公開日 2021/10/18 06:30
【特別企画】音楽を楽しむための趣味性の高い製品に特化
「オーディオは理論と感性が両立するから面白い」。真空管にこだわるエアータイト、35年目の挑戦
ファイルウェブオーディオ編集部・筑井真奈
■音楽を聴く根源的な楽しさを追求したい。エアータイト35年目の挑戦
日本を代表する真空管アンプブランドとして知られるエアータイトは、今年で創業35周年を迎えた。1986年という、まさに時代がデジタル再生へと舵を切ろうとするさなかに生まれ、しかし一貫してアナログの音作りを徹底追及してきたブランドだ。
エアータイトは、この35周年を記念して、特別な広告を作った。自社製品の型番は一切登場しない、ブランドのポリシーだけをシンプルな9つのテーゼにした非常に印象的なステートメントだ。
この広告は、以下の言葉から始まる。
「オーディオは芸術品ではない」
シンプルで力強いこの言葉には、エアータイトが35年間培ってきたポリシーが凝縮されている。オーディオは飾って眺めるものではない、音楽を聴くための道具であり、スピーカーやプレーヤーなどと接続し、日々その手で触れ慈しみ、そして何より遊ぶためのものである、というのが、同社の思想の根底にある。
オランダの歴史家ホイジンガは本質的に人間を遊ぶもの、「ホモ・ルーデンス」と定義した。動物も音楽を楽しむ、感じることは知られているが、さまざまなオーディオ機器をつなぎ合わせ、レコードやCDといった様々なメディアを通じて音楽を楽しむのは人間だけに許された特権だ。
それはなぜか。それは、オーディオが「科学」と「芸術」の結節点にあるものだからだ。
真空管の増幅回路は、電子と電気の基本的な性質を応用した非常にシンプルなものだ。真空中では、高電圧をかけると高速でカソードからプレートへ電子が移動する。そこに、グリッド(格子)と呼ばれる電極を間に挟み込み、グリッドにかける電圧を変化させることで、カソードープレート間を流れる電流を制御することができる。真空管の増幅とは、このグリッドにかけたわずかな電圧の変化を、カソードープレート間の大きな電圧として取り出すことにある(※三極管の場合)。
ピタゴラスが音楽の美しさを整数比から見出したように、音楽もまた自然科学としてのバックボーンを持つ。私達の耳に聴こえる音も、物理現象としてみればタダの空気の振動である。しかしそこに、濡れたような美しいヴァイオリンの響きを、鮮烈できらびやかなピアノのフレージングを、あるいはサックスの咆哮を感じ取り解釈し涙を流すのは、人間の持つ「感性」の力でもある。
現在のエアータイトの開発の中心を担う林口佳弘は言う。「オーディオは、理論と感性が両立しているところが面白いんです。だからこそ趣味性がありますし、深みもあります」。デジタル時代には音楽再生のトレンドもどんどん変化する。しかし、それでも変わらない、音楽を聴く根源的な楽しさを追求したい、それこそがエアータイトの考えるオーディオの理想である。
■オーディオ機器は「一生モノ」。何度でも蘇らせることができる
エアータイトの現在の主力製品は、真空管パワーアンプ、プリアンプ、フォノイコライザー、そして昇圧トランス。同社のこだわりは、あくまで増幅段には真空管を使う、ということだ。過去にはヘッドアンプなどを使った製品もあったようだが、現行のラインナップはすべて真空管で構成。パーツは良いものを世界中から取り寄せ、大阪・高槻市の工場ですべてアッセンブリーを行う。
簡単にエアータイトの歴史を振り返っておこう。1986年に創業したエイ・アンド・エム株式会社、その名前の由来は、情熱的なオーディオ愛好家であった創業者、三浦 篤(ATSUSHI)と石黒正美(MASAMI)、そのふたつの名前から名付けられた。エアータイトの名前の由来は、気密性の高い(=TIGHT)真空管を中心に据えることから名付けられたものだという。
三浦 篤はいまも存命ながら、会長として経営の一線は退き、いまは息子の三浦 裕が指揮を取る。石黒は2014年にこの世を去り、2015年以降に発売になった製品は、林口佳弘、濱田 潔を筆頭とした新デザインチームが中心となって手掛けたものとなる。
エアータイトのこだわりのもう一つ重要なポイントは、「一生モノ」ということだ。創業当時に作られたアンプであっても、メンテナンスで戻ってきた場合はきちんと修理し、お客様の手元にお返しする。それは現行製品についても同様で、もし「30年後に戻ってきたとしてもきちんと修理できるようにしたい」というのが同社の譲らぬポリシーだ。
社長の三浦は、「本当に非合理で、おかげで部品倉庫がどんどん大きくなってしまいます。でも、これがエアータイトのスタンスなんです」と胸を張る。林口は、「真空管は切れる、というネガティブなイメージがあるかもしれません。ですが、逆に言うと増幅の素子をリフレッシュできるということでもあります。使っているパーツはコンデンサーや抵抗など非常にシンプルなものですから、そこを新しいものに変えていくだけで、何度でも蘇らせることができるのです」。
モデルチェンジも頻繁には行わない。たとえば現行モデルのパワーアンプ「ATM-300R」は、1998年に誕生した「ATM-300」がベースにあり、15年以上ロングセラーを続けてきた。2016年に30周年記念モデルとして「ATM-300 Anniversary」を発売したところ、国内外から想定以上の引き合いがあり、急遽「ATM-300R」を用意した。300Bの真空管は同梱せず、好みのものを差し替えて楽しめるという“遊び心”あふれるモデルだ。
社員は総勢11名という小規模ながら、趣味性の高さを追求するために製品ラインナップは幅広い。パワーアンプ(型番がATM-で始まる)が6種類、プリアンプ(コントロールアンプ、ATC-)が2種類、フォノイコライザー(ATE-)が1種類、昇圧トランス(ATH-)が2種類。ひとくちに真空管と言っても、三極管、五極管、送信管と、それぞれの個性を生かした製品を揃えている(なお、国内では未発売だが海外モデルとしてMCカートリッジもラインナップする)。
もうひとつエアータイトのこだわりは、フォノイコライザーはMM対応のみ、MCカートリッジを使いたい場合は別途昇圧トランスが必須となる。近年のフォノイコライザーの多くはMCとMMを切り替えられるものが多いが、MMとMCはそもそも出力電圧が異なり、必要とされる増幅率がまったく異なる。
昇圧トランスを必要とする理由について尋ねると、林口の答えは非常に単純だ。「トランスはパーツひとつで増幅できるので一番シンプル。微細な信号のロスが少ない、簡単でいいじゃないですか」。
■マーケットありきではなく、自分たちの納得のいく音作りを最優先
エアータイトのステートメントには、かなり攻めた表現も見られる。
「開発現場に“利益率”を持ち込んではいけない」
「ユーザーの満足は、従業員の満足によって生まれる」
株式会社として運営する以上、利益は確保しなければならないし、従業員が安心して生活できるだけの給与も支払わねばならない。だが、そういった最低限のスキームは守りながらも、「オーディオ」にしかできないこだわりを追求する。
三浦は「エアータイトの新製品開発は、いくらぐらいの価格の製品をいつまでに作りましょう、という目標が最初にあるわけではありません。開発チームが色々遊んでいる中で、そこから仕上がりそうだな、というのが見えてきた段階で、詳細を固めていきます」と語る。開発は現場の自由な発想に委ねられており、いつ、何ができるか、社長の三浦ですら完全に把握していない。だが、そういった現場の “遊び” から、長く愛される製品は生まれるのだと深い信頼を置いている。
とはいえファンの生の声を聞くことができるオーディオイベントは、製品開発の重要な情報源だ。コロナ禍のさなかではあるが、少人数でのショップイベントなども積極的に仕掛け、ユーザーの要望や意見をこまめに吸い上げる。親しみある関西弁トークと確かな音楽センスでイベント会場を沸かせる須田幸男は、ユーザーのみならず業界関係者からの信頼も厚い。
また各国のディストリビューターから寄せられる要望や厳しい意見も大きな参考になる。だが、あくまで製品開発は自分たちの納得の行く音作りが最優先としてある。三浦も、「マーケットありきではない」と断言する。
しかし、そのようにして作られた製品が、アメリカのthe Absolute Sound誌をはじめとするグローバルなオーディオメディアで高く評価されることは驚くべきことだ。先述した300Bを利用する最新のパワーアンプ「ATM-300R」は、2019年のAbsolute Sound誌で「Tube Amplifier of the year」を受賞。三浦も「シングルエンドで駆動するステレオアンプとしては、世界でも最高峰クラスの製品ではないかと思います」と自信を見せる。
その高い評価の理由は、見えないところにかけられたコストにもある。「創業者の三浦 篤が何度も口にしていたことですが、底板を外してお客さんが中を見たときに、“こりゃすげぇや”って言われたい」とは三浦談。パーツの選定からメッキの方法、配線の組み方まで、見えないところにもコストを掛け、1台1台丁寧に仕上げている。だからこそ何十年経っても、安定したサウンドを実現することができる。
■シンプルな自然現象へのリスペクトと、人間本性への深い信頼の融合
エアータイトの最新ラインアップを聴いてみた。パワーアンプは「ATM-300R」にTAKATSUKIの真空管を載せ、プリアンプは「ATC-5」、フォノイコライザーに「ATE-3011」。アナログプレーヤーにはテクニクスの「SL-1000R」を組み合わせた。
通電して最初は、いかにも真空管らしく甘く優美で、耳の中を優しくくすぐるまろやかな音を聴かせる。たとえば井筒香奈江の『Laidback2019』では、包み込まれるような優しさに、母の胎内にいるかのような安心感を覚える。
しかしそれから4時間くらいすると、エアータイトはその本性をあらわにする。パワフルで、ときに攻撃的とも思えるほど、音楽の持つ野蛮さをむき出しにする。ダイレクトカッティング盤『CONGO BLUE』では、音楽そのものが持つ原始的な欲望、破壊衝動や暴力性、それらすべてを高度に融合し音楽として昇華させる八木隆幸の知性までをも見せつける。
その一方で、例えば宇多田ヒカルの『One Last Kiss』では、「喪失の痛み」をこれ以上ないほど痛切に描き出す。アニメ作品「エヴァンゲリオン」シリーズにも通底する「喪失の痛み」というテーマ、それとの向き合い方や乗り越え方、あるいは乗り越えられず我が身の一部として引き受けること、時間による癒やし、それらを歌詞として紡ぎ、ヒトへの深い情愛とともに歌い上げる。音楽はさまざまな感情を共感とともに呼び起こすものであるが、優れたオーディオ機器で聴くことで、その感情はより深く刻みこまれるものだという思いを新たにする。
エアータイトのステートメントから、最後にもうひとつ。
「データは嘘をつかないが、最後は直感に従う」
これほどオーディオの本質を的確に言い表した言葉はないだろう。音楽は所詮物理データの集合体である。周波数特性や歪み率といったスペック値による計測はもちろん重要な要素ではあるが、そこさえクリアすればいい音になるわけではない。むしろそういったスペック重視の設計では、日々進化する半導体にはかなうべくもない。
真空管の力はもっと別のところにある。シンプルな自然現象へのリスペクトと、それをいかに解釈し美や芸術を生み出すか、という「人間」への深い信頼。それらが高度に融合しているからこそ、エアータイトのアンプには人の心を打つ力がある。
社長の三浦は「たとえば30年後、私達が真空管アンプを作り続けているかはわかりません。もっといいものがあればそちらにシフトする、そういった柔軟性も持っています。しかし今は、真空管の力を信じていますし、音楽を楽しむための趣味性の高い製品を作る、という社是は決して失われることはありません」
(製品photo 田代法生、エイ・アンド・エム社屋photo 大野 博)
(提供:エイ・アンド・エム)
日本を代表する真空管アンプブランドとして知られるエアータイトは、今年で創業35周年を迎えた。1986年という、まさに時代がデジタル再生へと舵を切ろうとするさなかに生まれ、しかし一貫してアナログの音作りを徹底追及してきたブランドだ。
エアータイトは、この35周年を記念して、特別な広告を作った。自社製品の型番は一切登場しない、ブランドのポリシーだけをシンプルな9つのテーゼにした非常に印象的なステートメントだ。
この広告は、以下の言葉から始まる。
「オーディオは芸術品ではない」
シンプルで力強いこの言葉には、エアータイトが35年間培ってきたポリシーが凝縮されている。オーディオは飾って眺めるものではない、音楽を聴くための道具であり、スピーカーやプレーヤーなどと接続し、日々その手で触れ慈しみ、そして何より遊ぶためのものである、というのが、同社の思想の根底にある。
オランダの歴史家ホイジンガは本質的に人間を遊ぶもの、「ホモ・ルーデンス」と定義した。動物も音楽を楽しむ、感じることは知られているが、さまざまなオーディオ機器をつなぎ合わせ、レコードやCDといった様々なメディアを通じて音楽を楽しむのは人間だけに許された特権だ。
それはなぜか。それは、オーディオが「科学」と「芸術」の結節点にあるものだからだ。
真空管の増幅回路は、電子と電気の基本的な性質を応用した非常にシンプルなものだ。真空中では、高電圧をかけると高速でカソードからプレートへ電子が移動する。そこに、グリッド(格子)と呼ばれる電極を間に挟み込み、グリッドにかける電圧を変化させることで、カソードープレート間を流れる電流を制御することができる。真空管の増幅とは、このグリッドにかけたわずかな電圧の変化を、カソードープレート間の大きな電圧として取り出すことにある(※三極管の場合)。
ピタゴラスが音楽の美しさを整数比から見出したように、音楽もまた自然科学としてのバックボーンを持つ。私達の耳に聴こえる音も、物理現象としてみればタダの空気の振動である。しかしそこに、濡れたような美しいヴァイオリンの響きを、鮮烈できらびやかなピアノのフレージングを、あるいはサックスの咆哮を感じ取り解釈し涙を流すのは、人間の持つ「感性」の力でもある。
現在のエアータイトの開発の中心を担う林口佳弘は言う。「オーディオは、理論と感性が両立しているところが面白いんです。だからこそ趣味性がありますし、深みもあります」。デジタル時代には音楽再生のトレンドもどんどん変化する。しかし、それでも変わらない、音楽を聴く根源的な楽しさを追求したい、それこそがエアータイトの考えるオーディオの理想である。
■オーディオ機器は「一生モノ」。何度でも蘇らせることができる
エアータイトの現在の主力製品は、真空管パワーアンプ、プリアンプ、フォノイコライザー、そして昇圧トランス。同社のこだわりは、あくまで増幅段には真空管を使う、ということだ。過去にはヘッドアンプなどを使った製品もあったようだが、現行のラインナップはすべて真空管で構成。パーツは良いものを世界中から取り寄せ、大阪・高槻市の工場ですべてアッセンブリーを行う。
簡単にエアータイトの歴史を振り返っておこう。1986年に創業したエイ・アンド・エム株式会社、その名前の由来は、情熱的なオーディオ愛好家であった創業者、三浦 篤(ATSUSHI)と石黒正美(MASAMI)、そのふたつの名前から名付けられた。エアータイトの名前の由来は、気密性の高い(=TIGHT)真空管を中心に据えることから名付けられたものだという。
三浦 篤はいまも存命ながら、会長として経営の一線は退き、いまは息子の三浦 裕が指揮を取る。石黒は2014年にこの世を去り、2015年以降に発売になった製品は、林口佳弘、濱田 潔を筆頭とした新デザインチームが中心となって手掛けたものとなる。
エアータイトのこだわりのもう一つ重要なポイントは、「一生モノ」ということだ。創業当時に作られたアンプであっても、メンテナンスで戻ってきた場合はきちんと修理し、お客様の手元にお返しする。それは現行製品についても同様で、もし「30年後に戻ってきたとしてもきちんと修理できるようにしたい」というのが同社の譲らぬポリシーだ。
社長の三浦は、「本当に非合理で、おかげで部品倉庫がどんどん大きくなってしまいます。でも、これがエアータイトのスタンスなんです」と胸を張る。林口は、「真空管は切れる、というネガティブなイメージがあるかもしれません。ですが、逆に言うと増幅の素子をリフレッシュできるということでもあります。使っているパーツはコンデンサーや抵抗など非常にシンプルなものですから、そこを新しいものに変えていくだけで、何度でも蘇らせることができるのです」。
モデルチェンジも頻繁には行わない。たとえば現行モデルのパワーアンプ「ATM-300R」は、1998年に誕生した「ATM-300」がベースにあり、15年以上ロングセラーを続けてきた。2016年に30周年記念モデルとして「ATM-300 Anniversary」を発売したところ、国内外から想定以上の引き合いがあり、急遽「ATM-300R」を用意した。300Bの真空管は同梱せず、好みのものを差し替えて楽しめるという“遊び心”あふれるモデルだ。
社員は総勢11名という小規模ながら、趣味性の高さを追求するために製品ラインナップは幅広い。パワーアンプ(型番がATM-で始まる)が6種類、プリアンプ(コントロールアンプ、ATC-)が2種類、フォノイコライザー(ATE-)が1種類、昇圧トランス(ATH-)が2種類。ひとくちに真空管と言っても、三極管、五極管、送信管と、それぞれの個性を生かした製品を揃えている(なお、国内では未発売だが海外モデルとしてMCカートリッジもラインナップする)。
もうひとつエアータイトのこだわりは、フォノイコライザーはMM対応のみ、MCカートリッジを使いたい場合は別途昇圧トランスが必須となる。近年のフォノイコライザーの多くはMCとMMを切り替えられるものが多いが、MMとMCはそもそも出力電圧が異なり、必要とされる増幅率がまったく異なる。
昇圧トランスを必要とする理由について尋ねると、林口の答えは非常に単純だ。「トランスはパーツひとつで増幅できるので一番シンプル。微細な信号のロスが少ない、簡単でいいじゃないですか」。
■マーケットありきではなく、自分たちの納得のいく音作りを最優先
エアータイトのステートメントには、かなり攻めた表現も見られる。
「開発現場に“利益率”を持ち込んではいけない」
「ユーザーの満足は、従業員の満足によって生まれる」
株式会社として運営する以上、利益は確保しなければならないし、従業員が安心して生活できるだけの給与も支払わねばならない。だが、そういった最低限のスキームは守りながらも、「オーディオ」にしかできないこだわりを追求する。
三浦は「エアータイトの新製品開発は、いくらぐらいの価格の製品をいつまでに作りましょう、という目標が最初にあるわけではありません。開発チームが色々遊んでいる中で、そこから仕上がりそうだな、というのが見えてきた段階で、詳細を固めていきます」と語る。開発は現場の自由な発想に委ねられており、いつ、何ができるか、社長の三浦ですら完全に把握していない。だが、そういった現場の “遊び” から、長く愛される製品は生まれるのだと深い信頼を置いている。
とはいえファンの生の声を聞くことができるオーディオイベントは、製品開発の重要な情報源だ。コロナ禍のさなかではあるが、少人数でのショップイベントなども積極的に仕掛け、ユーザーの要望や意見をこまめに吸い上げる。親しみある関西弁トークと確かな音楽センスでイベント会場を沸かせる須田幸男は、ユーザーのみならず業界関係者からの信頼も厚い。
また各国のディストリビューターから寄せられる要望や厳しい意見も大きな参考になる。だが、あくまで製品開発は自分たちの納得の行く音作りが最優先としてある。三浦も、「マーケットありきではない」と断言する。
しかし、そのようにして作られた製品が、アメリカのthe Absolute Sound誌をはじめとするグローバルなオーディオメディアで高く評価されることは驚くべきことだ。先述した300Bを利用する最新のパワーアンプ「ATM-300R」は、2019年のAbsolute Sound誌で「Tube Amplifier of the year」を受賞。三浦も「シングルエンドで駆動するステレオアンプとしては、世界でも最高峰クラスの製品ではないかと思います」と自信を見せる。
その高い評価の理由は、見えないところにかけられたコストにもある。「創業者の三浦 篤が何度も口にしていたことですが、底板を外してお客さんが中を見たときに、“こりゃすげぇや”って言われたい」とは三浦談。パーツの選定からメッキの方法、配線の組み方まで、見えないところにもコストを掛け、1台1台丁寧に仕上げている。だからこそ何十年経っても、安定したサウンドを実現することができる。
■シンプルな自然現象へのリスペクトと、人間本性への深い信頼の融合
エアータイトの最新ラインアップを聴いてみた。パワーアンプは「ATM-300R」にTAKATSUKIの真空管を載せ、プリアンプは「ATC-5」、フォノイコライザーに「ATE-3011」。アナログプレーヤーにはテクニクスの「SL-1000R」を組み合わせた。
通電して最初は、いかにも真空管らしく甘く優美で、耳の中を優しくくすぐるまろやかな音を聴かせる。たとえば井筒香奈江の『Laidback2019』では、包み込まれるような優しさに、母の胎内にいるかのような安心感を覚える。
しかしそれから4時間くらいすると、エアータイトはその本性をあらわにする。パワフルで、ときに攻撃的とも思えるほど、音楽の持つ野蛮さをむき出しにする。ダイレクトカッティング盤『CONGO BLUE』では、音楽そのものが持つ原始的な欲望、破壊衝動や暴力性、それらすべてを高度に融合し音楽として昇華させる八木隆幸の知性までをも見せつける。
その一方で、例えば宇多田ヒカルの『One Last Kiss』では、「喪失の痛み」をこれ以上ないほど痛切に描き出す。アニメ作品「エヴァンゲリオン」シリーズにも通底する「喪失の痛み」というテーマ、それとの向き合い方や乗り越え方、あるいは乗り越えられず我が身の一部として引き受けること、時間による癒やし、それらを歌詞として紡ぎ、ヒトへの深い情愛とともに歌い上げる。音楽はさまざまな感情を共感とともに呼び起こすものであるが、優れたオーディオ機器で聴くことで、その感情はより深く刻みこまれるものだという思いを新たにする。
エアータイトのステートメントから、最後にもうひとつ。
「データは嘘をつかないが、最後は直感に従う」
これほどオーディオの本質を的確に言い表した言葉はないだろう。音楽は所詮物理データの集合体である。周波数特性や歪み率といったスペック値による計測はもちろん重要な要素ではあるが、そこさえクリアすればいい音になるわけではない。むしろそういったスペック重視の設計では、日々進化する半導体にはかなうべくもない。
真空管の力はもっと別のところにある。シンプルな自然現象へのリスペクトと、それをいかに解釈し美や芸術を生み出すか、という「人間」への深い信頼。それらが高度に融合しているからこそ、エアータイトのアンプには人の心を打つ力がある。
社長の三浦は「たとえば30年後、私達が真空管アンプを作り続けているかはわかりません。もっといいものがあればそちらにシフトする、そういった柔軟性も持っています。しかし今は、真空管の力を信じていますし、音楽を楽しむための趣味性の高い製品を作る、という社是は決して失われることはありません」
(製品photo 田代法生、エイ・アンド・エム社屋photo 大野 博)
(提供:エイ・アンド・エム)