマティック
・明るさ:-3
・黒レベル:-2
・色の濃さ:-6
・色合い:+3
・画質:-4
・色温度:低
・ディテール:切
・コントラスト:リニア
・黒補正・LTI・CTI・YNR・CNR:切
・3次元Y/C:入
・MPEG NR:切
・映像クリエーション:なめらかシネマ
・デジタルY/C:入
・色再現:リアル
(大橋伸太郎)
大橋伸太郎 プロフィール
1956 年神奈川県鎌倉市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。フジサンケイグループにて、美術書、児童書を企画編集後、(株)音元出版に入社、1990年『AV REVIEW』編集長、1998年には日本初にして現在も唯一の定期刊行ホームシアター専門誌『ホームシアターファイル』を刊行した。ホームシアターのオーソリティとして講演多数2006年に評論家に転身。趣味はウィーン、ミラノなど海外都市訪問をふくむコンサート鑑賞、アスレチックジム、ボルドーワイン。
バックナンバー
・第1回『ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女』
・第2回『アンダーワールド2 エボリューション』
・第3回『ダ・ヴィンチ・コード』
・第4回『イノセンス』 (Blu-ray Disc)
・第5回『X-MEN:ファイナル デシジョン』 (Blu-ray Disc)
・第6回『16ブロック』 (Blu-ray Disc)
・第7回『イルマーレ』 (Blu-ray Disc)
・第8回『スーパーマン』シリーズ (Blu-ray Disc)
・第9回『パイレーツ・オブ・カリビアン』 (Blu-ray Disc)
■映画のドリームズは実在のガールズグループ?
ちょっと前に、近所の小料理屋で飲んでいた時の話。『キネマ旬報』の往年の名編集長の娘である女将は、たいていの話題作は映画館で筆者より先に見ているほどの人で、その夜も「最近なんか見た?」という話題になり、女将は「あ、そうそう、こないだあれ見たわよ、そう、スリー・ディグリーズの映画よ!」
筆者は、何が起きても動じない冷静な人、で通っているが、この時は箸を持つ手がさすがに中空で止ってしまった。しかし、ショックから立ち直って「いや、それでいいんだ」と思い直したのである。なぜなら、『ドリームガールズ』は、ダイアナ・ロスとシュープリームス、ベリー・ゴーティJr.とモータウンのヒストリーを描いた作品ではなく、架空のガールズグループの出世物語と人間模様、人生の光と影が綾なす哀歓を演技と楽曲で綴った作品である。物語に真実味と親しみやすさを与える目的で、史上最も成功したガールズグループであるシュープリームスのイメージをそこに投影させたに過ぎない。だから、見る人によって映画のドリームズがスリー・ディグリーズであっても、シックであっても別段構わないのである。まさか、キャンディーズや少女隊の映画だと思う人はいないだろうが…。
しかし、逆に『ドリームガールズ』のドリームズがシュープリームスそのもの、ディーナはダイアナ・ロスそのものと思い込んでしまう人もいる。というかそういう人が多いので、お節介ながらシュープリームスとドリームズが重なり合う部分とそうでない部分について整理しておこう。
映画(というかミュージカル)では、デトロイトでキャデラックの販売業を営む音楽好きの男カーティスが、素人発掘オーディションの常連である少女三人組ドリーメッツに目をつけ、中堅歌手のジミー・アーリーのバックコーラスに売り込む。ジミーと専属契約、リードシンガー・エフィの兄C.C.を専属作曲家に音楽業界に打って出たカーティスは、白人中心の世界にさんざん苦杯を舐めさせられ、ヒットのためなら汚い手も厭わない強引な男にいつしか変わる。自身が興したマイナーレーベル・レインボーからドリーメッツ改めドリームズをデビューさせるにあたってカーティスは一計を案じる。パワフルで黒っぽいフィーリングのエフィに代えて軽い声質のディーナをフロントに出して白人受けするポップなグループに生まれ変わらせるのだ。何より、ディーナには舞台栄えする華やかな容姿があった。ずっとエフィを愛人にしていたカーティスの心もディーナに移っていた…。
■実際のモータウンとシュープリームスの史実
黒人が経営する初のレコード会社「モータウン」を1950年代の終わりに興した、実在の立志伝中の男の名は“ベリー・ゴーティJr.”。バンタム級プロボクサーとして8戦6勝1敗1引き分けの戦歴を残して朝鮮戦争に出征、復員後ジャズの虜になりデトロイトにレコード店を開業するが失敗してしまう。しかし、音楽への思いは断ちがたく、フォードの組立工として働き資金を貯めながらチャンスを窺う。ゴーディの音楽業界のキャリアは原盤製作から始まった。企画製作した音楽を大手レコード会社に売り込む仕事である。有能な片腕に女性プロデューサーのレイノマ・ライルズが加わり、インデペンデントレーベル・タムラを創設、レイノマはゴーティの妻になる。後年モータウンの版権管理会社として発足するジョーベット音楽出版社は、ゴーティとレイノマの間に生まれた三人の娘の名にちなんで命名されている。
1957年、マタドールズを率いる歌手スモーキー・ロビンソンと出会いゴーティの人生に飛躍が訪れる。原盤権の(大手への)リースでなく、製造、販売、宣伝の全てをやる一人前のレコード会社にすべきだ、というスモーキーの勧めでゴーティは新レーベルを創設する。それがモータウンである。1960年タムラから発売されたスモーキー・ロビンソン&(マタドールズ改め)ミラクルズの「ショップ・アラウンド」が全米チャート2位に登る大ヒットを記録。次第に多くの有望な新人が集まりタムラ/モータウンは黒人アーティストの梁山泊になる。ビートルズもカバーしたNo.1ヒット曲「プリーズ・ミスター・ポストマン」のマーヴェレッツを始め、スピナーズ、エディ・ホーランド、リトル・スティーヴィー・ワンダー、マーヴィン・ゲイらである。しかし、順風万帆のモータウンにも悩みの種というかお荷物タレントがいた。看板スター・プライムズ(後にテンプテーションズ)の女性版としてデビューした「プライメッツ」であった。
最初三人組でスタートしたが当時のガールズグループは4人が主流だったので人数合わせのためにダイアナ・ロスが加入、しかしその後すぐ1人が辞め3人組に戻ってしまった。ゴーディの発案で名前を「シュープリームス」に改めたり、リードシンガーをフローレンス・バラードから、軽く華やかな声質で舞台栄えするダイアナ・ロスに変えたり色々やってはみたものの、3枚出したシングルの最高位が75位とさっぱり振るわず、結成5年後に付いた渾名が「ノー・ヒット・シュープリームズ」(売れないタレントの最高峰)。しかし、マーヴェレッツが嫌って捨てた曲「Where did our love go?」をレコーディングしたらこれが彼女らの持ち味とズバリ一致、全米ポップチャート第一位に登り詰める。その後の飛ぶ鳥を落とす活躍は誰もが知るとおり。シュープリームスに命を吹き込んだのはメンバーチェンジでなく、時代の気分を表現する楽曲との出会いだったである。
映画『ドリームガールズ』の筋書き上の骨格は、リードシンガーの座から降ろされ愛人を奪われすべてを失うエフィと、夫の庇護で大衆のディーヴァに登り詰めていくディーナという、二人の歌手にしてオンナの人生の明暗である。しかし、これは特定のグループや映画のドリームズに限った話ではない。ポップグループにメンバーチェンジは付き物である。シュープリームスが結成時にその名をあやかった5人組男声グループのテンプテーションズには実に19人ものシンガーが在籍した。「飲む、打つ、買う」三拍子揃っていたであろう男たちの「艶」が綾なすハーモニーが彼らの音楽の艶だったのである。
ダイアナが加入する前のシュープリームスのリードシンガーはフローレンス・バラードで、スターダムにのし上がってもダイアナ、そしてモータウンとの確執をずっと抱き続け、グループ名が1968年に「ダイアナ・ロス&シュープリームス」に改まったのをきっかけに退団してしまう。つまり、エフィのモデルといえなくもない。映画『ドリームガールズ』は、実力派シンガーとして再起したエフィがドリームズの解散コンサートにもう一人のドリームガールとして舞台に立ち、わだかまりの解けたディーナたちをバックコーラスに従え、人生賛歌を歌い上げるという麗しい結末で締めくくられる。
じゃあ、実在のフローレンス・バラードはどうだったかというと、退団後にモータウンを告訴、結審に至らないままその後のダイアナ・ロスの活躍を脇目に見ながら病死している。現実はこのようにほろ苦い。だからこそ、つかの間現実を忘れさせる娯楽映画の結末は甘くビューティフルでなければならない。
■映画の再生上のポイント
いま筆者の手元にある一枚のCDのタイトルは、「DREAM GIRLS/ORIGINAL CAST ALBUM」(DECCA BROADWAY2007-2)。1981年12月にブロードウェイで初演されたミュージカルのCD収録である。ここでは、1981年初演の舞台と映画の比較論に踏み込むことはしないが(筆者は舞台を見ていない)、ジャケットの曲目リストを見ると、映画のハイライトシーンでディーナがカーティスとの訣別を歌い上げる「Listen」が収録されておらず、エフィのナンバー中心に選曲されている。ミュージカル(音楽劇)としての主役はエフィなのである。そのオリジナルキャストがジェニファー・ホリデイ。映画でエフィを演じたジェニファー・ハドスンが、子供時代にホリデイの歌を生で聴いて人間が歌っているとは信じられなかった、と語るエピソードがブルーレイディスクの特典に収録されている。ハドスンは四半世紀後にその役を手中にしてアカデミー助演女優賞を獲得するわけだが、映画版がお好きならCDもあわせてお聴きになるといい。若妻の嘆き風のジェニファー・ハドスンに対してジェニファー・ホリデイは歌唱力やナンダカンダを超えてもう「オンナの妖怪」、凄すぎる。
この連載の目的はサウンドの聴き所や再生術でなく、日立のプラズマテレビ“Wooo”「P50-XR01」で映像作品の見所と再生のコツを探ることだから、そろそろ本題に入ろう。映画『ドリームガールズ』は他の映画以上に、DVDでなくハイビジョンディスクと優れたフルハイビジョンテレビで見ることをお薦めしたい。そして、プラズマテレビや薄型テレビの画質が問われるソフトでもある。逆にハイビジョンディスクにして誠に残念なのは、ミュージカル最新作なのに音声がリニアPCMあるいはロスレスオーディオ(ドルビーTrueHD、DTS HDマスターオーディオ)でないことだ。DVDと同じドルビーデジタルであってもBlu-ray/HD DVDの方が音質はずっとよく、オーディオ機器の質を上げていけばそれなりに歌唱の芯に迫っていけるが、ジェニファー・ハドスンの声が伸びきらない。発売元のパラマウントに再考を望みたい。
映画の再生上の最大のポイントは、ドリームズの三人娘と彼女たちを取り巻く男たちに扮する俳優たちの褐色の肌を自然に描くことである。この映画の主要な役に白人俳優は出演しない。前半は、ドサ回りの演奏会場やツアーバス、ナイトクラブが舞台で、十代の少女に扮した彼女たちの活き活きとした表情や目の輝きが暗がりの中から伝わってこないといけない。ディスプレイ(テレビ)にコントラストの表現力が足りないと、演技やドラマの進行が暗い背景に埋没して見づらくなる。この点で日立のP50-XR01は暗い基調の中でのコントラストの描き分けが優れていて、ドリームズとレインボーレコードの「夜明け前」を自然に美しくなめらかに表現、ストレスなく映画を楽しませる。液晶方式より、プラズマ方式の方がこの映像に適していることはいうまでもない。
映画版の主演女優はビヨンセで、彼女の起用には賛否両論あるようだが、筆者は正直言って彼女がいればこその企画だったと思う。これだけ美しい黒人女優(歌手)にはお目にかかったことがなく、特に十代のディーナを演じたスッピン風メイクには眼が吸い寄せられる。褐色の肌にも質感と濃淡が無限にあって、セギノールとクロマティでは肌の色がまるで違い(喩えが妙だが)、これもディスプレイの試金石である。日立のフルハイビジョンテレビ「P50-XR01」はPicture Master Full HDという優れた映像回路を搭載、コントラストに加えて色相、彩度のコントロールが正確である。黒人俳優たちの肌の色を的確に描き分け、歌手である以前に一人のオンナ、男であることの孤独と誇りを表現しきった。
ショービズの世界を描くミュージカル映画であるから、歌のシーンに加えダンスシーンや華やかなステージシーンで全編が綴られていくが、ドリームズの衣装デザインがまたカラフルでゴージャスである。デビュー直後、そしてスター街道まっしぐらの時期は、ブルー、白、赤といった肌の色と対比的なコントラストのアグレッシブな色使いの衣装中心だが、ラストの解散コンサートでは化粧直しの後、彼女たちの黒髪や褐色の肌としっとりと調和するダークグレイとチャコールグレイの生地のスパンコールドレスをまとって、白人や黒人、多くの観客が見守る舞台に登場する。
「白人にも受ける」サウンドで大スターになったドリームズが、膚そのままの色と豊かでしなやかな肉体の量感を露にしたドレスを最後に纏うことで、黒人歌手であることの誇りを表現しているのだ。スパンコールドレスに散りばめられたラメの輝きが彼女たちのプライドであり、しなやかなシルクの生地は肉体の誇りである。だから、これがボヤけていたらテレビとしてダメ、フィナーレがぶち壊しである。P50-XR01とブルーレイディスクの組み合わせはフルハイビジョンならではきめ細かな解像力で衣装と肌の質感を正確に伝え、「夢の実現」が単に一ガールズグループの音楽上の野心でなく、“Black is Beautiful”、疾風怒濤の1960年代を駆け抜けたアメリカ黒人の凱歌であることが伝わってくる。
母の舞台姿に眼を潤ませる少女の姿に気付いてバルコン席を抜け出し、父の顔を知らずに育った娘に許しを請うようにかたわらに立ち尽くすカーティスを描くエンディングは、子沢山で子煩悩なオヤジだった実在のゴーティとの隔たりからも、『ドリームガールズ』を特定のグループの物語でなく、男と女、家族の結びつきを描いた普遍的な(ありふれた)人生の物語へと引き戻す。その直前・直後に降り注ぐ金色の雨は、登場人物すべての感情の浄化と赦しを表現している。ここでもハイビジョンならではのクライマックス効果が楽しめる。
ディスプレイには、暗い背景のなかの細かな(小面積の)無数の輝き(高輝度信号)を膨張せずに描き出すコントラストの振幅と、自然な色彩表現力が求められる。P50-XR01はここもきれいにクリアする。ただし、『ドリームガールズ』はブルーレイディスクだけでなくHD DVDも同時に発売されていて、前者はMPEG2、後者はVC-1と収録方式が違う。筆者はP50-XR01で両方を見比べたが、HD DVDの方が僅差ではあるが情報量と質感のリアリティで勝っている。それを正確に伝えるのも優れたディスプレイの条件といえるだろう。
■P50-XR01の調整値と「なめらかシネマ」
ラストの解散コンサートのシーンを例に「P50-XR01」の調整を行った。調整値は下記の通りである、この設定で映画『ドリームガールズ』全編を楽しく見ることができるはずだ。これから秋にかけて薄型テレビの新製品が続々発売されるが、液晶陣営も含めて各社の製品に相次いで搭載される勢いの機能が、映画ソフトをより自然に見るため24コマから30コマへの変換過程で生まれる不規則性を解決する回路である。一部の液晶では倍速120コマに変換する過程でそれを行う。
P50-XR01に搭載されている「なめらかシネマ」はその先駆けといえる機能で、従来のように前後のフレームをそのまま補間コマとして使うのでなく、動きのベクトル変化から中間的なコマを新に生成して間を埋めていくのである。『ドリームガールズ』も全編をこの「なめらかシネマ」をオンにして見ている。効果の分かりやすさという点では、例えば映像の中の被写体がもっと単純な動き方をするスタジオジブリの旧作アニメなどでその改善効果がはっきり確認できる。クルマがノックした時のようなギクシャクした動きが緩和され、つながりのあるなめらかな動きに変わるのである。
『ドリームガールズ』は俳優の歌とクローズアップの演技が中心で、画面の中を大きな被写体が横切ったり、カメラが都市の風景を俯瞰で動いていくような撮影がほとんどなく、「なめらかシネマ」の効果が一見わかりにくいが、女優たちのダンスの振りやアクションの流れが自然で、2時間見ていても疲れない。私たちはあくまで俳優の表情や肉体の演技中心に映画をみているのであって、クルマや飛行機の移動を見ているのでない。俳優の動きを自然に見せる映像の工夫は視聴の大きな助けになる。映像は古今東西限りなく、「なめらかシネマ」がさらに改善されてもっと効果を上げてほしいシーンもあるが、他社に先駆けてその緒に就いたことは高く評価されるべきだろう。これからさらに多くの映像で「なめらかシネマ」の効果を確認していきたい。
※参考資料『モータウン・ハンドブック』(株)K&Bパブリシャー刊
P50-XR01『ドリームガールズ』での調整値
・映像モード:シネマティック
・明るさ:-3
・黒レベル:-2
・色の濃さ:-6
・色合い:+3
・画質:-4
・色温度:低
・ディテール:切
・コントラスト:リニア
・黒補正・LTI・CTI・YNR・CNR:切
・3次元Y/C:入
・MPEG NR:切
・映像クリエーション:なめらかシネマ
・デジタルY/C:入
・色再現:リアル
(大橋伸太郎)
大橋伸太郎 プロフィール
1956 年神奈川県鎌倉市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。フジサンケイグループにて、美術書、児童書を企画編集後、(株)音元出版に入社、1990年『AV REVIEW』編集長、1998年には日本初にして現在も唯一の定期刊行ホームシアター専門誌『ホームシアターファイル』を刊行した。ホームシアターのオーソリティとして講演多数2006年に評論家に転身。趣味はウィーン、ミラノなど海外都市訪問をふくむコンサート鑑賞、アスレチックジム、ボルドーワイン。
バックナンバー
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