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公開日 2023/03/04 10:00

価格高騰による厳しさ増すなか、「音楽の本質を伝える」というオーディオの基本への立ち返りが今後の鍵

<2023年オーディオ業界提言>
生形三郎
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2023年がスタートして早くも3月に入ったが、皆様はいかがお過ごしだろうか。春に入って本格的な新製品シーズンが到来する前に、今一度、2022年に登場したオーディオ製品や業界トピックを振り返り、昨年の動向や音質傾向、そして、本年やこれからのオーディオへの期待および展望を述べてみたいと思う。

オーディオ評論家としてのみならず、作曲家、エンジニア、音楽大学の講師など多方面に音にまつわる活動を精力的に行っている生形三郎氏 photo/君嶋寛慶

厳しい環境下ながら、普遍的な音の美しさを感じさせる製品が多数登場



言うまでもなく、コロナ禍やウクライナ侵攻、円安などによる厳しい状態は依然として続いており、物価高や光熱費の高騰など直接的な影響も押し寄せるなか、2023年は世界的な景気後退が予測され、決して明るいとは言えない状況だ。

しかし、そんな状況だからこそだろうか。筆者は、日増しにオーディオの深みへとずぶずぶとのめり込んでしまっている(私事だが、こんなさなかに念願の試聴室新設を敢行してしまった……!)。音楽の美しさや、それをさらに美しく味わわせるオーディオ機器の普遍的な価値を、以前にも増して実感させられているのだ。

この春に完成したばかりの生形氏の新リスニングルーム。オーディオスペースコアの筏氏とともに、部屋の定在波対策など設計段階からこだわりながら作り上げて行ったのだという photo/君嶋寛慶

市場的にも、コロナ禍によって在宅時間が増えたことによって一時的にオーディオハードの需要が急増した時期があったが、昨今のアナログ人気や、ストリーミングサービスおよび無線再生など生活に根ざした音楽再生へのニーズの高まり、そして、究極を求める弩級のオーディオ製品が多く登場した2022年のオーディオ市場を振り返ると、まさにそんなオーディオへの欲求、つまり、美しい音を味わいたい、美しい音楽を味わいたい、という根源的な欲求の高まりを、筆者は一層強く感じてならない。

製品が持つ音傾向としては、個性的なキャラクターや音響性能的な特性追求だけでなく、普遍的な音の美しさや心地よさ、自然さを追求する音質傾向のトレンドを感じる。これは、コンポーネントをはじめアクセサリーに対してもここ数年で感じている傾向だが、実際のサウンドを体感して俯瞰するに、エントリーからハイエンドクラスまでの製品においても、よりニュートラルなサウンドに向かっているように思う。

それと併せて、困難な時代にあっても、コストの枠にとらわれず純然たる理想を追求する製品が多く登場したことが、先述のオーディオの普遍的で根源的な価値の享受を求める傾向を表しているのではないかと筆者は感じたのだ。

では、実際にそう感じさせた製品およびトピックに関してジャンルごとに見ていきたいと思う。

オーディオを再定義しうる「アクティブスピーカー」の可能性に期待



スピーカー分野のトピックとしては、高音質な無線伝送に対応したアクティブスピーカーや弩級のハイエンドスピーカー、チャンネルデバイダーの登場が印象的であった。

前者としては、Wi-Fiを使用した高音質伝送技術を用いて左右完全ワイヤレスでの再生実現し、スピーカー単体でのネットワーク再生にも対応するアクティブスピーカーJBL「4305P」やKEF「LS60 Wireless」 などがそれにあたる。

KEFのアクティブワイヤレススピーカー「LS60 Wireless」。独自の同軸ドライバーを活用しながら、HDMIの搭載やネットワークとの連携など、最新テクノロジーでスピーカーを革新する気鋭のプロダクト。スリムデザインでリビングへの設置しやすさもポイント

広く支持を集めているJBLの「4305P」。いかにもJBLというホーントゥイーターが目を惹くが、スマートフォンやネットワークなどとも連携できる手軽さが魅力。新しいアクティブスピーカーユーザーを開拓している

これらは、新たなスピーカーの在り方の急先鋒となる存在だろうし、音質傾向としても、アクティブスピーカーならではの利点や技術を活かして、個性よりもまさにニュートラルな美しさを追求したものと感じた。このような複合的な技術が必要になる製品は開発できるメーカーが限られるだろうが、世の中に対するオーディオの存在感を高められるジャンルであろうし、言い換えれば、オーディオに親しみのない多くの人々にとっての「オーディオ」という概念を再定義できる力を持ったものと言えるだろうから、ますますの発展や普及を期待したい。

一方で、究極の理想を追求した弩級モデルの登場も業界で話題を呼んだ。その筆頭が、その価格1億円超えのマジコ「M9」だろう。加えて、エントリークラスを得意とするデンマークのダリが、これまでの価格レンジを超越したフラグシップ「KORE」を発表したことにも驚かされた。筆者はとりわけ、KOREが再現する音楽本意かつ極めてリアリスティックなサウンドに心打たれたが、こういった、理想を高度に体現してオーディオが実現できる可能性を示唆してくれる製品が登場すると、これからのオーディオが一層楽しみになってくる。

DALIがフラグシップとして昨年のミュンヘン・ハイエンドで発表した「KORE」(国内価格はペア1650万円)は世界の市場を驚かせた。コロナ禍で研究開発の時間がゆっくり確保できたこともあり、これまでにない技術や物量投入がなされたモデルも登場してきている

同時に、理想という意味で言えば、アナログ式のチャンネルデバイダーが、フェーズメーション「CHD-1000」、CSポート「ACN400」、M2TECH「Mitchell」と、一挙に登場したことも2022年の象徴的な出来事であろう。とりわけ先の2モデルはその価格も弩級ではあるが、スピーカー再生の可能性をとことん追求しようとするそれら製品から感じる気概は、オーディオ全体の原動力にもなり得る存在なのではないだろうか。

写真はフェーズメーションの「CHD-1000」。2022年にはアナログ式のチャンネルデバイダーのラインナップが多数出揃う珍しい年であった。チャンネルデバイダーは、オーディオ信号を周波数ごとに帯域分割し、スピーカーユニット(トゥイーター/スコーカー/ウーファー)それぞれに送り出す役割を果たす

スピーカーの全般的な傾向としては、巣ごもり需要に対応したと思しき数万円から20~30万円前後のスピーカーの充実が著しかった2021年に続いて、2022年は価格帯を問わずブックシェルフ型の新モデルが充実した傾向を感じる。

密閉型スピーカーにこだわり製品開発を続ける国産ブランド・クリプトン。「KS-3SX」はクリプトンの基本理念に忠実に、内部配線材や仕上げにもこだわったモデル。バイワイヤリングなど、アクセサリーによるグレードアップも積極的に提案している

テクニクスの「SB-C600」は実売10万円強で購入できる注目の1台。高域特性を補正する独自のリニア・フェイズ・プラグ搭載の同軸ユニットも含め、すべて自社設計できることはテクニクスならではの強み

オーディオとビジュアルの橋渡しを担うHDMI搭載機が大ヒット



使用スタイルや使い勝手という点で新たな傾向を示しているのが、プリメインアンプや小型のストリーマー/DACに、HDMI入力を備えたモデルが増えてきていることだ。ティアックやマランツ、ARCAM、Bluesoundなどに加え、国内ハイエンドブランドのラックスマンがHDMI入力を備えるネットワーク・トランスポート「NT-07」を発表したことも、時代の流れを感じる。

HDMI搭載プリメインアンプというジャンルを切り開いたマランツの「MODEL 40n」。専用室ではなくリビングに設置し、テレビと連携することで映像コンテンツもいい音で楽しみたい、という需要にうまくマッチして大ヒットを飛ばした。マランツの高音質技術が搭載された“妥協のない”音作りも高評価の理由のひとつ

10万円を切る価格でHDMIを搭載、USB-DACにプリメインアンプ&ヘッドホンアンプ搭載と、いまのオーディオ再生に求められるあらゆるスペックをコンパクトボディに凝縮したティアックの「AI-303」。デジタルフィルターやNOSモードなど、オーディオマニアの心をくすぐる音質への取り組みも注目

空間オーディオや3Dサラウンド音声のコンテンツが各種サブスクリプションサービスなどでも普及・充実し始めており、AV機器との橋渡し役とも言えるHDMI搭載機の普及も、オーディオの裾野拡大の鍵を握る存在と言えるだろう。

アンプ類全体を見ると、国内外から弩級のパワーアンプが数多くリリースされたことも印象的であったが、ミドルクラスのプリメイン類の登場が少ないようだ。この2極化、中抜け傾向はアンプに限らないものともいえそうだが、本来要となるはずのミドルクラスの充実のためにも、まずはオーディオの裾野がもっともっと広がる必要がある。

アナログブームは引き続き継続中。サウンドバーガーは音質・デザインも◎



アナログはやはり依然として人気の高さを実感するジャンルである。ソフトはリマスターが断続的にリリースされるほか新譜のアナログリリース、そして、中古市場は人気盤の高騰が未だに続いているようだ。Bluetooth接続に対応したエントリーとなるアナログプレーヤーが数社から意欲的にリリースされており、レコード人気を一層後押ししている。

加えて、何といってもエソテリックのマグネドライブによる弩級プレーヤー「Grandioso T1」は2022年のビッグリリースのひとつだったと言える。これも理想の追求の一つといえ、驚くほど明解な音質や、調整ツマミ一つのコントロールで異なる駆動方式を横断するようなサウンドバリエーションの立脚は、アナログ再生の新機軸を垣間見せてくれた存在と言えるだろう。

エソテリック初のアナログプレーヤーにして、マグネットの力で非接触でターンテーブルを回転させる独自技術で世界を驚かせた「Grandioso T1」。非常に高精度な加工技術と流麗なデザイン、振動を適切にコントロールする音質技術など、エソテリックの技術の粋が込められている

ラックスマンのフラグシップとなるアナログプレーヤー「PD-191A」は、創業100周年を間近に控える同社の新たな挑戦。サエクのナイフエッジ技術を活用したオリジナルのトーンアームはもとより、プレーヤー構造そのものにまで手を入れ音質を追い込んだ

プレーヤーで意外なトピックだったのが、オーディオテクニカの1983年発売サウンドバーガーの復刻「AT-SB2022」の登場だろう。同社60周年限定モデルとして発売され瞬時に限定数を完売するほどの注目を集めたことは記憶に新しい。ファッションなどにおいても80年代風などある種の回帰ブームがあるが、この「AT-SB2022」の 人気ぶりもそこに通ずるものがあると感じる。

レコードは持っているけれど、レコードプレーヤーは持っていない、という新しい世代も増えているという。そんな世代にも刺さったのがオーディオテクニカのサウンドバーガー「AT-SB2022」。年配者には懐かしく、若い世代には新鮮に映ったのがヒットの理由と言えるかもしれない

しかしながら、1980年代風のキュートなデザインだけでなく、ダイナミック・バランス方式のアームもあってかその音質も予想外に濃い音を楽しませてくれたことは、オーディオの本質を突いた優れた製品であったと個人的には思う。加えて、不使用時は片付け可能なポータブル&省スペースな製品スタイルも、時代にマッチしているのではないか。このようなセンスや遊び心を持った製品が、もっと現代のオーディオ製品にも増えていって欲しい。

無論、カートリッジ分野で一挙登場したダイヤモンド・カンチレバー採用の製品群が示した新次元のサウンドに瞠目させられたことも、2022年のトピックとして忘れずに付け加えておきたい。

アナログ再生の究極を追求する取り組みとして「ダイヤモンドカンチレバー」搭載カートリッジが挙げられる。オルトフォンの「MC Diamond」やフェーズメーションの「PP-5000」など、カートリッジ単体で100万円を超えるものも多いが、最先端の技術でレコードからさらなる音質を引き出す取り組みも活性化している

「音楽の本質を伝えるためのツール」という基本への立ち返りが今後の鍵



以上のように、2022年およびそこから現在に引き続くオーディオの動向からは、普遍性あるサウンドの追求や、純然たる理想や可能性への邁進というものを強く感じた。

同時に、オーディオの在り方として、ストリーミングや無線再生、空間オーディオなどの普及・発展と併せて、従来的な「オーディオ趣味」という枠を超えて、「日々の生活を一層充実させるツール」、そして何よりも、「音楽の本質を伝えるためのツール」としての充実および認知が、今後のオーディオ市場発展の鍵を握っているのではと推察する。
 
耳を楽しませる、音楽を楽しませるという性能が高度に具現化されたオーディオ製品というものは、その価格クラスやカテゴリーに関係なく魅力的なものである。2023年も、そのような優れた製品の登場を心より期待したい。

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