公開日 2020/04/20 12:00
これだけは押さえておきたい! ネットオーディオに必須の「ファイルフォーマット」と「スペック」の読み方
PCMとDSD、それぞれの違いと特徴を知る
■現在流通するデジタル音源のほとんどはPCM系
まず、現在流通しているデジタルファイルフォーマットには、大きく分けて「PCM」と「DSD」の2種類が存在する。入手可能な音源は圧倒的にPCMの方が多く、CDやBlu-rayに収録される音声や、ダウンロード配信、ストリーミングサービスなどに活用されており、普段聴き慣れている音楽のほとんどはPCM音源と言ってよいだろう。
PCMは、【Pulse Code Modulation】の頭文字をとったもので、アナログの音楽信号を、サンプリング周波数と量子化ビット数の2つのサンプリングデータによってデジタル化する方式である。よく見かける●●kHz/●●bitという形式で表されるものはすべてPCMの音源である。たとえばCD音源は、44.1kHz/16bitと表現される。これは、1秒間に4万4100回サンプリングを行い、ダイナミックレンジ(音の大小)に関しては16bit=2の16乗=6万5536段階で表すというものだ。kHz/bitの数字が大きいほど、アナログ音源の波形に忠実にデジタル化できるため、音質面で有利とされている。
一方のDSDは、【Direct Stream Digital】の頭文字をとったもので、もともとはSACD(スーパーオーディオCD)の規格のためにソニーとフィリップスが共同開発したものである。ビット深度を1ビットデータの「粗密」で表現するという形式をとっている。DSD音源は、●●MHz/1bitなどという形式で表されることが多い。たとえばSACDに収録されているのは2.8MHz/1bitのDSDデータであり、こちらも数字が大きいほど元のアナログデータに近いとされる。
PCM音源にはさまざまなバリエーションがあり、たとえばWAV、FLAC、ALAC、WMA、AAC、MP3などは、すべてPCMである。これらは、ファイル名の最後の拡張子として、「.wav」「.flac」などと記載されるもので判別ができる。近年注目されるMQAもPCMのコーデックのひとつである(拡張子をリネーム等で変更しても、ファイルフォーマット自体は変わらないので、再生できなくなる可能性がある。ファイルフォーマットの変換には専用のソフトウェアを使って欲しい)。
なぜPCMの音楽データが圧倒的に多いかというと、音楽制作現場において扱いやすいというのがその大きな理由のひとつである。後半のDSDのパートでも解説するが、DSDは編集が難しく、たとえばフェードアウトやカット、ミックスなどといった、現代の音楽制作において必須の操作がほとんどできない。それゆえ、一発録りやアナログテープのアーカイブといった、その後の編集操作が不要な音源について、DSDというフォーマットが採用されることが多いのだ。
■「可逆圧縮」と「非可逆圧縮」を状況に応じて使い分けよう
DAW(=デジタルオーディオワークステーション、デジタルで音楽制作を行うことができるソフトウェアの総称)で作られたデジタル音源は、「WAV」の形式で保存されることが多い。しかしこのWAVデータは非常にサイズが大きく、家庭内の音楽再生では扱いにくい。そこでデータサイズを小さくする手法が用いられるのだが、その際、「可逆圧縮」と「非可逆圧縮」の2つの圧縮パターンが存在する。
可逆圧縮とは、その名の通り「圧縮した後に元に戻すことができる」フォーマットである。具体的にはFLACやALACなどが該当する。圧縮具合によっても容量が変わるが、基本的には「製作者が意図したグレードまで戻すことができる」ため、音質にこだわりたい場合はこちらを推奨したい。e-onkyo musicでは、WAVとFLACの2パターンを配信するものも多い。
非可逆圧縮の音源には、MP3やAACなどが含まれる。データを間引いてデータ容量を減らしているため、Amazon MusicやApple Musicなど、カジュアルなダウンロード配信などで活用されることが多い。しかし、二度とオリジナルのデータに戻すことはできないため、音質を追求したい場合にはあまり推奨できない。ただし、ストレージ容量が制限されているポータブルデバイスに入れて持ち歩きたい場合は、圧縮音源のほうが便利だ。非可逆圧縮だからといって必ずしも忌避するものではなく、音楽を聴きたいシチュエーションに合わせて適切なフォーマットを選べば良い。
ちなみに、YouTubeの音質については、「高音質」とされる場合でも256kbps程度となっている。kbpsとは1秒間に送ることができるデータ量で、この数字が大きいほど音質が良いとされる。ちなみにCDクオリティ(44.1kHz/16bit)の場合、1411kbpsとされるため、現在のところ「高音質」とされるYouTubeでもCD音質には到底及ばない。しかし、今後のネットワーク回線の増強によってはさらに高いクオリティで再生できる可能性もあるだろう。
ストリーミングサービスの音質については、Spotifyなどは回線の状況に合わせて選択することができる。それでも最高音質は320kbps程度であり、Deezerやmora qualitasなどがスタートしている「CDクオリティ」または「ハイレゾクオリティ」の音質には届いていないのが現状だ。また、高音質の音楽伝送はいわゆる「ギガを食う」状態となるため、通信料が余分にかかってしまう。そのため、ネットワークの状態に応じた使い分けが必要だが、5G回線の実用化により、クオリティ面での進化は期待できそうだ。
■DSDの再生対応機器も増えている
DSDは、当初はSACDのためのフォーマットとして開発されたものだが、現在はハイレゾ配信サイト等を通じて、データファイルとして入手可能なものが増えている。アナログデータを「刄ー(デルタシグマ)変調」と呼ばれるアルゴリズムを用い、1bitによる「データの粗密」で量子化するフォーマットのことである。可聴帯域のノイズを高周波領域に追いやる「ノイズシェーピング」の特性を持つため、音質的にもメリットがあるとされている。
しかし、先述したようにDSDはあとからの編集が非常に難しいため、音楽制作現場で積極的に活用されるには至っていない。それゆえに一発録りという録音手法が取られることが多いのだが、すべてのミュージシャンやエンジニアがそれに対応することは難しく、また作りたい音楽の内容にとっては必ずしも最適な手法とは言えない。しかし、そのサウンドクオリティを高く評価するミュージシャンも多く、スキルの高いクリエイターにとっては非常に魅力的なフォーマットでもある。現在は、DSDの収録には、PyramixというDAWが使われることが多い。
DSD再生の世界を牽引してきたブランドとして忘れてはならないのがコルグの存在。DSDの再生、PCMへの変換などが可能なパソコン用ソフトウェアAudioGateの開発や、「DS-DAC-10R」などのDA/ADコンバーター、Clarityと呼ばれる編集ソフトウェアの試作を進めるなど、DSDフォーマットの普及に大きく貢献してきた。
現在ハイレゾ配信サイト等で入手できるDSD音源は、最新録音の音源のほかにも、アナログ時代の名盤をデジタルアーカイブしたものも多い。ただし、アナログテープの状態によっては理想的なデジタル変換がなされなかったものもあり、「DSD=音が良い」と必ずしも言えない状況でもある。
現在流通しているDSDのフォーマットは、2.8224MHz(=DSD64)、5.6448MHz(=DSD128)、11.2896MHz(=DSD256)の3パターンがほとんどである。数年前までは、オーディオ機器で対応できるDSDのスペックを競う「スペック競争」が激しく繰り広げられたが、現在は多くのDACチップが対応したことにより、スペックだけではなく、音質的な側面からDSD再生を追求する流れがより強まっている。
スマートフォンではまだDSDをそのまま再生することはできないが、HFPlayerなどのハイレゾ対応アプリをインストールすることでネイティブ再生を実現できるものもある。また、現在流通しているUSB DACやネットワークプレーヤー、DAPなどはDSDに対応したものも多い。ただし5.6MHzまでの対応のこともあるので、購入の前にはスペックシートをよく確認して欲しい。
DSDの中にも、DSFやDSDIFF、WSDなどいくつかのバリエーションが存在するが、現在入手可能な音源の多くは「.dsf」という拡張子で表される音源である。FLAC同様、タグ情報やジャケット画像を埋め込むことができるため、ネットオーディオ的に扱いやすいという側面もある。
DSDのストリーミングサービスは、2015年よりIIJが展開する「PrimeSeat」が世界に先駆けてスタートしている。ベルリン・フィルと協業し、「ベルリン・フィル アワー」としてコンサートの模様を日本からDSDフォーマットで試聴できるなど、画期的な取り組みも行なっている。DSDのストリーミングサービスは世界的にも珍しく、今後の取り組みにも期待したい。