公開日 2021/11/11 06:40
ブラウザから無料で視聴可能
ロンドン交響楽団のオンライン教育プログラム「LSO Play」には時間をかけて楽しむ価値がある
山之内 正
■ロンドン交響楽団のワークショップを無料で視聴できる「LSO Play」
コロナのパンデミックはクラシック音楽界にも大きな影響を及ぼし、特にコンサートの中止や無観客化は音楽活動を一変させた。聴衆と空間を共有する機会が激減するなか、演奏家がモチベーションを維持するのはとても難しいことだ。
一方、空間は共有できなくても音と映像で音楽がもたらす高揚感を伝えられることに気付いた演奏家たちは、オンラインのライブ配信で聴き手と時間を共有することに可能性を見出す。客席は無人でも、カメラやマイクの向こう側にはたくさんの聴き手が演奏を待っている。いつものコンサートと同じ臨場感は味わえないかもしれないが、工夫次第で配信ならではの濃密な体験ができる可能性もある。
オンラインによるライブ配信を牽引するものとしてベルリン・フィルのデジタル・コンサートホール(DCH)がよく知られるが、さらに踏み込んだ演奏を楽しむための機能を充実させた、ロンドン交響楽団(LSO)の「LSO Play」も注目に値する。こちらは無料で、ブラウザ上からオンラインで見ることができるものだ。
具体的には、視聴者が好みの視点を選べるマルチアングル映像、オーケストラ団員が楽器や作品を自らの言葉で紹介するワークショップやマスタークラスなど、作品と演奏を多面的に深堀りできるコンテンツを用意している。あまり宣伝していないためかDCHのような知名度はないが、LSOでなければ実現できない奥行きの深いコンテンツで、時間をかけてじっくり楽しむ価値がある。筆者もその存在をつい最近知ったのだが、インターネットの機能をここまで活用した音楽関連のプログラムは珍しい。
LSO Playは無料で公開されており、メニューや字幕など主要な情報の多くが日本語されている。クラシックファンはもちろんのこと、画質と音質が高水準なのでオーディオファンにもお薦めだ。現時点では2009年から2019年の10年間に収録された7つの作品が揃っているので、収録日順に指揮者と作品を列挙しておこう。いずれもLSOの本拠地であるバービカンセンターで収録されている。
ラヴェル:ボレロ
指揮者 ワレリー・ゲルギエフ
収録日 2009年12月18日
ベルリオーズ:幻想交響曲第4楽章〜第5楽章
指揮者 ワレリー・ゲルギエフ
収録日 2013年11月23日
ストラヴィンスキー:バレエ音楽《春の祭典》
指揮者 サイモン・ラトル
収録日 2015年1月15日
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番第1楽章
指揮者 マイケル・ティルソン・トーマス
収録日 2015年3月11日
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
指揮者 フランソワ-グザヴィエ・ロト
収録日 2017年4月23日
エルガー:エニグマ変奏曲
指揮者 サイモン・ラトル
収録日 2017年9月14日
ブリテン:4つの海の間奏曲
指揮者 ジャナンドレア・ノセダ
収録日 2019年10月31日
■マルチアングルを切り替えながら楽曲を多面的に楽しめる
作品を選ぶと現れる4分割の画面は、指揮者とオーケストラを複数のカメラで撮影したマルチアングル映像で、「指揮者」、「打楽器・木管楽器」、「弦楽器・金管楽器」といった具合に楽器群ごとに大まかに分かれている。任意の画面をクリックすると複数の楽器群のなかでカメラが順番に切り替わり、その間も演奏は途切れることなく進んでいく。大まかな位置は前述の通りだが、どのカメラも固定ではなく、演奏に応じてかなりダイナミックに動き、独奏楽器へのズーミングも頻繁に行われるので、まるで分割された画面それぞれが完結したライヴ中継のようにも見える。
オーケストラ作品の愛好家ならわかる通り、LSO Playで楽しめる7つの作品は管弦楽法の視点から重要な作品が並んでいるので、旋律以外にも注目すべき楽器やパートは枚挙にいとまがない。特に《春の祭典》はすべての楽器がエネルギー全開で演奏しているので、カメラを切り替えながら見ていると次から次へと見どころが現れて、目が釘付けになる。個人的には、普段はあまりカメラが寄らないコントラバスを延々と撮影していることがとても面白かった。興味のある楽器を集中的に追うのも良いし、ゲルギエフやロトなど表情から目が離せない指揮者に注目し続けるのも面白い。カメラを切り替えながら見ていると、収録現場の映像監督になったような気分が味わえるはずだ。
再生時に表示される左上のメニューから「オーケストラについて」を選ぶと、楽器、プロフィール、マスタークラス、ダウンロードの各項目が現れ、LSO Playの教育プログラムとしての充実した内容を体験できる。ここには、楽器紹介、団員による各作品の聴きどころ解説、さらに児童や学生向けの教材(iBookとPDF)など、音楽教育に深く関わり続けてきたLSOならではのコンテンツが豊富に揃っている。LSO Playのもう一つの注目機能である。
教育用といっても音楽ファンには興味深い内容ばかりで、教材だけでなく一部の映像には日本語字幕も表示されるので、目を通しておくことをお薦めする。指揮者や団員へのインタビューを見たあとに本編の演奏を聴くと、どの楽器に注目すべきかなど、新しい視点で作品に接することができるはずだ。ちなみにエルガーの教材は、エニグマ変奏曲に描かれた友人たちの詳細なプロフィールや変奏曲を作るプロセスの紹介など、大人が読んでも楽しめる内容だった。
LSOは3年後に創立120周年を迎える名門オーケストラである。その伝統に依存することなく今日まで世界最高レベルの評価を獲得し続けているのは、独自レーベル「LSO Live」を作ったり、LSO Playのような教育プログラムを展開するなど、自主的かつ創造的な活動を継続していることが理由だろう。LSO Playを始めた動機も含めてバックグラウンドを知りたくなり、LSOにメールインタビューを申し込んだところ、詳細な回答が返ってきたので紹介しよう。
コロナのパンデミックはクラシック音楽界にも大きな影響を及ぼし、特にコンサートの中止や無観客化は音楽活動を一変させた。聴衆と空間を共有する機会が激減するなか、演奏家がモチベーションを維持するのはとても難しいことだ。
一方、空間は共有できなくても音と映像で音楽がもたらす高揚感を伝えられることに気付いた演奏家たちは、オンラインのライブ配信で聴き手と時間を共有することに可能性を見出す。客席は無人でも、カメラやマイクの向こう側にはたくさんの聴き手が演奏を待っている。いつものコンサートと同じ臨場感は味わえないかもしれないが、工夫次第で配信ならではの濃密な体験ができる可能性もある。
オンラインによるライブ配信を牽引するものとしてベルリン・フィルのデジタル・コンサートホール(DCH)がよく知られるが、さらに踏み込んだ演奏を楽しむための機能を充実させた、ロンドン交響楽団(LSO)の「LSO Play」も注目に値する。こちらは無料で、ブラウザ上からオンラインで見ることができるものだ。
具体的には、視聴者が好みの視点を選べるマルチアングル映像、オーケストラ団員が楽器や作品を自らの言葉で紹介するワークショップやマスタークラスなど、作品と演奏を多面的に深堀りできるコンテンツを用意している。あまり宣伝していないためかDCHのような知名度はないが、LSOでなければ実現できない奥行きの深いコンテンツで、時間をかけてじっくり楽しむ価値がある。筆者もその存在をつい最近知ったのだが、インターネットの機能をここまで活用した音楽関連のプログラムは珍しい。
LSO Playは無料で公開されており、メニューや字幕など主要な情報の多くが日本語されている。クラシックファンはもちろんのこと、画質と音質が高水準なのでオーディオファンにもお薦めだ。現時点では2009年から2019年の10年間に収録された7つの作品が揃っているので、収録日順に指揮者と作品を列挙しておこう。いずれもLSOの本拠地であるバービカンセンターで収録されている。
ラヴェル:ボレロ
指揮者 ワレリー・ゲルギエフ
収録日 2009年12月18日
ベルリオーズ:幻想交響曲第4楽章〜第5楽章
指揮者 ワレリー・ゲルギエフ
収録日 2013年11月23日
ストラヴィンスキー:バレエ音楽《春の祭典》
指揮者 サイモン・ラトル
収録日 2015年1月15日
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番第1楽章
指揮者 マイケル・ティルソン・トーマス
収録日 2015年3月11日
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
指揮者 フランソワ-グザヴィエ・ロト
収録日 2017年4月23日
エルガー:エニグマ変奏曲
指揮者 サイモン・ラトル
収録日 2017年9月14日
ブリテン:4つの海の間奏曲
指揮者 ジャナンドレア・ノセダ
収録日 2019年10月31日
■マルチアングルを切り替えながら楽曲を多面的に楽しめる
作品を選ぶと現れる4分割の画面は、指揮者とオーケストラを複数のカメラで撮影したマルチアングル映像で、「指揮者」、「打楽器・木管楽器」、「弦楽器・金管楽器」といった具合に楽器群ごとに大まかに分かれている。任意の画面をクリックすると複数の楽器群のなかでカメラが順番に切り替わり、その間も演奏は途切れることなく進んでいく。大まかな位置は前述の通りだが、どのカメラも固定ではなく、演奏に応じてかなりダイナミックに動き、独奏楽器へのズーミングも頻繁に行われるので、まるで分割された画面それぞれが完結したライヴ中継のようにも見える。
オーケストラ作品の愛好家ならわかる通り、LSO Playで楽しめる7つの作品は管弦楽法の視点から重要な作品が並んでいるので、旋律以外にも注目すべき楽器やパートは枚挙にいとまがない。特に《春の祭典》はすべての楽器がエネルギー全開で演奏しているので、カメラを切り替えながら見ていると次から次へと見どころが現れて、目が釘付けになる。個人的には、普段はあまりカメラが寄らないコントラバスを延々と撮影していることがとても面白かった。興味のある楽器を集中的に追うのも良いし、ゲルギエフやロトなど表情から目が離せない指揮者に注目し続けるのも面白い。カメラを切り替えながら見ていると、収録現場の映像監督になったような気分が味わえるはずだ。
再生時に表示される左上のメニューから「オーケストラについて」を選ぶと、楽器、プロフィール、マスタークラス、ダウンロードの各項目が現れ、LSO Playの教育プログラムとしての充実した内容を体験できる。ここには、楽器紹介、団員による各作品の聴きどころ解説、さらに児童や学生向けの教材(iBookとPDF)など、音楽教育に深く関わり続けてきたLSOならではのコンテンツが豊富に揃っている。LSO Playのもう一つの注目機能である。
教育用といっても音楽ファンには興味深い内容ばかりで、教材だけでなく一部の映像には日本語字幕も表示されるので、目を通しておくことをお薦めする。指揮者や団員へのインタビューを見たあとに本編の演奏を聴くと、どの楽器に注目すべきかなど、新しい視点で作品に接することができるはずだ。ちなみにエルガーの教材は、エニグマ変奏曲に描かれた友人たちの詳細なプロフィールや変奏曲を作るプロセスの紹介など、大人が読んでも楽しめる内容だった。
LSOは3年後に創立120周年を迎える名門オーケストラである。その伝統に依存することなく今日まで世界最高レベルの評価を獲得し続けているのは、独自レーベル「LSO Live」を作ったり、LSO Playのような教育プログラムを展開するなど、自主的かつ創造的な活動を継続していることが理由だろう。LSO Playを始めた動機も含めてバックグラウンドを知りたくなり、LSOにメールインタビューを申し込んだところ、詳細な回答が返ってきたので紹介しよう。
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